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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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013 奇術師と賢者


 黒い世界に小さな光が灯っている。

 気まぐれに浮かび、飛んで、沈む。


 光の一つを捉えたエッカーレルクが、別の光と混ぜて放流した。混ざった光はふらついて、逃げるように遠ざかってゆく。


 東雲はその光景を眺めながら、まるで昆虫で遊ぶ子供のようだと思った。エッカーレルクに悪気はない。ただの好奇心で捕まえ、思い通りに相手を翻弄する。観察して手放して、経験と知識を蓄えていくための踏み台。


 不幸だったのは、彼には力があったこと。そして長く生きる方法を知ってしまったこと。


「お前は何のために戦っている?」


 エッカーレルクは東雲を見ていない。手元に映し出した映像を高速再生で閲覧している。目の前で再生されているのは、東雲の記憶の一部だった。思い出したくない過去を発掘され、検証されている。


「それとも安定した世に生まれると、他人の諍いに首を突っ込みたくなるのかね?」

「これから暮らす世界が混沌としてたら、楽隠居できないでしょ」


 拘束はされていない。動けるような状態ではなかった。四肢の欠損は免れたが、深く斬られた右肩からは、まだ血が滲んでいる。


 黒い空間に放り込まれ、エッカーレルクの顔が見えた途端に鋭利なもので腹部を刺された。何とか体の自由を取り戻したものの、圧倒的な魔力で攻撃を無効化される。不利な状況での戦いは、エッカーレルクが勝つことが定まっていた。擦り傷すら負わせることが出来ず、ただ力を消耗して大怪我をさせられただけだ。


 東雲は座り込んで回復に専念していた。赤の他人に過去を見られるのは屈辱以外の何者でもないが、時間を稼ぐためには仕方ない。


「心に抱く願望を叶えようとしないのは何故だ? その体を使ってまで生き永らえたのに。可能となる手段を知り、力を得てもなお、行動に移そうとしない。お前は同じ失敗を繰り返すのか?」

「大きなお世話だ」

「小娘一人、どうとでもなるだろう。明確な目的があるにも関わらず、相手の心情を優先して現状を維持することを選ぶとは。お前の家族が失望するのも頷ける」


 傲慢を極めた賢者に言われたところで、東雲の心には全く響かない。


「都合がいい人形はいらない。自分の予想とは違うものが返ってくるから面白いんだ」

「結果として苦痛しか残っておらんではないか」


 静かに賢者が笑う。


「お前は、本来であれば手段を選ばない性格であろう。必要なら性格すら偽って、敵を蹴落とす。情に流されるような脆弱性など、後天的に体得してまで何を考えている?」

「そういうものは、中学生で卒業するんだよ。異世界の子供は」

「望んだものを得ることを躊躇うな。私の元へ来い。己の現状が、いかに愚かな選択の結果か理解できるというもの。世界に合わせるのではない、世界を己に合わせるのだ」

「色気の欠片もない誘い方だね。そんなもので僕がなびくとでも? 由利さんの足元にも及ばない」

「決裂か。それもよかろう。異界の技術には興味を惹かれたが、無くとも支障はない」


 東雲は袋に入った魔石の粉を、エッカーレルクへ投げつけた。周囲を飛び回る光の粒が袋へ群がり、賢者の視界を阻害する。


「くだらん悪あがきだ。この程度の乱れなど、半日もあれば元に戻る」


 見えない力に背中を押さえつけられ、うつ伏せに倒される。骨が軋むほどの圧力に意識が途絶えかけた。肺が空気を求めて喘ぐものの、満足な量を得られず、呼吸が荒くなる。


「……戦いの才能だけは捨てるに惜しい。されど尖兵となるには感情が要らぬ。お前も望みを潰せば考えを改めるか」


 エッカーレルクの姿が黒に溶け始めた。


「人として在りたいという意思は理解した。ならばお前を兵として得るには、相応の理由を作らねばなるまい。手間はかかるが、まずはあの小娘の心を壊すとしよう」


 押さえつけられていなければ、ふざけるなと叫んでいただろう。由利を廃人にして、元に戻すことを条件に従わせる気だろうか。その手慣れた言い方で、エッカーレルクが過去に行ってきた悪行が伺える。


「しばらくそこで己の選択が間違っていたことを反省するといい。この状況はお前が導いたものだ。お前の行動が小娘を壊した。この空間に取り込まれた時に、抵抗などせず従えば見逃してやったものを」


