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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
閑話 3

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物語の結末は 3


 由利から本に飲み込まれた経緯を聞いた東雲は、静かに苛立っているように見えた。また面倒なことに巻き込まれ、自力で解決できない由利に対して怒っているのかと覚悟したが、そうではないと否定される。


「つまり、本に飲み込まれて会ったカエルが実は王子様で、呪いを解いてくれる子を探していると。それが何で病院での恋愛相談に発展してるんですか?」

「あれ? 何でだっけ」


 どうしたことか少し前の行動を思い出せなくなっている。大人しく東雲を待っていようとしていたはずなのに、カエルが言うままに城へと来ていたり、行動にも一貫性がない。


 思考を阻害する何かが、由利から考えることを奪っている。正常に働いてくれない頭で必死に思い出そうとしていると、東雲がそっと手を握ってきた。


「ゆっくりで構いませんから、思い出してみて下さい」


 温かい手を介して、東雲の魔力が流れてくる。外敵から守るように包まれ、思考を覆っていた霧が晴れてゆく。由利の心が落ち着くにつれ、散漫だった思考が纏まってきた。


「悪い。要点をまとめられないから、順番に話していくぞ。そのカエルが言ってたんだが、外の世界から来た子にキスされると呪いが解けるんだと。ただ指輪をしてるせいで既婚者と勘違いされてな。人妻には用はない、毒液かけるぞって暴言を吐かれて――おい、何で刀抜いてんの!?」


 由利は慌てて東雲の腕にしがみついた。


「そのクソガエルどこにいるんですか!? 生きたまま皮を剥いで干物にしてやる!」

「何でお前がキレてんの!? 落ち着け、俺は平気だから! 待て! お座り!」


 どうにか東雲に武器を片付けさせ、椅子に座らせることに成功した。近くのベッドにいた怪我人は逃げるに逃げられず、危険人物に怯えている。由利は周囲に謝ってから続きを話した。


「そこからちょっと記憶が曖昧なんだが、未婚だって分かると手のひらを返されて、城に誘われたんだ。おい、舌打ちすんな。あの時はカエルについて行くのが正解だって思ってたけど、何でだろう?」

「正常な判断力を奪う魔法をかけられてたんだと思いますよ。カエルに触れられると、思考力が低下しませんでしたか?」

「言われてみれば……」


 カエルの粘っこい笑みを思い出し、鳥肌がたった。スカートにはまだシミが付いている。不快な気持ちになってハンカチで拭いたが、全く効果がない。由利の様子に気付いた東雲がシミに手をかざすと、あんなに頑固だった汚れが綺麗に消え去った。


「で、恋愛相談のことだっけ? 城まで案内されて、カエルから『二人の中を深めるためには逆境からの玉の輿が最適』って一方的に決められて、この病院? 治療院で働けって放り込まれたんだよ」

「やっぱり生きたまま挽肉にしてやるか」

「お前、ここに来てから思考が物騒すぎないか?」


 一体、何が後輩を駆り立てているのだろうか。由利は半歩だけ距離を空けた。


 例によって低下した頭がまともに動くわけもなく、カエルに言われるままに怪我人の治療をしていた。カエルはあれから姿を見せていない。治療をした患者とは、顔を合わせれば会話をするようになり、いつの間にか人生相談にも乗るようになっていた。そこへ東雲が現れたのだ。


