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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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009 智者の戦い


 聖女を逃すことには成功した。先のことはフェリクスとユーグに託したから問題ないだろう。次は眼前の死者かとアウレリオは広間を見回す。


 控えの間は魔法の効果を増幅するという構造だと伝え聞いていたが、拍子抜けするほど稚拙な作りだった。遠くからでも手抜きと思われる箇所がいくつも見つかる。天井だけは吹き抜けを設けて空間を拡張しているものの、壁や天井の素材には無頓着だ。施工したのが魔法の素人で、形だけは真似をした結果だろう。これでは本来の性能を発揮できない。


 騎士は死者を相手によく持ち堪えている。動ける者は半数に減ったものの、当初の見積もりよりも多い。しかし何も対策をしなければ、確実に全滅する戦力差だった。加わったエルフが倒れた騎士を植物で包んで介抱しているが、再び動けるようになるには時間がかかる。


 ――敵を倒すよりも僧兵の魔力が尽きる方が早い。外部の支援が望めるなら、時間を稼げと指示をしたのだが。


 状況の掌握と分析に約一秒ほどの時間をかけ、アウレリオは僧服から琥珀色の石を取り出した。敵はこれを自爆に使ったようだが、短絡的で愚かな選択だ。


「主任、何か策は」


 長年にわたり補佐についているジョルジュが後退してきた。長い杖で飛来する石を叩き落とし、アウレリオや回復役の僧兵を守る。


 ――撤退、却下。防衛線は維持。死者を操る者がいるはずだが、それらしき者はいない。指示だけを与えて隠れているのか。発見して排除、却下。探す時間が惜しい。


 策を思いつくだけなら、いくつも浮かぶ。それら全てを瞬時に選別し、アウレリオは携行していた香炉に火をつけた。先についた鎖を手に前後に揺らすと、乳香の甘い香りが充満する。


 敵である聖典派の聖職者が、漂う香炉の香りに訝しげな顔をした。人形に魂を移したという個体だ。魔力は増えているようだが、魔法に関する知識が増えているわけではないのだろう。香炉から広がる煙を利用して、アウレリオの魔力を控えの間に満たしていることにも気付かない。


 水や煙を使って範囲を広げるのは、魔法式が開発される以前の魔法では常識だった。古典を知ることもせず、ただ教えられた魔法を使う連中には呆れる。魔法そのものを深く知ることは、その魔法をより効果的に使うことにも繋がるのだ。アウレリオは聖職者全体の知識の低下を嘆いた。


「さてジョルジュ君、死者を弔う役割に女性だけが就いていることを疑問に思ったことはないかね?」

「何ですか唐突に。死者を片付ける方法を考えていたのではないんですか」


 ジョルジュが不平をこぼすのは、いつものことだ。もはや相槌と言ってもいい。アウレリオは気にせず続けた。


「巫女だけが使えると言われている死者の葬送だがね、あれは彼女たち以外にも使えないこともないのだよ。古代には男の祈祷師も役割を果たしたと記録に残されている。ただ魔力の流れ方が違うが故に、現代では巫女に限定されているがね」

「そんなことより手伝ってもらえませんかね!?」

「もう少し堪えたまえ」


 アウレリオは素っ気なく補佐の訴えを一蹴した。香りが部屋に満ちるには、まだ時間を必要とする。


 吹き抜けから飛び降りて奇襲してきた死者が、騎士の一人に斬り倒された。ジルベールだ。全身に傷を負いながらも、まだ奮闘している。聖女の盾として志願するだけあり、指揮能力だけでなく戦闘能力も高い。僧兵は黙々と敵を殺す彼を見習ってもらいたい。


「さて、我々は巫女に髪を結うことを禁じているが、彼女たちは余剰の魔力が髪に流れ、また体内へと戻っていることが判明している。つまり魔法を行使する際に放出されたにも関わらず、魔法式に組み込まれなかった魔力が一時的に髪へと移され、また必要とされる時まで保管しているのだよ。彼女たちは己の体を循環式として使っているのだ。それ故に流れを阻害する髪型を禁じ、蓄える魔力量を増やすために髪を伸ばす。残念ながら男の髪にこの法則は当てはまらないがね」


 実に残念だとアウレリオは思う。性別による差は如何ともし難く、努力で補える範疇を超えている。体内に保有する魔力がもっと多ければ、己に使える魔法の幅が広がるのだが。


「この説が証明されるまでは経験則として得た結果から、死者の葬送は女の、巫女の仕事として限定された。さて問題だジョルジュ君。以上のことから我々のような男が死者を葬送するなら、どのような手段を選ぶ?」

