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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 別れた道

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007 囚われの赤竜

クモ注意


「えっ……ここの警備が厳しいのって、キルシュでミスしたせい?」


 東雲は使役した蜘蛛から伝わってくる声を聞いて、しばし呆然とした。巡回する僧兵が多いのは、ここがウィンダルム王国最大のザイン教会支部だからと思っていたのだ。


 やっちゃったという幼稚な感想と、嫌な汗が体に滲む。


「まずい。また来た」


 見取り図に表示させた光点が近づいてきたのを見て、東雲は隠し通路を通って上の階へ静かに移動した。




 王都ローズタークへ流れ着いた東雲は、すぐに厳重に守られたザイン教会に気がついた。侵入者避けに施された魔法に、変わった犬を連れて巡回する僧兵達。さすが都会の教会は立派だなぁと観光客並の思考で感動し、すぐさま侵入するための下準備を始めた。


 まず登録された者以外が建物に入ると警報が鳴るという、いかにもな防犯魔法を改造。細工した魔石の情報を登録し、その所有者には反応しないという条件を、コンピュータウイルスのように魔法式に仕込んでおいた。


 手間を考えれば東雲自身を登録したほうが早い。だが点検で魔法式を見られたら、誰が細工したのかすぐに判ってしまう。相手に与える情報は少なくしたい。


 次に自身の魔力を入れた魔石を細かく砕き、森で捕まえた小さな蜘蛛に食べさせた。魔石を使った原始的な使役だ。弱い魔獣や小さな生き物にしか使えないが、今回のような潜入には十分使える。


 魔獣ではなくただの蜘蛛にしたのは、保有魔力が微弱すぎて警戒の網に引っかからないからだ。使役するために消費する魔石も少なくて済む。


 捕まえた端から教会へ送り込み、お互いに情報を共有させて擬似的なネットワークを構築。脳内地図とリンクさせると、建物内にいる者の詳細が表示されるようになった。


 誤算だったのは、この蜘蛛ネットに接続するためには、自分も建物内にいないと使えないという点だった。教会は王都の大通りに面していて、長時間隠れられる場所が見つからなかった。路上は人目に付きやすいし、近くの建物はどこも人が住んでいる。潜伏先として勝手に使っていた空き部屋は、教会から遠すぎた。


 仕方なく巡回の僧兵から逃げ回りつつ、ネットワークに常時接続するという忙しい作戦になってしまった。見取り図で隠し通路を見つけていなかったら破綻していただろう。


 新人だった東雲に、仕事の成功は準備にかかっていると教えたのは由利だ。不足することはあっても、やりすぎることはない。今回の潜入ではその教えが最も活かされている。


 教育の結果が宗教施設への不法侵入と聞いたら、由利は頭を抱えるかもしれないが。聞かれない限りは黙っておこうと東雲は心に決めた。


 僧兵の警戒網から逃げ回る東雲に、枢機卿を監視していた蜘蛛から、キルシュの大司教が来たと連絡があった。そして盗聴と逃亡を繰り返しながら、ようやく自分が置かれた状況を知ったのだ。




 サロンの蜘蛛を天井裏に避難させ、東雲は溜息をついた。


「由利さんは島の男子修道院。勇者は手配中。どうしようかなぁ。回収して島を出るまでが救出作戦だよね」


 増えてしまった独り言に反応するものはない。由利がいれば、遠足みたいに言うなとツッコミを入れてくれたはず。


 地図には修道院があるアルクシオン島が表示されている。島の大半は灰色になっていて、詳しいことは上陸してみないと分からない。魔法の転移もできない地域のようだ。今すぐ会いに行くのは無理そうだ。


 定期船は止められた。船を調達できる伝もない。


 空を飛べる魔法は存在しているが、魔力の消耗が酷くて、島へ到着する前に海に落ちるだろう。


 ――ついでに使えそうな道具がないか探してみようかな。


 蜘蛛と視界を共有していると、貴重品を保管している部屋を見つけた。部屋の前には警備をしている僧兵がいる。その上、複数の巡回路と重なっているようで、警戒が途切れることはない。見張りを倒して侵入すれば、すぐに見つかってしまう。


 見取り図と視界を見比べていると、天井から入れそうな場所を見つけた。移動して天井から覗いてみると、丁寧に張られた結界を感じる。建物全体の防犯魔法とは独立していて、少し見ただけでは解除できそうにない。


 下手に触らないほうがいいかと諦めかけていると、入り口から話し声が聞こえてきた。


 蜘蛛を使って様子を伺っていると、三人の聖職者がいくつか小箱を運び出している。そのまま監視を続けていると、三人は別の部屋で中に入っている物を取り出して、長机の上に並べ始めた。


 それは札の束に見えた。蜘蛛の視界では札の種類を鑑定できない。


 三人は札を一枚一枚手に取り、左右に仕分けていた。全て終えると、片方の大きな山だけを元通りに箱へ入れて鍵をかける。もう一つの小山は乱雑に空箱へと入れられた。三人は大切そうに小箱を持ち、部屋から出ていった。


 姿が完全に見えなくなったことを確認して、東雲は放置された箱から一枚抜き出した。描かれた模様から読み取れたのは、何かを具現化して体から出す術ということだった。


 他の札と見比べてみると、どれも一部が欠けたり汚れがある。あの三人は検品していたようだ。


 残っている札をメニューのメモ帳で組み合わせて、完成品と思われる札を作ってみた。具現化させたい物が気になる。出来上がった札を解体して機能を調べていると、胸の奥にドロリとしたものがこみ上げてきた。


