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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 歪む世界と魔王の影
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001 異世界旅行護衛つき


 明るい森を抜けると街道らしい場所に出た。想像していた通り、舗装なんてされておらず土がむき出しだ。轍の跡があることから、交通量はそれなりに多いようだ。


 東雲によると、大都市へ向かう街道の一つらしい。ここから二時間ほど歩けば、ロルカという町がある。今後の方針を決めるためにも、由利たちはそこへ向かうことにした。


 隣を歩く東雲は爽やかな風に髪をなびかせ、疲れた様子もなく進んでゆく。由利の歩幅に合わせるためか、時折こちらを気にしているようだ。


 東雲はパリコレモデルにファンタジー映画の衣装を着せたような男になっていた。某指輪映画にエルフとして出演していても違和感がない。くせ毛混じりの金髪に新緑色の瞳、西洋絵画を探せば一度は見たことあるような整った顔。背は高いがやや細身の体格のせいか、大男という印象はない。質素なチュニックとズボン、膝まであるブーツといった服装は、地味になるどころか、ますます外見の良さを際立たせていた。


 目が合うと微笑まれた。


 仕草は東雲のままなのに、イケメンがやると破壊力が凄い。不覚にもときめきそうになった自分が嫌だ。


 東雲が恵まれているのは外見だけではなかった。彼女の脳内にはメニューが存在して、地図表示や持ち物の管理ができるようになったそうだ。武器や剥ぎ取った毛皮もここに収納されている。この世界のこともある程度なら検索して表示されるらしく、今は歩きながら手当たり次第に調べて情報を集めてくれている。


 由利は対照的なほど何もなかった。持ち物は意識が途切れる直前に持っていたカフェオレの缶コーヒーのみ。東雲の人物鑑定によると職業は巫女で、装備武器が缶コーヒー・カフェオレ味。


 この世界の神様は由利に恨みでもあるのだろうか。敵へ缶コーヒーを投げつける巫女とか誰得だ。


 このまま缶コーヒー巫女として旅をしなければならないのかと戦慄した由利だったが、幸いなことに東雲が近くに落ちていた巫女の杖を見つけてくれた。さっそく装備すると缶コーヒーはなぜか補助武器という欄へ移動した。異世界の神はどうしても巫女に投げさせたいらしい。目の前に出てきてくれたら顔面へ投げてあげるのに。


「そういえば当たり前のように戦ってたけど、それもこっちに来てから実装された機能なのか?」

「そうみたいです。どう言えばいいのか……相手の体の一部を狙おうと思うと、それに対して体が最適の行動をしてくれるような? これもゲームに近い感覚ですね」

「何それ羨ましい。今すぐ体を交換してくれよ。それか機能の一つでも分けてくれ」

「譲渡できそうなら試してみましょうね」


 それまで我慢してて下さいね、と笑いながら頭を撫でられた。完全に子供扱いだ。由利の言動が幼稚だったから仕方ない。


「そろそろ町が見えてくるはずです。その服は目立ちますから、このマントで隠して下さい」


 東雲が空間から薄茶の布を出して渡してきた。由利の身長だと足首まで隠れそうだ。鏡がないために全身を見ていないが、白地に青い糸で刺繍された服ということだけは判っている。この服はどこかの巫女が着るものだと東雲が言っていた。ロルカには神殿がなく、巡礼路でもないため人目を引くだろう。


 異世界に来て数時間しか経っていない由利たちは、余計なトラブルを呼び込まないようにと事前に話し合っていた。特に由利は一人で行動しないようにとしつこく言われている。女の筋力で襲ってくる男に勝つのは難しいこと。何かあれば東雲を呼ぶこと。知らない人について行かないことなど、日本でも聞いたことを約束されられた。


