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ウソつき勇者とニセもの聖女  作者: 佐倉 百
5章 享楽の帝都

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009 遭遇、ココ仮面


 由利と東雲は大量の樽を前に困っていた。


「これ、明らかに個人で解決できる範囲を超えてんな」

「むしろ帝国の問題ですよねぇ。獣人の救助は継続するとして、倒した人達とかどうしましょうか……」


 樽の中身は犯罪臭しかしない改造酒だ。帝国側はどこまで掌握しているか分からず、犯罪者の規模も大きいと思われる。このまま匿名で警備兵へ突き出して終わりという訳にはいかないことだけは理解していた。


「獣人と犯罪者が一緒にいるのがキツいな。帝国側が酒のことに気付いてて既に動いてるなら、鉢合わせする確率が高いぞ。犯罪者は見つけ次第殴り倒せばいいけど、衛兵はまずい」

「助け出すってセルスラに言っちゃいましたからね。捜索範囲の見直しをしますか? ここを保管庫として使っていたなら、本拠地も近くにあると思うんですが」

「そうだな」


 セルスラは助けた獣人にクッキーを振る舞っている最中だった。意見を求めたところで、水路を破壊して炙り出そうと言い出しかねない。


「この二人を泳がせて本拠地を探すか?」

「記憶操作と監視ですね? やってみましょう」


 東雲は端にまとめて捨てていた二人へ近づき、頭に手を置いた。小さな魔法陣が現れて男達の頭に吸い込まれてゆく。ふらふらと起き上がった男達は、うろんな目で東雲の言葉に耳を傾け、やがて不思議そうに頷いた。


「ユーグは何をしておるのじゃ」


 ネズミを頭と肩に乗せたセルスラが不気味なものを見るような目で近づいてきた。頭に乗っていたネズミが、由利につぶらな瞳を向けて可愛く鳴いた。こちらが回復魔法をかけた個体だ。首の後ろを撫でると、うっとりと目を閉じている。


「教育だよ。もう悪いことすんなよって諭してんの」

「……ユーグが?」

「言いたいことは分かるけど、あいつは犯罪者じゃないよ。まだ」

「発覚しておらぬだけであろう?」

「悪口を言うなら聞こえない所で言ってもらえませんかね?」


 洗脳をやり終えた東雲が仁王立ちで背後にいた。ネズミの獣人達は驚いてセルスラの後ろに隠れる。


「終わったか?」

「大体は。私達のことを見回りに来た仲間と思ってます。あとは獣人の偽物を置いて、ここを離れたいんですが……」


 視線を向けられたネズミ達は震え上がって出て来そうにない。これは東雲が怖いというより、人間への恐怖だろう。由利が平気だったのは傷を癒したからだ。


「毛を少し分けてもらいたかったんだけどなぁ……」

「数本でいいなら、俺の手に付いてるぞ」


 由利はネズミを撫でていた手を見せた。


「さすが由利さん。私が欲しい物を既に持ってるなんて。ちょっと厳しいけど足りない分は魔力で……」


 丁寧にネズミの毛を回収し、東雲は薄い布に包んで口に近付ける。聞き取れないほど小さな呪文を唱えてから手を開くと、毛をもらった獣人そっくりなネズミがいた。


 急に現れたネズミに、獣人達は興味津々で身を乗り出している。東雲は彼らによく見えるよう、作ったネズミをセルスラに渡した。


「この子は人形だよ。生きてないから動かないの。ほら、尻尾も無いでしょ?」


 東雲には獣人の言葉が分かっているようだ。鳴き声が発せられる度に何らかの答えを返してやっている。


 ネズミの人形は直した檻に入れられ、偽装工作は完了した。男達はまだぼんやりと立ったままだ。由利達が出て行ってから行動させる予定らしい。


「一度、地上へ出ませんか? フェリクスに現状を打ち明けて、彼から通報してもらった方がいいと思います」

「そうだな。あいつなら誰に言えばいいのかよく知ってるだろうし」


 匿名で通報しても悪戯だと思われるかもしれない。直接訴えたなら、まず地下水路を探索していた理由を聞かれるだろう。


「上へ行くのかの?」

「ああ。安全な場所で作戦会議しよう。その子から他の拠点のことを聞き出せるかもしれないし」


 現在地から一番近い階段は商業区に通じていた。出入り口は袋小路になっていて、昼間なのに人気がなく薄暗い。犯罪にはうってつけの場所だ。鍵は内側からも開けられるように細工されている。通路には真新しい傷が付いており、大きな荷物を持った誰かが出入りしたことを示していた。


 周囲の様子を探り、誰もいないと確認してから扉を潜る。元通りに鍵をかけてから路地を進み、ようやく地上へ戻ってきた実感が湧いてきた。


 路地の先からは賑やかな喧騒が聞こえてくる。既に夕方に差し掛かっており、夜の店が開店作業を始めていた。観光客らしき者には客引きが声をかけ、時には巡回している警備兵が諍いに割って入る場面もある。


