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軽薄オトコの忘れ方

作者: 夕凪ナギ

すれ違いだらけの二人……。

女性の視点で書いていますが、どちらが主人公なのかは、読んでくださる皆様の判断にゆだねます。

「圭太のケイは、軽薄のケイだね!」


「なんだよ、それ」


「何人、彼女がいるわけ? 私は何番目?」


「ん〜、自称彼女とかもいるじゃん? たぶん六人くらい? 結菜は二番目かなぁ」


「あっそ、さよなら!」


「ちょっと待てよ。二番目の女は、一番信頼しているってことだぜ? 本命には隠していることも、おまえには全部、話してるし」


「サイテー!!」




 あれから、ちょうど十年になる。




 彼と付き合い始めたのは、高2の文化祭の打ち上げの日。その日、未成年なのに居酒屋でクラスの打ち上げをしていた。私は、生まれて初めて飲んだカルピスサワーで、目に映る景色がフワフワしていた。


 帰る方向が同じだった圭太は、私を送っていくと言い出して、一緒に帰ることになった。


 彼は、もともとよくしゃべるタイプで、特別イケメンなわけではないけど、クラスでは目立っていた。なぜか私には、嫌味ばかりを言ってくるので、かなりウザかったが、後輩にはモテているようだった。



 その帰り道、お酒のせいか、彼はいつも以上によくしゃべった。私はフワフワした頭で、適当に相槌を打っていた。


 そして、長い踏み切り待ちをしていた時、圭太は突然……私にキスをした。


 カンカンカンという踏み切りの音と、酔いでフワフワしていたせいで、私は何が起こったのか、一瞬、わからなかった。


「なぁ、結菜、付き合わない?」


「えっ!?」


「もう、俺達、そういう仲になったし」


「はぁ?」


「今から、おまえは俺の彼女だからな」


 踏み切りの遮断機が上がり、私達は歩き始めた。頭は相変わらずフワフワしていた。でも、さっきまでとは違うことがひとつあった。圭太が私の手を握っている。


「おまえには、まだ酒は早いな」


「未成年でしょ。 お酒は飲んじゃダメでしょ」


「じゃあ、なんで居酒屋に行ったんだよ。バーカ」


「なっ!?」


「いつまでくっついてんだよ。おまえのマンション、ここだろ? 誰かに見られるぜ」


「あ……」


「じゃあな、また明日〜」



 翌日、学校に行くと、圭太はいつものメンバーと群れていた。相変わらず、うるさい。


「結菜ちゃ〜ん! おっはよー」


「はぁ? 何その呼び方、キモっ」


「ちょっとそれひどくない? 彼氏に向かって〜」


(なっ!?)


 一瞬、教室の中はシーンと静まり返った。そして……当然、ザワザワし始めた。


「マジか? どういうこと? いつから?」


「昨日から付き合うことになったんだよなー、結菜」


「はぁ? 私、何も返事してないし」


「そんな、俺達はもう……」


「ちょっと、圭太! いい加減にしなさいよ」


「照れちゃって〜」


(はぁ、ったく、こいつ……)



 それからは、一緒に帰ったり、日曜日には、ショッピングモールをただ歩き回るデートらしきものをした。


 高3になると、圭太はバンドを始めた。一方で私は、受験勉強を始めた。だんだん会う時間も話す時間も減ってきた。でも、たまに会うと別れ際にはキスをするという、恋人らしき関係は続いていた。


 春になって、私達は高校を卒業した。私は受験はことごとく失敗したが、一つだけ受かった大学に行くことになった。圭太は、バンド活動に熱中していて、毎日ライブハウスに出入りしているようだった。


「圭太、進学はしないの?」


「俺は、プロのミュージシャンになるから」


「はい? 何を言ってるの? おばさん、怒ってたよ。大学、行ってからにしなよ」


「そんな遠回りはしたくないんだ。ただでさえ、俺、出遅れてるんだから」


「私には全然、理解できない」


「男のロマンが、結菜みたいなガキにわかるわけない」


「あっそ」


「見に来れば? 1ミリくらいは、わかるんじゃないの」


(何それ)


 その日から、たまに会うデートは、圭太が出入りするライブハウスになった。私には、バンドの良さなんてわからない。でも圭太が、イキイキとしていることはわかった。


 そのライブハウスは、結構、中高生も出入りしていた。私が練習の様子をスタジオの外から見ていると、何? このオバサン、という声が聞こえてきた。


(はぁ? まだ18歳ですけど〜)