「小学生に戻った気分だな……」

「そう思っていたほうがいいでしょうね。特に身体能力は、自分で思っている以上に落ちていると思いますよ。後で腕相撲でもしてみますか?」

「それも気になるけど、東雲並とまでは言わなくても、今の俺に何ができるのか知りたい」

「私が前衛職ですから、理想はゲームの巫女みたいな役割ですよね。回復とか浄化したり」


 この世界には魔法があるみたいですよ――東雲にそう言われて、心が踊ったことは秘密にしておこう。



 *



 ロルカは魔獣よけの防壁に囲まれた町だった。


 周囲に現れる魔獣が熊や狼型といった大型の四つ足が多いため、二階建てほどの高さまで石やレンガが積み重ねられている。建材がバラバラなのは長年にわたり拡張や修復を繰り返してきた結果だ。頑丈そうな木の門扉は東西に一つずつ。都市と都市を結ぶ街道の宿場町として発展してきことから、防犯に力を入れており宿と食事のレベルも高め。町の人口が百人前後という数字は現代日本では村レベルだが、農業と医療の差を考えると、この世界では珍しくないそうだ。名物はヒガ鳥の香草焼き。以上、東雲ウィキより。


 街道を進むにつれ、門の前に人や馬車が行列を作っているのが見えた。馬車――正確にはロバのような小型の生き物が引く荷車のせいで長くなっているが、多く見積もっても五、六組ほどの集団しかいないようだ。列の先頭では槍を持った人物が数人立っていて、集団の代表者と何やら話し合っている。検問でもやっているのだろうか。


 最後尾に並ぶと前にいた商人らしき男が話しかけてきた。


貴方達も(Ye tuan)商人(fisscas)ですか(dona)?」


 日本語でお願いします――由利は切実に願った。


 第一異世界人とのコミュニケーションは言葉の壁に阻まれた。よく考えれば地球の一地域でしか話されていないローカル言語が、異世界で通じると思う方がおかしいのだ。


 東雲が何かを否定するように首を横に振って答えると、商人は哀れむように胸に手を当てる。二人はしばらく会話していたが、やがて商人の順番が回ってくると、和やかな空気のまま別れの挨拶らしき言葉を言って終わった。


 言葉が分かるのもチート機能なのか。


「由利さん。門を通る間は、不安そうな顔をしてて下さい」

「いいけど……何で?」

「そこにいる自警団に話しかけられても“山賊に追いかけられたトラウマで男と会話するのが怖い”って理由で黙っていられますよ」

「東雲……」


 言葉が分からないことは、とっくにバレていたようだ。


「ありがとな。任せるわ」


 由利は開き直って彼女に任せることにした。何でお前ばっかりと八つ当たりをしたところで彼女を困らせるだけだ。もし由利のわがままに呆れて見捨てられたら、何も分からない場所に取り残されてしまう。それだけは避けたい。


 二人に順番が回ってくると、それまで気怠げに立っていた男達が全員注目してきた。彼らは由利の顔が見える場所へ移動してきたり、ちらちらとこちらを見ながら隣の仲間と会話をしている。今の由利に似た犯罪者の似顔絵でも回ってきたのだろうか。それとも集団のむさ苦しい男に、一斉に注目される罰ゲームなのか。


 ――いや、怖いから。言葉分からないし、演技とか関係なく不安になるって。


 殺気立つような視線に耐えられず東雲の服を掴んで隠れると、苦笑した東雲が自警団へ何かを言う。すると男達はほとんど喧嘩腰に東雲へと詰め寄ってきた。強面の男達に動じることなく、東雲はなぜか街道のほうを指差しながら、道案内のようなことをしている。話を聞き終わった男達は険しい表情のまま、半数が町の方へと歩いて行った。


 由利の背中に手を回した東雲が、日本語で囁いてきた。


「彼らに“スェルテ・アグー”って微笑みながら言ってあげて下さい。ありがとうって意味です」

「スェルテ・アグー」

どういたしまして(Vikaux)


 ぎこちない笑い方になってしまったが、ちゃんと伝わったようだ。強面なりに笑顔を返してくれる。怖いけれど悪い奴らではなさそうだ。怖いけれど。


 門から続く大通りをしばらく進んだところで、由利は東雲に話しかけた。


「まずはゆっくり話せる場所へ行きたいな」

「では宿でもとりましょうか。ちゃんとお金も持ってますから、安心して下さいね」

「便利だなぁ……」


 護衛つきの海外旅行にでも来た気分だ。借りたお金は返そうと勝手に心に誓いながら、東雲について行った。

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