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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
最終章 異世界転移

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001 あなたに誠実な愛を


 光が止んだ。


 死を清められた大聖堂に静けさが戻ってきた。エッカーレルクが入っていた人形が崩れ落ちる。東雲とフェリクスは人形から武器を引き抜き、ゆっくりと離れた。


「終わった……?」


 由利の独り言に東雲はうなずき、床の上に座りこむ。エッカーレルクと直接殺しあっていた二人は傷だらけだった。治療をしようとフェリクスに近づくと、疲れた顔で断られた。


「あいつを先に治療してやれ」


 フェリクスは床に寝転がっている東雲を指した。もう動きたくないと言わんばかりに、ぼんやりと空を眺めている。由利が近づいて隣にしゃがむと、とろけるような甘い笑みを浮かべた。


「東雲」

「とりあえず、死ななかったんで褒めて下さい」

「よくやった」


 由利は荒っぽく東雲の頭を撫でた。つい照れ臭くて雑な扱いになってしまう。無事で良かったと思っていることも、笑顔に見惚れたことも、全部隠しておかないと際限なく態度に出てしまいそうだ。


 このままお互いの道に進んで忘れ去られることと、気持ちを知られて嫌われること。どちらが辛いだろうか。望んだ未来が来ないなんて、とっくに思い知らされているのに。


 由利は東雲の手を取った。刺さった針を無理に引き抜いたらしい傷口は、見るからに痛々しい。手を握ると熱を帯びていて、生きていることを強く感じた。


 ――先に痛み止めを……いや、こいつは痛くないからって理由で動き回りそうだな。傷だけ塞いでおくか。


 むしろ痛覚を二倍にしてやりたい。そうでもしなければ、東雲は戦後処理へと飛び出していくに違いない。まるで働いていなければ生きている価値がないとでも言うかのように。


 そんなことをしなくても、お前の居場所は無くならないと東雲に言ってくれる人が現れてくれたら――由利は自分の未練を断ち切れる。


「あれ……?」


 魔力が操れない。最初から存在していなかったと錯覚しそうになるほど、今まで使えていたものが見つからなかった。体全体が重く、力も入らない。魔力の使いすぎで枯渇したのだろうか。


「ああ、限界が来たんですね」


 めまいがしてふらついた由利を、いつの間にか起き上がった東雲が支えた。


「限界……?」

「その体はイドが作った試作品。生きるための体じゃないんです。だから、いつ動けなくなっても不思議じゃなかった」

「……知ってたのか」

「近いうちに死ぬって言われたら、怖いでしょ?」


 これは東雲の優しさだ。知っていたから、モニカと連絡をとって安全に帰れるように手配してくれていた。帰るための魔法式は既に完成している。由利が先延ばしにしなければ、そんな事実を知ることも無かっただろう。


 頭では理解しているのに、同時に沸き起こる感情が混ざってくる。なぜ言ってくれなかったのか。由利を怖がらせないための沈黙が、心に傷をつけてくるのに。


 体が変わって不安定気味だった心が揺れる。子供に戻ったようなわがままな部分が常に渦巻いていて、東雲に八つ当たりをしたくなる。たぶん、東雲は黙って由利が落ち着くまでそばにいてくれるだろう。そんな予感がさらに変化を増幅させる。


「なんで、今なんだよ……」


 怖くなった。


 二度と会えなくなるなんて嫌だ。中途半端なままで終わるのか。

 最後に跡を濁してどうする。気持ちを押し付けて逃げるなんて最低だ。


 正反対のようで、どちらも保身しか考えていない気持ちが現れる。結局は自分が嫌な思いをしたくなくて、逃げ出そうとしているだけ。最初から最後まで東雲(あいて)のことを思いやっていない。そんな己の汚さに目を背けている。


 どうしようもない人間だなと自覚して、視界が滲んだ。


「……由利さん」


 頬に東雲の手が触れた。こぼれた涙を優しく拭いて、そっと背中を撫でて慰めてくる。これではどちらが年下か分からない。


 年甲斐もなく泣いて、みっともない姿を見られて。こうなりたくなかったから、ずっと隠してきた。今まで通りの関係のまま、からかわれて、言い返して、それで帰りたかったのに。


「まだ、お前に言ってなかったのに」


 このまま帰るのは嫌だという思いが強くなる。いつまでも独占していたい。こんな風に慰められるのは、優しさを向けられるのは自分だけで、他人には盗られたくない。


 お互いに外見も性別も変わったからこそ、見た目に惑わされなくなったのだ。仕事の付き合いしかなかった相手の中身に触れて、居心地の良さに気がついて、ゆっくりと育つ感情もあるのだと気付かされた。


