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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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011 持久戦


 視界が歪む。やはり転送の魔法が仕掛けられていたようだ。罠が発動した時のためにと、身代わりの紙人形を用意していたが、全て切られて床に落ちている。転移した時に選別され、呪物を排除したのだろう。やはり敵は愚かではない。


 東雲は金属片を上へ向かって振り撒いた。轟音と共に襲いかかってきた雷撃が、金属片に誘導されて遠くへ逸れる。壁の一部を焦がし、採光のために設けられた窓を破壊した魔法は、敵の一人が放ったものだった。


 ステンドグラスの前で黒い煙が詰まった球体を観測しているのは、世界に混乱をもたらした賢者エッカーレルクだ。乱入してきた討伐者には目もくれず、球体に星のように灯る小さな光を見ている。球体を支えるフレームには細かい目盛りが刻まれ、天球儀によく似た外観をしていた。


 かつては祭壇が設けられていた場所は、エッカーレルクによって研究室の様相へと変えられていた。本や巻物が乱雑に積まれ、用途不明の道具が飾り気のない棚に詰め込まれている。作業台の上では、大きな水槽に入れられた巨大魚が、猿の腕をついばんでいた。


 人々が祈りを捧げていた空間が、実験場の中枢と成り果て、たった一人の欲を満たすために存在している。東雲は聖堂の端に捨てるように積まれた、大きな布袋については考えないようにした。出来ることなら、由利はあれに気付いてほしくない。


 その研究室から数段降りたところに、魔法で奇襲をしてきた聖職者が僧兵を伴って控えていた。聖職者はジョフロワと呼ばれていたと東雲は思い出す。聖女を攫って監禁した上に勇者を襲撃したとして、法国から破門されて搜索されていた。もう一人の僧兵は見たことがないが、ここで待ち構えているぐらいだ。人形に魂を移して能力を底上げされているに違いない。


 由利とモニカは後方に転移させられて、別の敵と対峙しているようだ。身を守る道具をいくつも持たせているから、しばらくは持ち堪えてくれると信じている。もっとも、東雲の前にいる敵ほど強くはないので、二人でも対処できると予想はつくが。


「エッカーレルクが若返っているな」


 フェリクスが呟いた。


「まず間違いなく特別カスタムされた器だろうね。心臓を刺しただけじゃ死なないかもよ」

「では首を斬り落として燃やすか」


 周囲の空気に冷たいものが混ざった。東雲とフェリクスが同時に飛び退くと、先程まで己がいた場所に氷の槍が突き立っている。石の床すら砕く力を見れば、生かして帰す気がないことは明白だ。


「そう簡単に枢機卿の元へ行けると思うな」


 ジョフロワがかざした手のひらから冷気が漂っている。言葉と魔法の勇ましさとは逆に、その表情には覇気がない。


「ジョフロワ、適当に相手をしておけ。私はそちらの異物に用がある」

「かしこまりました」


 我関せずといった様子で球体をいじっていたエッカーレルクが動いた。二重に聞こえる呪文を唱え、球体から黒い霧の一部を抉り出す。霧は砂のように床へ落ち、そのまま染み込んで消えていった。


 異物とは己のことかと思った東雲は、消えた黒い霧に対処するために折り紙の人形を取り出す。だが魔力を込める前に炎が人形を焼き尽くした。


()()は遠慮願おうか。お前がどのような奇術を使おうとも、我々が作った器の中にいるならば制御も容易い」


 エッカーレルクが東雲を見た。一点の曇りもない銀の瞳だ。他者を寄せ付けない、冷静な研究者がそこにいる。


 刀が手を離れて床に落ちた。体が動かない。あらゆる機能が正常さを失い、脳内に存在していたはずのメニュー画面が文字化けしている。エッカーレルクの統制下に置かれた肉体が精神にまで侵食し始めた。


「ユーグ!」


 異変に気付いたフェリクスが動いたが、すでに賢者の檻は完成していた。床から湧き出てきた黒い霧が体にまとわりつく。


 東雲は闇に飲まれた。



 *



「行きなさい、アレッサンドロ」

「承知!」


 控えていた僧兵が杖を振る。金属製の長い杖は、先端に槍のような針がついていた。距離を詰めてくるアレッサンドロの両脇で光が生まれ、赤い角を持つ犬科の獣が飛び出してくる。聖典派が警備のためにと作り出したキトロ犬だ。


