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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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015 古の賢者


 細剣から放たれた斬撃が床を抉った。砕け散る石の欠片、一つ一つに仮初の命が宿り、小さな蜂になって襲いかかってくる。東雲が伏せると同時に、後ろから来た暴風が蜂を纏めて粉砕していった。


 フェリクスが起こした風は衰えることなくエッカーレルクを巻き込もうとするが、魔法に長けた男は細剣を軽く振るだけで無効化してしまう。


「お前達には世界の謎を解くという、崇高な目的が分からんのかね?」


 背後から襲いかかった東雲の刀が弾かれた。二刀流の剣戟に対し、細剣一本で防ぎ、合間に魔法による攻撃まで加えてくる。当たれば即死は免れない威力を帯びており、一瞬でも気を抜けない。


「あんたのは自己満足だ。人を一方的に殺してまで達成すべきものなのか?」


 蜂を始末したフェリクスが加わり、エッカーレルクの攻撃が分散された。連携して挑んでくる相手に、エッカーレルクも防御の割合が高くなる。だが賢者を追い詰めるには至らない。


「一方的? ここに集まった聖職者は私の目的に賛同して、自ら実験体となったのだ」

「ローズタークで暮らしていた全員が、お前の人形になることを願ったとでも!?」

「青いな、小僧」


 エッカーレルクは鼻で笑う。


 床から突き出してきた石の槍が、フェリクスとエッカーレルクの間に生じた。素早く後退したフェリクスに対し、エッカーレルクが細剣を向けると、灰色の塊が出現する。


 それは蛇に似た幻影だった。退いたフェリクスの盾にぶつかって逸れ、太い尾で強かに殴りつける。狭い半径を描いて再度襲来した蛇は、エルフの盾をガラスのように簡単に砕いてしまった。


「くっ……」


 両手に剣を持ち替えたフェリクスが、刀身に風を纏わせる。丸呑みしようと降下してきた蛇を撫で斬りにし、体内に隠されていた魔石を壊した。蛇は体を保てなくなり、最後にフェリクスを弾き飛ばしてから消えていった。


「この国の王の同意が得られたなら、それは国民の総意であろう」


 政治の基礎を幼子に教えるかのように、賢者はうんざりと言った。


詭弁(きべん)だね。国民の総意を得て選ばれたならともかく、生まれた時から身分が決まっている国で、それは暴論だよ。それに、どうせ国王も騙したんでしょ?」

「言葉を扱えぬ為政者だっただけだ」


 エッカーレルクの細剣が東雲の刀を突いた。触れた切先から亀裂が走り、右手に持っていた刀が砕かれる。刀の柄を手放した東雲は、エッカーレルクが放った斬撃で体を斬られながら後退した。


「お前と気が合いそうな詐欺師だな」


 フェリクスが飛ばされた衝撃から立ち上がり、皮肉を込めて言った。本気で思っているわけではないことは、痛みを堪えながらも口角が上がった表情を見れば分かる。


「あれと同類にされるのは非常に不本意なんだけど。後で御前試合の続きでもやる?」

「俺から一本取れると思うなよ」


 東雲は加工した魔石を投げつけた。危なげなく受け取ったフェリクスは魔石を強く握る。フェリクスの傷が癒え、力を使い果たした魔石が粉になって落ちた。


「疾風」

「ラファール」


 同時に唱えられた身体強化が体を包む。牽制に紙の人形を投げつけ、エッカーレルクへ駆ける。


「これが脅しか?」


 出し惜しみはしない。走る間に必要な詠唱を済ませ、残った刀でエッカーレルクに斬りつけた。


「屠龍!」

「ぬるいわ!」


 敵の力を下げて己の能力を上げる。本来ならそう設定していた魔法が、賢者の一喝で効果をかき消された。


 不可視の結界に刀の軌道を止められ、行き場を失った力が両手に跳ね返る。東雲は刀を引き寄せて次の手を放つ。


「踊れ桜花!」


 ばら撒いた魔石がエッカーレルクへ殺到した。炎を発生させ、全てが急所を狙って飛び交う。襲いかかる魔石の群れはエッカーレルクの結界に当たり、火の粉を桜の花びらのように散らし、内包した魔力で消耗させていく。


 結界の内側から、エッカーレルクは細剣で東雲の刀を弾いた。


「この程度か?」


 鋭い突きが東雲の胸を貫く。


 魔法の黎明期、まだ魔法式など生まれていなかった頃に賢者として名を馳せた男は、剣士としての才覚にも恵まれていた。騙し討ちや裏切りが日常だった戦乱期で、魔法しか使えない者は生き残れない。経験が少ない東雲を剣で倒すことに、それほど労力を割いていなかったのだ。


