軽薄オトコの忘れ方
すれ違いだらけの二人……。
女性の視点で書いていますが、どちらが主人公なのかは、読んでくださる皆様の判断にゆだねます。
「圭太のケイは、軽薄のケイだね!」
「なんだよ、それ」
「何人、彼女がいるわけ? 私は何番目?」
「ん〜、自称彼女とかもいるじゃん? たぶん六人くらい? 結菜は二番目かなぁ」
「あっそ、さよなら!」
「ちょっと待てよ。二番目の女は、一番信頼しているってことだぜ? 本命には隠していることも、おまえには全部、話してるし」
「サイテー!!」
あれから、ちょうど十年になる。
彼と付き合い始めたのは、高2の文化祭の打ち上げの日。その日、未成年なのに居酒屋でクラスの打ち上げをしていた。私は、生まれて初めて飲んだカルピスサワーで、目に映る景色がフワフワしていた。
帰る方向が同じだった圭太は、私を送っていくと言い出して、一緒に帰ることになった。
彼は、もともとよくしゃべるタイプで、特別イケメンなわけではないけど、クラスでは目立っていた。なぜか私には、嫌味ばかりを言ってくるので、かなりウザかったが、後輩にはモテているようだった。
その帰り道、お酒のせいか、彼はいつも以上によくしゃべった。私はフワフワした頭で、適当に相槌を打っていた。
そして、長い踏み切り待ちをしていた時、圭太は突然……私にキスをした。
カンカンカンという踏み切りの音と、酔いでフワフワしていたせいで、私は何が起こったのか、一瞬、わからなかった。
「なぁ、結菜、付き合わない?」
「えっ!?」
「もう、俺達、そういう仲になったし」
「はぁ?」
「今から、おまえは俺の彼女だからな」
踏み切りの遮断機が上がり、私達は歩き始めた。頭は相変わらずフワフワしていた。でも、さっきまでとは違うことがひとつあった。圭太が私の手を握っている。
「おまえには、まだ酒は早いな」
「未成年でしょ。 お酒は飲んじゃダメでしょ」
「じゃあ、なんで居酒屋に行ったんだよ。バーカ」
「なっ!?」
「いつまでくっついてんだよ。おまえのマンション、ここだろ? 誰かに見られるぜ」
「あ……」
「じゃあな、また明日〜」
翌日、学校に行くと、圭太はいつものメンバーと群れていた。相変わらず、うるさい。
「結菜ちゃ〜ん! おっはよー」
「はぁ? 何その呼び方、キモっ」
「ちょっとそれひどくない? 彼氏に向かって〜」
(なっ!?)
一瞬、教室の中はシーンと静まり返った。そして……当然、ザワザワし始めた。
「マジか? どういうこと? いつから?」
「昨日から付き合うことになったんだよなー、結菜」
「はぁ? 私、何も返事してないし」
「そんな、俺達はもう……」
「ちょっと、圭太! いい加減にしなさいよ」
「照れちゃって〜」
(はぁ、ったく、こいつ……)
それからは、一緒に帰ったり、日曜日には、ショッピングモールをただ歩き回るデートらしきものをした。
高3になると、圭太はバンドを始めた。一方で私は、受験勉強を始めた。だんだん会う時間も話す時間も減ってきた。でも、たまに会うと別れ際にはキスをするという、恋人らしき関係は続いていた。
春になって、私達は高校を卒業した。私は受験はことごとく失敗したが、一つだけ受かった大学に行くことになった。圭太は、バンド活動に熱中していて、毎日ライブハウスに出入りしているようだった。
「圭太、進学はしないの?」
「俺は、プロのミュージシャンになるから」
「はい? 何を言ってるの? おばさん、怒ってたよ。大学、行ってからにしなよ」
「そんな遠回りはしたくないんだ。ただでさえ、俺、出遅れてるんだから」
「私には全然、理解できない」
「男のロマンが、結菜みたいなガキにわかるわけない」
「あっそ」
「見に来れば? 1ミリくらいは、わかるんじゃないの」
(何それ)
その日から、たまに会うデートは、圭太が出入りするライブハウスになった。私には、バンドの良さなんてわからない。でも圭太が、イキイキとしていることはわかった。