 偽りだ。見逃す気などない。目の前に便利な道具があるのに、この賢者が使わないわけがないのだ。本当に見逃す気なら、最初から存在しないものとして扱う。


 背中の圧力が消えた。急に大量の空気が肺に流れこみ、変化についていけずにむせる。


「クソジジイに這いつくばるくらいなら、ダニでも拝んだ方がマシだ」


 エッカーレルクは感情が読めない微笑みをたたえて消えていった。暴言など意に介さない、いずれ自分に従うことは分かりきっていると言いたいのか。何度も繰り返して手駒を増やしてきたために、東雲もその一人になると確信しているのだろう。


 東雲は大きく息を吐いた。

 右肩にぎこちなさは残るが、刀を振れるまで回復した。甘い回復薬を口に含み、大幅に消費した魔力を補充してゆく。この体を作ったのが聖典派だったせいで一時的に行動不能になったが、もう同じ手は食らわない。


「おい、そこの魂ども」


 魔石の粉に群がっていた光が、東雲の声に反応して浮上した。


「従え」


 ぞろりと光が東雲の方へと漂ってくる。魔石に含ませた魔力に酔い、賢者の統制よりも東雲に恭順の意を示す。この光は選別されて強化されている最中の魂だ。エッカーレルクが指定した行動をとり、時期が来れば人型の器へ入れられる。既に人としての意思など消え、ただ命令に従っているだけの道具だ。


「もし、お前たちに生き物としての意識が残っているなら、従え。解放されたいなら戦え。あの男が憎いなら、共に討つぞ」


 言葉を無くした魂がざわめいた気がした。東雲は黒い石を取り出し、魂に入れと命じる。最初の一つが石へ飛び込むと、堰を切ったように光がなだれ込んでゆく。


「さて……次は、ここから出る方法か」


 魂が飛び込む黒い石を近くに浮かべ、東雲はつぶやいた。


 入り口があるなら出口も作れるはず。そう東雲は結論づけ、賢者に見つからないように隠していた『機能』を起動させた。自分の過去を見られることを代償にしたお陰で、エッカーレルクは東雲の能力の全てに気付いていない。


 ――必要なら性格すら偽って敵を蹴落とす。目的のために手段を選ばない、か。当たってるよ、賢者様。


 戦いで負けて己の過去と能力を知られる――大多数の人間には痛手なことも、賢者を倒す布石となるなら犠牲にできた。迷いは負けを呼ぶ。何を隠して何を見せるか、判断を速くするほど敵は騙されてくれる。


 異空間への収納だけは知られるわけにはいかなかった。ここに入れたものを見られたら、エッカーレルクに勝てる方法がなくなる。


 東雲は黒く長い髪を引き出した。切った由利の髪の残りだ。潤沢な魔力は道具として申し分ない。続いて数日前に切った、自分の髪を出す。扱いやすい長さではあるものの、道具には向いていない。東雲はその二つを編んで一本の縄にし、端を繋いで輪にした。


「来たいなら来い。まとめて連れ出してやる」


 遠巻きにしていた光へ呼びかけると、黒い空間が蠢いた。可視化された感情で構築された空間が、外へ出ることをためらっている。


「早くしないと置いていく。時間がないんだよ」


 東雲は石を掴んだ。空間が歪む。光を巻き込んで石へと向かってくる。凝縮した負の感情など、本来は存在できないものだ。自然に反したものを留めているのだから、ほんのわずかな切っ掛けで崩壊する。


 あらかた空間が縮小したのを感じた東雲は、髪の輪に魔力を込めた。置いてきた刀に座標を設定すると、輪の中に朧げな光が生まれる。


「由利さんに手を出したら、存在していることを後悔させてやるからな」


 輪に向かって飛び込むと、ガラスが割れるような音と共に外の風を感じた。落ちている刀を拾い上げ、飛来する魔力を感知して魔石を投げる。フェリクスを捉えようとしていた火球は魔石に吸収されて砕けた。


「遅いぞ!」

「これでも頑張ったんだけどね」


 フェリクスが東雲の近くに後退してきた。人間二人と犬の魔獣を相手に、防戦を強いられていたらしい。怪我は見当たらないものの、体力は相当削られたようだった。

 東雲は細工した魔石を投げてフェリクスを回復させ、隣に並ぶ。


「どっち?」

「犬だ」


 同時に走り出して東雲は犬へ、フェリクスは僧兵へと詰め寄る。


「飛燕!」


 刀から生じた衝撃波を、犬は身軽に避けた。標的を失い消えると思われた刃は、奥にいたジョフロワを襲う。アレッサンドロの支援のために魔法に集中していたジョフロワは、唱えていた呪文を中断して障壁で身を守った。


