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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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002 東雲、憤る


 東雲は会議室に集まった面々を見回した。

 帝国側は皇帝ベルトランを筆頭に、内政に携わる文官が数名、実行部隊であるいくつかの騎士団の団長、賢者に関わりが深いフェリクスが着席している。東雲も含まれているが、情報を収集するには都合がいい。


 教会側は僧兵団の代表者が数名と、法国の政府機関にあたる行政府から派遣された聖職者たちだ。アウレリオ神父の姿もあるのは、魔法方面での分析と意見を伝えるためだろう。端には不安そうなモニカもいた。そうそうたる顔ぶれに萎縮して、居心地が悪そうに座っている。


 他にも法王猊下の代理としてピエッタ大司教が臨席していた。行政府を総括する立場にあり、今回の彼の言葉は法王の言葉と同義であるという。全権を任されているピエッタには緊張した面持ちはなく、これが初めてではないことをよく表していた。


 ベルトランが支配者の顔で開始を告げる。


「僭越ながら進行役を務めさせてもらう。周知の通り、この会議で見聞きしたことは他言無用であることを心得てもらいたい」


 室内が水を打ったように静かになり、ベルトランへと視線が集まる。沈黙は肯定の証だ。


「まず現状について認識の統一を。カヴェニャック」


 名を呼ばれた壮年の文官が立ち上がって一礼した。


「では私の方から……ウィンダルム王国は政治に不満を持った民衆により、各地で反乱を起こされ、混乱の最中にありました。戦力を各地に分散して対処していたところ、王都ローズタークは突如として発生した『黒い霧』によって沈黙したものと思われます。偵察によりますと、霧の中では死者が徘徊し、生きている者を見つけて襲うと」


 疲弊、もしくは警備が手薄になったところを狙う。手本のような乗っ取り方だ。

 恐らく反乱は計画の一つとして意図的に起こされたのでしょうと、カヴェニャックは続けた。


「世界中に火種を撒いて、最も燃え上がったのがウィンダルムです。この黒い霧はデュラン卿の報告と教会から頂いた資料にあった、魔王の城の上空に集積した想念と非常によく似ております。このことから、ローズタークを手中に収めたのは賢者エッカーレルクを筆頭とする勢力であると言えるでしょう」

「黒い霧の分析については、教会(そちら)の意見を聞かせてもらいたい」

「それについてはアウレリオ神父が述べよう」


 ピエッタ大司教がアウレリオを指名すると、小柄な神父は軽く頷いた。


「性質は非常に似ているが、あの黒い霧は触れた者の生命力を奪うものへと変化している。政治への不満や反乱によって発生した負の想念を集めて、ローズタークで解き放ち、生きていた人間を取り込んで増幅。ローズタークを解放せんと集まった人間は霧に力を奪われ、徘徊する亡者に殺される。負の螺旋で想念は濃度を増し、ますますローズタークの守りは強固になる一方だ」

「霧を消す手段は?」

「王都の周辺から浄化させる」


 ベルトランが問うと、アウレリオは簡潔に結論から述べた。無駄を嫌う神父らしい返答だ。


「想念が集まりやすい魔王の城と違い、ローズタークなどの古い都市には想念が溜まりにくい。そうした性質であるからこそ、都として人が集まり発展していったのだが。黒い霧を維持するために、王都を包むように障壁を作っているはずだ。そうでなければ時間の経過とともに霧は薄れる。その兆候は見られない。ならば障壁を作り出している装置か魔法陣の場所を割り出し、遠距離攻撃で崩したのちに、影響が広がらぬよう消すしかあるまい」


 その計算はローズターク周辺で待機している聖職者たちが、今も行っている最中だという。


「遠距離攻撃か……」


 ベルトランを含む武官や騎士は沈黙している。かつては侵略国家として周辺国から恐れられていた国だ。都を攻める作戦なら文献を漁ればいくつも見つかるが、それらの兵器に関する技術は残っているのだろうか。


「僧兵団を代表して申し上げます」


 アウレリオの隣にいた聖職者が発言した。


「我々は物理による遠距離攻撃能力を有しておりません。ローズターク側からの攻撃には、通常の兵器と魔法での反撃が予測されます。浄化を担当する聖職者は我々が護衛いたしますが……魔法はともかく戦場での守りを経験した者がおらず……」