そのライブハウスは、結構、中高生も出入りしていた。私が練習の様子をスタジオの外から見ていると、何? このオバサン、という声が聞こえてきた。
(はぁ? まだ18歳ですけど〜)
でも、中高生から見るとオバサンなのか……。なんだか居心地が悪い。バンドを見に来る人達は、みんなバンドに興味がある。でも、私は、圭太に連れてこられているだけ…。
大学が始まると、いろいろと忙しくなった。私は圭太と会う時間を作ることさえ、煩わしいと思うようになってきた。
そもそも、圭太からは一度も「好き」と言われたことがない。私も正直なところ、自分の気持ちはよくわからなかった。なんだか流されて恋人をしている……そんな感覚だった。
大学1回生のバレンタイン、圭太とはなかなか会えなかった。メールで、バンドのファンから、チョコをもらったと知らせてきた。私への催促なのだろうか。
今までなら、バレンタインは必ず会っていた。でも、今年は、私のバイトの予定もあって、タイミングが合わなかった。結局チョコを渡せたのは、2月22日。しかも、ライブ前の楽屋だった。
「結菜、悪い、すぐに練習に入るから」
「うん、わかった」
彼はいつもの通り、私には何の遠慮もしない。
圭太は不機嫌なときは、すぐ無視するし、機嫌がいいと、しつこくしゃべってくる。私は、圭太の母親なんじゃないかと勘違いしそうになる。
そして、観客席で、ライブをみた。圭太は、ベースを担当している。ライブのときは、いつも派手な髪色に染めて出てくる。今夜はピンクか。シャンプーで落とせるスプレーらしいけど、ちょっとピンクは似合わない。
近くに座っていた女の子が、なんだか妙なケンカをしているのが、聞こえてきた。
「あたし、ケイと付き合ってるの。彼、バレンタインの日は、あたしの家に泊まりに来たんだぁ」
「嘘〜! ちょっと待って。私、ケイに付き合おうって言われたよ?」
「もしかして、二股!? でもバレンタインの日に泊まりに来たから、あたしが本命だよね」
「いやいや、付き合おうって言われたのはバレンタインの後だから、私に乗り換えるんじゃないの?」
「ないない、絶対、遊ばれてるよー」
ケイというのは、圭太のバンドのときに使っている名前だ。ちょ、ちょっと、私以外に彼女がいるわけ? だから、バレンタインは会えなかったの?
アンコール前に、私は席を立った。そして、圭太が戻ってくる控え室の前で待つことにした。
場内整理の人に、一瞬排除されそうになったけど、ライブハウスのバイトの子が、私が関係者だと言ってくれた。
ずっと通っているから、マネージャーか何かだと思われたのかもしれない。
アンコールの大声援のあと、圭太たちが戻ってきた。
「あれ? 結菜ちゃん、こんなとこで待ってないで、中に入ればいいのに〜」
バンドのボーカルをしている人がそう言ってくれたので、私は曖昧な笑顔を浮かべた。でも、入って、入って〜と言われて、私は控え室に入った。
扉が閉まってすぐに、圭太の声が聞こえた。女性の声も聞こえる。親密な感じで、イチャついているように聞こえた。
バンドのドラムの人が、なんだか焦っている。そして、必要以上に大きな声を出した。
「結菜さん、お茶飲む? 結菜さんは紅茶派? コーヒーでもいい? 結菜さん」
「お気遣いなく」
「そんな遠慮しないでよ、結菜さん」
(何? そんなに名前を連呼して……)
すると、扉の外の声が小さくなった。カチャリと扉が開くと、一緒にいたはずの女性の姿はなく、圭太ひとりが入ってきた。
「何? 結菜、なんでここにいるわけ?」
圭太は、機嫌悪そうにしていた。さっきまで、あんなイチャついた楽しそうな笑い声を上げていたくせに。
「さっき、観客席でケイの彼女だという二人がケンカしてたよ。一体どういうこと?」
「げっ、マジかよ。言うなよって約束したんだけどなー。まいったな」
「圭太のケイは、軽薄のケイだね!」
「なんだよ、それ」
「何人、彼女がいるわけ? 私は何番目?」
「ん〜、自称彼女とかもいるじゃん? たぶん六人くらい? 結菜は二番目かなぁ」
「あっそ、さよなら!」
