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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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010 休憩


 走った距離は短いはずなのに、廊下がどこまでも続いている気がした。前を走るフェリクスが速度を落とし、後ろを気にしながら止まる。


「大丈夫か?」


 由利とモニカは揃って首を横に振った。鍛えている騎士にとっては軽いジョギング程度の速さでも、こちらは全速力でないと追いつけない。武装の重さなどフェリクスには足枷にもならないようだ。


「賢者を追い詰めるなら、このまま突入した方がいいんだろうけど、息を整えてから入ってもらった方がいいね。せめて呪文が唱えられるまで回復してもらわないと」


 息も絶え絶えになっている由利とモニカを見かねて、東雲が休憩を提案した。壁際で座りこむ由利に苦笑して、爽やかな味の飲み物を差し入れてくる。まだ体力が有り余っている東雲が羨ましい。


 礼を言おうと見上げた由利は、東雲の左手に血が滲んでいることに気付いた。まだ血は固まっていない。控えの間を走り抜ける時に怪我をしたのだろう。


 この先に待っているのは、少しの油断が命取りになるような怪物だ。憂いなく挑むために、傷を癒しておくのも必要だろう。由利は東雲の手を取った。


「由利さん?」

「いや、怪我してたから」

「ああ。回復は要りませんよ。この程度なら影響はありませんから。魔力は温存しておいて下さい」


 最後にまとめて治してほしいと要請されたので、集めていた魔力を体内に循環させて戻す。いつもならすぐに流れる力が遅くなっている感覚がした。


「……由利さん口開けて」

「あ」


 口の中に何かを入れられた。舌の上に甘さと苦味が広がる。こちらの世界では珍しい飲料に似た味だ。


「コーヒー飴?」

「魔力回復の薬を飴に練りこんでみました。溶かした砂糖に入れただけですけど、それなりの味になるものですね。回復量も問題なさそうです」

「人を実験台にしないでもらえませんか東雲さん」


 情報を開示するなら、口に入れる前にしてほしかった。東雲は爽やかに微笑み、実験台じゃないですよと言う。


「味見役ですよ。実験は自分の体でやりましたから、そんな目で見ないで。戦闘中に摂取しやすい薬を作っていたら、試食しすぎて自分の味覚が信じられなくなったんです」

「だったら最初からそう言ってくれ」


 言ってくれたら、いくらでも協力するのにと由利は思う。魔力が回復している感覚はないが、甘味で気持ちが落ち着いてきた。本物ではないが数ヶ月ぶりに口にしたコーヒーの味が懐かしい。他にも材料を混ぜているらしく、優しいミルクの風味がある。


 モニカは休憩できたのかと気になって探すと、少し離れた場所でフェリクスの隣にいた。フェリクスが話しかけて、モニカはただ聞いてうなずく。喋れない制約があるにも関わらず、二人の間には会話が成立しているようだ。


「あの二人、何だかいい雰囲気だな」

「えっ今更ですか?」

「えっ」

「モニカがフェリクスのことを『デュラン卿』と呼ばなくなったことに、全く気付いていなかったと? 鈍いにもほどがありますよ」

「いや、気付いてたけど、それってそういう意味だったのか」

「まあ、別に恋人になったわけじゃないです。ちょっと距離が縮まっただけで」

「そっかー」


 それなら知らなくても仕方ないと由利は自己弁護をした。由利が鈍いわけではない。東雲が鋭いだけだ。


「それにモニカが聖女であるうちは、発展しようがないんですけどね」


 どうせ帝国と教会が手を結ぶために二人を利用したと邪推されるためだろう。貴族の婚姻も障害が多そうだ。階級が違えば会話すらしないという国もありそうだ。


 ――モニカが聖女であるうちは?


 希望するなら別の道も用意されているような言い方だ。モニカが政治向きの性格ではないことは皆が思っていることだし、余計な混乱を避けるために影響力がない役職を作るぐらいはやるだろう。


「そろそろ出発できそうですか?」

「ん。問題ない」


 あとは東雲とフェリクスが賢者を弱らせて、モニカが葬送する。手筈が整うまで、由利はモニカを守るだけ。作戦は簡単に聞こえるのに、達成はきっと困難だろう。


「もういいのか?」


 休憩を終わらせて合流しようと立ち上がる。こちらの動きを察したフェリクスが聞いてきた。


「ああ。長居できる場所じゃないからな」

「早く倒せば、外の部隊も楽になるでしょ。それから、忘れないうちに渡しておくよ」

「ああ……これか」


 東雲はフェリクスに布に包まれた物を手渡した。手触りで中身が判ったフェリクスは、見ないままどこかへ収納する。東雲に教えてもらったのか、異空間に片付けたようだ。実に羨ましい能力だ。


