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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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007 乱入者 2


 王都を徘徊していたのは、兵士の格好をした死者だけだった。死者の魂を昇華させるためという、蠱毒に似た実験場で絶えず戦い続けて、勝ち残った個体だ。生身の時よりも強さを増し、壁として立ち塞がっている。


 虚ろな目をした兵士には恐怖心など残っておらず、敵を倒すことしか考えていない。体を傷つけられても止まることを知らないため、確実に仕留める必要があった。


 彼らに指示を与えているはずの聖典派の聖職者たちは、建物の屋上などの見晴らしが良い場所から市街を俯瞰しているようだ。死者を操る以外に、余力がある者が魔法を放って支援している。


 だがこれは連合軍にとって好機だった。聖典派がいる場所を特定して矢を射かけると、魔法はすぐに飛んで来なくなる。建物から引き摺り出された敵の聖職者は、魔法が使えない処置を施されて後方へと送られていった。


 王都を占領した聖典派が戦争の素人であることは明白だった。ただ魔法の使い方に優れているだけで、統治の経験もない。彼らは実験場を警備しているだけだということは、すぐに連合軍側に知れ渡った。


 連合軍は味方の聖職者に祝福を授かってから侵攻を開始した。わずかに残っている黒い霧による影響から身を守ることと、彼らの能力を底上げする狙いがある。


 また高位の聖職者による加護の魔法には、死者の魂を解放する力があるらしい。こちらは聖堂へ侵攻する組に優先的に与えられた。味方からの支援を受けにくいという事情を鑑みてのことだ。


 市街を制圧してゆく連合軍に戦力が集中し、大聖堂の守りが薄くなってきた。連合軍が大多数を引き受けている間に王都へ入り、周囲を警戒しながら進む。偵察を出して進んできた道では、まだ一度も交戦していない。


 東雲とモニカは完全に気配を断ち、姿が見えなかった。集団に紛れ混んでいるのか、後ろからついてきているのかすら分からない。特にモニカは声を出せば魔法が解けてしまうので、沈黙を保ったままだ。


「この道を抜けた先が大聖堂の裏口です。もうしばらくの辛抱を」

「分かりました。慎重に参りましょう」


 由利は聖堂組を率いるジルベールに答えた。聖女を送り届ける任務に、真っ先に志願したという騎士団長だ。フェリクスが所属する白狼団の団長と、決闘まがいの対決をして権利を勝ち取った脳筋の一人らしい。


 由利は噂を聞いただけだが、人員を選出するにあたり、御前試合以上に白熱した戦いが繰り広げられたという。頭を抱えたベルトランの姿が目に浮かぶようだ。聖女に対して紳士的な好青年ばかりが集まった裏には、様々な駆け引きが行われたようだ。


 先に進んで偵察していた軽装の兵士が、厳しい表情で戻ってきた。


「この先は、やはり守りが厳重なようです。重装歩兵を中心とした布陣で待ち構えています。装備から判断すると、王都奪還を試みて霧に取り込まれた、東方辺境伯の部隊かと」

「国王に可愛がられていた恩で出兵したはいいが、敵の養分になったか。厄介だな」


 ジルベールの表情が曇る。いつも解説してくれる東雲がいないと状況が読み込めないが、無傷で大聖堂へ入るのは困難だということは分かった。


「フェリクス、解説してくれないか」

「……仕方ないな」


 由利の事情を知っているフェリクスは、声をひそめて敵の戦力を言う。


「王国は反乱を恐れて、領地を治める貴族が持つ兵力に制限を設けている。だが国境を守る辺境伯は別だ。大聖堂の前にいるのは、平地では世界最強とまで豪語していた、帝国への備えとして作られた部隊らしい」