「ちょっと待てよ。二番目の女は、一番信頼しているってことだぜ? 本命には隠していることも、おまえには全部、話してるし」
「サイテー!!」
そして、私は彼の元を去った。
その後、私は大学を卒業して、中堅の会社に就職した。でも、その翌年に社長交代で社風が変わり、ブラック一直線に危機感を感じて退職した。
それからは、派遣の仕事をしている。気楽でいい反面、不安も大きかった。そのうち結婚して仕事を辞めるだろうと思っていたから、新たな就職先は探さなかった。
でも、あれから十年。何人かの人と付き合ったけど、いつも、なぜか二股をかけられていた。圭太ほどのひどい軽薄男はいなかったけど……。
それに、結婚したいと思える人にも出会わなかった。なぜか、いつも圭太と比較してしまう。私の中では、圭太は最低男だった。その圭太ができることができない人には、激しく幻滅した。
一方で、圭太は忘れた頃に、メールを送ってきた。ただのご機嫌うかがいのときもあれば、なぜか夢に出てきたという変な内容のものもあった。
でもほとんどは、報告メールだった。バンドに関することや、同級生のこと、何かを買ったとか失敗したとか……どうでもいいようなことも。
そして、結婚したという報告、子供が生まれたという報告、離婚したという報告。さらに、また、結婚したという報告……。
私は返信はしない。すると圭太が返事が欲しいときには、しつこく何通もメールが来た。仕方なく、うるさい! と返信すると、ようやくメールは収まる。圭太が何をしたいのか、全く意味がわからない。
テレビをつけると、いつもの音楽番組が始まっていた。もうそんな時間かぁ。明日は休みだし、これが終わったら、外にご飯を食べに行こうかな。
今日は、なんだかいろいろなことを思い出す。2月22日、圭太と別れて、ちょうど十年だ。私はもう29歳になっていた。
そろそろ婚活をするか、就職をするか、自分の人生を考えなきゃならないような気がする。
「はぁ、なんだかなぁ……えっ!? あれ?」
ボーっと見ていた音楽番組で知らない曲が流れてきた。一瞬映ったベーシスト、ピンクの髪……。
「まさか、圭太? な、わけないよね」
一人で驚いて、一人でツッコミをいれる。新人バンドかなぁ? 曲は聴いたことがない。でも、なかなかいい曲だった。
司会者が、インディーズ時代が長くて苦労したバンドだと説明していた。そして、ドーム公演の告知をしていた。
そのとき、メールの着信を知らせる音が鳴った。最近は、メールでやり取りする人は少ない。基本、SNSを使う。でも仕事関係は、メールだ。
(明日休日出勤しろ、なんてメールじゃないよね?)
スマホを手繰り寄せてみると、軽薄男だった。
(なんだ、よかった。仕事じゃなくて)
そのまま、私は圭太のメールは無視して、晩ごはんを食べに外へ出た。数年前から一人暮らしをしているが、地元からは離れがたく、行動範囲は子供の頃からほとんど変わっていない。
同級生同士が結婚してやっている小さな居酒屋が、私の行きつけの店だった。
ガラガラと引き戸を開けると、結構混んでいた。
「あー、結菜、ごめん、今ちょっと満席だから、カウンターしか空いてない〜」
「そう〜、うーん、じゃあ今日はやめとく〜」
「悪いねー。団体客が入っちゃって」
「いいよ、別に。ファミレスにでも行くから〜」
「えー、自炊しなよ〜。なんなら何かテイクアウトする? あ、あれ?」
彼女の視線の先には、茶色っぽいサングラスをかけた人がいた。常連さんなのかな? その人は、なぜか私を見ている。気味が悪い。
「やっぱ、いいよ。また来るね〜」
私は、サングラスの男の横を通り抜けた。すると、その男は私の後をついて来た。
(ちょ、キモいんだけど)
交番に向かうかコンビニに行くか、どうしよう。
運悪く、踏み切りに引っかかった。この踏み切り、長いんだよね。脇道へ入ろうと、向きを変えたところに、その男がいた。
私は、ギョッとした。どうしよう……。
「なんで逃げるわけ? メール見てねぇのかよ」
「はぁ?」
その男は、サングラスを外した。ちょっとイケメンだけど、チャラそう、誰?
