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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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006 乱入者


 何で俺がこんなことを――カスパルは仲間と石を運びながら悪態をついた。石は二人がかりで運搬しても重く大きい。設置された投石機までの距離が長く感じた。


 カスパルはただの農夫だった。役人が村にやって来るなり、戦争へ行くから人手を差し出せと言い、くじ引きで選ばれて徴兵されたのだ。


 名前ばかりの村長が男を集め、役人の言葉を伝えたとき、いよいよ宿敵のタルブ帝国を攻めるのかと誰もがそう思っていた。カスパルの生国では、帝国に負けたせいで賠償金を払っているそうだ。その皺寄せで重税を取られ続け、村は疲弊している。だから帝国に勝てば税金を減らしてもらえるかもしれない。そんな淡い期待があった。


 けれど働き盛りの男を取られるのは辛い。最終的に候補にされたのは、次男や三男といった家を継がない立場の若者だった。あるいはカスパルのような、身寄りがいない者。公平を期すためという名目でクジが作られ、まるで家畜のように集められて送られてきた。見送りだけは盛大にやってくれたが、何とも言えない苦いものが心に残る。


 カスパルが放り込まれた隊は、投石機で障壁なるものを壊す任務が与えられた。重い石を運んで設置するのは苦労するが、雑兵となって王都を攻めるよりは格段に待遇がいい。


 目隠しをされて連れてこられた場所で、カスパル達は兵器の説明を受けた。お前達はただ石を運ぶだけでいい。そう見下した態度で命令してくる上官は気に食わないが、まともな食事を出してくれるところは評価している。


 集まった村人の中には社交的な奴もいて、上官や騎士のような『階級持ち』から情報を集めてきていた。そいつによると、この戦争は帝国を叩くのではなく、友好国を解放するための戦いだという。


 意味が分からなかった。

 悪霊に占拠された王都を救うなど、どこの物語だろうか。


 馬鹿馬鹿しいとカスパルは思っていた。戦うことに正義なんてあるものか。自分のような下っ端は、ただ使い捨てられて死んでいくのに。勝利の余韻に浸れる奴は、絶対に戦場には出てこない。安全な場所から命令して、負けたことに不満を漏らすだけだ。


 投石機に石を載せ、カスパルは巻き込まれないように急いで下がる。投石機なんてものは初めて見たが、上官の説明で仕組みは何となく分かった。太い棒の先にある(おもり)が下へ落ちる反動で、反対側に載せた石を遠くへ飛ばす。あの錘で体を殴られるのは御免だ。


「放て!」


 苦労して載せた石が、指揮官のたった一言で飛んでいく。王都の外壁に設けられた見張り台を直撃して、瓦礫と共に内側へと落ちる。別の位置から投げ込まれた石が外壁を越たとき、黒い霧が揺らいだように見えた。


「まだ障壁は崩れんか。おい、次だ!」


 カスパルは慌てて石を取りに戻った。石は投石機の後方に置かれている。カスパルと組んでいる仲間は、すでに石の横に帆布を敷いていた。二人で石を転がして上に乗せ、棒に引っ掛けて持ち上げる。この時ばかりは頑丈な体に産んでくれた親に感謝した。これを持ち上げられない奴は、武器を持たされて前線に突っ込むことになっている。


 再び石を投石機に載せたとき、後方――王都とは反対側に砂煙が見えた。徐々に大きく、数を増して近づいてくる。


「……魔獣だ」


 誰かの呟きが聞こえた。

 魔獣の群れが、カスパル達がいる場所を襲おうとしている。噂では魔王はまだ死んでいないと聞いている。ならば、あれは魔王軍だろうかとカスパルは思った。


「嘘だろ……だって、俺たち」


 丸腰だ。武器を持っていたとしても、ただの農夫にあれだけの魔獣を倒すことは不可能だった。


「お前達は障壁への攻撃に専念しろ!」


 指揮官が武器を持っている兵士を集めた。投石の指示をする兵士は残され、残りで魔獣の群れが来る方向に対峙する。


「無茶だ。あいつら死ぬ気か?」


 この少ない人数で相手ができる数など、たかが知れている。それでも、この指揮官は逃げないことを選んだ。口うるさい上に傲慢な態度が鼻につくが、平民を盾にする気はないらしい。


 指揮官を筆頭に呪文が唱えられ、カスパルは鳥肌が立った。周囲が半透明の膜に覆われ、平凡な農夫の自分にも何らかの魔法が使われたと分かる。こんなもので、あの魔獣の群れに耐えられるのだろうか。


「逃げた方がいいんじゃ……」

「逃げるって、どこにだよ?」


 じわじわと近づいてくる魔獣を見た仲間がぼやく。逃げたいのはカスパルも同じだ。あんな大群を前に、どこへ逃げれば生き延びられるというのか。


 死を覚悟したカスパルが地面に座り込んだとき、視界が閃光で塗り潰された。



 *



 待機位置の崖の上からは、王都ローズターク全体が見下ろせた。障壁を構成する魔法陣への攻撃は既に始まっており、黒い霧が揺らいでいる。この霧が消えたら崖下へ魔法で転移して、解放戦の混乱に乗じて聖堂を目指す。