 そんな東雲が相手だからこそ、過去の人になりたくなかった。存在を忘れ去られることは虚しくて、傷でもいいから覚えていてほしい。


 ――本当に、勝手すぎる。


 藤紫色の瞳が由利を見下ろしている。真っ直ぐ見つめると、奥に隠された感情が揺らいだ気がした。


「どうしても、これだけ言いたくて。東雲のことが――」


 唐突に。

 背中に回された手と、唇に触れた体温。

 色素が薄いまつ毛が見える。

 知るのが怖くて、考えないようにしていた東雲の気持ちが、ようやく伝わって。

 重ねるだけの口付けが離れ、東雲は由利を諭すように囁く。


「それ以上はダメです。あなたを帰すのが惜しくなる」

「なんで」


 東雲は答えずに、遠巻きにしているモニカへ呼びかけた。


「モニカ、由利さんを帰す魔法式は完成してるよね? そろそろ送ってあげて」

「……あ。は、はい!」


 モニカが我に返って、慌てて杖を構える。優しい声で、ゆっくりと魔法陣が描かれてゆく。別れのための時間を稼いでくれているようだった。


「東雲、待って」

「由利さん。今は良くても、ここに残ればきっと後悔する。五年後、十年後、何かの節目の時に、捨てた過去を思い出してしまう。実家で倒れたなら、発見するのは家族ですよね? 退院したばかりなのに、今度は死ぬなんて。由利さんの家族は、由利さんを一人にしたことを悔やみながら生きていかないといけないんです」


 事実は心に突き刺さる。帰ろうとしていた理由を再確認させられて、由利は言葉に詰まった。


 東雲は俯いた由利の顎に手をかけて、そっと上向かせる。由利が現実を受け入れたことを察すると、冷ややかに見えた目元が優しくなった。


「ねえ由利さん」


 口元が笑っている。純粋とは程遠い、人を悪の道に蹴落とす悪魔の笑みだ。優しく誘惑して、抜け出せないほど甘やかしてから捕食する。最期の時まで痛みすら感じさせない、理想的な。


「もし、ある欲が生まれて、誰にも迷惑をかけない範囲で、解決できる方法を僕が知っているなら?」

「……そんな方法があるなら、今すぐ教えてくれ」

「由利さん、愛してます」


 強引に抱きしめられた。方法によっては文句の一つでも言ってやろうかと身構えていた由利は、予想外の告白と行動に思考が真っ白になる。


「お前、人には言うなって邪魔しておいて、自分は言うのか……」

「可愛い泣き顔で拗ねないでください。無自覚に誘惑してくる由利さんを襲わずに我慢してたんですから、それぐらいは許してほしいですね。向こうで悶々としててください」

「あのなぁ……誘惑してたのはどっちだよ」

「おや? 全く身に覚えがないんですが。由利さんも隠すのが上手いなぁ」


 東雲なら気が付いていても不思議ではないが。案外、由利と同じく恋愛には臆病なのかもしれない。知れば知るほど縮まる距離は、嬉しいと思うよりも先に叫びたくなるような恥ずかしさがある。


「一つだけ呪いをかけさせてください。賢者が残した魔法を使うのは癪ですが、あなたの魂に目印を付けます。それがあれば、由利さんが生まれ変わっても分かるから。ちゃんと悔いがないように、寿命まで日本で生きてください」


 耳元で告げられる言葉の一つ一つに熱がこもっている。初めて東雲から晒してくれた本音に嬉しさが込み上げて、顔が赤くなるのが自分でも分かった。東雲の背中に手を回し、肩に額を寄せる。


「呪いなのか」

「呪いです。死んだら魂をくださいなんて、悪魔しか言わないでしょ? こっちと向こうは時間の流れが違うから何年後になるか分かりませんが」


 魔法陣から柔らかい光が溢れる。温かくて包み込む力が、由利の行き先を教えてくれていた。この光の先に由利の体がある。


「そうだ。他の女の子と結婚するぐらいは認めますよ。死ぬまで独身でいろなんて酷いことは言いませんし、日本での人生には干渉しません。でも相手が男だったら、思いつく限りの方法で妨害します」

「この状況で鳥肌が立つようなこと言うな。なんで男限定なんだよ」

「だって、女の子の由利さんは僕のものって決めましたから」


 見上げると優しく微笑む東雲と目が合う。すっかり印象が変わった。年下で、女の後輩だったはずなのに。由利の心の変化が進むほど、どうしようもなく格好良く見えてくる。


 ――まさか、この歳で恋に落とされるとは。


 見た目が変わってもお互いを求めていること。受け入れて、抱きしめてくれることが、どれほど有難いか。


 もっと早く気持ちを知ればよかったのだろうかと由利は思い、否定した。何度繰り返しても、由利も東雲も最初の一歩を踏み出せない。どうせ自分なんて相手にされないと諦めて、嫌われるのが怖くて殻に閉じこもる。はっきりと相手の気持ちを知った時か、追い込まれた状況でしかさらけ出せないのだから。


「また巡り会えた時に、ちゃんと思い出してくださいね」

「うん。探しに来てくれたらな」

「誘ってるんですね? そんな由利さんも好きです」

「寝言は寝てから言ってくれないかな」


 お互いに笑みがこぼれる。自然に重なった唇に、幸せと寂しさが混ざってゆく。

 また会えるという希望に不安を隠して、由利は意識を手放した。

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