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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
1章 歪む世界と魔王の影

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010 誘拐、逃走、瞑想


 二人が寝泊まりしている宿に到着すると、東雲が身を屈めて由利に目線を合わせた。


「じゃあ情報屋を締め――必要なことをオハナシしてきますから、宿で待ってて下さい」


 ――こいつ今、締め上げるって言いそうになったな。


 由利は生温い気持ちで後輩を見る。


「……五体満足で家に返してやれよ?」

「相手次第ですかね」

「おい」


 東雲は冗談ですよーとヘラヘラ笑っているが、まだ彼女の本気と冗談の差が分からない。


「襲われそうになったら抵抗してもいいですよね?」

「その時は蹴散らして逃げてこい。夜逃げの準備ならしておく」


 追跡者を撃退するのも、逃走ルートを探すのも東雲の役割になるだろう。由利はついて行くしか能がないが、足止めの魔法で時間を稼ぐ程度なら協力できそうだ。


 何が琴線に触れたのか、東雲は幸せそうな笑顔で、分かりましたと言った。


 うっかり見てしまった通行人の少女が、真っ赤な顔で固まっている。うちのイケメンがすいません、仮面で隠しますからと謝罪するべきか。


 投げやりな気持ちで東雲を見送り、宿の中に入った。カウンターにはいつも宿の主人か彼の息子が店番をしているが、珍しく誰もいなかった。いつもより静かな気がする。買い出しにでも出かけたのだろうか。


 特に用事があったわけでもないので、部屋がある二階へ上がって扉を開けた。ベッドが二つとテーブルとイスが置かれた、中級ランクの部屋だ。


 六畳ほどの広さのそこは、あったはずの家具が全て消え、中央にザイン教の僧服を着た年齢不明の男が立っていた。


「ようやく帰ってきたか。待ち――」


 閉めた。

 心当たりは全くないが、ちょっとした危機が迫っている気がする。東雲を探しに行こう。町のどこへ行ったか知らないが、人目があるところでウロウロしていたら、向こうから見つけてくれるはず。


「逃げられると思うなよ」


 さっさと行動に移せば良かったのに、焦った頭で考えていたのが悪かったのだろう。背後に仲間が現れ、強引に部屋の中へと押し込まれる。声の高さから判断すると若い女のようだ。


「ふん。怖気付いて逃げ出そうとしたか」


 部屋にいた僧服の男が、少し引きつった表情で言った。話している途中で扉を閉めたのは悪かったが、知らない人が部屋にいた恐怖故の行動だから許してほしい。異世界なんだし、閉めて開けたら日常が戻ってきてくれてもいいのに。


「……どちら様でしょうか」


 由利は淑女に見えるよう、敬語で話しかけた。女性らしい振る舞いは駄目出しの連続だったが、言葉遣いだけは敬語にすることで特訓を免除してもらっていた。おはようからおやすみまで続く淑女教育の賜物で、短時間なら男だと気付かれないだろう。


 男は忌々しそうに由利を睨み、そうか知らないかと言った。


「偉大なる巫女様には、末端の私のことなどご存知ないようだ」


 ――いや、本当に知らないんだよなぁ。


 背後から由利の腕を掴んでいる奴も、呆れたように溜息をついている。異世界生活を始めたばかりの由利に、現地の知り合いなどいない。間違いなく体のほうなら事情を知っているだろうが、魂が行方不明になっているので確かめられない。


「まさかこんな所で油を売っているとはな。我々の聖典派へ鞍替えするなら、助けてやらんこともないが」


 由利が乗っ取っている体の子と目の前の男は、それぞれ敵対する派閥にいるらしい。こんなことならザイン教について勉強しておくべきだった。


「私一人で決められることではございませんので……」


 聖典派の重鎮と思われる男が、わざわざ会いに来るほどだ。彼女も別の派閥で、名前を知られる立場にあるようだ。きっと宗旨替えも簡単には出来ないだろうと推測して、曖昧に返事をした。