 ――黒。


 それよりも、もっと暗い何か。


 窮屈で、息がつまる家。


 出来ることが当然で、結果を出せなければ失望されて。


 見た目で判断されて。


 勝手な理想を押し付けられて。


「――ダメだ」


 記憶が混ざる。


 己の記憶と、知らない誰かの記憶。


 ようやく分かった。自分がここにいる理由と、勇者の役割が。


「そのために繰り返した」


 声が遠い。


 これは自分の声だろうか。


 違う――東雲は否定した。これは勇者の声だと。


 全ては一つの目的のために、繰り返して、終わらない。


「終わらせないと」

「おい! そこで何をしている!?」


 背にした扉から怒声が聞こえた。


 東雲は咄嗟にマフラーを頭に被り、顔を隠す。


 入り口にいたのは、犬を連れた僧兵だった。犬が東雲の気配に気付いて、誘導してきたのか。


 東雲は僧兵へ向かって小袋を投げつけ、わざと叩き落とさせた。袋は簡単に裂け、中に詰めた香辛料を散乱させる。


「舞え!」


 東雲の一言で小さな竜巻が生み出された。限界まで細かくした香辛料の粒子が僧兵と犬を襲い、悲鳴が上がった。


「ごめんね!」


 犬を飛び越え廊下へ出ると、怒声を聞きつけた僧兵が集まりつつあった。


 前方は六人。後方は二人。


 迷っている時間はない。


 ネットワークの一部を切り離して、後方の二人へ蜘蛛の群を落とした。


「なっ何だ!?」

「蜘蛛――ひっ!」


 天井から落ちてくる蜘蛛に怯んだ横を走り抜け、地図を開いて安全地帯を探した。鳴り響く笛を合図に、出入り口が閉ざされてゆく。隠し通路の一部にも光点が表示され、東雲を包囲する輪が完成しつつあった。


 怖いくらい練度が高い僧兵達だ。今まで見つからなかったのが奇跡に思える。


 ――いっそ人質でもとる?


 東雲はすぐに馬鹿馬鹿しいと己を否定した。


 例えば枢機卿あたりを人質に立て篭もっても、相手に襲撃の時間を与えるだけだ。あの老人だって大人しくしているはずがない。脱出用の道具ぐらいは隠し持っていても不思議ではない。


 僧兵がいない場所を探して、最上階へ登ってきた。この階は研究施設として使われていると、蜘蛛からの情報で知っていた。大切なものが多い場所なら、いきなり攻撃魔法を使われることもないはず。


 東雲は防犯魔法に仕込んでいた、魔石の登録を消した。姿が見つかってしまった以上は、残していても使えない。


 魔法式の表示を消す直前に、登録者の記述が目に入った。一覧の中に異質な名前がある。地図上に居場所を表示させると、近くの部屋に光点が灯る。


 東雲はネットワークの蜘蛛に、森へ帰るよう指示を出してから解放した。突如自由になった蜘蛛達は、隠れていた隙間から這い出して外へと移動を開始する。


 その途端、教会は悲鳴に包まれた。


 無理もない。せっせと送り込んだ東雲が言うのも何だが、控えめに言って気持ち悪い。沢山の蜘蛛がぞろぞろと――東雲は視線を逸らした。本当にごめんと誰にともなく謝る。悪意は全く無いのだ。


 教会を混乱に陥れた東雲は、あまり周囲を見ないようにしながら、目的の部屋へ飛び込んだ。幸いなことに、ここには蜘蛛はいない。


「むっ……何奴」

「話は後。君は捕まったの? それとも自分の意思でここにいるの?」


 中にいたのは、赤毛を長く伸ばした幼女だった。黒曜石のような黒目には警戒の色が浮かんでいる。この辺りでは見かけない、細かい刺繍がされた服を着ていた。髪の間からは短い角が見えている。


 彼女は一メートルほどの魔法陣の中にいた。体は拘束されていないが、陣から外へは出られないようだ。


「白々しい。お主らが――」

「話は後って言ったでしょ」


 魔法陣を見てみると、教会が魔獣を捕まえておくものだった。東雲は魔法式に無理矢理介入して、陣を崩してゆく。


 時間が無いからと無茶をしたせいで、軽い目眩がした。体が次第に重くなってくる。魔力を使いすぎたようだ。


「……礼は言わぬぞ」

「いいよ。僕が逃げるために助けたんだし」


 東雲は彼女に怪我がないことを確認すると、飛べるよねと尋ねた。


「周囲は敵だらけ。僕なら僧兵が使う魔法を防げる。君は空から逃げられる。少しだけ協力しない?」


 幼女は東雲の心を見透かすように、表情が伺えない目でじっと見つめていた。ややあって、よかろうと呟く。


「我を捕まえた奴とは気配が違うの。思うところはあるが、仕方あるまい」


 幼女が目を閉じると共に魔力が膨れあがった。東雲が急いで離れると、髪の色と同じ、真っ赤な竜が低い唸りをあげて現れた。


 優に六メートルはある。窮屈そうに身を屈め大きく息を吸うと、咆哮で周囲の壁と屋根を吹き飛ばした。竜は開口部から見える青空に満足して頷き、残った床の縁に立って羽を広げた。


「吼える前に言ってほしかったなぁ」

「衝撃波を防いだくせに、よう言うわ」


 狭い室内で聞いたせいで、耳が聞こえにくい。竜の後脚に捕まると、軟弱者とでも言いたげに鼻で笑われた。


 竜は空へ舞い上がると、騒ぎに集まってきた聖職者達を冷やかに見下ろし、更に高みへと昇っていった。

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