「へー相談ねぇ」

「ガン飛ばしながら言うなよ……」


 棒読みで怪我人に詰め寄る東雲を椅子に戻す。


「それで、相談の内容は?」


 東雲に話しかけられた患者は、生贄の宣告でもされたかのように顔色が悪い。視線を彷徨わせて逃げ道を探していたが、やがて無言の圧力に屈してポツリとこぼした。


「二股を、かけられていたんです……」

「二股ね。それで?」

「結婚も考えていた相手なのに、ある日好きな人と結婚するから別れて、と。どういうことですか? この言葉の真意は一体……」

「真意も何も、キープされてたってことでしょ」


 東雲の一言で患者が固まった。


「んで、本命にプロポーズされたから、いらない方を捨てたってだけで」

「い、要らない……?」

「だって君が本命なら、好きな人と結婚するから別れてなんて言わないし」

「ぐふっ……」


 わずかに残っていた希望が打ち砕かれた瞬間だった。真っ白に燃え尽きた患者を、周囲は同情的に傍観している。


「まあ、浮気する女には見切りつけて、次に行けばいいんじゃない?」

「東雲、それ以上はオーバーキルだ。関係ない俺まで被弾しそう……」


 由利は東雲の肩に手を置いて引き留めた。言っていることは正論だが、はっきり言われたくないこともある。


 弱気になった由利に、東雲は仕方ないなといった様子でため息をついた。


「見た目で選ぶから失敗するんですよ。ね、由利さん」

「お、俺? いや、ほら、人は見かけによらないって言うし?」

「その心掛けは立派ですけど、それで見た目通りの子を選んでるんですから意味ないですね。遊び相手に向いてないって言われたことありませんか?」

「あります……あんまり古傷を抉らないで」


 恋愛相談とは、トドメを刺すことだったのか――由利は悲しくなった。


 患者と由利を撃沈した東雲は、他の相談者に狙いを移した。視線を向けられると露骨に目を逸らす患者達だったが、一人また一人と強引に捕まえて判決を下してゆく。巻き込まれたくない患者は病室から逃げ出してゆくため、東雲が行動するほど人が減っていった。


 客観的な立場で聞いていると、ただ正論をぶつけるだけではなく、的確なアドバイスが含まれている。しかし言い方に遠慮がないので、相談者の精神力を削る効果もあるのが難点だ。


「俺、東雲に相談すれば長続きしてたのかな」


 意図せず口走った台詞で、東雲が悲しそうな顔になった。


「は? 由利さんからの恋愛相談? 絶対嫌です」

「そこまで!?」


 言っていることと表情の乖離が激しい。東雲にどう声をかければ良いのか迷う。とりあえず休憩を提案して反応を確かめようとした由利は、視界の端に跳ねる物体を見つけた。


 ボールのように弾んで移動してくるのは、由利を強引に連れてきたカエルだ。小さな体が高速移動してくる様子に、驚きと恐怖が勝って動けなくなる。


「さっきから邪魔してるのは貴様か!?」

「きゃあっ!」


 カエルが叫びながら跳び上がってきた段階になって、ようやく体が動いた由利は、近くにあった枕で叩き落とした。哀れな悲鳴と共にカエルが下に落ちたが、そんなことよりも重大なことがある。


 悲鳴が、出た。

 それも、ごく自然に。


「きゃあって……誰か俺を今すぐ埋めて。無理なら時間を巻き戻して」


 己の口から出たと信じたくない。


「そんなに恥ずかしがらなくても。私しか聞いてないのに」

「一番問題あるわ!」


 この場にいるのが初対面の人間ばかりなら、由利は羞恥など感じなかっただろう。東雲は日本にいる時からの知り合いで、由利が可憐な悲鳴が似合う外見ではなかったことを知っている。


「お前ら、人を無視して何をいちゃいちゃと」

「し、してないし!」


 復活したカエルが余計なことを言ってきた。枕を振り回して黙らせようとしたものの、跳ね回るカエルにはかすりもしない。


「変なカエルですね。こいつが由利さんを城へ連れてきた元凶ですか?」

「ああ、そうだよ。なんか偉そうな服着てるだろ?」

「なるほど、こいつが由利さんを取り込んだくせに罵倒した奴か」


 殺る気に満ちた東雲が刀を抜いた。患者達はすでに避難し始め、部屋の隅でこちらの様子を伺っている。


「ヒエッ」

「東雲、いきなり刀を抜くんじゃありません」

「そ、そうだぞ! それに貴様は、あの時の」

「知り合いだったのか?」

「まさか」


 東雲は鼻で笑った。


「カエルと知り合いになるぐらいなら、カエルを始末します」

「えぇ……そっち? 今日はどうしたんだよ。やけに攻撃的だな」


 ベッドに登ったカエルが体を震わせ、東雲を睨みつける。カエルの体に黒い霧のようなものが入っていくのが見え、由利は東雲の近くに急いで移動した。


「本に無理矢理入ってきただけでは飽き足らず、非情にも蹴飛ばしていった奴ではないか!」

「そういえば、何かに当たったような気がしたなぁ。ごめんごめん、弱すぎて見えなかったよ」

「な、なんと腹立たしい!」


 煌びやかな衣装を纏ったカエルが地団駄を踏む姿は滑稽に見えたが、これがコメディ映画のような明るい場面ではないことは明らかだった。黒い霧を大きな口で吸い込みだしたカエルの体が、みるみる肥大化してゆく。ベッドが重さに耐えきれずに潰れ、生えてきた尾が周囲のものを薙ぎ倒す。


 小さなカエルだったものは巨大なトカゲに変わる。竜の迫力には及ばないものの、黒い霧で濁った姿は不快感を呼び起こすものだった。本の中という閉ざされた世界に君臨する、悪意の塊そのものが姿を表した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あざとかわいい由利さんが、どんどん出てきてくれて、うれしいですね。 [気になる点] 本当にちょっとしたところなのですが、 ”由利が鈍い頭で必死に思い出そうとしていると”の所で、働きの鈍い頭…
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