 男は予想通りすぎてつまらんと吐き捨てる。


 とはいえ、食い気味に乗り換えますと言われても怒るくせに。これだから正解がない問題は嫌いだ。


「ジョフロワ様、そろそろ……」

「仕方あるまい」


 男は懐から金の鎖がついた白い結晶を取り出した。ダウジングに使う水晶に似たそれを下へ垂らし、低い声で一言だけ告げる。



「――展開せよ」



 床一面に青白い線が走る。見たことがない文字と記号が浮かび上がり、男を中心に円を描く。

 由利にも分かった。

 これは魔法だ。

 男達が由利の側を離れないのは、これが攻撃ではないことの証。


 ――まさか移動用?


 東雲に知らせる手段がない。移動した先は彼らの――由利の敵地だろう。腕はきつく掴まれたまま。どうすれば生き延びられる。


「待っ――」


 抵抗する時間もないまま、視界が光に包まれる。痛みすら感じるほどの刺激が収まり、ゆっくり目を開けると、石造りの肌寒い部屋にいた。窓は無く、扉がない出入り口だけがある。どこにも光源が見えないのに室内は明るい。部屋の広さだけは宿と同じだ。


 無言で移動を促され、部屋の外に出た。無機質な廊下を進んで狭い階段を上がると、ようやく細い窓から外が見えた。手入れされた花壇の見え方から、由利達が移動してきた部屋は地下にあったようだ。


 誰にもすれ違うことなく中庭が見渡せる回廊に来た。中央に噴水を置いた、左右対称の庭園になっている。植えられている花は種類ごとに纏められ、等間隔に咲いている。


 よく見ると花は白い燐光を放っている。この緻密な図形を描く庭園は、ただの観賞用ではなく菜園を兼ねているのかもしれない。


 回廊をぐるりと回り、大きく開いた扉から建物の外へ出た。建物を背に石を敷き詰めた道をしばらく進んでから、脇道へと誘導される。土がむき出しになっている獣道だ。道は林の中へと続いている。


「あれは……」


 林から尖塔が突き出ているのが見えた。


「巫女様には、あちらの塔に滞在していただこう。少し不自由かもしれんが、食事だけは運ばせるようにしよう」


 ジョフロワと呼ばれた男が、嫌味ったらしい笑みを浮かべて言った。


 ――あそこに監禁するつもりか。


 由利の存在は邪魔だが、かと言って死なれても困るらしい。


 思い通りになる気はないが、今の由利の身体能力で逃げ切れるだろうか。


 林を進んで塔の入り口が見えてくると、ジョフロワは立ち止まり再び水晶を取り出した。入り口の黒い鉄扉には赤い札が貼ってある。魔法を鍵代わりにしているのか。


 ジョフロワが呪文を唱え始めたと同時に、由利は腕を掴む女の左足を思い切り踏みつけた。踏みつけた足を軸に体を捻り、振り返る勢いのまま、女の左耳を平手打ちする。


「つっ!?」


 女が怯んで腕を掴む力が緩んだ。掴まれた腕を大きく回して完全に振り払うと、由利は林の中へと逃げ込んだ。


「待てっ!」


 土地勘がない由利が二人から逃げるには、追いかけにくい林を利用するしかない。


 由利の足元で次々に草が弾け飛んだ。魔法で足止めを狙っているようだが、木が邪魔をして当てられないようだ。


 背後で二人が怒鳴っているが、いちいち相手をする気はない。どうせ彼らは由利の敵なのだ。


 林の中から逃げこめそうな場所を探していると、木製の平屋の建物が見えた。近くには誰もいない。林を出て駆け寄ってみると鍵は開いていた。


 ――隠れるか。


 息が上がって、走り続けるのは無理だと判断した由利は、思いきって中へと入った。


 聖堂として使われていたのだろう。正面には剣を抱きしめ光を見上げる人物の、大きなステンドグラスがある。中は清潔に保たれていて、埃一つ落ちていない。信者が座っていたであろう席は、使い込まれて摩耗したり細かい傷がついている。奥の数段高くなった場所には、何か大きな物を置いていた跡が残っていた。祭壇があったのだろうか。


