酒宴
手筈通り私は、街の中心に近い所に居を構え、オルランド以下の部下達は各々に木造の空き家を与えられた。
カサンドラ一家は私の屋敷に住まう奴隷として、忙しなく荷解きを手伝ってくれている。
「御主人様、この瓶はどちらに運べば良いでしょう。」
「それは君らの部屋に置いてくれ。水は裏の井戸から汲み上げるといい。」
まだうら若いカサンドラの妹、イレーネは年の割に良く働く。この分だと近い内にどこかに嫁ぐかも知れない。
カサンドラの母はまだ体の衰えもそこまではなく、家事を仕切って貰うことにした。
日が傾く前から、ぽつぽつと私の部下が屋敷に訪れ、荷解きに荷担する。
「こっちは終わったぜ領主殿。」
「この瓶重いから野郎共手伝ってくれ。」
ガルタの出である彼らは、都では野蛮だと謗られるが、仲間内から見れば実直で剛健、ここでも私を支えてくれている。
男手が加わり、あっという間に荷解きは終わった。
「各々方、助力に感謝する。本日は細やかながら我々のガウメラ着任と今後の栄誉を願い、祝杯を交わそう。」
応。と歓声があがる。
「蜂蜜酒はあるが麦酒や葡萄酒は無い。誰か買いに行ってこい。林檎酒も忘れるなよ。」
手をあげた4、5名に銀貨を渡す。程なくして大きな瓶を二輪車で運んでくると、屋敷の兵士達は一際大きな声をあげる。
「皆の衆!」
「応!」
「用意は良いか!」
「応!」
「器を取れ!」
「応!」
「乾杯!」
「乾杯!」
野太い声が夕暮れに鳴り響く。思い思いに騒ぎ、語り、飲んだ。
今この場に主人はなく、奴隷もない。
私も蜂蜜酒をあおり、周りの様子を眺める。
カサンドラやイレーネ、エリアに声を掛ける者、オルランドに飲みで勝負を挑む者、私に禄の交渉に来る者、それぞれが自由に振る舞っていた。
「おう、レオ。ちょっと話がある。」
オルランドが苦笑いを浮かべ、私に耳打ちする。
「カサンドラはお前んとこの奴隷だよな。」
「あぁ、そうだな。一家丸ごと雇わせて貰った。」
「もし俺がカサンドラが欲しいと言ったらどうする。」
オルランドの顔を見上げる。酒の影響もあるのだろうが、明らかに顔は朱に染まっていた。
「友人の恋路を邪魔するほど、私は無粋ではないさ。個人間で話してみるといい。」
私は笑いながら、彼に返した。
彼は陽気に微笑み、私の元から離れ、喧騒の渦へ消えた。
いつの間にか器は空になっており、仕方無く腰をあげる。
「御主人様、お酒のおかわりですか。このイレーネにお任せください。」
まだ十五にも満たない少女が、ひょっこりこちらに顔を出した。
「構わないよレディ。君はまだ若いのだから奉仕は置いてしっかり食べなさい。」
姉と同じ長い黒髪を揺らして少女は答える。
「私がしっかりしないと料理中の母やオルランドおじさんに口説かれてるお姉ちゃんが大変なんです。お仕事ください。」
オルランド、お前はもうおじさんの様だ。と心で哀れんだ。
「じゃあお願いするよレディ。蜂蜜酒を頼む。」
「はい。」
無邪気な瞳の圧力には敵わず、私は器を授けた。
「楽しそうですね。レオ」
後ろからエリアに声を掛けられる。
「ああ、楽しいとも。君が飲んでるのはシードルかな。」
ええ。と返し微笑むエリアは、白く美しい肌を微かに紅潮させ扇情的であり、思わず見とれてしまった。
「良ければ今度、君の話を聞いてみたいんだが、よろしいかな。」
「私は詰まらない女ですが、それで良ければ今晩にでも。」
普段は清廉な印象を強く放つエリアが、酒の影響か、とても妖しく、艶かしい笑みを向ける。
「御主人様、お待たせしました。」
少女が元気良く帰ってきた。
「ありがとうレディ。改めて紹介するがこちらの女性はエリア。良くしてやってくれ。」
「エリアお姉さん。私はイレーネ。女神様みたいな綺麗な髪だね。よろしくお願いします。」
元気良く頭を下げるイレーネに、エリアは手短に返した。
「よろしく。」
先の表情からは想像できないほど事務的で、声色の暗い返しだった。
「ほら、レディ。オルランドのおじさんに酒を汲んであげなさい。」
「かしこまりました。」
イレーネを遠ざけ、渡された器に口をつける。林檎の甘酸っぱい香りが漂う酒を一口含む。
「それ、シードルですね。」
「何、シードルもうまいし君とお揃いなら悪くない。」
宴もたけなわ。友人の恋路を横目に眺め、私はレディの手を取って屋敷の暗がりへと進んでいった。
登場人物紹介
イレーネ
13才
カサンドラの妹。幼い頃のカサンドラに似た明るい少女。まだ幼いが故の無知と愛嬌を持ち、健気に仕える様が男性陣に好評を博す。