 このまま大通りを目指すのかと思っていると、不意に東雲が立ち止まった。


「しの――」

「雷電っ!」


 優美な刀が空から降ってきた豪剣を弾いた。身体能力を向上させて敵の初手を抑え込む技だ。頭上からの急襲を防いだ東雲は、刀を中段に構えて相手の出方を伺う。


「この一撃を防ぐか。賊にしてはやるな」


 手にした肉厚な両手剣によく似合う、低い声だった。肩に剣を担いで急所を晒しているにも関わらず、隙が全く見えない。派手な衣装で体型を誤魔化しているようだが、がっしりとした戦う者特有の体躯は隠しきれていなかった。


 襲撃者の顔は見えなかった。本物の羽毛で作られた被り物が頭部全体を覆っている。


「昨日見た変態だ!」

「昨日見た変態ですね……」


 襲ってきたのは帝都を騒がせているココ仮面だった。


「変態? あーやだね。この素晴らしい仮面の魅力が分からないとは」


 鳥人間は嘆かわしいと言わんばかりに肩をすくめて嘆息した。変身願望は理解できなくもないが、あの中二病ポーズはいただけない。自分のことではないのに心が痛くなる。


「まあ、至高の存在って奴は理解者が少ないものよな。つーわけで」

「二人は下がって!」

「砕けろやあ!」


 豪剣に当たった光が煌めく。東雲に体当たりされた由利は、今まで己がいた場所が抉られる瞬間を見た。いつ鳥人間が踏み込んだのか、全く分からなかった。


「飛燕!」

「邪魔くせぇ!」


 東雲が出した見えない刃は豪剣で両断された。

 相性が悪い。東雲は素早さと手数の多さで敵を倒す戦い方をするが、鳥人間は小細工ごと相手を粉砕する力技で押してくる。


 由利は臨戦態勢に入っていたセルスラを壁際に押しやり、二人で結界に引きこもった。


「ユリ! 何故に我の邪魔をする!? アレは敵であろう!」

「こんなところで力を使ったら、真っ先にお前が討伐されるぞ」


 展開させたばかりの結界に亀裂が走る。鳥人間が蹴飛ばした小石が当たっただけで、この威力だ。直撃していたらと思うと背筋が凍る。


 ――まずいな。セルスラ連れて離脱しようとしても、鳥さんの小石で殺される。


 東雲が転移を使う余裕がない。由利とセルスラを庇いつつ、攻撃を逸らすのが精一杯に見えた。


「最近の賊は物騒だなオイ。それ、エルフの剣だろ?」

「誰と勘違いしてるのか知らないけど、僕達は何もしてないよ。義賊ごっこならよそでやってくれる?」

「おいおい、地下から出てきた奴が『何もしてない』わけねーだろうが」

「ああ、見てたんだ。それで山猿みたいに飛び降りてきたんだね。ただの強盗かと思ったよ」

「言うねえ!」

「桜花!」


 二人の間で光が弾けた。東雲が撒いた魔石が破裂し、欠片が鳥人間を襲う。斬撃を浴びせようとしていた鳥人間は、正面から欠片に突っ込む体勢になった。


「ぐっ――」


 その場で踏み止まった鳥人間が、ヒダの多いマントで体を守る。マントに当たった欠片が落ちる前に、東雲が折り紙の人形を投げつけた。


「来い富嶽(ふがく)っ!」


 鬼の頭をした獣が鳥人間の腕を狙って跳躍。獣は豪剣で断ち切られて紙へと戻ったが、その間に東雲は大きく後退して鳥人間の間合いから離れた。


「くそっ。奇妙な技ばかり使いやがって。しかもお前の顔、どっかで見たことあるぞ」

「変態に顔を知られてるとか最悪――って言いたいところだけど、その剣もしかして」

「お前達、そこで何してる!?」


 剣戟の音に気付いた警備兵が、仲間を引き連れて路地に入ってきた。鳥人間の姿を見て表情が険しくなる。


「貴様、手配中の……」

「やべえ、見つかった」


 鳥人間は警備兵と戦う意思は無いようだ。慌てて剣を鞘に収める。


 ――これ、放っておいたら俺達まで捕まるじゃねえか!


 由利は帽子の中に獣人を入れてセルスラに被せた。


「いいか、俺がいいって言うまで喋るなよ?」

「んむ? わ、分かった」


 結界を解除してセルスラを連れて東雲の元へ走る。東雲には無理矢理バットを持たせ、警戒しながら近づいてくる警備兵に叫んだ。


「助けて下さい! そこの変態が襲ってきたんですぅ!」

「ふぁっ!?」

「何だと!?」


 一瞬にして鳥人間に殺意が集まった。東雲に教え込まれた淑女教育の成果を存分に発揮する時が来たようだ。


「金をばら撒いて人気取りをする裏で、女を襲っていたとは……」

「怪しいと思ってたんだよなぁ」

「その金だって、どこかから盗んだものなんだろ?」

「お……おいおいおい、俺がそんなことするわけないだろ。そいつらは地下水路からコッソリ出てきたんだぜ?」


 じりじりと間合いを詰められる鳥人間は、壁際に後退しながら身の潔白を訴える。だが怪しい見た目が裏目に出て、警備兵ははなから疑っていた。もう一押しだ。


「付近を歩いていたら、屋根から飛び降りてきて……この人がいなかったら、どうなっていたか」


 東雲は由利の意図を察して刀を収納し、素人丸出しの構えでバットを握っている。差し出されたハンカチを口元に持ってくると、中に包まれた物の匂いで涙が出てきた。玉ねぎでも仕込んでくれたのだろうか。


