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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
5章 享楽の帝都

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010 共闘


 帝都で庭園と呼ばれる場所は一ヶ所しかない。


 数代前の皇帝が亡き皇女を偲んで、メイユ・ラヴィ宮から見下ろせる位置に庭を造らせた。当初は小さな碑と花壇のみだったが、年を経るにつれ面積を拡張。その過程で樹木も植えられ、個人所有の庭園というよりは植物園の景観に近い。彼の死後はその遺言により都民にも解放され、現代では憩いの場所となっている。


 正式名称は『マリアンヌ皇女のための花園』となっているが、都民の間ではいつしか庭園とだけ呼ばれるようになった。平民すら気軽に入れる庭といえば、この庭園しかない。そのため正式名称でなくとも会話に不自由しなかった。


 由利と東雲は薄暗い庭園を歩いていた。全員で来いと指定されたものの、外交問題に引っかかるセルスラは留守番だ。彼女の言動では政治的な駆け引きは難しい。使用人のオレリーに頼んで夕飯の手配をお願いしたところ、快く引き受けてくれた。用事を済ませて帰ってくるまでは大人しくしていてくれるだろう。


 念のために家を破壊しないよう結界具を設置しておいた。セルスラから悲しそうな顔をされたが気にしない。お主は我を何だと思うておるのか、とか背後で言っていたような気もする。だが由利は心を鬼にして強行した。帰宅する家が無くなるのは困るのだ。


「由利さん、こっちから行きましょう」


 東雲は道を外れた茂みへと誘導してきた。石畳の小道の方が歩きやすいが、まっすぐ進むと障りがあるようだ。


「警備兵でもいたのか?」

「いえ、相引きの現場に遭遇しそうになったので」

「えっ。ここって、そういう場所?」


 言われてみると適度に茂みや木立があり、隠れて会うには最適だ。


「あまり周囲を見ない方がいいですよ。あと耳をすますのは禁止です」

「俺が女になって苦労してるのに、いい身分だな。羨ましい。石投げていいかな」

「はいはい。本音を漏らすのはそこまでです。リリィちゃん、次はこっちですよー」


 軽く流された。


 広い庭園で鳥人間を探すのは苦労した。少し歩けば恋人達に遭遇しそうになり、巡回する警備兵もやり過ごさなければいけない。警備兵は多少のことには目をつぶっていてくれるそうだが、小道で遭遇すれば職務質問は免れない。まさか帝都を賑わせる鳥人間を探しているなど言えるわけなく、身分を証明するものもないので逃げ回っている状態だった。