「術者の護衛には帝国からも人員を割いてくれと。仕方あるまい。あの霧を消さないことには、ローズタークの解放など不可能だ」

「ご理解、感謝いたします」


 僧兵は心から安堵したように言った。先程の発言は、自分たちが無能だから助けてほしいと言っているようなものだ。賢者よりも遥かに後の世代とはいえ、枢機卿や彼を信奉する聖職者が引き起こした事件であるという認識が強い。それなのに外部に助けを求めているのだから。


 この会議を開く前に、教会と帝国以外は戦力として含めるのかという議論が巻き起こっていた。教会が対外的に用意していた筋書きは、枢機卿の体を魔王軍の生き残りが乗っ取ったという内容だ。魔王復活を企んでいるため、早急に討伐するのだと。


 いくつかの国からは必要になる兵力や物資の問い合わせがあり、参戦するものとみて輸送の計画を立てている。ただ最大戦力である帝国の指揮下に組み込まれることを嫌がる国が多く、あくまで教会が指揮をとるべきだと主張していた。


 現在の教会に戦争の経験はない。僧兵らが戦ってきたのは人里に現れる魔獣が多く、人々を守るための戦力でしかないからだ。大規模な兵力を投入するような戦い方など、それこそ賢者が生きていた時代まで遡る。戦争の指揮など出来るわけがない。


 結局は業を煮やしたベルトランが、組み込まれるのが嫌なら物資と回復魔法の使い手を寄越せ、それすら嫌な臆病者は引っ込んでろと諸国を挑発。帝国に反発心を抱いていた国ほど戦力を送ると確約する結果となった。


 こうした国々は、主に聖職者の護衛に充てられるのだろうと東雲は思った。下手に混成部隊などを作っても、戦場で命令通りに動くか怪しい。それなら反発が少ないであろう僧兵団と共にして、帝国の指揮下から独立させておく方がお互いのためだ。


 ――あとは賢者のことを明かさずに、帝国とは別方向から市街へ向かわせる、かな。


 移動に関しては教会が大規模な転移門を設置し、数日に分けて運ぶこととなった。このような国家間の大規模輸送は今回が初めてであり、緘口令が敷かれている。解析されて悪用されないように何重にも暗号化し、現時点では設置場所も明かされていない。これにはアウレリオ神父が関わっているそうだ。


 続いてお互いの兵力についての情報が交換されていく。霧を消してもローズタークには死者が徘徊しており、生きている人間を襲う。霧の力で動く死者は放置していればいずれ動きを止めるが、悠長に待っていればエッカーレルクを逃してしまうだろう。間を置かずに死者を葬りつつ、エッカーレルクがいる場所までモニカを連れて行かなければいけない。


「霧が消えたら死者を制圧しつつローズタークを解放。哀れな魂は教会に任せるとして、エッカーレルクの居場所と目的だが……ユーグ、見当はつくか?」

「居場所と目的、ですか」


 指名された東雲は、場所に合わせて礼儀正しく皇帝に向き直る。


 東雲は己の経歴として、エッカーレルクが生きていた時代の傭兵と詐称していた。かの賢者がやろうとしていることに気づいて止めようとしたものの、返り討ちにあって魔王の城に封印されていた。訪れたフェリクス達によって封印を解かれ、彼らに協力している。だから現代の事情には疎く、独特な魔法を使うのだと。


 急ごしらえの過去でも真っ向から否定されていないのは、エッカーレルクという最大の化け物が生きていると判明したからだ。あの賢者の前では、多少の嘘でも真実に映るらしい。


 ベルトランは単に同世代の人間の意見を求めているのだろう。東雲とエッカーレルクの思考が似ていると勘づいたとは思えない。目的のために手段を選ばず、血が繋がった身内ですら平気で切り捨てられる。違うのは、自分には由利の存在が歯止めになっていることだけだ。だからエッカーレルクの思考を、手がかりがあれば、ある程度は追跡できる。


 ――さて、どう答えようかな。いきなり『集合知』なんて言っても、予備知識がないと通じないよね。


 東雲は思案のために腕を組んで、空中を見上げた。


「観測に徹していた賢者が、次の段階へ進んだだけです。ローズタークを使った集合知識の作成と接続。それから世界の構築」


 この場にいたほとんどの者が理解し難いとばかりに、無言で東雲を見つめた。アウレリオだけは答え合わせが済んだといった様子で、手持ちの資料を眺めている。


「賢者は知識に対して並々ならぬ興味を示していた。魂に関する実験と観測をしていたのは、己の内に生まれた疑問の答えを見つける過程に過ぎません。一通りの実験と観測が終わって、別の方向から接近しようとしている」