 廊下の先には普通の扉が見えている。ここを開ければ大聖堂の横に出られるらしい。


「この廊下は外とは遮断された空間になっているみたいです。以前に偵察した時は、こんなに長い廊下はありませんでした」


 東雲が歩きながら言った。


「大聖堂も異空間に変わっていると思われます。入った途端に攻撃してくるような罠は設置されてないみたいですけど、油断は出来ません。由利さんはモニカの側を離れないで」

「分かった」


 モニカは返事の代わりにうなずき、由利と手を繋ぐ。一人の巫女として立ち向かおうとしているモニカに、緊張した様子はない。


「フェリクスは構えてて。開けるよ?」

「いつでも構わん」


 フェリクスが持っているのは、エルフの里で作られた盾と剣だ。盾は由利が入手した魔獣の鱗を加工し、剣もまた樹海で採取した素材を使っているという。剣は両手で使う長さだったが、見た目に反して軽く扱いやすい。


 全員の準備が整ったことを確認し、東雲が扉に手をかける。由利は念のために結界を張った。



 *



 それは飲まれたと表現するのが正しいことのように思えた。精霊嵐のように結界ごと引きずり、任意の場所へと放り込もうとする。エッカーレルクの意思に従って歪められた空間だ。由利とモニカは強制的に大聖堂の中へと転移させられた。


 結界に見えない刃が襲いかかり、修復した端からヒビが入る。待ち構えていた何者かの攻撃に、由利はただじっと耐えていた。


 背後には大聖堂と外の出入り口である大扉がある。内部に並んでいたはずの信者用の長椅子は排除され、ただ広い空間が広がっていた。東雲とフェリクスは奥の祭壇に近い位置で別の敵と対峙している。主戦力である二人から引き離し、聖女を潰す算段のようだ。


「やだ、ちっとも壊れてないじゃない。ザイラってば弱くなったんじゃないの?」


 攻撃が止んだかと思えば、艶かしい声の修道女が現れた。どこに隠れていたのか、声が聞こえる直前まで姿が見えなかった。体の線を強調するように仕立てた僧服を着て、手に鞭を持っている。貞淑とは真逆の装いだ。


「私が弱くなったのではなくて、この結界が頑丈なのです」


 続いて出てきたのはザイラという女の僧兵だった。異世界に来たばかりの由利を誘拐したうちの一人だ。法国でエッカーレルクを追い詰めた時に行方が分からなくなっていた。


「聖女、隠れていることは分かっています。結界が維持できなくなるまで攻撃されたくなければ出てきなさい。この大聖堂は私達に無限の魔力を供給してくれるのです。そちらに勝ち目はありません」

「あらぁ? その女が聖女様じゃないの?」

「巧妙に隠していますが、偽物です」


 さすがに賢者の近くにいる敵には通用しなかった。魔力は無限とザイラは言うが、彼女達だけが受け取っているわけではないだろう。エッカーレルクを倒せば供給源も絶たれると思われる。ただ、そのためにはモニカがエッカーレルクを葬送することが条件だ。


「ユリさん。私は大丈夫です」

「モニカ……」


 喋ったことで隠蔽の魔法が解除され、ザイラにも姿が見えるようになった。憎らしげにモニカを睨んでいる。


「私にも身を守る手段はあります。彼女達を倒さなければ、賢者を空へ還せません。だったら、今は戦う時です」


 モニカは木の葉を撒いた。お願いと声をかけると、猫に似た獣の形になる。続いて撒かれた花びらは、鳥の形になってモニカの腕に止まった。


「気をつけろよ。たぶん追い詰めると卑怯な手を使ってくるから」

「はい。由利さんも」


 由利は東雲からもらった富嶽を出現させた。従順な犬が由利の手に擦り寄り、命令を待っている。結界を解除すると、モニカは精霊を引き連れて由利から離れた。


「ロズリーヌ、貴女は偽物の相手をしなさい」

「やだぁ。私、聖女様が良かったわ。この偽物ちゃん、私の好みじゃないんだもの」

「文句を言わずに役目を果たしなさい!」

「はいはい」


 由利の相手は無駄に色気を振りまくシスターに決まった。ロズリーヌは由利を胡散くさそうに眺め、手にした鞭で床を叩く。


「ねぇあなた、本当に女の子?」

「見た目通りだけど?」


 この姿になってから初めて言われた。かなり焦ったが、ここで動揺しているようでは社会人失格だ。

 ロズリーヌはじっと由利を観察してから、嫌そうにため息をついた。


「やっぱり聖女様の方が良かったわ。見た目はすごく好みだけど、あなたを虐めてもイイ声で泣いてくれないと思うもの。あたしが嫌いな男と同じ気配がするわ」

「これでも淑女として評判なんだけど。泣かせて喜ぶとか最低」


 獲物を嗅ぎ分ける能力で、由利が見た目通りではないと感じたらしい。近くにモニカがいる時に、その話題は好ましくない。由利は反撃の意味も込めて、ロズリーヌを挑発した。


「他人に攻撃的な奴ほど、自分が標的になると脆いらしいな。どうせあんたも殴られたら泣き喚くんだろ?」


 ロズリーヌの赤い唇が裂けるようにつり上がる。しなる鞭が結界を叩き、表面を波立たせた。結界内の空気が震え、不快な振動として体に伝わる。


「反抗的なところは嫌いじゃないわ。偽物ちゃん」


 ――あ。言葉を間違えたかも。


 感情に任せると良いことがない。由利は本気になったロズリーヌと対峙することになった。

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