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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
2章 別れた道

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001 魔族


 由利はふわふわと宙を漂っていた。


 クラゲになって空を飛んだら、こんな感覚だろうか。体も透明感があって、薄らと景色が透けて見える。異世界の女の子ではなく、自分の姿だったことも少し嬉しい。初めての幽体離脱は解放感に満ちている。


 やっぱり慣れ親しんだ姿が一番いいよね。あっチョウチョ飛んでるキレイだなぁと、一通り現実逃避したところで由利は冷静になった。


 ――そろそろ真面目にやるか。


 結界を張っている間は移動ができない。だから監視カメラとかドローン撮影のように、視界だけ飛ばす魔法が作れないかと試行錯誤した結果がこれだ。何とも形容し難い感覚と共に、ぬるっと体から魂だけが抜け出た。


 鰻の白焼きで冷酒が飲みたいと、ちらっと考えたのが効いたのか。とにかく鰻のようにぬるんと出てしまった。欲が絡むほうが成功率が上がるらしい。魔法の成功条件が謎すぎる。


 再び体に戻れると分かるまでは少し取り乱してしまったが、誰も見ていなくて良かった。東雲に見られていたら、変な声で叫んでましたねとか言ってからかうに違いない。この秘密は死んでも守らなければ。


 何度か出入りして検証してみた結果、由利が抜け出しても結界を維持できることが分かった。移動しても体がある方角は感覚で分かるし、偵察手段として十分使えそうだ。


 聖堂の壁をすり抜けて外に出てみると、太陽の光が眩しく感じた。少し肌を刺すような痛みもある。いきなり浄化されることは無さそうだが、昼間は長時間外に出ないほうが良いだろう。


 あてもなく漂ってみたり、思い切って聖職者の視界に入るよう動いてみたが、由利が見つかる様子はなかった。異世界の聖職者なら魂が見える、というのは勝手な思い込みだったようだ。


 発見されないことに安心した由利は、建物内も散策することにした。鍵がかかった頑丈な扉も、今ならすり抜けて行ける。初めてチート能力を手に入れた気分だ。


 転移して最初にたどり着いた部屋も見つけた。相変わらず何もない。宿の部屋から家具が撤去されていたことを考えると、転移の魔法陣を使うためには双方の室内に物があってはいけないのだろうか。


 再び中庭に戻ってくると、遠くで人の話し声が聞こえてきた。移動に慣れてきた由利は、勢いをつけて天井すれすれを飛行する。壁を潜って顔だけ出すと、そこは大聖堂だった。ミサの後だろうか。大勢の人が列を作り、祭壇の前に立つ聖職者から何かを受け取っている。


 これだけ沢山の人がいるなら、一人くらい由利を見つけられるかもしれない。なるべく見つからないよう移動し、側面上部の窓――身廊しんろうから見下ろした。だいぶ見えにくくなったが、全体を見渡すことができる。


 どうやら人々は金銭と引き換えに、札のようなものを受け取っている。性別や年齢は様々だが、身なりは比較的裕福そうだ。顔色も健康的に見える。


 大聖堂を出て行く人を観察してみると、黒い煙のようなものが彼らから出ていた。煙は別の煙とぶつかり、ある程度の濃さになると、北に見える山脈へと飛んで行く。


 ――あの札が、体に溜まった何かを吸い出してんのか?


 検証するのは後回しだ。由利はひとまず人の流れを見て、敷地外へと出る方向を確認した。高い金属の柵と門がある。門の前には槍を持った僧兵が二人立っている。聖女の体でここから出るのは難しいかもしれない。最低でも変装用の服がいる。


 大聖堂に戻り、隠し通路でもないかと手当たり次第に壁をすり抜けていると、地下室への階段を見つけた。見張りが一人立っていたが、暇そうに欠伸を噛み殺している。


 あまり人は来ないようだが、無人にもできない場所。


 好奇心に負けて下へ降りてみると、薄暗い地下牢になっていた。等間隔に窪んだ壁には、白く光る石が置かれている。照明の代わりだろうか。床についた黒い染みは血を連想させ、陰鬱さをより際立たせている。


 幽体離脱してから嗅覚は感じなくなっていた。もし臭いを感じることができたら、数分ともたずに地下から逃げていたかもしれない。きっとここには異臭が漂っているはず。


 地下牢はどれも同じ広さで、鉄格子が嵌められている。誰を閉じ込めるために造ったのだろうか。ざっと見ただけでも通路の両端に十は並んでいた。


 突き当たりには更に下へと続く階段がある。ふわふわと降りて行くと、少し広い空間になっていた。石造りの診察台のようなものや、足枷が置いてある。壁には何に使うのか想像したくない道具が、コレクションのように並んでいる。