 でも、中高生から見るとオバサンなのか……。なんだか居心地が悪い。バンドを見に来る人達は、みんなバンドに興味がある。でも、私は、圭太に連れてこられているだけ…。



 大学が始まると、いろいろと忙しくなった。私は圭太と会う時間を作ることさえ、煩わしいと思うようになってきた。


 そもそも、圭太からは一度も「好き」と言われたことがない。私も正直なところ、自分の気持ちはよくわからなかった。なんだか流されて恋人をしている……そんな感覚だった。



 大学1回生のバレンタイン、圭太とはなかなか会えなかった。メールで、バンドのファンから、チョコをもらったと知らせてきた。私への催促なのだろうか。


 今までなら、バレンタインは必ず会っていた。でも、今年は、私のバイトの予定もあって、タイミングが合わなかった。結局チョコを渡せたのは、2月22日。しかも、ライブ前の楽屋だった。


「結菜、悪い、すぐに練習に入るから」


「うん、わかった」


 彼はいつもの通り、私には何の遠慮もしない。


 圭太は不機嫌なときは、すぐ無視するし、機嫌がいいと、しつこくしゃべってくる。私は、圭太の母親なんじゃないかと勘違いしそうになる。



 そして、観客席で、ライブをみた。圭太は、ベースを担当している。ライブのときは、いつも派手な髪色に染めて出てくる。今夜はピンクか。シャンプーで落とせるスプレーらしいけど、ちょっとピンクは似合わない。


 近くに座っていた女の子が、なんだか妙なケンカをしているのが、聞こえてきた。


「あたし、ケイと付き合ってるの。彼、バレンタインの日は、あたしの家に泊まりに来たんだぁ」


「嘘〜! ちょっと待って。私、ケイに付き合おうって言われたよ?」


「もしかして、二股!? でもバレンタインの日に泊まりに来たから、あたしが本命だよね」


「いやいや、付き合おうって言われたのはバレンタインの後だから、私に乗り換えるんじゃないの?」


「ないない、絶対、遊ばれてるよー」


 ケイというのは、圭太のバンドのときに使っている名前だ。ちょ、ちょっと、私以外に彼女がいるわけ? だから、バレンタインは会えなかったの?



 アンコール前に、私は席を立った。そして、圭太が戻ってくる控え室の前で待つことにした。


 場内整理の人に、一瞬排除されそうになったけど、ライブハウスのバイトの子が、私が関係者だと言ってくれた。

 ずっと通っているから、マネージャーか何かだと思われたのかもしれない。


 アンコールの大声援のあと、圭太たちが戻ってきた。


「あれ? 結菜ちゃん、こんなとこで待ってないで、中に入ればいいのに〜」


 バンドのボーカルをしている人がそう言ってくれたので、私は曖昧な笑顔を浮かべた。でも、入って、入って〜と言われて、私は控え室に入った。


 扉が閉まってすぐに、圭太の声が聞こえた。女性の声も聞こえる。親密な感じで、イチャついているように聞こえた。


 バンドのドラムの人が、なんだか焦っている。そして、必要以上に大きな声を出した。


「結菜さん、お茶飲む? 結菜さんは紅茶派? コーヒーでもいい? 結菜さん」


「お気遣いなく」


「そんな遠慮しないでよ、結菜さん」


(何? そんなに名前を連呼して……)