 庭園の中でも皇女の碑周辺は、夜になると人がいなくなる。開けた空間ということもあるが、恋人達も皇女の碑の前で密会をするのは気が引けるのだろう。


 恐らくそこに鳥人間がいるだろうと予想して、庭園の中央を目指していた。木の根に引っかからないよう木立を歩いていると、東雲に止まるよう身振りで指示される。


「えっと……前方に密会中の男女が一組、横から接近中の男女が一組います」

「反対側の道は」

「警備兵が巡回してますね。見つからないように道へ出ようと思ったら、密会が見える位置まで接近しなきゃいけないわけで……」


 遭遇したからといって罰則があるわけではないが、覗きと勘違いされたり些細なことでトラブルになるのは避けたい。


「転移は?」

「帝都では警備上の問題で、魔法による転移が厳しく制限されているんです。神父達の送迎は条件付きで認められているだけで、それ以外で使ったら探知されて捕まります」


 初耳だった。個人的な目的でどこかへ転移しようと思ったら、わざわざ帝都を出なければいけないらしい。


「引き返すか? 移動してる方とは鉢合わせるけど、警備に見つかるよりマシだろ」

「それより気になることがあるので……由利さん、ちょっと協力して下さい」

「いいけど、何をすればいい?」


 肩を引き寄せられて東雲の腕の中に収まった。急な抱擁に驚いたが、接近する二人を穏便に追い返すためだと思い至る。


「誰かいるって分かったら、向こうから去って行くはずです。たぶん警備兵の進行方向に」


 耳に届く声が近い。囁かれる言葉はただの説明なのに、脳が勝手な解釈をしようとする。恥ずかしくなって東雲の肩に額を寄せると、大きな手で髪を撫でられた。


 ――あー……やっぱり安心する。


 東雲の背中に手を回した由利は、触れ合う温かさに安堵していた。誰かに抱きしめられることは、こんなにも安らぐものだっただろうか。ここへ来た目的を忘れてしまいそうになる。


 落ち葉を踏みしめて、二人分の足音が聞こえてきた。ある程度まで近づくと音が止み、急いで遠ざかっていく。予想した通りに警備兵の進行方向だった。


 そっと離れた東雲は、二人が去った方向へ魔石を投げた。発光して破裂した石は、警備兵の注意を引くには十分だ。複数の人影が小道を駆けてゆき、茂みから出た二人を発見した。


「職質にしては激しくないか?」


 女性の叫ぶような声の後に、警備兵と思われる怒声が続く。片方が逃走でもしたのか、慌ただしく追いかける足音がした。


「男側にやましいところがあったんでしょうねぇ。女の子が無理やり連れてこられたような態度だったんで、ちょっと誘導してみたんですが。未然に防げて良かったです」

「良くやった。女の子は大丈夫かな」

「既婚者と子持ちの警備兵が送っていくみたいです。二次被害の心配はなさそうです。帝都の警備兵はプライドが高いから、そういった卑劣なことは滅多に起きませんよ」


 由利が不純な思考にはまっている間に、しっかり調査していたらしい。


 周囲が暗くて良かったと心から思った。この明るさなら、赤くなった顔を見られずに済む。自分からついて行くと言っておきながら、気持ちが浮ついているのが情けなくなってくる。


 最近は特に情緒が不安定だ。考察は後回しにして、由利は気持ちを切り替えた。


「東雲。警備兵以外に武装してる奴はいるのか?」

「いないみたいです。私達をハメるのが目的じゃなくて、本当に話し合いがしたいだけなのか、それとも」

「昼間の続きか。あいつが襲ってきたら結界に引きこもるぞ。一撃ぐらいなら耐えられるはずだ」

「由利さんの結界で防ぐのが速いか、私の転移が速いか、勝負しますか?」

「お前が勝負を持ちかける時は、自分が勝つって分かってる時だろ。断る」

「それは残念。あ、でも結界の準備はしてて下さいね」


 茂みを抜けて小道に出た。


「この道の先にいます」

「分かった」


 会話が途切れた。

 先頭に立って歩く東雲に不安はないように見えた。昼間は押されている印象を受けたが、あれは周囲の人や建物を巻き込まないために控えていただけではないかと思えてきた。


 同時に、それは負けてほしくない気持ちの現れでもあると理解していた。勝手な願望だ。自分にはろくに戦う力がないくせに、後輩には常に強者でいてほしいと願っているのだから。


 小道の先は皇女の碑に繋がっている。徐々に見えてきた広場の中央に、鳥人間が仁王立ちで待っていた。


 どこか清浄な空気すら漂う碑の前に、立ちはだかる変態仮面。色々と台無しである。


「本当に、大丈夫かこの国」


 トップがアレでという一言を飲み込み、由利はつぶやく。


「いやぁ……以前に会った時は、もっとこう、威厳とか貫禄とかあったんですけどねぇ。仕事とプライベートで使い分けてるんじゃないんですか?」


 鳥人間はこちらに気づくと、片手を上げて招いた。堂々たる振る舞いが悦に入っている。


「おう、来たか。そう警戒すんなよ嬢ちゃん。いきなり斬りつけたりしねぇよ」

「前科があるので、なんとも」

「まあ好きにしろや」


 鳥人間は花壇の縁に腰を下ろし、ようやく鳥の被り物を取った。


 想像通りの武人がいた。歳は四十代半ば。彫りが深い顔はよく日に焼け、油断なくこちらを探っている。幅広の両手剣を背負っていたが、あの恵まれた体躯では大して重さを感じていないだろう。


