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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
3章 勇者と聖女

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001 霊と葬送


 温泉郷を旅立って三日。とうとう山の麓までたどり着いた。山頂は黒い雲に覆われて、高さに予想がつかない。


 勇者が通る王道コースを外れたために、鬱蒼と茂る森の獣道を進み、登山道に合流するという、どこかの軍隊のような行程だった。聖女の身体能力で完走した自分を褒めてやりたい。


「で、次はこの山を登るのか……」


 由利は起伏が激しい登山道を見上げた。奇妙に捩じくれた枯れ木が目立つ。道と名前がついているものの、整備なんてされているわけがない。登りやすそうな箇所をそう呼んでいるだけで、木の根を避けているうちに方角が分からなくなりそうだ。


「登るといっても魔王は山の中腹にいますから、頂上までは行きませんよ。それに勇者君が一度登山してくれてたお陰で、最短ルートを通って到着できそうです」

「そっか。二人にとっては二度目なんだな」


 聖女が登山できたのだ。護衛兼道案内付きの由利が泣き言を言うわけにはいかない。


「ここは魔王が現れる前から、魔力の渦ができやすい場所だったそうです」


 登り始めてすぐ、お馴染みになった東雲のガイドが始まった。毎回楽しみにしていたのだ。


「魔力の渦には魔獣が引き寄せられます。体内の魔石を強化したり、怪我を治すためですよ。渦は魔獣に魔力を吸収されて、消滅します。そして魔獣は渦が無くなれば別の場所へ去って行きます」

「渦を放置するとどうなる?」

「ある国の歴史書によれば……隣国に人工的に魔力の渦を作り出して、一人の人間を生き返らせようとした王がいました。ところが扱いを間違えて暴走、王城だけじゃなくて城下町ごと消滅してしまったそうです」

「壊滅じゃなくて消滅なのか」

「はい。残ったのは巨大なクレーターと、残留魔力に引き寄せられた魔獣の群でした。郊外にいた人間によると、黒い雲が王都を覆ったとたんに爆発したとか」


「隣国のことなのによく分かるな。魔力の渦で人を復活させようとしたなんて、一般人は知らないだろ?」

「知ってて当然ですよ。その歴史書を書いた国がやらせたんですから。何が起きるか分からないからって理由で、隣国にスパイを送り込んで時間をかけて誘導していったんです」

「ろくでもないな……」

「時期も悪かったんでしょうね。王は有能な後継を次々に流行病で無くしたばかりで。多少怪しいと思ってても、魔力の渦を使えば王子が生き返りますよ、なんて吹き込まれて正常ではいられなかったんでしょう」