「それがローズタークの占領だと?」

「はい。ローズタークに試練と赦しの周期を与えて魂を昇華させる。賢者は現世に全ての根源を再現しようとしている。死んでから生まれ変わる過程の中に、知識や経験の欠落が見られるのはどこか。魂からこぼれ落ちたものは、どこに消えるのか」


「自分がそこへ到達するためにか?」

「それは違うかと。賢者エッカーレルクは、あくまで知識欲を満たすために行動している。自分が到達するかどうかは問題ではありません。自分の中に生まれた疑問に対する答えを探しているだけなんです。純粋な好奇心だから、善とか悪で判断できるものではない」

「だがエッカーレルクがやっていることは、我々にとって許し難いものだ」


 騎士の中から声があがり、それに賛同する意見が噴出した。


「エッカーレルクにとって法律や倫理は、自分の活動を停止する理由にならないだけです。人間らしさが欠落していると思っていただいても結構。人として生きている貴方がたが理解しようとしても、理解できる範囲を超越していますから。人間の形をした、別の生き物なんですよ。それがエッカーレルク・フィレリオーノという存在です」

「しかし……」


 なおも賢者への不満を述べようとしていた騎士は、ベルトランになだめられると大人しくなった。話が逸れかけていると本人が自覚したのもあるが、皇帝が騎士団を掌握しているためだ。


「エッカーレルクはローズタークのどこにいると思う?」

「大聖堂かと」


 東雲はベルトランの問いに即答した。


 ――あれも歯車の一部なら……実験に己の存在すら計算して組み込んでいるなら、全体を見渡せる特等席にいるはず。


 脳裏にローズタークの地図を広げて俯瞰する。


「ローズタークの障壁は、ほぼ半球状になって都を覆っています。内側の霧は障壁の内部に留まっている。この形状だと球の表面から等間隔に離れた場所、つまり霧の中央で観測することが望ましい。ローズタークの中心は、城ではなくて大聖堂ですね?」


 教会側に話題を振ると、ピエッタが然りとうなずいた。


「城の近くに庶民が住居を構えることを禁じた結果、聖堂側に民衆が集まることとなった。そちらの方が言う通り、現在では中央になってしまったな」


 どこから攻めても大聖堂に到達する時間に大きな差はないだろう。同じことを考えていた騎士の一人が、ふと呟いた。


「霧が晴れて侵攻したとて、転移の魔法で逃げられるのではないか? 襲ってくる死者の中には、王国軍の兵士が大勢いるのだろう? とうぜん我々が勝つが、ある程度の時間はかかる」

「作戦が始まる前に、転移を阻害する魔法を広範囲にかける。座標の固定を狂わせるものだ。賢者といえど行き先が定まらぬままでは移動できない」


 教会側の魔力消費が激しくなりそうだ。術者の多くは妨害と浄化以外のことは出来なくなるだろう。魔法による支援は思っているよりも少ないと見積もるべきだ。


 ――そうなると、僕の転移も使えない可能性が高いのか。


 東雲は転移を使うことを前提にしていた作戦を変更した。さすがに岩や壁の中に移動するのは洒落にならない。妨害魔法がかけられてから作戦開始までに、妨害の強度を調べておこうと密かに決めておく。


 さらに両者から意見が出るようになり、大まかな作戦が決まった。

 帝国の攻城兵器などで障壁を崩し、聖職者が霧を浄化する。霧が晴れたら全勢力でローズタークに巣食う死者を制圧しつつ、モニカを含めた精鋭でエッカーレルクを討伐。


「では大聖堂へ侵攻するのは、帝国騎士と僧兵団より選抜する。()()()()()()聖女を送り届けるように。一旦は人員の選択と準備のために解散とするが、よろしいか」


 ベルトランの意見に反対は出なかった。

 足早に去っていく人々に流されるのを嫌って、東雲は席からゆっくりと立ち上がる。


「ユーグ、話がある。少し残ってくれ」


 ベルトランに呼び止められた。近くにはピエッタ大司教とモニカがいる。護衛に関することかと思っていた東雲は、何も警戒することなく彼らの元へ向かう。


「……リリィは、まだ帝都にいるのか?」


 その一言で全てを察した。

 被害を最小限にしてエッカーレルクに臨みたい思惑は東雲にも分かる。人は死ねば終わりだ。賢者を倒して魂を空へ還すことができるモニカを失うわけにはいかない。敵は巫女を警戒しているため、総力をあげて抵抗してくるだろう。