「で? 俺の城を出入りしている奴が、どうして地下から出てきた?」


 猛禽類を思わせる琥珀色の瞳が、嘘を言えば叩き斬ると告げている。


 これが大国を背負う者の気迫かと由利は圧倒された。己の判断一つで国が傾く立場なのだ。


「獣人を探していました」


 由利は正直に言った。どんな理由があったとしても、一般人が地下へ入ることは禁止されている。為政者として咎めるのは当然だ。


「獣人? 何のために?」

「問題が起きる前に、彼らを帰すためです」


 精霊嵐で獣人の子供が帝都へ飛ばされたこと、彼らを探して竜人族が来ていることを説明すると、皇帝と思われる男は嘆息した。


「外交問題になりそうなことを、お前らの勝手な判断で動かれると迷惑だ――ここが玉座なら、そう言ってるところだ」

「本音は違うと?」

「今ここにいるのは国を背負う皇帝様じゃねえからよ。小銭をばら撒いて貧民にメシを食わせてる、ただの男だ。そういうことにしておけ。だから敬語も敬礼も要らねえぞ」


 男は立ち上がって鳥の被り物を小脇に抱えた。


「お前らが『違う』ってことは分かった。だが、まだ隠してることがあるだろ?」

「壊されてる地下水路への扉のことかな? それとも酒に異物を混入してる犯人のこと?」

「両方だよ」


 男が東雲に即答する。


「特に薬を混ぜた奴だ。俺の国で勝手なことをするなら、それなりの報いを受けてもらう。それを知ってるってことは、お前らが探してる獣人は既に巻き込まれてんだろ? 今は末端を見つけて、泳がせてる最中か」


 体育会系な外見によらず、かなり頭が切れるようだ。喋っていないことを推測して、かつ正解している。


「竜人は一緒にいた娘だな。竜人をどうやって手懐けたかは知らねえが、大ごとになってないことは感謝する。酒のことはこっちも掴んでたが、居場所までは分かってなくてよ。ちょいと協力してくれや。その代わり、獣人が帝都でしたことは俺の胸の内に納めておいてやる。店舗への補償も含めてな」


 こちらに異論はなかった。もともと手に余る事件だったのだ。引き取ってくれるというなら喜んで差し出す。


「よろしいのですか? こちらは真実であると証明できるようなものはありませんが」

「そんなもん、これから竜と獣に会えば分かる。それによ、嘘つくような奴が呼び出しに応じるか?」


 都合よく信じる男に心配になるが、彼にしか知らない情報が裏付けになっているのだろう。元通り鳥頭を被り、満足げに腕組みをする。


「よし、それじゃあ竜のところへ案内してくれ。俺が同行している間は転移しても警備網には引っかからねえからよ」


 鳥人間に戻った男は、被り物の中で豪胆に笑った。


 異世界で会った人間の中では、彼ほど印象に残る人物はいない。皇帝という立場でなかったとしても、この男はきっと同じように関わってきただろう。


「その前に、その辺でいちゃついてる奴らを片っ端から追いかけ回さねえか? 俺が寝る間も惜しんで働いてるっつーのに、呑気にベタベタしやがって。お前らのために作った庭園じゃねーんだよ。相引き用の宿でやれよクソが」

「うわぁ。やっぱり無茶苦茶だよこの鳥人間」

「さっきまで由利さんも似たようなこと言ってたんですけどねぇ……」


 天誅と言いながら走り出しそうな鳥人間を捕まえて、由利達は強制的に庭園を離れた。

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