 犬は命令されることもなくフェリクスを狙い、一匹が盾に食らいつく。大きな体を利用して盾を引き下げ、二匹目が露わになった喉を目掛けて襲いかかった。


 冷たい床に鮮血が散る。フェリクスが飛び込んでくる犬を剣で刺し貫き、力任せに引き抜いた。盾から離れない犬の首を斬り落とし、残った頭を強引に蹴って剥がす。


「勇者、覚悟っ!」


 アレッサンドロの突きを盾で逸らし、上から打撃を浴びせようとしたフェリクスは、迫る魔力の塊を察知して退いた。二人の間を風の刃が吹き荒れ、盾に細かい傷をつける。あのままアレッサンドロを斬っていれば、ジョフロワの魔法に巻き込まれていただろう。


 死んでいるはずのキトロ犬が立ち上がった。床に広がった血が犬に戻ってゆく。首を落とした方の犬もまた、足を動かしてもがいている。アレッサンドロの相手をしている間に犬の首が繋がり、フェリクスへ向かって威嚇した。


 斬った跡すら残っていない。蘇った犬は二匹で連携してフェリクスに噛みつく機会を窺っている。


 ――あの僧兵だけなら容易いが。


 正確に飛んでくるジョフロワの魔法と、死なない犬が厄介だ。フェリクスが踏み込む時に合わせ、妨害して致命傷を負わせようとする。


 視界の端に東雲が落とした刀が見えた。あの黒い霧は東雲を飲み込んで、その場に留まっている。霧の中にいるのか、霧を使って別の空間へ運ばれたのか。


 エッカーレルクは東雲を霧に取り込んでから動こうとしない。闇を詰め込んだ球体へ向かって、ときおり考えこむ素振りを見せている。不幸中の幸いだった。防戦に追い込まれた状況で、賢者までも相手にする余裕はない。


「勇者が相手では分が悪いか」


 ジョフロワがアレッサンドロへ向かって水晶がついた鎖をかざす。淡く光った水晶が砕けると、アレッサンドロの動きが速くなった。


疾風(ラファール)!」


 相手が強化されると同時に、フェリクスも己に魔法をかける。盾に打ち下ろされた杖の衝撃に腕が痺れたが、取り落とす失態は防げた。足に噛みつこうとする犬を踏みつけ、剣で二度目の死を与える。背後から迫っていた片割れが剣に食らい付く。後ろへ下がりながら剣を引くと、裂けた口から血を噴き出しながら倒れた。


 犬の猛攻から逃れたフェリクスは止まることなく左へ避けた。石の床から身の丈もある棘がいくつも生まれ、逃げた先まで続く。魔法が途切れる前に追いついたアレッサンドロが杖で足払いをかけ、復活した犬が腕を狙う。


 休む暇どころか攻撃すら出来ない。


 ――せめて魔法の支援を断ち切れたら。


 フェリクスはジョフロワへの攻撃手段を持ち合わせていない。習得している魔法は身体能力の向上に比重を置いているため、ジョフロワを仕留めるほどの効果は望めない。唱えたところで簡単に弾かれるだろう。


 もともと前線に出る騎士に、強力な遠距離魔法能力など求められていなかったのだ。眼前に敵がいる状態で、悠長に呪文など唱える暇はない。一瞬で練り上げた魔力と一節の呪文。どうしても使える魔法の種類が限定されるが、大規模な支援も攻撃魔法も、後方にいる味方の役目だった。


 適材適所――戦場に送り込む人間は、万能である必要がない。そのことが仇となった。


 途切れることなく続く魔法による支援に、よく訓練された犬。愚直に突撃してくる前衛。それらにたった一人で立ち向かう。フェリクスにとって最悪の組み合わせだった。


「どうした勇者! 逃げるだけか!?」


 アレッサンドロの安い挑発を聞き流し、フェリクスはまた犬を斬り捨てた。

 ゆっくりと削り取られていく己の体力と魔力は、いつまで保つだろうか。自分が倒れたら、次は後ろにいる二人が標的になる。状況を打開することも、退くこともできず、フェリクスはただ敵の攻撃に耐えた。

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