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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
6章 堕ちた栄光

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001 予想


 わずかに開けた窓から紙飛行機が入ってきた。部屋を一周してテーブルの上で高度を下げると、広げた紙に文字を落としていく。枯葉のように舞い降りる文字は下の紙に触れると、いくつかの文章へと変化する。仕事を終えた紙飛行機は、また窓の隙間を通り抜けて外へと出ていった。


 東雲からの手紙だ。生き物を使うのは止めたのか、翼にウサギの絵が描かれた紙飛行機が不定期にやってくる。何も状況が分からないのは不安だろうと、東雲なりに気を遣ってくれているようだ。


 法国からの報せを聞いて、すぐにフェリクスはモニカを伴って、皇帝ベルトランへ伝えるべくメイユ・ラヴィ宮へと連絡をとった。移動には東雲が協力し、三人はホールから転移。それから一度も邸宅へ戻って来ていない。


 一人で残った由利に東雲からの手紙が届いたのは、丸二日経ってからだった。由利が巻き込まれそうなら避難させると前置きがしてあり、ローズタークの現状や帝国側の動きが書かれていたのだ。


 状況は良くない。ローズタークの都全体が黒い霧に覆われていて、その中を死者が徘徊している。中へ入った人間は霧に触れると生命力を奪われて動けなくなり、占拠している死者に襲われて彼らの仲間入りをしてしまう。


 反乱で荒れていたウィンダルム王国はさらに分裂した。王都を奪還すべく挙兵して飲み込まれる勢力や、武装して都市に引きこもる勢力など、国としての形を失いつつある。さらに逃げ出した国民が隣接する国境に集まり、不確かな情報を伝えることで、諸外国へ混乱を拡大させていた。


 この状況に賢者エッカーレルクが関与していることは明白だった。原因は判明しているものの、ウィンダルムがいまだ国として認められている以上は、教会も帝国も一方的にローズタークへ手出しできなかった。ウィンダルムの王族と連絡が取れないのだ。どこかで反乱に巻き込まれたのか、王城で黒い霧に飲まれたのかすら分かっていない。


 いっそのこと、反乱軍とやらが帝国(うち)に攻め込んできてくれりゃあ、ローズタークまで侵略するんだけどな――冗談混じりにベルトランが言っていたらしい。あれこれ工作するよりは単純で、諸外国への言い訳もしやすい。そしてローズタークに異変ありと教会へ伝えて、人道支援に切り替えて王国に恩を売る。


 ――そう上手くはいかないよな。目的が何であれ、兵を動かせば周辺国は騒ぐ。


 教会では黒い霧への対処と、死者を還すために巫女や聖職者が集められている。ローズタークの安全を取り戻す名目で、エッカーレルクを排除するために動いているだろう。こちらはウィンダルム王国内で比較的自由に動けるが、教会が抱えている僧兵団だけでは圧倒的に戦力が足りない。


 エッカーレルクはイドが作った人形の技術を活かして、長い年月を生きてきた。彼にとって死者を還す巫女は最大の敵だ。人形から魂を引き剥がされないよう、その手の対策は万全だろう。並の巫女では彼を還すことは不可能と判断し、モニカを送り込むことまでは決定している。


 オレリーやイノライに帝都の様子を聞いてみると、陽気な空気に混じって張り詰めたものを感じるという。帝都の民にはまだローズタークが陥落したことは伝わっていないものの、政治に携わる人間から戦争の気配を肌で感じているのかもしれない。大々的な招集がかかるのも時間の問題だった。


「……そろそろ来るかな」


 教会も帝国もローズタークにいた人間は全員死んだと仮定して動いているだろう。王都に王族全員が集まっているとは考えにくいが、最大戦力になる帝国軍を投入するなら、そちらの方が都合がいい。適当な人物を王族に仕立て上げ、救助を要請されたことにして制圧に乗り出せる。


 その辺りは中心になる帝国と教会が上手く運ぶだろう。昔よりは薄れたとはいえ、教会の影響力は各地に残っている。法王の名で要請されたとあっては、面と向かって断れる国は存在しない。


 問題はエッカーレルクまでの道のりだ。東雲からの手紙には、転生用の体に逃げ込まれないよう、その場で葬送することが望ましいと書かれている。


 だがモニカの本職は巫女だ。戦闘経験など無いに等しい。ローズタークを制圧しつつ、安全に連れていく護衛を厳選しなければいけない。彼女がエッカーレルクを還すことで脅威が取り除かれるのだから。


 フェリクスは間違いなくモニカの護衛に選抜されるだろう。魔王の城から生還し、先日の御前試合でも勝ち残っている。モニカも全く知らない相手に命を預けるよりは安心できるはずだ。


 ――東雲も賢者を追い詰める組だろうな。そのために帝国に接触したんだから。


 由利はふと寂しさを感じた。一方的な事務連絡だけで、こちらから接触できない。東雲が今、どこにいるのかすら知らない。偵察に出ているのか、要人の輸送を手伝っているのか、知らせてくれてもいいのではと恨み言がいくつも浮かぶ。


 しかし会って伝えたい用件がなく、飛んでくる紙飛行機に何も書けないまま、虚しく見送るのみだ。一緒にいることが当たり前になっていて、急に一人にされると落ち着かない。


 落とされていった文字を見ては、連絡事項以外のことが書かれていないかと、勝手に期待をして落胆をすることが続いている。


「いや、子供じゃないんだからさ……何を考えてんだよ俺は」


 皆がエッカーレルクを止めようとしているときに、恋する乙女のような不満で頭を悩ませてどうするのか。自分の心に向き合ってから情緒が安定しない。それもこれも東雲の存在が気になるせいだ。


「そうじゃなくて、突入メンバーの話だってば。どこまで考えたっけ」


 由利は気分転換に部屋の中を歩き回った。

 モニカの護衛に二人だけでは心許ない。作戦の成功率を上げるためには、他にも身を守る手段が必要になる。


 例えば、由利の結界。

 自惚れるわけではないが、大抵の攻撃は防いできた。あの力はベルトランが見ている。法国でも使った。他人に概念を教えても、魔法式に慣れた大人では習得に時間がかかる。欠点はその場から動けなくなることだが、魔法も物理も通さない障壁は需要が高い。


 詳細を隠してイノライに結界を観察してもらったところ、聖女の結界と性質が似ているものの、大部分の記述が違うと語っていた。魔法式の記述が常に変化していることが原因だった。解析して破壊するには時間がかかるそうで、魔力切れに気をつけさえすれば、戦闘中に壊されることはなさそうだ。


 イノライは由利の正体を知らない。クリモンテ派の巫女が使う門外不出の魔法だ、聖女を守るために秘密にしておいてくれと頼むと、意外なほど簡単に信じていた。モニカと同じく教会以外で暮らすには難儀する性格だ。


 届いた手紙を読み直していると、遠慮がちに扉が叩かれた。続けて、ずっと聞きたかった声で由利の名前を呼ばれる。

 由利は日本語が書かれた紙を全て片付け、訪問者を出迎える前に深呼吸をした。

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