 支援が途絶えたアレッサンドロを、フェリクスは見逃さなかった。槍を盾に沿わせて逸らし、間合いを詰めて剣で薙ぎ払う。胴を捉えた剣撃は鎧に当たったものの、アレッサンドロの姿勢を崩すには十分だった。


「勇――」

「終わりだ」


 剣先がアレッサンドロの喉を貫く。フェリクスは相手の胸を蹴って剣を引き抜き、軽く振って血糊を落とした。エルフの名匠が鍛えた剣は刃こぼれすることなく、血の汚れを弾いている。


「使えんな」


 エッカーレルクは割れた球体のそばで膝をつき、嘆かわしいとつぶやいた。東雲が空間をこじ開けて出てきた反動で、観測装置が壊れたようだ。割れた球体の欠片で傷つき、頰から鮮血が滴っている。


 エッカーレルクが傷口を撫でると、燐光を発して傷が塞がった。服についた血もまた消えている。


「行け」


 床に残っていた黒い靄が床を滑り、キトロ犬を飲み込んだ。二匹の犬が靄の中で混ぜられ、粘土細工のように形を変えてゆく。人の負の感情から抽出された力が生き物を冒涜して、他者を傷つけるためだけの兵器を作り出した。


 新しく現れたのは一匹の犬に似た悪意だった。一回り体が大きくなり、体長は三メートルになるだろう。近くにいる、それだけで東雲を標的と定めて襲いかかってくる。


「迎撃――」


 刀を鞘に収め、東雲は犬を見据えた。


 あれは闘争本能を刺激されて狂った道具だ。道具の心など理解できないが、解放してやるのが救いだろう。人の都合で生み出され、戦いを続けるよりも、静かな死と生まれ変わりを願う。


「――雷電!」


 振り下ろされた前足をかわし、刀を抜く。周囲に発生した雷が犬を絡めて動きを封じ、強化した身体能力が首を捉える。振り抜いた刀には骨を断つ手応えがあった。再生しようとしていた首を返す刃で完全に斬り落とし、それでも生まれようとする意思を切り刻む。


「世界は舞台」


 傷口に折り紙の犬を押し付ける。


「人は役者。全てはみな、夢の材料」


 犬の体が光に包まれて散った。後に残った光の球が折り紙に吸い込まれて青黒く染まる。拾い上げた東雲は、異空間へ収納して保管した。犬の魂は事態が落ち着いてから巫女に弔ってもらう必要がある。


 フェリクスは東雲が犬と戦っている間にエッカーレルクと対峙していた。細剣と魔法を駆使する賢者は、ほぼ互角にフェリクスと渡り合っている。最も厄介な男を引き受けてくれている間に、東雲は最後に残ったジョフロワへと向かった。


「ここで終わりか。殺したいなら、そうするといい」


 ジョフロワは無表情のまま言った。気力が抜け落ち、完全に覇気がない。生きることも死ぬことも、この聖職者には残っていないかのように見えた。


「所詮、沼は沼でしかなかった。救いなどというものを、他者に依存した結果だ。既に後悔すらない。されど誰かが責任を取らねばならん」

「……聖典派の罪を引き受けると?」

「賢者はここで殺すのだろう? 生きた罪人が居らねば溜飲を下げられない者もいる。過去の行動、組織内での立ち回りを鑑みれば、私が適任であろうな」


 それが聖典派の裏側で活動してきた男の結論だった。罪人として裁かれることで、騒動の幕引きをする。何らかの形で結論を出さなければ前に進めない者の、踏み台となることを選んだ。


 ジョフロワが犯した罪だけでなく、他人の罪を背負うことは、救いから程遠い選択だ。


「王都を占領した時点で、我々は終わっていたのだ。罪人には相応しい末路を」

「法王と皇帝には、そのまま伝える。何か希望は?」

「慈悲なき罰を望む」

「……そう」


 東雲は刀から雷撃を放出させた。ジョフロワの胸を斬るように雷撃を当てて気絶させ、頭を打たないよう風で支える。


 この男には過酷な未来が待っているだろう。慈悲を望まないのであれば、正気を保ったまま裁判に出るべきだ。頭を打って思考を鈍らせるわけにはいかない。


「底なし沼と知っていても、入る以外の選択肢が無いこともあるんだよねぇ。ま、せめて今だけは休んでなよ」


 東雲はぞんざいにジョフロワを縄で拘束して、フェリクスの加勢に走った。

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