「……どう見ても拷問部屋だよな」


 酷使されて黒ずんでいる棍棒に、精神力がガリガリと削られていく。


 ゾンビもグロも嫌いだ。もう帰ろうかなと真上へ飛ぼうとした由利の耳に、鎖を引き摺る音が聞こえてきた。奥に木製の扉が見える。


 何か生き物がいる。こんなところに捕まっているのだから無傷ではないだろう。入るのは躊躇うが、このまま帰るのも心残りだ。


 ちょっと確認するだけだからと自分に言い訳して中を覗くと、鎖に繋がれた男と目が合った。


「……珍しいモンが来たな。おい逃げんな。こっち来いよ」


 拷問の影響か、男の片目は潰されていた。残った左目は金色をしている。雪のように白い長髪に、前髪の一筋だけが灰色に染まっている。目付きは鋭く、顔の彫りも深い。街で見かけたら目線を合わせないように、そっと離れたくなるタイプだ。


 しなやかな筋肉がついた体には無数の傷が見える。かつては服だったと思われるボロ布が、申し訳程度に裸体を隠していた。手足は鎖に繋がれ、端は壁に固定されている。鎖にはいくつも札が貼られていて、赤い小さな文字が虫のように動いていた。


 男の耳は上が尖った特徴的な形をしている。初めて見る人間以外の種族だろうか。由利としてはエルフ以外であってほしい。どこかの事務所で若頭なんて呼ばれてそうな容貌のエルフとか夢が無さすぎる。


 逃げようとした矢先に睨まれた由利は、すごすごと男の近くへ移動した。


「変な格好だな。どこから来た?」

「変って……」


 抜け出た魂は転移前に着ていたスーツ姿だった。シャツやズボンはともかく、ネクタイとジャケットは珍しいのだろう。


「ここじゃない世界、としか説明しようがないな」

「あ? 詳しく話せや。暇なんだよ」


 断られるとは微塵も思っていない態度だ。ちょっと羨ましい。


 由利は男から何か聞き出せるかもしれないと淡く期待して、これまでのことを話した。男は意外にも聞き上手で、うっかり聖女の体に転移したことを言いそうになった。さすがに男の素性が分からない段階で明かすのは危険だ。


「で、訳もわからず連れて来られたから、抜け道を探してると?」

「宗教施設内ってことしか分かってないからな。隠れるのも限界があるし、知り合いとも合流したい」


「合流できるアテはあんのか?」

「あてはないけど、監禁されるよりはマシだろ」

「お前、本当に何も知らないんだな」


 呆れるというよりは感心したように男は言った。


「ここは島の上に建つ人間の教会だよ。どの宗教かなんて聞くなよ? 

興味ないから知らねぇよ。ここに出入りするには船か、お前が連れて来られたときみたいに魔法でも使わなきゃ無理だ。聖堂にいた奴らは、教会の奴らが運営してる定期船に乗ってきたんだろうよ」

「船……」


 海は見えなかったから、そこそこ大きな島なのか。


 島の宗教施設なら出入りする人間のチェックが厳しそうだ。幽体離脱したままなら船に密航できるかもしれないが、体を置いて行くわけにはいかない。姿を見えなくする魔法は試したことがないし、侵入者対策に魔法が使われていないか監視するものがあっても不思議ではない。


「壁抜けしかできない雑魚に脱出はムリってことだな」

「うるせえな。捕まってる奴に言われたくねえし」


 反射的に言い返すと、男は顔を引攣らせるように笑った。傷が痛むらしい。


「俺のことはもういいだろ。そろそろお前のことも話せよ。捕虜か何かか?」

「……捕虜、ね。似たようなもんか。この目と耳を見ても何も思わねえのか?」

「俺がいた世界にはいなかったな。人間以外の種族で合ってる?」

「アルシオン。お前らは魔族とか呼んでるな」


 男はバルゼーレと名乗った。本名は人間には発音できないらしく、略称を人の言語に当てはめたものらしい。鳴き声をカタカナにするようなものかと思ったが、たぶんきっと失礼なので黙っておいた。


「人間の中に強そうな奴がいたから戦いに行ったんだよ。そしたらソイツ、自分を囮にして俺を罠に嵌めやがった! あとは教会の奴らに引き渡されて、魔族の体を調べるとかいって実験動物にされてんだよ。あいつらやることが汚ねぇよな!?」


 強い奴と戦いたいとかどこの格闘バカなのか。神話に出てくる闘争好きな種族はきっと魔族のことだ。


「この札さえなきゃ自由になれるんだが……お前、解き方知らね?」

「壁抜けしかできない雑魚だから無理」


 東雲なら解除できるかもしれないが、下手なことを言って期待させるのも悪い。由利が天井近くまでふわりと浮かぶと、バルゼーレはもう帰るのかと残念そうに言った。


「そろそろ体を見に戻らないと。俺にとってもここには敵しかいないし」


 結界が消えた途端に捕まる可能性もあるのだ。そうなる前に別の潜伏先を見つけないといけない。


「ユリ」


 引き止める代わりに、バルゼーレは初めて由利の名前を呼んだ。


「また来いよ」

「おう」


 気が向いたら、なんて天邪鬼なことは言わなかった。完全に味方ではないが、札で封じられている間は敵でもない。由利が手に入れた情報を共有して、脱出のために共闘するのもいいだろう。


 由利は地中から体があると感じる方角へと飛んだ。

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