「そんな不審者を見るような目はやめろよ、結菜」
「あんた、誰!? なぜ私の名前を……ストーカー!」
「はぁ? バカか、おまえ。メールしただろうが。見てないなら、いま見ろよ」
「怪しい人の前でそんな……」
はぁ? と言いながらも、その男は、私から一歩離れて腕組みをした。踏み切り待ちをする他の通行人も来て、私は少し落ち着いてきた。そしてスマホを取り出して、あれ? と気づいた。
この数日、メールは、圭太からしかきていない。
その男を見ると、確かに圭太に似ているような気もする。でも圭太は、色黒だし、服装には無頓着だ。
目の前にいる男は、色白で髪が長く、遊び慣れたというか、洗練された都会の人っぽい雰囲気だった。
(もし、圭太なら、名乗るよね?)
圭太が男を紹介するとか、そんな文面なのかと予想をして、私はメールの画面を開いた。
『結菜、元気かー? 俺、バツ3になっちまった』
(はぁ? また離婚したわけ?)
『プライベートは最悪だけど、仕事は順調なんだ。だから金はあるぜ。まぁ、養育費が大変だけど』
(そんなんで金があるとは言わないでしょ)
『来年は30歳になるしさ、ちょっと考えたんだよ。それで気づいたんだけど、俺、飽きっぽいんだわ、たぶん』
(はぁ? 何言ってんの)
『一番いいと思う女と結婚しても、うまくいかないんだ。だから、二番目にいいと思う女と結婚すべきだって気づいたんだ』
(相変わらず、意味不明……)
『おまえもそう思うだろ? あの踏み切りのとこで待ってるから、すぐに来いよ。どうせ暇だろ?』
(あの踏み切りって……ここ?)
メールを読み終えて、顔を上げると、その男がさっきよりも近くにいた。
「おまえ、何、その目……。それに、なぜ元カレに気づかないかな。まさか忘れたとか言うんじゃねぇだろうな」
「なんで、そんなに色白なわけ?」
「あー、この方がミュージシャンっぽいだろ? それに、おまえが色黒にはピンク髪が似合わないって言ってたから」
(えっ? やっぱり圭太?)
「服装も、なんか詐欺師みたい」
「はぁ? オシャレだと言えよ」
「チャラい」
「それは、もともとだろ。いつもチャラいって怒ってたじゃん。軽薄のケイって、なんだよ。意味わかんねぇ」
「踏み切りじゃなくて、なんであの店に来たのよ」
「結菜が入っていくのが見えたからだろ。メール見てないなら、おまえがメシ食う間、ずっと待つのなんて、ダルいし」
「ウザいメールばっか送ってきて」
「近況報告じゃねぇか。おまえ、ちゃんと生きてるか心配だったし……」
「意味がわからない」
「メールしなきゃ、おまえ、俺のこと忘れるだろうが」
「もう十年も前に終わったことでしょ」
「終わってねぇよ。おまえは、結菜は、高2の時から、ずっと俺の中では二番目にいい女だったんだ」
「はぁ? 何言ってんの」
「だーかーらー、俺は、高2の時から、ずっとおまえに惚れてるって言ってんだろ」
「へ? 一度も何も言わなかったじゃない」
「そんな恥ずかしいこと言えるかよ」
「あっそ。私はエスパーじゃないんだからね。言葉にされなかったから、わからなかったよ。じゃあね」
「お、おい! 過去形にすんなよ」
「急に変なこと言って、また私が流されるとでも思ってるの? 圭太は、私の中では最低男なんだからね! さよなら」
「俺、メジャーデビューしたんだぜ。結菜がいつも見てる音楽番組にも、二週連続で出る。ドームでライブもやるんだ」
(あ、あれは、やっぱり圭太だったの?)
私は、さっき見た音楽番組を思い出した。テレビに出て、ドームでライブなんて、大成功したんだ。
「そう。よかったね、夢が叶って。じゃあね」
「ちょ、結菜!」
私は、遮断機が上がった踏み切りを渡った。圭太は、踏み切りの向こう側で立ち尽くしていた。振られるとは思っていなかったのかもしれない。
(はぁ、もう、知らない!)