「つまり帝国騎士団の戦い方を熟知していると?」

「噂が本当なら、そうだろうな。本当に帝国の兵力を研究して創設されたかどうかは、戦ってみなければ分からん」


 こちらには囮として引き付けてくれるような余剰の兵力はない。最悪、四人だけで大聖堂へ入ることも覚悟しておくべきだ。


「敵に時間を与えるわけにはいかない。賢者を逃せば、この戦いは無駄になる」


 方針を決めたようだ。ジルベールが周囲の騎士や僧兵へ告げる。


「聖女様と僧兵団を優先して大聖堂へ送る。騎士団は二手に別れろ。敵の布陣を崩して、隙を見て突入するぞ」


 片方が重装歩兵を相手している間に、残りが大聖堂へと入る。あらかじめ決めていた作戦の一つなのだろう。不平など全く出ず、騎士団が無言で二手に別れた。


「僧兵団の皆も、それでよろしいか」

「お任せする。守りの加護を強めよう。二度ぐらいなら持ち堪えられるはずだ」


 ジルベールが僧兵団に尋ねると、アウレリオ神父が代表して答えた。すぐに魔法による加護が与えられ、騎士の全身が淡い光に包まれる。光は体に吸収されて見えなくなった。


「感謝する。聖女様はフェリクスの側を離れませんよう」

「はい。皆様もお気をつけて」


 先陣を切って突撃する騎士達は、爽やかに微笑んで頷いた。誰もが己の任務を理解していて、捨て駒同然の作戦であっても恐怖を面に出したりしない。そんな姿を見せられたら、由利も素直に従うしかなかった。


 全員に死んでほしくないが、彼らを生かすような作戦を立てられるような知恵も経験もない。せめて彼らの行動が無駄にならないよう、エッカーレルクを確実に倒す。それが聖女の務めであり、彼女を送り届けるために由利は囮になった。


「では総員――待て、守れ!」

「結界を!」


 ジルベールとフェリクスの声で、由利は結界を展開した。自分に出来る事は全てやりたいと思ったことが現れたのか、騎士も僧兵も包み込んで大きく展開する。由利が展開した直後に、空から矢が降り注いだ。隠れていたのか、移動してきたのか、建物の上から矢を射掛ける兵士の姿が見える。


「くそっ弓兵が見当たらないと思えば、ここにいたのか! 聖女様、結界を縮小して下さい。すぐに制圧して参ります!」

「ですが、まだ矢が」

「初撃を防いでいただいただけで結構! 矢の雨ごときに討ち取られる我らではない!」

「おおっ!」


 鬨の声が上がった。既に騎士は剣を抜いて頭上に盾を構え、僧兵も敵を狙って呪文を唱えている。


「ジルベール隊長、離脱の許可を!」


 隠れていた東雲が前に出てきた。由利に小柄な僧兵――モニカを託してジルベールへと走る。


「屋上にバリスタが見えた! 壊してくる!」


 攻城兵器としても使われた、据え置き式の(いしゆみ)だ。形状によっては太い矢だけでなく、石や金属の弾や複数の小型の矢を打ち出すこともできる。

 素人集団といえども、聖堂へ通じる道を警戒して待ち構えていたようだ。


「許可する、行け!」


 結界をすり抜けて東雲が駆けてゆく。建物の突起や庇を足掛かりにして上へ上がり、屋上へと到達する。目的地らしい場所には、矢の先端が光を反射していた。殺到する敵の間で雷撃が走り、降り注ぐ矢の数がわずかに減る。


「火矢が来るぞ! 備えろ!」

「魔弓の反応を探知!」


 騎士と僧兵の両方から報告が上がる。まだらな紫色に染まった矢が結界に刺さると、急激に魔力を吸い取られる感覚がした。矢に込められた魔法の効果だ。結界を壊す威力はなくても、こうして力を奪うことで結界の維持が難しくなる。


「結界を張り直せ! 守るのは二人だけでいい!」


 フェリクスが降り注ぐ矢から守ってくれている間に結界を解除し、由利とモニカの二人に限定して再度展開する。矢に備える時間を由利が稼いだことで、結界を解除しても矢に当たる者はいなかった。


 上からの矢に対応している間に、敵の兵士が建物内から次々と出てきた。軽装で装具もばらつきがあるが、現在まで活動している個体だ。いずれも並の兵士以上の力を有していると思われた。


「青の天蓋、我らの守りとなれ」


 僧兵の魔法が完成し、青く透明な膜が頭上を覆う。上からの攻撃を防いでくれているようだが、あまり強度はないようだ。修復される隙をついて別の矢が降ってくる。それでも目前の敵に斬りかかる余裕が生まれた。


「今のうちに死者を倒すといい」

「感謝する!」


 騎士らはすぐさま反応して、目前に迫っていた死者と斬りあった。個人の強さは帝国に分があったものの、やはり痛みも死も恐れない相手というのは厄介らしい。二人がかりで相手をして、確実に潰して減らしてゆく。


