表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 別れた道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/137

009 救出は豪快に


 ぽっかりと空いた天井に大きな影が通り過ぎ、人影が落ちてきた。由利の腕を掴んだイノライの横に着地すると、彼を殴って強引に引き剥がす。更に短く何かを呟くと、電撃でザイラの体が弾き飛ばされた。


 輝くような金髪に、嫉妬することを忘れるほど整った顔。異世界に来てから、嫌というほど差を知らされた相手がそこにいた。


「東雲!?」

「はーい。由利さんの可愛い後輩の東雲さんですよー」


 空から豪快に降りてきた後輩は、ふざけた口調とは裏腹に、飛んできた魔法を的確に防ぐ。魔法で攻撃してきた男達は、地面を這って移動してきた白い紐に拘束され、その場に転がされた。


「な……何の、つもりですか、勇者」


 長椅子に叩きつけられたザイラが、腹部を押さえながら立ち上がった。


「何のつもりは、こっちのセリフ。魔王退治の途中なんだから、邪魔しないでくれる?」

「……魔王がいる山へ行かず、リズベルで何をしていたのですか? 教会(こちら)は敵前逃亡と見做して、聖女交代の手続きをしていたまで。貴方も勇者なら、契約のことはご存知でしょう?」

「勝手に主語を大きくしないでくれるかな? 聖女を交代させたいのは、聖典派と一部だけでしょ。だいたい事情も聞かずに誘拐するとか、聖典派は自分達が主導権を握れるなら、世界が壊れても構わないの?」