 由利の結界は心理状態に左右されやすいが、並々ならぬ強度を誇る。エルフが手を加えた武器もあるので、多少の乱戦では無傷でいられるだろう。東雲が作戦を立てる側なら、まず最初に考慮していた。


「彼女をこの作戦に巻き込む気か」


 そう、考慮していた。その可能性があることを予測していたのに、非戦闘員である由利の名は出ないだろうと油断していた。モニカという例があるにも関わらず。


 だからこの怒りは対処を怠った己へ向けたものだと、東雲は無意識に分析していた。ベルトランへ向けたのは、ただの八つ当たりだ。


「あの人には帰る場所がある。生きて帰れるかも分からないのに、そちらの都合で振り回すのか」

「その怒りは最もだが、決めるのは彼女だ」

「あの……リリィ、さんは戦い慣れた兵士ではありません。リリィさんの能力を当てにして、戦場へお連れするのは酷です。ましてや帝国の総動員法や法国の規則の範囲外におられる方ですから、この戦いに参加する義務はありません」


 モニカがベルトランとピエッタ大司教に訴えた。勇気を振り絞って発言したのだろう。握りしめた両手がわずかに震えている。


「お前達が言う通り、帝国民じゃないから俺は依頼するだけだ。拒否権は向こうにある。断ったからといって無理に従わせることはしない。ただ、作戦が有利になる」

「非戦闘員であるというなら、シスター・モニカ、君もだよ。我々だけの力で解決できるなら、それに越したことはない。されど事態は逼迫している。少しでも成功する確率を上げておかねばなるまい」


 ピエッタ大司教が静かにモニカをなだめた。

 ベルトランは最大限に譲歩している。教会側も同じだ。わざわざ先に東雲に話を通したり、居場所を尋ねて時間稼ぎをしている。都合が悪ければ、知らない間に逃がせと告げているのだ。


「……あの人に何かあったら、分かってるだろうな?」


 東雲は感情を抑えつつ言った。一緒にいることに浮かれて、安全を蔑ろにしていたのは自分の責任だ。


「俺の首で良けりゃ、くれてやる」


 今ならどんな罵倒でも受け入れると言うかのように、ベルトランが泰然とした態度で立っている。子供のように喚くには歳を取りすぎた。それに自分は由利の、ただの後輩だ。家族でも恋人でもない自分が、由利の行動を一方的に決めてもいいのか。


 結局、口から出てきたのは皮肉だけだった。


「五十年後にしろとか言わないんだ」

「必要なことはもう息子に教えてあるさ」


 早く逃していれば良かった。今のうちに強制的にエルフの里へ送ろうか。いくつも後悔が浮かぶが、それは由利の意見を尊重すると決めたことから反する。由利の行動を決めるのは、由利だけだ。


「ユーグさん……」

「何かあったら、あの人をよろしくね」


 上手くいかない。由利が絡むと感情で動いてしまう。一番に捨てるべきものだったのに。

 申し訳なさそうにしているモニカに微笑むと、東雲は部屋から出ていった。





「陛下」


 疲れたように座りこんだベルトランを、護衛として控えていたデュラン侯爵が気遣わしげに声をかける。


「なぜ、今なんだろうな」


 うめくような弱音は、年上の幼なじみしか聞いたことがない。


「今回は特に。俺が在位についている時に、魔王だの賢者だの、次から次へとよく事件が起きる」

「転換期なのでしょうな」

「先祖のツケを子孫が払う。ふざけるなと言ってやりたいが、墓に向かって言うわけにもいかない。ならば後世に残さないよう俺の代で終わらせるべきだと、とっくに理解してはいたんだがな……平和な世で凡庸な王よと馬鹿にされることの、なんと幸せなことか」


 デュラン侯爵は何も言わない。皇帝の苦しみは皇帝にしか分からないが、悩みを吐き出すことで楽になるならと聞き役に徹している。地位や階級に関係なく、長年にわたり行ってきたことだ。


「世界のために命を差し出せと言う皇帝は、俺一人で十分だ。罪悪感で死にたくなる」


 遠くを見つめて沈黙していたベルトランは、やがて諦めた顔で呟いた。

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