 すると、扉の外の声が小さくなった。カチャリと扉が開くと、一緒にいたはずの女性の姿はなく、圭太ひとりが入ってきた。


「何? 結菜、なんでここにいるわけ?」


 圭太は、機嫌悪そうにしていた。さっきまで、あんなイチャついた楽しそうな笑い声を上げていたくせに。


「さっき、観客席でケイの彼女だという二人がケンカしてたよ。一体どういうこと?」


「げっ、マジかよ。言うなよって約束したんだけどなー。まいったな」


「圭太のケイは、軽薄のケイだね!」


「なんだよ、それ」


「何人、彼女がいるわけ? 私は何番目?」


「ん〜、自称彼女とかもいるじゃん? たぶん六人くらい? 結菜は二番目かなぁ」


「あっそ、さよなら!」


「ちょっと待てよ。二番目の女は、一番信頼しているってことだぜ? 本命には隠していることも、おまえには全部、話してるし」


「サイテー!!」



 そして、私は彼の元を去った。




 その後、私は大学を卒業して、中堅の会社に就職した。でも、その翌年に社長交代で社風が変わり、ブラック一直線に危機感を感じて退職した。


 それからは、派遣の仕事をしている。気楽でいい反面、不安も大きかった。そのうち結婚して仕事を辞めるだろうと思っていたから、新たな就職先は探さなかった。



 でも、あれから十年。何人かの人と付き合ったけど、いつも、なぜか二股をかけられていた。圭太ほどのひどい軽薄男はいなかったけど……。


 それに、結婚したいと思える人にも出会わなかった。なぜか、いつも圭太と比較してしまう。私の中では、圭太は最低男だった。その圭太ができることができない人には、激しく幻滅した。



 一方で、圭太は忘れた頃に、メールを送ってきた。ただのご機嫌うかがいのときもあれば、なぜか夢に出てきたという変な内容のものもあった。


 でもほとんどは、報告メールだった。バンドに関することや、同級生のこと、何かを買ったとか失敗したとか……どうでもいいようなことも。

 そして、結婚したという報告、子供が生まれたという報告、離婚したという報告。さらに、また、結婚したという報告……。


 私は返信はしない。すると圭太が返事が欲しいときには、しつこく何通もメールが来た。仕方なく、うるさい! と返信すると、ようやくメールは収まる。圭太が何をしたいのか、全く意味がわからない。




 テレビをつけると、いつもの音楽番組が始まっていた。もうそんな時間かぁ。明日は休みだし、これが終わったら、外にご飯を食べに行こうかな。


 今日は、なんだかいろいろなことを思い出す。2月22日、圭太と別れて、ちょうど十年だ。私はもう29歳になっていた。


 そろそろ婚活をするか、就職をするか、自分の人生を考えなきゃならないような気がする。


「はぁ、なんだかなぁ……えっ!? あれ?」


 ボーっと見ていた音楽番組で知らない曲が流れてきた。一瞬映ったベーシスト、ピンクの髪……。


「まさか、圭太? な、わけないよね」


 一人で驚いて、一人でツッコミをいれる。新人バンドかなぁ? 曲は聴いたことがない。でも、なかなかいい曲だった。

 司会者が、インディーズ時代が長くて苦労したバンドだと説明していた。そして、ドーム公演の告知をしていた。



 そのとき、メールの着信を知らせる音が鳴った。最近は、メールでやり取りする人は少ない。基本、SNSを使う。でも仕事関係は、メールだ。


(明日休日出勤しろ、なんてメールじゃないよね?)


 スマホを手繰り寄せてみると、軽薄男だった。


(なんだ、よかった。仕事じゃなくて)



 そのまま、私は圭太のメールは無視して、晩ごはんを食べに外へ出た。数年前から一人暮らしをしているが、地元からは離れがたく、行動範囲は子供の頃からほとんど変わっていない。


 同級生同士が結婚してやっている小さな居酒屋が、私の行きつけの店だった。


 ガラガラと引き戸を開けると、結構混んでいた。


「あー、結菜、ごめん、今ちょっと満席だから、カウンターしか空いてない〜」


「そう〜、うーん、じゃあ今日はやめとく〜」


「悪いねー。団体客が入っちゃって」


「いいよ、別に。ファミレスにでも行くから〜」


「えー、自炊しなよ〜。なんなら何かテイクアウトする? あ、あれ?」


 彼女の視線の先には、茶色っぽいサングラスをかけた人がいた。常連さんなのかな? その人は、なぜか私を見ている。気味が悪い。


「やっぱ、いいよ。また来るね〜」


 私は、サングラスの男の横を通り抜けた。すると、その男は私の後をついて来た。


(ちょ、キモいんだけど)


 交番に向かうかコンビニに行くか、どうしよう。


 運悪く、踏み切りに引っかかった。この踏み切り、長いんだよね。脇道へ入ろうと、向きを変えたところに、その男がいた。


 私は、ギョッとした。どうしよう……。


「なんで逃げるわけ? メール見てねぇのかよ」


「はぁ?」


 その男は、サングラスを外した。ちょっとイケメンだけど、チャラそう、誰?


