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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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016 狂気の終わり


 それは小さな声だった。

 首を締め付けられた東雲の、呻きに似た声。


「……そ、らに……」


 エッカーレルクの腕を掴む東雲の手に小さな雷が生じる。


「てん……怒り……」


 煩わしそうに東雲を見るエッカーレルクは、空中に黒い針を生成して無防備な手に突き刺した。肘まで刺されてもなお、東雲は止めない。


 フェリクスがエッカーレルクから距離を置き、細剣の攻撃範囲から外れる。

 大気に魔力とは違う何かが満ち、由利は鳥肌が立った。


「神、堕とし――天雷」


 天井に収束した力が、雷へと変換されてエッカーレルクの真横に落ちる。


 結界への圧力が消えた。由利は結界を解除して、エッカーレルクへ向かって光弾を撃ち、また結界へと引きこもる。光弾が東雲を掴んでいた腕に向かって飛んでゆく。


 当たらないと油断した天雷に狂わされ、エッカーレルクの反応が遅れた。光弾を打ち消そうと向けた細剣を、フェリクスが蹴り上げて阻害。隙が生まれたところに光弾が命中し、東雲を掴む手の力が緩んだ。東雲は咳き込みつつも身代わりの紙人形を使って、賢者の手から逃れる。


「む……」

「動くな」


 刀を拾った東雲がエッカーレルクを背後から刺した。背中から鳩尾に刀身が突き抜ける。じわりと赤黒い血が滲み、青い僧服を汚す。


「ふん、この程度――」


 エッカーレルクは刀を掴み、訝しげに顔をしかめた。


「これ、知ってるよね?」


 荒く息をつき、東雲は賢者へ問いかける。右手に持った黒い石をエッカーレルクの背中に押し当てた。


「勇者の体に作られてた、擬似核。僕を閉じ込めてくれた空間と、王都の霧も少しだけ吸収してあるよ」

「なぜ、それを……」

「勇者が死なないように摘出したのはいいけど、使い道が無いから。中身は人間の欲が詰まってて、声を聞けば恨み言ばかり。だから生みの親に返してあげようと思ってね。僕と勇者からの餞別だよ」

「ぐうっ」


 東雲が力任せに押し込むと、黒い石はエッカーレルクの体内へ吸収されていった。皮膚に呪詛の言葉が浮かび上がり、大聖堂の天井から黒い霧が降り注ぐ。魔王の城で見た、降臨の儀式が再現されようとしていた。


「フェリクス!」


 フェリクスは白い布を取り去り、短剣をさらけ出した。装飾も何もない、量産品と言われても何の疑問もわかないような、鈍色の刀身。エルフの華麗な剣とは対照的な短剣は、勇者の装備にしては質素すぎた。


「そんなもので」

「見覚えがあるはずだ。お前が作って、歴代の勇者を殺してきた聖剣」

「リ、ジル……」

「人を魔王に変える擬似核と、心臓を貫くための聖剣。お前なら、理解できるだろう。俺がこれを持っている意味が」

「ま、待て、それは――」


 エッカーレルクは短剣から逃れようと身をよじる。だが背中から刺し貫く東雲が動けないように引き留めている。


「富嶽、頼む」


 由利は残っていた折り紙を使った。忠実な犬が一直線に駆けてエッカーレルクの腕に噛みつく。富嶽の重みで上半身を引かれ、エッカーレルクの胸元が無防備になった。


「終わりだ賢者――いや、魔王エッカーレルク!」


 短剣がエッカーレルクの胸に突き立てられる。苦悶の表情を浮かべたエッカーレルクの口から血があふれ、顎へと流れた。


「モニカ、やれ!」


 フェリクスの合図でモニカは杖を床に立てた。涼やかな音と共に、大聖堂を清浄な空気が満ちてゆく。魔力を含んだ黒髪から、光の粒子が一つ二つと浮上した。


 石の床に巨大な魔法陣が現れる。強大な力を有する賢者を空へ還すために作られた、解放戦の要。聖女に託された想いが、ようやく形になろうとしていた。


「止めろ! それは……まだ、答えに辿り着いていない!」


 エッカーレルクは激しく抵抗していたが、東雲とフェリクスが離さない。二人とも剣を突き刺し、空いている手でエッカーレルクの体を押さえつける。


「帰りなさい。貴方は輪廻の輪から離れた牢獄がお似合いです。何も見えず、何も聞こえない。そしてあらゆる知識から隔絶された、虚無の檻へ堕ちなさい。知識の管理者である神も、それをお望みです」


 聖女の力強い声が聖堂に響く。


「ああああああっ!? ゆ、許さんぞ貴様ら! 邪魔をするな! 長年にわたる研究を無駄にする気か!?」


 光が強くなり賢者が叫ぶ。力の奔流が天井を吹き飛ばし、星空が露わになった。魔法陣がエッカーレルクを起点に縮小して、空へ行き先を示す。


「心臓に宿った、貴方が踏み潰した方々の恨みを抱いて行きなさい。どれほど罪深いことをしたのか、きっと一つ残らず聞かせてくれるでしょう」


 死者の道が空へと続く柱になる。エッカーレルクの体が崩れ始め、黒く濁った塊が、ゆっくりと引きずり出されてゆく。


 負の感情を纏った残虐な男は、自らが犠牲にした者達の怨念と共に、生きることを否定され、空のかなたへと消えていった。

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