 作戦の要である突入組に対し、ベルトランもわざわざ見送りに来ていた。この皇帝のことだから、天幕でじっと待機しているのが性に合わないだけかもしれないが。


 連合軍の投石機に対し、王都側も物理攻撃を防ぐ結界を展開させているようだ。だが投げ込まれる巨石の勢いには勝てずに、ガラスのように脆く砕け散っている。黒い霧を留める魔法陣に魔力を注ぎ込むことを優先しているために、単純な物理攻撃に割ける量が限られているのだろう。


「魔法も万能の力じゃないってことか」

「魔力は有限ですし、今どき攻城兵器なんてものを復元して持ち出すなんて思ってなかったんでしょうね」


 初めて見る投石機の威力に由利が感想をつぶやくと、護衛として近くにいた東雲が小声で言った。むさ苦しい騎士に囲まれずに済む上に、聖女のふりをしなくてもいいのは助かるが、目を見て話そうとすると言葉に詰まりそうになるのが難点だ。


「銃が作られて戦争のやり方が変わったように、魔法式が整備されるにつれて、城や砦を攻めることは少なくなりましたから」

「攻める前に決着をつけるようになったのか?」

「ええ。城を落とすために使う魔法は、どれも悲惨なものばかりで。敵に使われたくないし、使った後始末に困る。死体はもちろん、土地が痩せると回復させるのに時間がかかる。だから敵国から賠償金という名目で金を奪う方へと変わっていったんです」

「で、敵が疲弊して国として成り立たなくなったら、領土を削り取ろうって算段か」

「善良な王なら統治される平民にとってはいいんでしょうけど、外国を衰退させて奪う王を、善良と呼ぶかは議論が分かれそうですね」


 東雲は含みがある言い方をしたあと、王都を攻める投石機をじっと見つめた。


「どうした?」

「おい、魔獣の群れが近づいてきてるぞ!」


 東雲が答えるよりも早く、異変に気付いた騎士から声が上がった。投石機の奥に砂煙が見える。森の木を薙ぎ倒しながら、ローズタークを目指しているかのようだった。


 人工的に黒い霧を発生させていた集団だ。魔獣を暴走させるなど雑作もないことだろう。各地に隠れている敵の勢力と連携して、この現象を引き起こしたのだ。


 魔獣の進路上には投石機がある。外壁にほど近い平野部に陣取った外国の部隊には、最低限の人員しかいないと聞いている。もともと王都への侵攻が始まれば、兵器を解体して帰還する集団だ。


「ユーグ」

「駄目だ、間に合わない。あの近辺は転移魔法が使えない範囲だよ」


 ベルトランが東雲を呼ぶと、質問されるよりも早く答えた。転移で人だけでも助ける作戦は不可能だ。


「動くなら、早急に英断なされよ」


 迫る魔獣を冷静に眺めていたアウレリオ神父がベルトランに警告する。彼もまた聖堂に突入する人員だ。研究者としての側面が強い神父が戦えるのかと驚いたが、この神父なら攻撃魔法の一つや二つ扱えても不思議ではない。


「あの位置を壊さずとも障壁は解除できるが、見積もっていた時間よりも大幅に超える。我々がそちらの対応に追われている間に、新たな障壁を作られるやもしれんな。障壁の解除と魔獣の到着が重なれば、霧で力を得た魔獣によって、待機させている制圧部隊も被害を被るだろう」

「あの魔獣は賢者側が呼んだ可能性が高いってことかよ。一度退いて立て直すか……?」

「陛下、別の方角からも魔獣が!」


 監視を続けていた騎士の一人から報告が上がってきた。示された方向を見ると、魔獣の黒い影が遠くに見える。魔獣とはいえ敵に挟み撃ちをされる形だ。距離はまだあるものの、無傷で退却するのは困難だろう。


「あいつら、あんな切り札を持ってたとはな……仕方ない。おい、誰か――」


 ベルトランは伝令兵を呼ぼうとしたが、東雲に止められた。


「待って。来るよ」

「あ?」


 空を見上げた東雲の目線の先を追うと、上空に何かが飛んでいる。見覚えのある影は複数飛んでおり、そのうちの一つが急降下してきた。


 大きな顎。角が生えた頭部に、鉤爪を備えた太い足。コウモリのような羽を持つ、空の覇者。


「まさか、竜?」


 急降下してくる灰色の竜が口を開いた。口腔に光が集まった途端、射出された光線が魔獣の先頭を薙ぎ払った。境界線を引くように大地が焼かれ、積み上がった死骸が障害物となり群れの勢いが緩やかになる。