「夢は幻」


 細剣を引き抜いたとき、東雲の口元が動いた。心臓を貫いたはずの体が揺らぎ、紙の人形へと変わる。


「胡蝶の夢」

「――む」


 気配を感じた後方へ火球を放つ。燃え上がったのは、またしても紙の人形だ。牽制として撒いた道具を使い、己の位置を入れ替えて戦う。敵の攻撃に当たらなければいいという、未熟者が勝つために考えだした作戦。


 東雲の思惑に勘づいたエッカーレルクは、散らばる人形を燃やしにかかった。媒体が無ければ転移できまいと、東雲の居場所を消してゆく。


「そこか。考え方は評価する」

「それはどうも!」


 エッカーレルクの細剣が刀を抑えた。強化している東雲を凌ぐ力で押し、同時に接近していたフェリクスに氷の矢を浴びせる。王都に残っている負の感情を魔力に変換しているため、使う魔法に制限はない。


 氷の矢がフェリクスに当たる前に砕けた。剣のみで魔法を弾き、氷の欠片を煌めかせて賢者に接近する。剣にエルフ文字が浮かび上がり、フェリクスの姿が掻き消える。


屠龍(ウーラガン)


 静かな詠唱。エッカーレルクのすぐ側に現れたフェリクスが、流れるような動きで剣戟を浴びせる。両手持ちに切り替えた剣の威力が格段に上がり、エッカーレルクの結界を二度の振りで叩き潰す。


 エッカーレルクは右の細剣でフェリクスの攻撃を捌き、左手で東雲の刀を防ぐ。両側から攻められているにも関わらず、エッカーレルクに焦りは見られない。拮抗と呼ぶには遠く、稽古でもつけているかのようだった。


「今代の勇者とは、こんなにも弱いのか。時代を経るにしたがって弱者でも生きられるようになった弊害とみえる」


 エッカーレルクが細剣を手放した。迫るフェリクスの剣を素手で掴み、たった一言だけ唱える。




「   」




 それは何十にも重なった詠唱だった。聞き取ることは難しく、辛うじて呪文と判断できるような音。雑音として処理してしまうようなものから、笛の音色と錯覚するような、あらゆる響きを含ませた神話の時代の魔法だ。


 細剣が床に落ちる。その音を起点にして、フェリクスの剣が砕けた。剣に封じられていた力があふれ、手をかざしたエッカーレルクに吸い取られてゆく。


「切り裂け」


 エッカーレルクの魔法がフェリクスを襲う。至近距離から放たれた魔法に逃げ道はない。フェリクスは白い布に包まれた短剣を逆手に持ち、見えない刃にぶつけて急所だけは外す。


 ひとりでに細剣が浮き上がり、エッカーレルクの手に収まった。攻撃を再開したエッカーレルクは、防戦に回ったフェリクスの体に新たな傷をつけていく。疲労と怪我でフェリクスの動きが鈍くなっているようだ。石の床に血を流し、片手に握った短剣で攻めあぐねている。


 フェリクスを追い詰めつつ、エッカーレルクは東雲の首を捉えた。移動の気配すら感じさせない。東雲の感知能力をはるかに凌ぐ速度で動き、凄まじい力で締め上げて体を持ち上げる。刀を取り落とした東雲はエッカーレルクの腕にナイフを突き立てるが、刃先が傷をつけることはなかった。


 エッカーレルクの目が由利を見た。感情が読めない暗さに恐怖を覚え、由利は結界を最大限に強化する。


「苦しめ」


 結界全体に圧力がかかった。押し潰そうとしてくる力が結界を歪め、細かい亀裂をいくつも生む。


 モニカはすでに詠唱を終えている。あとは発動する時期を待っている状態だ。エッカーレルクを弱らせないと成功しないため、何も出来ずに見ているしかない。白くなるまで杖を強く握って待っている。


「ぅ……」


 体が熱い。どんどん魔力が失われていくのが分かる。見えない力が搾り取られ、立っていることが苦痛へと変わってゆく。


 ここで由利が押し負けたら、全て終わりになる。彼にとって世界は実験場だ。賢者は再び世に解き放たれ、犠牲者の数が増える。


 由利が膝をつくと圧力が増した。バットを支えに賢者を睨む。


 賢者は――笑っていた。

 無謀にも挑んでくる相手への嘲笑か。

 ただ殺される時を待つだけの無能が可笑しいのか。


 世界を弄ぶ男は狂気を滲ませ、大聖堂に笑い声を響かせた。

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