「怖かった……」


 潤んだ瞳から涙がこぼれた。鳥人間の破壊力に恐怖を感じたのは事実だったため、意識しなくとも感情がこもる。


 身の危険を感じた由利が外見を最大限に利用したお陰で、集まった警備兵達は鳥人間を婦女暴行未遂の容疑者と判断した。いきなり襲いかかってきたのは鳥人間側だから間違ってはいない。


「あのなぁ嬢ちゃん、それは……」


 鳥人間は弁明しようとして言葉に詰まった。由利は事実しか言っていないことに気付いたのだ。


「悪く思うなよ、変態仮面。お前を捕まえると特別報酬が出るんだ」

「ここにいる全員で分けても十分すぎるほどな!」


 警備兵は連携して鳥人間に迫る。無駄のない動きで包囲したが、鳥人間は持ち前の身体能力で二階まで壁を登り、大きく跳躍して囲いを突破した。どんな鍛え方をしたら猿のように身軽になれるのだろうか。


「お前ら仕事熱心なのはいいけどよ、ちょいと誤解がありそうなんだが!」

「うるせぇ! 俺達の酒代になりやがれ!」

「そんな理由で捕まってたまるかっ!」


 鳥人間が東雲へ向かって細長い物を投げつけ、警備兵を振り切って大通りへ逃げていった。


「待て変態!」

「俺の酒ェ!」


 やる気に満ちた警備兵が後を追う。そのまま全員で追いかけるのかと思いきや、一人が由利に話しかけてきた。


「君達は――」

「ありがとうございました。彼女の悲鳴を聞いて飛び出したものの、僕だけでは守りきれなくて」


 向こう見ずな好青年を装った東雲が、ごく自然に警備兵の言葉を遮る。警備兵に気分を害した様子は無く、ただ事情を聞きに来ただけだった。


「ああ、知り合いってわけじゃないのか」

「ふふっ。お陰で私も妹も助かりました。もしよろしければ、家まで送っていただけますか?」

「僕で良ければ」


 由利と東雲は見つめ合って微笑んだ。微妙な顔をして突っ立っているセルスラは、東雲が背後に庇っているので警備兵からは見えない。機転が効く後輩で助かる。


 大通りで歓声が上がった。鳥人間が高額硬貨をばら撒き、群がる人々を盾にして警備兵を足止めしたようだ。


「やだ怖いわ」

「大丈夫、僕がついてるよ」

「うふふ」

「あはは」

「……はよ帰れ」


 警備兵は砂糖の塊を口に突っ込まれたような顔で由利達を追い払った。


 羞恥心を犠牲にした甲斐があった。セルスラを間に挟み、足早に大通りから住宅街を目指す。周囲に人の姿が見えなくなるにつれ、歩みが遅くなっていった。


「尾行とかは?」

「ありません。由利さんの演技が効いたみたいです」

「やったぜ。黒歴史が増えたな」


 セルスラにもう喋っていいと言うと、我慢していた彼女はさっそく口を開く。


「あのような無礼者など消してしまえば良いではないか。ユリ、お主も武器を持っておるなら何故」

「あんな目まぐるしく立ち位置が変わる戦闘に参加なんて出来るかよ。同士討ちになるわ」

「しかしの」

「弱者には弱者の戦い方があるんだよ。人を殺して警備兵に捕まるよりも、あいつらを味方につけて鳥人間にけしかけた方が戦わなくて済む」

「襲ってきたのは鳥じゃぞ」

「それを知ってるのは俺達だけだ。警備兵に弁解する時間が惜しい。そんなことより他の獣人を見つけなきゃ」

「ふむ。一理あるのぅ」


 セルスラはあっさりと納得してくれた。襲われたことへの怒りはあるが、獣人の安否に比べれば些細なことだ。


 突然静かになった東雲を見上げると、鳥人間に投げつけられた物を手に手紙を読んでいた。


「東雲、それは?」

「フォークと一緒に投げられたメッセージです。全員で庭園に来い、とだけ書かれてます。あの短い間で、よく用意できたなぁ」


 それは確かに食卓で使うフォークだった。綺麗に磨き上げられ、どこかの貴族の食卓で使用されている物だと想像がつく。


「庭園ってどこだよ。そういえば、剣に心当たりがあるようなこと言ってなかったか?」


 東雲はため息をついた。


「確定ではありませんが、彼の正体に当てはまる人物がいます。一つ目はタルブ帝国剣術の使い手であること。二つ目は親衛隊が追っていること。三つ目は『あの剣』の継承者であること」


 条件を挙げる度に東雲が遠い目になってゆく。よほど信じたくないのだろうか。少し間を置いて続ける。


「ココ仮面の中身は、タルブ帝国の皇帝かもしれません」

「大丈夫かこの国」


 由利の言葉に返答はなかった。

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