 聖女の護衛として隣にいるフェリクスは、周囲を警戒しつつも歯痒そうに戦いを見守っていた。仲間が戦っているところを、ただじっと待っているのは辛いだろう。


「数が増えているな……」


 フェリクスの指摘通り、敵は減るどころか増えていくようだ。僧兵が頭上からの攻撃を防いだため、地上へ兵力を回して消耗させる魂胆らしい。


 事実、こちらは体力に限界がある。選ばれた精鋭といえども、人間である以上は戦い続けることなど不可能だ。


「キリがないな。お前ら、このまま聖堂へ突入する! 聖堂内へ侵攻する騎士は減るが、このまま削られるよりは良かろう」

「ならば後方の守りを強化する」


 アウレリオ神父の指示で僧兵が動いた。攻撃と魔法の二層に別れて移動の準備を始める。


「隊長! 前方から敵の増援が来ます!」

「……重装歩兵か。聖堂前で潰すも、ここで潰すも同じだ。帝国の気概を見せてやれ!」


 兵士の奥に槍を携えて進む歩兵が現れた。道を塞ぐように広がり、一人も通さないと無言で語る。兜で隠れている顔もまた、死人の虚な色をしているのだろう。武装の重厚さと相まって、こちらの絶望感を駆り立ててくる。


 迫る強敵に否応なしに緊張感が高まる中で、凛とした女性の声が響いた。


「臆することは無用。人間の戦士よ、ここは我らが引き受けましょう」


 重装歩兵の足元が爆ぜた。巻き上がる瓦礫では傷一つ付いていないが、その歩みが止まり周囲を警戒する。


「何だ……?」

「一体どこから」


 空から降る矢があからさまに減った。突如として訪れた変化に、敵兵の動きが鈍る。戸惑う両者の間で空間が歪み、金色の髪をなびかせて屈強な戦士達が現れた。


「エルフ!? どうしてここに」


 思わず叫んだ由利の声に、騎士が困惑した。


「エルフ? あれが?」

「エルフって細身なんじゃ……本当にエルフですか?」

「いやしかし、聖女様が仰るのなら……エルフ?」


 チラリとフェリクスに視線を向けると、帝国に伝わるエルフ像は、美形で細身の狩人だと力なく説明された。由利が真実を知る前と同じだ。


「途中で嫌な予感がしたと思ったら……やっぱり来たんだ」


 屋上に設置されたバリスタを破壊し終えた東雲が帰ってきた。細かい傷を負っていたが、ひとまず無事な様子に安堵する。


「当然です。先生の危機に駆けつけるのは我らの使命!」


 堂々と宣言したのはテランシアだ。弓を携えた戦士の出立ちで、エルフの集団を指揮している。彼女の職業を聞いていなかったが、必中の加護をバットに付与したり、素材を獲りに行く狩人を鼓舞していたので、それなりに上の立場なのかもしれない。


 彼女も他のエルフも、樹海で顔見知りになった者ばかりだった。わざわざ精霊の道を開いて来たようだ。


「何でここにいるって知ってんだよ。東雲、何かした?」


 周囲に聞かれないように小声で問いただすと、東雲はそっと目を逸らした。


「バットを改造していたら、テランシアに気付かれました。改造するにはエルフが仕掛けたプロテクトを突破しないといけなくて、時間がないので話す羽目になったんです」

「で、来ちゃったのか」

「まさか戦場のど真ん中に精霊の道を開くとは……由利さんへの愛が重い」


 目の前の戦場では騎士だけでなく僧兵の間にも困惑が広がっていた。敵に応戦しながらもエルフが気になって仕方ない様子だ。アウレリオ神父だけは興味の種類が違うらしく、エルフの精霊魔法をじっと観察している。