「そんな不審者を見るような目はやめろよ、結菜」


「あんた、誰!? なぜ私の名前を……ストーカー!」


「はぁ? バカか、おまえ。メールしただろうが。見てないなら、いま見ろよ」


「怪しい人の前でそんな……」


 はぁ? と言いながらも、その男は、私から一歩離れて腕組みをした。踏み切り待ちをする他の通行人も来て、私は少し落ち着いてきた。そしてスマホを取り出して、あれ? と気づいた。


 この数日、メールは、圭太からしかきていない。


 その男を見ると、確かに圭太に似ているような気もする。でも圭太は、色黒だし、服装には無頓着だ。

 目の前にいる男は、色白で髪が長く、遊び慣れたというか、洗練された都会の人っぽい雰囲気だった。


(もし、圭太なら、名乗るよね?)


 圭太が男を紹介するとか、そんな文面なのかと予想をして、私はメールの画面を開いた。



『結菜、元気かー? 俺、バツ3になっちまった』


(はぁ? また離婚したわけ?)


『プライベートは最悪だけど、仕事は順調なんだ。だから金はあるぜ。まぁ、養育費が大変だけど』


(そんなんで金があるとは言わないでしょ)


『来年は30歳になるしさ、ちょっと考えたんだよ。それで気づいたんだけど、俺、飽きっぽいんだわ、たぶん』


(はぁ? 何言ってんの)


『一番いいと思う女と結婚しても、うまくいかないんだ。だから、二番目にいいと思う女と結婚すべきだって気づいたんだ』


(相変わらず、意味不明……)


『おまえもそう思うだろ? あの踏み切りのとこで待ってるから、すぐに来いよ。どうせ暇だろ?』


(あの踏み切りって……ここ?)



 メールを読み終えて、顔を上げると、その男がさっきよりも近くにいた。


「おまえ、何、その目……。それに、なぜ元カレに気づかないかな。まさか忘れたとか言うんじゃねぇだろうな」


「なんで、そんなに色白なわけ?」


「あー、この方がミュージシャンっぽいだろ? それに、おまえが色黒にはピンク髪が似合わないって言ってたから」


(えっ? やっぱり圭太?)


「服装も、なんか詐欺師みたい」


「はぁ? オシャレだと言えよ」


「チャラい」


「それは、もともとだろ。いつもチャラいって怒ってたじゃん。軽薄のケイって、なんだよ。意味わかんねぇ」


「踏み切りじゃなくて、なんであの店に来たのよ」


「結菜が入っていくのが見えたからだろ。メール見てないなら、おまえがメシ食う間、ずっと待つのなんて、ダルいし」


「ウザいメールばっか送ってきて」


「近況報告じゃねぇか。おまえ、ちゃんと生きてるか心配だったし……」


「意味がわからない」


「メールしなきゃ、おまえ、俺のこと忘れるだろうが」


「もう十年も前に終わったことでしょ」


「終わってねぇよ。おまえは、結菜は、高2の時から、ずっと俺の中では二番目にいい女だったんだ」


「はぁ? 何言ってんの」


「だーかーらー、俺は、高2の時から、ずっとおまえに惚れてるって言ってんだろ」


「へ? 一度も何も言わなかったじゃない」


「そんな恥ずかしいこと言えるかよ」


「あっそ。私はエスパーじゃないんだからね。言葉にされなかったから、わからなかったよ。じゃあね」


「お、おい! 過去形にすんなよ」


「急に変なこと言って、また私が流されるとでも思ってるの? 圭太は、私の中では最低男なんだからね! さよなら」


「俺、メジャーデビューしたんだぜ。結菜がいつも見てる音楽番組にも、二週連続で出る。ドームでライブもやるんだ」


(あ、あれは、やっぱり圭太だったの?)


 私は、さっき見た音楽番組を思い出した。テレビに出て、ドームでライブなんて、大成功したんだ。


「そう。よかったね、夢が叶って。じゃあね」


「ちょ、結菜!」


 私は、遮断機が上がった踏み切りを渡った。圭太は、踏み切りの向こう側で立ち尽くしていた。振られるとは思っていなかったのかもしれない。


(はぁ、もう、知らない!)