「どのようなって、単に効率がいい循環式を使うしかないでしょうが。そんなものがあるかどうかは知りませんが」

「ふむ、落第だな。せめて循環式と共に魔法を行使した場合に必要な魔力を用意する、ぐらいは言ってもらいたかったのだが。それでも合格は出さないがね」


 武を極めた僧兵といえども、自分の補佐につくなら最低限の魔法式に精通していてもらいたいとアウレリオは嘆息した。たまには時間を忘れて語れるような逸材が現れてほしい。優秀な人材の宝庫と言われる行政府ですら、深い理解をしているのは片手で数えるほどしかいないのだ。


 アウレリオは琥珀色の石に魔力を走らせる。


「現時点での最適解は、循環式に頼らない擬似的な循環を顕現させることだ。つまり巫女の髪に該当するものを用意して導いてやれば、魔力はそちらへ流れようとする。さあ、講義は終わりだ」


 控えの間に魔法陣が浮かび上がった。魔法陣は互いに重なり合い、内包した記述を己の一部として組み込んでいる。阻害することなく同時に存在し、効果を高め合い、複雑に構成された一つの陣形として完成していた。


 床や天井、壁など隙間なく埋め尽くした光は、ここにいる死者を逃がさないための檻になった。


「一つだけでも制御が難しいのに……貴方は本当に人間ですか」

「人間の女の腹から産まれたものを人間と呼ぶなら、そうだろう」


 アウレリオは真紅の魔石のかけらを撒いた。行けと命じると魔石がひとりでに動き出し、魔法陣のあるべき場所へと収まる。




「――死者は眠れ。ここは生者の領域だ」




 空気が震えた。巫女が使うような優しいものではない。巫女の葬送は安らかな眠りに誘うものだが、アウレリオが使うのは一方的に命令を下す類のものだ。勇ましい死者に生半可な言葉は効かない。力でねじ伏せ、還るべき場所へと蹴落とす。それが巫女ではない者に取れる手段だ。


 人形に魂を移していた聖職者が叫ぶ。使われた魔法を悟った敵がアウレリオを狙い、手当たり次第に魔法を撒き散らした。魂が肉体から引き剥がされる苦痛と、死への恐怖から恐慌状態に陥っている。


「こんなところで、終わるわけには……!」


 抵抗する敵兵がうめいた。落ちていた剣を手に、魔法を止めようと向かってきた。


「いいや、終わりだ!」


 盾で守りを固める騎士の間を抜け、一人の僧兵が前線に走り出てきた。振り下ろされた剣を杖で受け流し、敵の首を殴るようにして体を押し倒す。馬乗りになった僧兵は抵抗する敵を押さえつけながら叫んだ。


「お前達が勝手なことをしたせいで、真っ当な聖典派がどんな扱いをされたと思っている!? 信用を取り戻すために、今も外で戦っているんだ! この戦いが終わっても、贖罪は終わらない! お前達の身勝手が、聖典派全てを罪人に変えたんだよ! その意味が分かっているのか!?」


 彼は志願してきた聖典派の僧兵だったとアウレリオは思い出す。聖典派に所属する全員がエッカーレルクを信奉しているわけでなく、むしろほとんどの者が現状を憂いて解放戦に参加することを望んだ。能力を考慮して連れてきた聖典派の者は、むしろエッカーレルクを憎んでいると言ってもいい。


 自分を倒したのが、かつての同胞だと気付いた敵は、信じられないといった顔で僧兵を見つめた。震える口が開き、言葉にならない空気が漏れる。目を見開いたまま動くことを止め、剣を手放した。


 気がつけば辺りは静かになっていた。葬られた死者が控えの間に横たわっている。


 最初に動いたのは味方の僧兵だった。傷ついた騎士を癒すために、残った魔力で治療のための呪文を唱えだす。


「その石は……魔石とは違うようですが」


 ジョルジュが躊躇いがちに尋ねた。魔法を使うために使用する道具は数多いが、アウレリオが使ったものは教会の秘密に触れる。


「あれは巫女の髪に含まれている魔力を抽出したものだ。亡くなった巫女の髪は魔法の媒体として盗掘の憂き目に遭う。それを防ぐために埋葬する前に髪から膨大な魔力を抜いて弔うのだよ。市場に出回ることはない。これは巫女と行政府だけが知ることだ。故に公言しようものなら……理解しているかね?」


 意識がある全員が慌てて頷いた。


 愚か者は嫌いだが、聞き分けがいい素直な者は嫌いではない。皆の反応に満足したアウレリオは、硬い床に座り込んだ。


「ところでジョルジュ君。私は先程の葬送で、己の魔力も使い果たした。意識を保っているのがやっとでね。ここの守りは任せた」

「相変わらず、自分の歩調で仕事をする人っすね。まあ、慣れてるからいいんですけど。唐突すぎるのは何とかなりませんかね?」


 何やら補佐役の不満が聞こえる。数分も経てば機嫌が直るだろうと予測したアウレリオは、魔力を使い果たした反動による昏睡に身を任せた。

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