それから2ヶ月ほど経った。
テレビをつけると、圭太が映ることが増えてきた。もともとムードメーカーというか、よくしゃべるうるさい奴だから、バラエティ向きなのかもしれない。
「完全に芸能人になったのね」
私はなんだか複雑だった。2ヶ月前に会ったときに言っていたアレは何だったんだろう。プロポーズのようにも聞こえた。あれから、圭太からは一度もメールは来ていない。
今までも半年くらい何も言ってこないこともあった。でも、なんだか、もうメールは来ないような気がした。
(私が、終わらせたのよね……)
たぶん、圭太は傷ついただろうな。でも、私にも意地がある。二番目だからと言われて、はっきり言って、私はムカついた。
だからといって一番になりたいのかはわからない。好きかどうかもわからない。ずっと、ウザい、元カレだった。ずっとこれからも、うるさいことを言ってくるのだと思っていた。
その年の夏、彼の誕生日の直前に、圭太は週刊誌に載っていた。5歳年上の女優と結婚したらしい。
週刊誌には、圭太が過去に三度の離婚歴があることや、五人の子供がいることを面白おかしく書いてあった。
(子供、五人もいるの? そりゃ養育費は大変だね)
私は複雑だった。圭太からは、結婚したという報告は来ていない。あれからもう半年近くなるが、メールは来ていない。
圭太の結婚を知った夜、私は泣いた。
なぜだかわからない。今までも、結婚報告は三度ともメールが来ていた。そのときとは違う感情がわいていた。
私は、捨てられたような気がしていた。勝手なものだと、自分でも笑ってしまうけど……。
メールが来ないことが、こんなに辛くなるなんて、想像すらできなかった。あんなに邪険にしていたのに、ウザいと思っていたのに……。
それから私はテレビをつけるのを辞めた。圭太の顔は、もう一生見たくなかった。
そして、私は30歳の誕生日を迎えてしまった。テレビをつけるのを辞めた日から、ネットも見ないようにしていた。でも、さすがにいつまでも、社会から遮断されたような生活をしていると、仕事上も困る。
芸能ネタやドラマの話を、急に私がしなくなったことを周りから心配された。家のテレビが壊れたことにしていたけど、その言い訳も限界だった。
「年も取ったし、もう大丈夫かな」
誕生日の翌朝、少し寒くて私は暖房と、そしてテレビをつけた。見たことのないCMが流れていて、なんだか少し新鮮だった。
あちこちチャンネルを変えていると、圭太が結婚した女優がトーク番組に出ていた。ノロケ話かと、すぐにチャンネルを変えようとしたが、離婚の文字が目に飛び込んできた。
ほんの1ヶ月半ほどで、スピード離婚をしたらしい。離婚は、圭太から言い出したらしい。てっきり圭太が浮気をして捨てられたのかと思った。
「あのバカ、バツ4じゃん……」
離婚をしてもメールが来なかった。私は、圭太が結婚報告をしてこなかったとき以上に、離婚報告がなかったことに、強いダメージを受けた。
(もう、完全に、終わったんだ……)
そして冬が来た。クリスマスも年越しも、今年は何もしなかった。メンタルが弱っていると、身体も弱ってしまうのかもしれない。風邪をひいて、なかなか治らず長引いた。
年が明けて、やっと風邪も治った。今の派遣の仕事は2月中旬で終わってしまう。30歳になると、突然、選べる仕事が減ったようにみえた。
(やはり、きちんとした仕事を探そう)
派遣の期間が終わって、少しのんびりしながら、いろいろな情報を集めていた。ふと、カレンダーを見ると、今日は2月22日だ。圭太からは、もう丸一年、メールが来ていない。
(うじうじしていても仕方ない)
私は、自分の気持ちに決着をつけるために、夕食後、あの踏み切りへと向かった。
外は、雪がチラついていた。かなり寒い。頭が冷えてちょうどいいか。
あの場所は、この一年ずっと避けてきた。いつも遠回りして、あの踏み切りを通らないようにしていた。だから、うじうじと、気持ちの整理がつかないのかもしれない。現実と向き合うには、あの場所に立つ勇気が必要な気がする。
カンカンカンカン
踏み切りの遮断機が下りていった。去年のあの場所には、人の姿があった。踏み切り待ちの人かな。
私は、踏み切りへと近づいていった。すると、あの場所にいた人がふらっと、こちらに近寄ってきた。
