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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
閑話 3

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物語の結末は 2


 庭へ降り立った東雲は、微かな異変を感じ取った。家を出た時には無かった、歪んだ力の流れがある。この家の住人とは明らかに違う魔力。だが凝視しようとすると見えなくなり、発生源が特定できない。


 家の中を隅から調べていくのかとうんざりしていると、庭で遊んでいた精霊が集まってきた。サワサワと枝や葉を動かして、建物の二階を指している。


「もしかして、あそこから発生してるの?」


 全ての精霊が肯定した。

 精霊は魔力の流れに敏感だ。自分達に害を与えようとする力を嫌い、全力で逃げようとする。肥沃な大地だったとしても、精霊が逃げ出すと荒野へと変わってしまう。そのため農民の間では精霊に感謝する収穫祭をして、彼らが末長く留まるようもてなすほどだ。


「あそこは由利さんの部屋か。ん? 由利さんが怖い? 大丈夫だよ、精霊をいじめる人じゃないから」


 果実を爆発させたところを見たのかと東雲は予想した。八割ほどは東雲の言葉を信じてくれたが、残りの精霊はまだ疑っている。一番怯えているのは膝丈まであるサボテンだった。


「次は自分かもしれないって? 流石にそれは無いよ。じっと観察されてたのが証拠って言われても」


 そのサボテンは単体で人に似た姿をしていた。枝葉を集めたような、他の精霊とは成り立ちが違う。


 ――たぶん由利さんが見てたのは、ファンタジーなゲームのサボテンモンスターに似てるから、だろうなぁ。


 目や口こそ付いていないが、全体の形がそっくりだ。由利の行動を読み取った東雲は、サボテンを怖がらせないように誤解を解いてあげることにした。怖そうに見える先輩が実は優しい人なんだよと、新入社員に教えるのは後輩である自分の役目だ。


「由利さんが君を見てたのは、その姿が好きだからだよ。魅力的なものって、つい長く見ちゃうよね」


 サボテンの頭に赤い花が咲いた。恥ずかしそうに全身をくねらせている。嬉しかったらしい。他の植物と喜びを分け合うように踊りまで披露し始めた。随分と賑やかな庭になったものだ。


「じゃあね。教えてくれてありがとう」


 ご機嫌になった植物に見送られ、東雲は二階へ上がる。ノックもせずに部屋に入ると、異物の魔力をようやく感じられた。床に落ちた本から、わずかな黒い力が出ている。


「これか」


 由利の姿はない。テーブルには空になったコップが置かれている。汚れたものを放置したまま、由利がいなくなることは有り得ない。ましてや武器も持たずに外出することもない。


 ――この本に飲まれた?


 近づいて観察してみると、内側にひしめくものが見える。記憶や意識の断片といった、かつて魔王と呼ばれていた力に似ている。ときおりちらつく光は、飲み込まれた魂の欠片らしい。


 ――外側になるほど古くて細切れになってる。由利さんがいるなら、中央か。


 東雲には魔術的な道具ではないかと分かっても、その正体までは知らない。内側まで見通せない黒さから判断すると、数え切れないほどの犠牲者が詰め込まれているのだろう。


「このまま解放したら、帝都は死者でパニックになるかも」


 東雲は由利が助かるなら帝都がどうなっても構わないが、出てきた由利に説教されることは避けたい。


「……モニカを呼ばないと」


 アウレリオ神父に歴代最高と称賛されるほどの巫女なら、この本に取り込まれた犠牲者を全て天へ還すことができるだろう。ついでにフェリクスを巻き込んで護衛に付いてもらえれば、由利の救出に専念できる。


 東雲は法国に戻っているモニカを探すため、転移の座標を設定した。





「ここまで大きく育ったものは見たことがありません」


 モニカは注意深く本を観察してから言った。


「人間の日用品に姿を変えて悪事を働く存在は、各地で見られる怪異です。何らかの理由で物に悪霊が宿り、人の想念を取り込んで私達に害を及ぼします。ですが特に強い存在ではありません。巫女でなくても聖職者の祈祷で祓えますから、ほとんどは人間を取り込むほど大きくなる前に退治されております」

「じゃあこの本の悪霊は、運よく誰にも見つからないまま、人を捕まえていたってことだね?」

「はい。取り込む対象が現れるまで、じっと待っていたのでしょうね」


「法国の聖職者は気付かなかったのかな?」

「魔法に関する書籍は、それ自体が魔法を行使するための媒介として、役割を与えられることがあります。本自体が魔力を帯びていますので、そういった道具に紛れ込んでしまうと発見が遅れるようです」

「たかが悪霊のくせに小賢しい」


 抜き身の剣を手にしたフェリクスが呆れたように呟く。事情を説明して協力してほしいと頼んだところ、対魔法用の装備で駆けつけてくれた。自分の家が悪霊の巣窟になるぞと脅したことが効いたのだろう。頼りになる男だ。


「由利さんが読む前に全部の本をチェックしたけど、特に怪しいところは無かったよ?」

「取り込む対象が非常に限定されているのかもしれません。アウレリオ神父が持ってきた本は、クリモンテ派の研究室で保管されているものです。現在の研究室は男性の聖職者の方しかいませんから。本が取り込むのは女性だけ、それも一人で本を開いた時に限定されているかと――あら、どうしました?」