「反魂の術は成功例が無かったんだろ? 当時は周知されてなかったのか?」

「自分にやれるだけの力があって、今までにない方法をそれっぽく提示されたら、縋ってみたくなるのかもしれませんよ」

「……成功例がないのは、騒ぎになるのを避けるために隠していた、とか何とでも言えるだろうしなぁ」


 弱ったところに付け入るのは詐欺師のやり方だ。失われたものの規模が大きいだけに、騙した国の卑劣さが目につく。


「町を丸ごと消滅させる力があるんだな」

「魔法を使う素の塊ですからね。小さな渦を使った儀式は成功してますし、全く使えないわけじゃないんですけど」

「扱いが難しいってことだろ? この山で魔法を使っても大丈夫なのか?」


 結界を使った途端に自分が爆心地になるなんて、冗談でも笑えない。東雲は由利の懸念を見透かすように、安心して下さいと微笑む。


「由利さんの技術では、渦に干渉すら出来ませんから」

「下手くそで悪かったな!」


 爽やかな笑顔で親指を立てる後輩を、どこかの崖から突き落としたい。こいつは悪意なく由利を凹ませる天才なのだ。そろそろ制裁を食らわせてもいいのではないだろうか。


「いやいや。ちゃんと魔法が使える人でも、渦の魔力に同調させるのは難しいんですよ。自分が使える術には魔力の種類が関係している、という論文がありまして」

「頭痛くなりそうな講義はいらん」


 由利は耳を塞いで抵抗した。使えないのに知識だけあっても虚しいだけだ。


 休憩を挟みつつ登っていると、白い霧が出始めた。捻れた木が作り出す影が、人や魔獣に錯覚させる。山へ来てから魔獣に遭遇していないことも、不安にさせる原因だろう。


「これ、ただの霧じゃなくて、自然にできる魔力の渦ですね」


 立ち止まった東雲が、辺りを見回して言った。


「渦は自然に出来るんじゃなかったのか?」

「本来は天然ものですけどね。さっき言った人工的な魔力の渦は黒いんです」


 ほらアレですよと山頂の雲を指差す。霧に邪魔をされて見えにくくなっていたが、黒雲に黒い筋が合流しているところだった。


 由利は教会が免罪符を売っていたことを思い出した。あの時に出た煙は、この山脈へ飛んで行ったはず。


「東雲。島で免罪符を売っているところを見たんだが」

「ああ。コレですね」


 東雲は懐から一枚の札を取り出した。


「……何で持ってんだよ。また盗んだのか」

「失礼な。返すのを忘れただけです」

「それを世間では盗むって言うの」


 わざとらしく頰を膨らませた東雲を、顔が潰れるほど両手で挟んだ。このまま顔面崩壊しろと念じたものの、結果は東雲を喜ばせるだけで終わった。乱暴に触れてもやたら喜ぶようになったが、変な性癖でも目覚めたのだろうか。


「教会はお金が入る。買った人は罪の意識が軽くなる。お互いにとっては良いんでしょうね」

「あれが人工的な渦なら……人間の何を材料にしてるんだ」

「魔力と感情です。怒り、悲しみ、嫉妬。欲や衝動とか。どこかの宗教の悪魔が好みそうなものを抜いて、集めたものがアレです。抜くといっても一時的なものですから、すぐにまた『人間らしい』感情が戻ってきますよ」


 後遺症がない麻薬のようなものでしょうか――東雲は通り道を塞いでいた枝を切り落とした。


「心の中にあった負の感情が消えると、とても楽しい気分になるそうですよ? 札も薬もやったこと無いんで、推測ですけど」

「分かってるよ」


 イノライは客の目が怖いと言っていた。中毒性がある札を求めて殺到している客なのだから、尋常ではないのも頷ける。


「由利さんが心配しなきゃいけないのは、別の方じゃないんですかね」

「どういう意味だよ」


 すっかり息が上がった由利は胸元を押さえた。


「この山は魔王の手下が誘惑してくるから、耳を貸すなと教えられてきたんですが……正体は山で死んだ人の霊とか残留思念じゃないかと。由利さん、たぶん幽霊とかキライでしょ? ホラーゲームはしないって言ってましたよね?」

「ゲームしないだけで、キライってわけじゃ……」


 ただ苦手なだけだ。


 東雲の口角が上がった。


「いやいや、無理しなくていいですよ。いつだったか会社でゾンビ映画の上映会したとき、一番後ろで興味ないフリしてスマホいじってましたもんね?」

「見てたのか!?」

「幸子先輩が『ユリ君はぁゾンビがキライなのぉ。これナイショよぉ』って新人研修の時に教えてくれましたよ」

「そんな昔からバレてた!?」


 由利が必死で隠していたのは無駄だったのか。個人情報を垂れ流してくれた幸子先輩の婚活が失敗するよう、由利は全力でお呪いした。自称ぽっちゃり女子の先輩の顔を思い浮かべ、そういうところが結婚できない理由だぞと、異世界からアドバイスしておく。