一瞬、不審者かと思ったが、街灯のあかりで見たその顔に、私は息をのんだ。その顔も驚いた顔をしていた。
「圭太……あんた、何やってんのよ、こんな場所で」
「はぁ? いきなり何、それ。おまえこそなんだよ」
「私は、家この近くだから、たまたまよ」
「嘘つけ! 全然通らなかったじゃねぇか。あっ……」
「な、何言ってんの」
「……金曜の夜は、ずっと待ってた。今夜で最後にしようと思ってた」
「なっ? 今日は金曜じゃないよ」
「あぁ、今日はサヨナラ記念日だから、もしかしたらと思って来た。結菜は、記念日フェチだし」
「何、それ」
「付き合い始めた日があやふやだったから、10月最終週は、仕事ないときは毎晩来てた。金曜は結菜はよく外食するから、毎週来てた」
「いつから……」
「俺、結婚して離婚したんだけど、離婚した翌日から……」
「なんでメールしてこないのよ」
「結菜、ウザいって言ってたから……」
「これって、ストーカーじゃない」
「かもな」
「……バカじゃないの!」
「そう思う」
「……そんなにおとなしいと、キモいんだけど」
「おい! おまえなー。はぁ? 何、その顔」
「何よ」
「めちゃくちゃ、ぶっさ……」
私は、気がつくと圭太の胸に飛び込んでいた。涙を見られたくなかった。ただ、それだけ……だと思う。
「おまえ、俺のコートに鼻水つけるなよ」
「なっ!? なんですって、あのねー、あんた……」
私の文句は、彼の口で、ふさがれてしまった。冷たいキス。お互いの身体は、舞い散る雪ですっかり冷えていた。
「結菜、俺の女になる?」
「何、言ってんの。寒くてよく聞こえない」
「結菜、サインとハンコくれ」
「はぁ? 何、それ」
「結婚しよう。おまえはずっと俺の中で二番目の女だったけど、俺が人生で一番長く愛してきた女だぜ」
「ちょっと、それってズルくない? 怒ればいいか、笑えばいいか、わかんないじゃん!」
「一生、俺のそばで怒って笑ってろよ、結菜」
「…………うん」
なんだか急展開すぎて、私は理解が追いついていなかった。これは夢ではないかと、ちょっとフワフワした気分になっていた。
「で?」
「ん? 何?」
「おまえから俺への愛の言葉はないのかよ」
「ない」
「はぁ? こんな寒い中ずっと待ってたのに、ひどくねぇか」
「あー、寒いならウチくる? 引っ越したから、前の家とは逆方向だけど」
「行く! 今夜は泊まるからな」
「えっ? 朝帰りなんかして、週刊誌に写真撮られても知らないよ。ウチは大通り沿いだから人目が……」
「もう、撮られた」
「えっ!?」
私は周りを見渡したが、それらしき人は見つけられなかった。圭太はニヤニヤしている。嘘か。ったく、このバカ!
数日後、嘘ではなかったことが明らかになった。
『お騒がせケイ、同級生と結婚!? 二番目の女、最強説』
あれから30年近く経ち、圭太は芸能界を引退した。その後は、ライブハウスを建てて、趣味に生きると、また勝手なことを言っている。
圭太は、相変わらずの軽薄男だった。私は相変わらず二番目の女らしい。一番目の女はコロコロ変わる。
私は何度か別れようと思った。でも、彼はその度に、叱られた子供のようにしゅんとする。捨てられた子犬のような目をする。計算高い。
きっと離れると気になる。だから一緒にいる。
それで幸せなのかはわからない。
でも、彼が私を必要としていることはわかっていた。
彼にとって、私は都合のいい女なのだと考えると腹が立つ。でも、彼が人生の中で一番長く愛している女だと考えると……いつの間にか、彼の軽薄さも忘れていた。
私は、あれからずっと彼のそばで、しょっちゅう怒って、でも、いつも笑って過ごしている。
軽薄男は相変わらずだけど……。これが彼の愛し方なのかもしれない。
私は、出会ってからずっと彼に振り回されてきた。でも、やっと、私の選択は正しかったと思えるようになってきた。
あの言葉どおり、私はきっと、一生、彼のそばで、怒って笑っているのよね。
皆様、最後まで読んでいただいて、ありがとうございます♪
結局、忘れ方なんてないのかもしれません。ただ、記憶は薄れて上書きされていくだけ。
ひゃっ、タイトル詐欺? ごめんなさい〜
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