 それから2ヶ月ほど経った。


 テレビをつけると、圭太が映ることが増えてきた。もともとムードメーカーというか、よくしゃべるうるさい奴だから、バラエティ向きなのかもしれない。


「完全に芸能人になったのね」


 私はなんだか複雑だった。2ヶ月前に会ったときに言っていたアレは何だったんだろう。プロポーズのようにも聞こえた。あれから、圭太からは一度もメールは来ていない。


 今までも半年くらい何も言ってこないこともあった。でも、なんだか、もうメールは来ないような気がした。


(私が、終わらせたのよね……)


 たぶん、圭太は傷ついただろうな。でも、私にも意地がある。二番目だからと言われて、はっきり言って、私はムカついた。


 だからといって一番になりたいのかはわからない。好きかどうかもわからない。ずっと、ウザい、元カレだった。ずっとこれからも、うるさいことを言ってくるのだと思っていた。



 その年の夏、彼の誕生日の直前に、圭太は週刊誌に載っていた。5歳年上の女優と結婚したらしい。

 週刊誌には、圭太が過去に三度の離婚歴があることや、五人の子供がいることを面白おかしく書いてあった。


(子供、五人もいるの? そりゃ養育費は大変だね)


 私は複雑だった。圭太からは、結婚したという報告は来ていない。あれからもう半年近くなるが、メールは来ていない。

 


 圭太の結婚を知った夜、私は泣いた。


 なぜだかわからない。今までも、結婚報告は三度ともメールが来ていた。そのときとは違う感情がわいていた。


 私は、捨てられたような気がしていた。勝手なものだと、自分でも笑ってしまうけど……。


 メールが来ないことが、こんなに辛くなるなんて、想像すらできなかった。あんなに邪険にしていたのに、ウザいと思っていたのに……。


 それから私はテレビをつけるのを辞めた。圭太の顔は、もう一生見たくなかった。




 そして、私は30歳の誕生日を迎えてしまった。テレビをつけるのを辞めた日から、ネットも見ないようにしていた。でも、さすがにいつまでも、社会から遮断されたような生活をしていると、仕事上も困る。


 芸能ネタやドラマの話を、急に私がしなくなったことを周りから心配された。家のテレビが壊れたことにしていたけど、その言い訳も限界だった。


「年も取ったし、もう大丈夫かな」


 誕生日の翌朝、少し寒くて私は暖房と、そしてテレビをつけた。見たことのないCMが流れていて、なんだか少し新鮮だった。


 あちこちチャンネルを変えていると、圭太が結婚した女優がトーク番組に出ていた。ノロケ話かと、すぐにチャンネルを変えようとしたが、離婚の文字が目に飛び込んできた。


 ほんの1ヶ月半ほどで、スピード離婚をしたらしい。離婚は、圭太から言い出したらしい。てっきり圭太が浮気をして捨てられたのかと思った。


「あのバカ、バツ4じゃん……」


 離婚をしてもメールが来なかった。私は、圭太が結婚報告をしてこなかったとき以上に、離婚報告がなかったことに、強いダメージを受けた。


(もう、完全に、終わったんだ……)




 そして冬が来た。クリスマスも年越しも、今年は何もしなかった。メンタルが弱っていると、身体も弱ってしまうのかもしれない。風邪をひいて、なかなか治らず長引いた。


 年が明けて、やっと風邪も治った。今の派遣の仕事は2月中旬で終わってしまう。30歳になると、突然、選べる仕事が減ったようにみえた。


(やはり、きちんとした仕事を探そう)


 派遣の期間が終わって、少しのんびりしながら、いろいろな情報を集めていた。ふと、カレンダーを見ると、今日は2月22日だ。圭太からは、もう丸一年、メールが来ていない。


(うじうじしていても仕方ない)


 私は、自分の気持ちに決着をつけるために、夕食後、あの踏み切りへと向かった。

 外は、雪がチラついていた。かなり寒い。頭が冷えてちょうどいいか。


 あの場所は、この一年ずっと避けてきた。いつも遠回りして、あの踏み切りを通らないようにしていた。だから、うじうじと、気持ちの整理がつかないのかもしれない。現実と向き合うには、あの場所に立つ勇気が必要な気がする。