「まあ、渦の中で出会うのは魔獣だけじゃないってことです。普段は巫女にしか見えないものでも、魔力濃度が濃いせいで――」


 東雲の言葉が止まった。どうしたと聞くより早く、手を握られる。視線の先を追ってみれば、女がこちらを見ていた。


 人ではない。体が透けている。


 一人で遭遇していたら、気絶していたのではないだろうか。繋いだ手の温もりで、遠くなりかけた意識を引き戻す。


「あら。ようやく誰かに会えたわ」


 女が由利達に気付いた。足が動いていないのに、こちらへ近づいて来る。脇腹に刺されたような血の染みがあった。


「君は?」


 東雲は由利を隠すように立ち、女へ話しかけた。どうして平気なのだろうか。


「あたし? あら? 思い出せないわね」

「悪霊化しかかってます。無闇に話しかけちゃダメですよ」


 囁く東雲の声に、由利は黙って頷いた。言われなくても幽霊と会話したくない。


「ねぇ貴方。私を知ってる? 家に帰りたいの」

「さて。知っているような気もしますね。貴方の故郷を教えて下さい」

「いいわよ。あたしの村はリコの花から作る蜂蜜が有名なの」


 女はふふっと笑った。


 彼女は小さな村の出身で、毎日代わり映えのしない生活を送っていたらしい。両親と兄弟で蜜蜂の世話をし、定期的に訪れる行商人にそれを売る。一年に一度だけ来る旅芸人の催しが大好きだった。


 成長して同じ村の若者と結婚しても、彼女の生活は変わらなかった。


「そういえば、あたしの子供達はどこへ行ったのかしら?」

「おや。子供がいたんですね。若いから新婚かと思ってました」

「あらヤダ。あまり誘惑しないで下さる? これでも貞淑な妻なのよ」

「それは残念」

「そう。あたし、子供を追いかけてたの。逃げなきゃいけなくて」

「何から? 魔王?」

「何それ。そんな名前の魔獣、聞いたことないわ。そうよ。剣がね、来るの。怖い人。武器を持った人が来るから、逃げなきゃ。子供達はどこ? あたしの夫は? ねえ。どうして貴方も剣を持っているの?」


 穏やかだった女の表情が険しくなった。


「貴方の夫に頼まれたんですよ。安全な場所へ連れて来てくれって」

「嘘よ!」


 女から黒い煙が一筋登る。


「貴方は怖いわ。だって、そんな色々なものを背負って――」

「蜂蜜を作っているんでしたっけ?」


 東雲は女を遮った。女から出ていた煙が止まる。


「え? ええ、そうよ。遠くから商人が買い付けに来るぐらい人気なのよ」


 東雲がそっとため息をついたところを見ると、女の悪霊化は避けられたらしい。とはいえこのまま会話をしていても、何も解決しない。あの幽霊は己が死んだことすら自覚していない。


 聖女なら、巫女なら彼女を導くことが出来ただろうか。


 ――どうすればいい?


 由利は聖女に語りかけた。


 彼女のために何が出来るのか。由利の魂が邪魔なら、いつでも体を抜け出すから。


「由利さん?」


 ざわりと潮騒が聞こえた気がした。胸の辺りが温かくなって、言葉が泡のように浮かんでくる。


 由利は東雲の手を離して女へ向かった。


「霧の道の先に貴女が帰る場所があります。私の祈りが道標となり、私の灯りが暗闇を追い払い、貴女の足元をいつまでも照らします。大地の軛は既になく、信じて進めば天へ届く階段が見えるはず」


 喋るうちに由利と聖女の声が混ざり、入れ替わってゆく。


 水を掛けられたように、女は口を開けたまま止まった。しばらく呆然と由利を見ていたが、やがて泣き笑いの形に顔を歪ませる。


「そっか。あたし、死んでたのね。だからこんなに寒いの? 誰もいないから変だと思ってたのよ。あたしが死んで何年たったのかしら? もうみんな空に還ったの?」

「参りましょう。貴女の家族のところへ」

「あたし、ちゃんと会えるかなぁ? 空の扉まで行ける?」

「貴女がそれを強く望むなら、きっと天が応えてくれます」


 由利に巫女の杖が差し出された。東雲に預けていたものだ。


 意図せず体が動いて杖を受け取り、聞いたことがない発音の言葉を口ずさむ。体の主導権が聖女へ移った。


 淡い光が辺りを包み、女の姿が少しずつ薄くなってゆく。女は不思議そうに己の手を見ていたが、やがて幸せを噛みしめるように目を閉じた。


 彼女の呟きは届かなかった。けれどその表情を見る限り、決して悪いものではないだろう。その姿が光に溶け込んで見えなくなるまで、由利は女の冥福を祈っていた。

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