「質問に答えて下さい!」


 東雲は少し考えるそぶりを見せてから言った。


「山には行ったよ。行ったけど問題が起きて、気がついたらウィンダルムの森に飛ばされてた。リズベルにいたのは、成り行きで」

「そんな与太話を信じるとでも?」

「信じる信じないはともかく、事実だからなぁ……」


 困ったねぇと東雲は心にもない様子で言った。その横顔が知らない誰かのものに見えて、由利は胸騒ぎをおぼえた。


 東雲は薄っすらと笑みを浮かべる。


「山に入ったことは、君達も知ってるはずでしょ? それとも途中で怖くなって帰っちゃった?」

「我らを愚弄するな!」


 ザイラを中心に風が吹き荒れた。肌を刺すような痛みに、息が詰まりそうになる。ザイラが呪文を唱え始めると、風に光の粒子が混ざり始める。


「セルスラ!」


 同じく苦しそうにしていた東雲が、由利を抱き寄せて叫んだ。


 頭上が翳ったかと思った瞬間、大きな塊が落ちてきてステンドグラスを押し潰す。砕けたガラスが落ちるよりも速く、獣の咆哮が辺りに満ちた。


 半壊していた聖堂は建物の形を維持できなくなり、内部で爆発でも起きたかのように四方へ砕け散る。風はザイラが気絶すると同時に、何事もなかったかのように収まった。


 転がっていた男達は、いつの間にか壁際に寄せられていた。東雲が移動させたのだろうか。怯えた表情で身を寄せ合っている。


「だから、吼える前は合図してくれる?」

「防げる人間が言うことではないのぅ」


 咆哮の主――赤い竜から、なんとも可愛らしい声が聞こえてきた。由利は自分の耳を疑って、硬い鱗に覆われた頭を見上げた。


 竜は磨き上げた黒曜石のような目で由利を見下ろし、お主もかと言った。


「無事に回収したなら、長居は無用じゃ。乗らぬなら置いて行く」

「由利さん、ちょっと我慢して下さいね」

「ん?」


 由利は軽々と横抱きにされた。人生初のお姫様だっこだ。まさか自分がされる日が来るとは思ってもみなかった。全く嬉しくない。


 東雲は由利を抱えたまま跳躍して、竜の背中に飛び乗ると、優しく由利を座らせた。離れていた間に、振る舞いまでイケメン化されている。


 動揺して顔が引きつりそうになる由利などお構いなしに、竜は曇天へ飛翔した。


「聖女様!」


 ふらふらと立ち上がったイノライが、由利へ叫ぶ。


「貴女には聖女の役割を果たしてほしくない! なぜ、選ばれたのが貴女なんだっ!」

「――私も、そう思いました」


 由利の口が勝手に動いて言葉を紡ぐ。心を包み込むような、優しい声音だった。


 竜が空中に留まって、イノライを見下ろせるよう移動した。


「世界のためを思うなら、私ほど相応しくない聖女はいないでしょう。私は教会に教えられた方法を捨てて、自らの願望を優先しました」

「今なお聖女であり続けようとするのは、何故ですか。一体、何のために……」

「ある目的のために、誰かを犠牲にするのは、もう私達で終わりにします」


 言葉はもう出てこなかった。


 視線が高くなり、竜が上昇したと分かった。


 イノライは捨てられたような悲壮な顔で、呆然と由利を見上げている。由利には彼にかける言葉が無かった。


「……何だよ、今の」


 あれは由利の言葉ではなかった。


「さて、聖女の魂かもしれませんね」


 東雲が気遣うように言う。


「案外、体の奥で眠っていたのかもしれません」


 それなら早く体を明け渡してあげたいが、心の中で呼びかけても何の反応もない。


 島の外へ向かって飛行していた竜が、東雲を呼んだ。


「ユーグよ、結界が作動しておる。外へ出られぬぞ」

「分かった。抜けられそうな穴を探すから――」


 視界の右端で光が弾けた。下を見れば、教会の人間が魔法を撃ってくるところだった。中には意識を取り戻したらしいザイラがいた。額から血を流し、憎悪に満ちた目で呪文を唱えている。


 東雲は放たれる魔法を防ぐことで精一杯のようだった。防御の術は得意ではないのかもしれない。


 せめて竜ごと由利の結界で包めないかと試してみたが、魔法が使えなくなっていた。連続使用していたせいで、魔力が足りないのか。


「セルスラ、どこまで高く飛べる!?」

「これが限界じゃ! 奴ら、島全体に術をかけて獲物を逃がさんようにしておるわ」


 セルスラと呼ばれた竜が、無軌道に飛び回りながら魔法を避ける。当たりそうなものは東雲が防がなければならず、結界の解析が度々中断されていた。


「東雲、地図から人を探すことは出来るか?」


 ふと地下に監禁された魔族を思い出し、彼がいるおおよその位置を伝えた。


「確かに、魔族が一人いますね。どうするんですか?」

「あいつは教会に恨みがある。厳重に封印されてたから、数人で抑えられるような実力じゃないはず。いま脱獄させたら、敵を撹乱させられるぞ」

「陽動に使うんですか。そう上手く動いてくれますかね」

「契約すれば良かろう」


 懐疑的な東雲に、セルスラが言った。


「見合う報酬があれば、奴らを雇うことができる。魔族は契約で成り立つ社会構造をしておるからの。先払いでもしてやれば、裏切ることはなかろうて」

「だったら魔石がいい。質がいいやつ」


 魔石は食事の代わりになるとバルゼーレは言っていた。魔力に変換させて傷を癒せば、動き回る力を取り戻せる。


「じゃあ、交渉はお願いします」


 東雲はセルスラの首に掴まっているよう由利に告げると、両刃の剣を取り出した。いつも使っていた無骨なものではなく、儀礼用のように柄や刀身に細工が施されているものだった。


「セルスラさん。あの辺りに急降下しちゃって」

「簡単に言ってくれるのう」

「えっ急降下ってぅああああああっ!?」


 シートベルトも安全バーもないジェットコースターだった。必死でセルスラの首にしがみつき、急旋回からの急降下に耐える。


「そーれ切り裂けー!」


 東雲の能天気な掛け声に、くたばれと何度思ったか分からない。


 風を切る音と耳をつんざく破壊音がしたが、確認する間もなく浮遊感に襲われた。東雲に竜から引き剥がされたと分かったのは、二度目のお姫様だっこで地上に降りてきた時だった。


 セルスラは急上昇して空へと消える。咆哮と破裂音が次第に遠くなってゆく。囮になって時間を稼いでくれるようだ。


「……助けてもらっといて何だけど、色々とお前に言いたい事がある」

「奇遇ですねぇ。私も由利さんに言いたい事があるんです」

「島を出たら反省会な」

「懐かしい響きですね。居酒屋があれば、もっと良かったんですけど」


 ふふっと由利は乾いた笑みを、東雲は満面の笑みを返し、派手にえぐれた地面を見た。


「地下室、潰れてねえよな?」

「さすがにそこまでの攻撃力はありませんよ」


 東雲が壊したことで、地下への入り口が無防備に晒されていた。由利が探索していた時は見張りがいたが、辺りを見回しても人らしきものは見えない。


「心配しなくても見張りは居ませんでしたよ。任務放棄したか、セルスラを追いかけ回す戦力にされたかもしれませんね」

「人の心を読むんじゃありません」


 生身で地下に降りるのは初めてだ。人が近寄ってくる前に、由利達は階段を降りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