「誰かと思えば、珍しい人が来たね」


 ステンドグラスに魅入っていた由利は、ふと聞こえてきた声で我に返った。右の部屋に通じている扉近くに、赤い僧服を着た若い男が立っていた。


 長い亜麻色の髪を首の後ろで結んでいる。垂れ気味の目と綺麗な顔立ちは、一見すると女性のようにも見えた。背は高く痩せていて、纏っている退廃的な空気によく合っていた。僧服をきっちりと着込んでいるくせに、まるで人を堕落させる悪魔が化けているのではないかと錯覚させる。


 若い男は由利をじっと観察し、そう警戒しないでと言った。


「ここには貴女に危害を加える人なんていないでしょ。だって、ほら、教会なんだし?」

「直接、何かをしてくる人がいないだけでしょう?」


 暗に監禁されかけたことを仄めかすと、男の目に興味深そうな感情が現れる。


「言いなりになるだけの人形かと思ってたけど、頭は悪くないみたいだね」

「近づかないで下さい」


 由利は結界を展開させた。ジョフロワ達が由利をここへ連れてきたなら、敷地内で出会う者に味方はいないはず。宿では油断して捕まったが、もう同じことは繰り返したくない。


 厄介だね――男が結界のすぐ側まで来て言った。


「独特で未完成な魔法式だけど……貴女の魔力だから成功しているのかな。面白いね。さて、ここに閉じこもって何を待つのかな?」


 問いかける口調だったが、男は答えを確信している。


 由利は答える代わりに男を睨む。実力がある人間のフリをするのは、そろそろ限界だ。一度一人でゆっくりと脱出方法を考えたい。


「ねえ、あいつは来るかな? 一度だけ話したことがあるけれど、あれは崇高な使命なんて持ってないよ。人生に飽きて、刺激を求めて旅に出た人間だ」


 男は動揺させて揺さぶりをかけているようだが、情報が少ない由利には通じない。東雲の魂が入っている体を思い出す。


「また来るよ、聖女様。貴女の結界が消える前に、勇者が来てくれるといいね」


 甘い笑みを浮かべる顔は、何も期待していないと言外に語っていた。人生に飽きているのはこの男のほうではないのか。


 男が聖堂を出て行くとき、外に由利を誘拐した二人の姿が見えた。男は二人に何かを言い含め、連れ立って聖堂から去って行った。


「……聖女?」


 なぜ教会が聖女を監禁しようとするのか。属している派閥が違えば、人の命がかかっていることでも足を引っ張り合うのか。


 ――俺が聖女の体に入っているなら、東雲は勇者か?


 由利はビーズクッションを出して深々と座った。


 何も考えたくない。


「いや、それじゃ日本にいた時と同じじゃねえか」


 思考停止して、ただ流されるまま生きていた。漠然と変わりたいと思っているだけで、そのための行動は何もせずに。転職しようとしたのも、他人に誘われたから。


 主体性も中身もない。空の自分に気づいていても、目を背けたまま。


 由利はため息をついた。


 これを機に変われるなんて甘いことは考えていないが、せめて東雲と合流したときに後ろめたい気持ちにならないようにしたい。


 時間制限は魔力が尽きるまで。この体は一般人よりも魔力量が多いと東雲が鑑定していた。そして由利が使える結界は、ほとんど魔力を消費しないとも。


 この結界が由利の想像力を元に構成されているなら、他の魔法を作りだすこともできるかもしれない。


「安全に逃げられる道と、手段を探す」


 聖女にとっては敵地だが、人間が運営しているなら抜け道はどこかにあるはず。


 由利は目を閉じて脱走に役立ちそうなものを思い浮かべた。

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