 カンカンカンカン



 踏み切りの遮断機が下りていった。去年のあの場所には、人の姿があった。踏み切り待ちの人かな。


 私は、踏み切りへと近づいていった。すると、あの場所にいた人がふらっと、こちらに近寄ってきた。


 一瞬、不審者かと思ったが、街灯のあかりで見たその顔に、私は息をのんだ。その顔も驚いた顔をしていた。


「圭太……あんた、何やってんのよ、こんな場所で」


「はぁ? いきなり何、それ。おまえこそなんだよ」


「私は、家この近くだから、たまたまよ」


「嘘つけ! 全然通らなかったじゃねぇか。あっ……」


「な、何言ってんの」


「……金曜の夜は、ずっと待ってた。今夜で最後にしようと思ってた」


「なっ? 今日は金曜じゃないよ」


「あぁ、今日はサヨナラ記念日だから、もしかしたらと思って来た。結菜は、記念日フェチだし」


「何、それ」


「付き合い始めた日があやふやだったから、10月最終週は、仕事ないときは毎晩来てた。金曜は結菜はよく外食するから、毎週来てた」


「いつから……」


「俺、結婚して離婚したんだけど、離婚した翌日から……」


「なんでメールしてこないのよ」


「結菜、ウザいって言ってたから……」


「これって、ストーカーじゃない」


「かもな」


「……バカじゃないの!」


「そう思う」


「……そんなにおとなしいと、キモいんだけど」


「おい! おまえなー。はぁ? 何、その顔」


「何よ」


「めちゃくちゃ、ぶっさ……」


 私は、気がつくと圭太の胸に飛び込んでいた。涙を見られたくなかった。ただ、それだけ……だと思う。


「おまえ、俺のコートに鼻水つけるなよ」


「なっ!? なんですって、あのねー、あんた……」


 私の文句は、彼の口で、ふさがれてしまった。冷たいキス。お互いの身体は、舞い散る雪ですっかり冷えていた。


「結菜、俺の女になる?」


「何、言ってんの。寒くてよく聞こえない」


「結菜、サインとハンコくれ」


「はぁ? 何、それ」


「結婚しよう。おまえはずっと俺の中で二番目の女だったけど、俺が人生で一番長く愛してきた女だぜ」


「ちょっと、それってズルくない? 怒ればいいか、笑えばいいか、わかんないじゃん!」


「一生、俺のそばで怒って笑ってろよ、結菜」


「…………うん」


 なんだか急展開すぎて、私は理解が追いついていなかった。これは夢ではないかと、ちょっとフワフワした気分になっていた。



「で?」


「ん? 何?」


「おまえから俺への愛の言葉はないのかよ」


「ない」


「はぁ? こんな寒い中ずっと待ってたのに、ひどくねぇか」


「あー、寒いならウチくる? 引っ越したから、前の家とは逆方向だけど」


「行く! 今夜は泊まるからな」


「えっ? 朝帰りなんかして、週刊誌に写真撮られても知らないよ。ウチは大通り沿いだから人目が……」


「もう、撮られた」


「えっ!?」


 私は周りを見渡したが、それらしき人は見つけられなかった。圭太はニヤニヤしている。嘘か。ったく、このバカ!



 数日後、嘘ではなかったことが明らかになった。


『お騒がせケイ、同級生と結婚!? 二番目の女、最強説』





 あれから30年近く経ち、圭太は芸能界を引退した。その後は、ライブハウスを建てて、趣味に生きると、また勝手なことを言っている。


 圭太は、相変わらずの軽薄男だった。私は相変わらず二番目の女らしい。一番目の女はコロコロ変わる。


 私は何度か別れようと思った。でも、彼はその度に、叱られた子供のようにしゅんとする。捨てられた子犬のような目をする。計算高い。


 きっと離れると気になる。だから一緒にいる。

 それで幸せなのかはわからない。

 でも、彼が私を必要としていることはわかっていた。


 彼にとって、私は都合のいい女なのだと考えると腹が立つ。でも、彼が人生の中で一番長く愛している女だと考えると……いつの間にか、彼の軽薄さも忘れていた。


 私は、あれからずっと彼のそばで、しょっちゅう怒って、でも、いつも笑って過ごしている。


 軽薄男は相変わらずだけど……。これが彼の愛し方なのかもしれない。


 私は、出会ってからずっと彼に振り回されてきた。でも、やっと、私の選択は正しかったと思えるようになってきた。


 あの言葉どおり、私はきっと、一生、彼のそばで、怒って笑っているのよね。



皆様、最後まで読んでいただいて、ありがとうございます♪


結局、忘れ方なんてないのかもしれません。ただ、記憶は薄れて上書きされていくだけ。

ひゃっ、タイトル詐欺? ごめんなさい〜


気軽にご感想など書いていただけると嬉しいです♪



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― 新着の感想 ―
[一言] お二人がいろいろあってでも幸せでよかったです! なんかありますよね。好きじゃないのに存在感があって気にしてしまう人って……。
[一言] いつも…(どうでも)良い男なんだけどって…(。´Д⊂) 言われてる…
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