 女性と聞いてフェリクスが剣を取り落としそうになった。由利の地球での性別を知らないのはモニカだけだ。


「いや、何でもない続けてくれ」


 表情だけは冷静に、フェリクスは先を促す。幸いにもモニカは深く考えずに先を続けた。由利の救出に意識が向いていて、細かいことに気付かなかったのだろう。


「隠れていた本が魔力を放出しているのは、取り込んだ由利さんを完全に吸収していないからではないでしょうか」

「つまり本が消えないうちは生きているということか。吸収が終われば、また無害な本に擬態すると」


 東雲はナイフの刃先で表紙を開いた。隙間なく綴られているのは、世を恨む言葉ばかりだ。波打つ文字の下には、遥か昔に滅んだ国の言葉が見え隠れしている。こちらが取り憑かれた本に、もともと書かれていたことなのだろう。


「まずは本と由利さんを引き離して、それから悪霊を退治しよう。フェリクスはモニカに害が及びそうだったら、遠慮なく本を斬って」

「いいのか?」

「これが女の子を取り込む物なら、モニカは間違いなく狙われる。それに天敵の巫女だしね。こっちは……何とかなるよ。本と心中するつもりはないから」

「ユーグさん。取り込まれた人と悪霊を引き離す方法ですが……」


 記憶を呼び起こしながら、モニカが言った。


「この種類の悪霊は、人間の意識と同調してからでないと吸収することが出来ないと言われています。取り込んだ人間の願望や欲を叶えたり、反対に絶望を与えるような、あらゆる手段で心を無防備な状態にさせようとしてきます。ですから、ユリさんと悪霊の意識に大きな差が生じるように働きかければ、隔離は成功すると思います」

「ショックを与えると分離しやすくなるのか。つまり心が引き裂かれそうなことを悪霊に言えばいいんだね?」

「なぜお前は嬉しそうなんだ」

「気のせいだってば。じゃあ行ってくるよー」


 嫌そうに東雲を見るフェリクスと、心配そうなモニカに別れを告げて本に集中した。ナイフを本の内部に渦巻く力に走らせ、出来た裂け目から侵入してゆく。周囲を流れる憎悪の感情は、やはり魔王の力に酷似していた。


 ――いや、魔王に比べれば生ぬるい。


 東雲から見れば、本の想念は子供の癇癪だ。思い通りにいかないと、ただ泣き叫んでいるだけ。実害など無く、うるさいだけの雑音だった。


 既に吸収された魂に用はない。助けてと懇願する声を蹴散らして、中央へと沈んでゆく。どうせ由利を助けた後に、悪霊ごと天へ還すのだ。それまで何もせずに喚いているといい。


 本は侵入してきた東雲を足止めしようと、幻をいくつも出してきた。どれも下らない、他人にとっての幸せが映し出されている。一般的な、平均化されたものを出せば、どれか一つには反応すると思われているようだ。


「邪魔」


 ナイフから刀に持ち換え、目の前に現れた財宝やハーレムを斬り捨てた。ついでにカエルかトカゲのようなものを踏んだ気がする。きっと気のせいだ。


 硬い床に降り立った途端、視界がひらけた。どこかの病院だろうか。広い空間にベッドが並び、怪我人が穏やかに過ごしている。皆、東雲のことは見えていないようだ。


 そのベッドの間を動き回っている由利が見えた。幻ではないと断言できる。東雲は由利を見間違えるなど、あり得ないと自負していた。


 由利は積極的に患者に関わって回復魔法をかけている。


「……白衣の天使だ」


 患者が羨ましい。今すぐ交代しろよと嫉妬心丸出しの感想を抱いてから、東雲は悪霊に心を探られないように蓋をした。危うく都合がいい夢を与えられるところだった。


 ――由利さんの願望が本の世界に反映されているとしたら、回復魔法が上手くなりたいって気持ちを悪霊に読まれたのか。


 もっと黒い欲望だったら反応に困っていたが、この程度なら可愛いものだ。悪霊について由利に教えても心を病まずに済む。最悪の場合は、由利の記憶を改竄することを覚悟していたのだ。


「由利さん、何してるんですか」


 椅子に座って患者と談笑している由利に話しかけると、わずかな間があった。まるで知らない人に会ったような、怪訝そうな顔をされる。


「由利さん?」

「……あっ。東雲か。東雲だよな?」


 由利は何度か東雲の名前を呟き、記憶に定着させようとしているようだった。

 これも悪霊の影響かと推測した東雲は、有効な魔法がないか知識を探る。心を守る道具を渡していなかったことが悔やまれた。まだ本格的な干渉ではないようだが、対策は早い方がいい。


 東雲の思惑に気付いていない由利は、少し困ったように笑った。

 知識の検索が一瞬だけ止まる。

 見上げてくる由利の、桜色の唇が開く。


「丁度よかった。恋愛相談されたんだけど、ちょっと手伝って」

「……は?」


 東雲は言われた言葉の意味を理解できずに、ただ困惑した。

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