「……は?」


 竜に会ったことがある由利やベルトランですら、すぐに言葉が出てこなかった。流石に卒倒するような者はこの場にいなかったが、あまりの威力に青ざめた顔で沈黙している。


「ふむ。あれが竜の息吹か。文献の記述以上に強力なようだな。じっくり観察してみたいものだが……さて、どうしたものか」

「便利だなぁ、あの攻撃。竜って存在が反則だよね。真似したいけど、まず魔力が圧倒的に足りないからなー。いちいち魔石に頼るのも負けた気がするし」


 神父と後輩は平常運転だった。しばらく黙っていたのは圧倒されたからではなく、その頭脳で分析していたからだろう。片足どころか両足とも変人の域に突っ込んでいる。


「俺らの祖先はアレと共存してたとか嘘だろ? あんなもん、どうやって扱えばいいんだよ」

「陛下。どうして手玉に取ることが前提なのか、お伺いしてもよろしいか」


 君主の発言にフェリクスが父親そっくりな言葉を返す。


 今度は上空から赤い竜が降りてきた。竜の中では小型とはいえ、牛を丸呑みできるほど大きい。飛来した脅威から皇帝を守るべく、騎士達は手にした武器を構えて動き出す。


「下がれ、手を出すな!」


 ベルトランの一喝で騎士は止まった。だが警戒は解かずに事態を見守っている。赤竜が前足を振り上げようものなら、いつでも攻撃できる体制だ。


「そう気を張らずとも良い。帝国の主よ、借りを返しに来たぞ」


 外見に似合わない幼い声が赤竜から聞こえてきた。ベルトランはその声を聞いて確信が持てたらしく、ゆっくりと歩み寄る。


「セルスラか。前もって報せてくれよ。茶菓子の準備が出来ねぇだろうが」


 親しげに話す皇帝に、騎士は混乱しつつも危険はないと判断して武器を収めた。

 赤竜――セルスラに続いて、光線で魔獣を散らした灰色の竜が降りてきた。はるかに大きな巨体の登場に、着地地点にいた僧兵が慌てて避難をする。興味津々な様子のアウレリオ神父だけは、部下らしき僧兵に引き摺られるようにして退却していた。どうしても近くで見たいらしい。


「娘が世話になった。して、残った獣どもを殺せば良いか?」


 好戦的な挨拶だった。ベルトランは頭痛を堪えるような顔で、頼むとだけ言った。


「あの黒いものは我らの手に余る。触れたところで害はないが、力を奪おうとするのは気に食わんの」

「あ、ああ。そっちは俺達でなんとかする。あれは魔石に影響を与えるらしくてな、魔獣が触れると暴走するんだが」

「ふん、未熟よの。己が内にある力を乗っ取られる醜態を晒すとは。我らが叩き直してくれるわ」


 灰色の竜が吠えた。セルスラが使ったような破壊の力ではなく、遠くまで響く性質のものだった。上空で旋回していた他の竜が四方へ飛び、魔獣への攻撃を始める。


「伝令、あの竜は味方だと伝えてこい。手を出したら、お前が死ぬぞって警告するのも忘れるなよ」

「はっ!」


 ベルトランは投げやり気味に命令を下した。障害物が無くなったことは喜ばしいが、あまりにも規格外の力を見せつけられて精神力が削られている。


「ところで皇帝よ。娘が食したという菓子は、お前の国にあるのか?」


 飛び立とうと翼を広げた竜が、思い出したように尋ねた。上空では既に飛び上がっていたセルスラが、パパ早く行こうよと急かしている。あの図体でパパ呼びは違和感しかない。人間形態なら似合うのだが。


「……俺の国は世界中のものが集まる。食いたいなら、戦いが終わってから来いよ。人間の法を守るなら出してやる」

「ふむ。では招きに応じよう。ではの」


 灰色の竜は今度こそ飛翔して魔獣の群れへと突っ込んでいった。もう光線は使わないのか、地面に降りて爪や尻尾で蹴散らしている。人間には苦戦する狂った魔獣も、彼らにかかれば紙切れに等しい。


「もうやだこんな仕事。あいつらの機嫌を損ねたら、一撃で帝都が吹き飛ぶじゃねえか。竜の好みに合う菓子とか知るかよ」


 ベルトランの本音が聞こえる。聞こえたのはすぐ近くにいた者だけで、揃って憐れみの目で皇帝を見た。由利の提案でモニカがそっと声をかけ、周囲には聞こえないようにカウンセリングを始めた。疲れきった皇帝は本物の聖女に癒やされて精神面を回復するといい。まだ解放戦は始まったばかりだ。


 乱入してきた竜の恩返しという名の暴力によって、連合軍側は障壁と黒い霧に専念できるようになった。多少の遅延はあったものの、王都に渦巻いていた霧が薄くなってゆく。


「陛下。間もなく霧が晴れます」

「待機していた部隊を前進させろ。突入の時期は教会の判断に委ねる」


 カウンセリングで皇帝の威厳を思い出したベルトランが指示を出す。

 制圧部隊が動き出したことに合わせて、由利達も崖の下へ移動することになった。


「頼んだぞ」

「全力を尽くします」


 転移の門が開いた。これをくぐれば、もう前に進むしかない。

 先導する騎士に続いて門へ入っていくと、生ぬるい膜に包まれた。東雲の転移に比べると快適さに欠ける。無理に体を引っ張られる感覚の後に目の前が眩しくなり、崖下への移動が完了した。

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