「見たまえ、ジョルジュ君。あれが精霊魔法だ。風と光の精霊が競い合ってエルフに力を授けている。ああ、君は精霊が見えないのだったね」

「御託はいいんで、主任も戦ってくれませんかね!? 竜や魔法を見るのはいいんですけど、前線に出てくる主任を守る身にもなってほしいんですが!」

「プロスペロ君、魔力の供給量を一割減らしたまえ。余剰な魔力が放出されている。ステファノ君は力任せに殴ってどうする。それでは聖堂へ到達する前に倒れるだろう」

「何で戦場で指導してんですか!?」


 僧兵組は個性が強すぎる。物怖じせずにアウレリオ神父へ意見しているジョルジュは大変そうだ。確か、アウレリオ神父の部下で僧兵団を束ねていると紹介された。


 屋上に残っていた弓兵は現れたエルフへ向けて矢を放ってきた。僧兵が展開した結界は既に砕けてしまっている。


 飛んでくる矢は少ないが、盾を持たないエルフには防ぐ様子は見られない。標的の一人である男のエルフは矢に向き直り、胸筋を見せびらかすようにポージングをした。サイドチェストポーズに眩しい笑顔の合わせ技だ。


「ぬん!」


 矢は筋肉に当たり、弾かれて下へ落ちた。


「な!? 筋肉で弾いた、だと……?」

「嘘……だろ……誰か嘘だと言ってくれぇ!」

「俺の夢があぁぁ!」


 由利には騎士や僧兵の気持ちが痛いほど理解できた。同志よ、夢はいつか醒めるものだ。あいつら頭おかしいよなと感情を共有したい。


 感情を持たない死者の間にも、動揺が走ったような気がする。一斉にエルフを凝視し、慌てた様子で弓を構えてエルフを狙う。


「ふ……人間の中にも見込みがある者がいるようだな」

「フハハ! この戦いが終わったら、是非とも手合わせ願いたい!」


 混乱に陥る集団がいる一方で、かたや友情を育む猛者がいる。彼らは男臭い笑顔で別れ、それぞれの戦いに突入していった。


「あらお兄さん。いい上腕二頭筋をしてそうね! 後で鎧の下を鑑賞させてくれない?」

「はい喜んで!」


 戦う筋肉を装備した女エルフに声をかけられた騎士が即答した。正気に戻れと由利は言いたい。彼女の興味は筋肉であって、中身ではないのだと。


「俺は認めない! どこかに細身で儚いエルフがいるはずだ! それを拝むまで、俺は死ねないんだ!」

「うわああああ! 悪夢なら覚めてくれ!」


 混乱の末に狂戦士と化した騎士の攻撃力が上がった。手こずっていたはずの死者を一撃で斬り伏せ、制圧範囲を広げてゆく。


「……うん、支援の効果は抜群ですねぇ」

「支援って何だっけ……?」


 味方を混乱に陥れることではないはずだ。矢の飛来を感知し、体で受け止める度にポージングをするエルフが支援要員とは思いたくない。いつから戦場がボディビル会場になったのか。今すぐエルフ全員を正座させて問い詰めたい。


「さあ、人間の戦士達よ。敵を討ち取るのです。貴方がたの戦場はここではないはず」

「そ、そうだった。大聖堂へ行くぞ! ほら、そこ! 筋肉を自慢しあわなくていいから!」


 堂々たるテランシアの呼びかけに、我に返ったジルベールが騎士と僧兵を集め始めた。渋々といった様子の部下に檄を飛ばし、エルフに張り合おうとする僧兵に注意を促す。


 彼は脳筋の中でも常識を携えた善人だった。聖女らしく見えるよう佇んでいる由利に向かって、見苦しいものをお見せしましたと謝罪してくる。周囲への気配りが完璧で、逆に不安になった。いつか胃に穴が空くのではないだろうか。


 ジルベールの気遣いを無駄にする勢いで、エルフは目前の重装歩兵を素手で殴って倒し、落ちた盾を屋上や窓へ投げ飛ばした。弓兵は地上からの攻撃で瞬く間に数を減らしてゆく。高所からの攻撃の方が優位だったはずだが、樹海から乱入してきた猛者には関係なかったらしい。


「あいつら何のために武器を持ってきたんだ……?」


 フェリクスがつぶやいた。それは由利も聞きたい。素手と魔法で戦場を蹂躙してゆく様は、樹海の狩人ではなく凶戦士(バーサーカー)の名称がよく似合う。手持ちの武器はアクセサリーだと言わんばかりに誰も使っていない。


 現場を見た武器職人が能面のような顔になりそうだな――由利は走りながら、そんなことを考えていた。

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