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忠告  作者: 紳士
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軍部

上層部からの呼び出しに応え、広いだけで閑散とした屋敷で着替えを済ます。


父が存命だった頃は多くの使用人が慌ただしく働き、私の家庭教師達もひっきりなしに訪れた過去を思い出す。


当主となってからは屋敷の維持に時々二、三人の使用人が清掃に訪れるだけになり、アルセイユに出向いた時だけ主人がいる寂れた屋敷だ。


上着に袖を通し、蜂蜜を溶かしたお湯を飲んでいると、かつて母が使っていた部屋から、天使がのそのそと歩いてきた。


「おはようレディ。お偉方からの呼び出しが来たから午後は開ける。食事はブレッドに蜂蜜をかけて食べるかオルランドのとこを頼ってくれ。」

私は器を台に置き、彼女にこちらの予定を伝える。


「おはようございます。レオ、私はおば様のところでお世話になるから用事が終わったら来てくれませんか?」


不思議な出会いから既に十日、まだ素性等に踏み込んではいないが、エリアが見せる様々な顔は非常に人間味あふれ、あの死地を抜けた時の願いを未だに信じられずにいた。


私達が使わない道は地盤が緩んで、大勢が通れば地滑りが起きる。


事実雨が降ったから緩んでいたかもしれない。

だがここまで完璧なタイミングで起こるだろうか。

本当は誰かが堰を切ってそれを演出したのでは無かろうか。


憶測は浮かんでは消え、靄に包まれる。


一度間を開けて、カップの残りを流し込む。


「では行ってくる。」

「はい。お気をつけて。」


司令部に出向き、襟を正す。地方領主も高官ではあるが、都の高官はいかんせん地方の武官を見下すきらいがある。


司令部の扉を叩き名乗る。

「東方はガルダが領主、レオ二世であります!招集の命を賜り参上致しました!」


「入られよ。」


短い言葉で入室を促され、重苦しい石の扉を開く。

一礼と挨拶を済ませ、自らに与えられた席の手前で立つ。

先日の戦いで功罪ある私を吟味するように、老獪で知られる元帥を中心とした高官に囲まれる。


「貴官の武勲、誠に大義である。指示なきまま撤退した罪状は看過することは出来ぬが、寡兵で最大の戦果を挙げた功績は計り知れぬ。」


先日の詰問とは違い、まず戦果を讃えられた事に拍子抜けした。


「しかし領主が領土を奪われた以上、責任を負うのは道理である。

貴官は領主の任を解き、南方の一兵卒として働く。異論は無いな。」

元帥は楽しそうに口を歪ませ、虫を見るような目で私を射抜く。


南方は荒野地帯であり、目下侵攻の予定もない閑職である。しかも熱帯の気候と毒虫の繁殖により、多くの兵士が亡くなるという僻地だ。

つまり私は縛り首が嫌なら生涯を僻地の閑職に捧げろと命じられたのだ。


流石に私も言葉につまり、喉が異様に乾く。

様々な弁明をしようにも、高官達の目は、無断で行動を起こした私に対しての侮蔑で染まっていた。冷やかな汗と焼けるような動悸の中で、私の背中は破裂した。


「おーう。貴様が噂の大英雄だな?聞いた通りの美丈夫じゃないか!」


何者かが不意に私の背中を叩く。きっとあの死地を越えてなければこの一撃で心臓が止まったであろう。


「随分遅い到着ですな。アレクシス大将殿下。」

元帥は先程までの笑顔もなく、私の背にいる人物に話しかける。

「昨晩の酒盛りが思いの外足に来ててな。まぁ間に合っただけ良いではないか。」


アレクシス大将殿下、それは軍人であれば誰でも知ってるこの国の英雄である。

うら若き王の後見人、第一方面軍団長、先王の甥に当たる人物であり、私が請け負っていたガルダも含む東方の最高権力者である。


「この私を司令部に引き留めながら援軍を出し渋った奴等が何を偉そうに左遷を申し付けるのか。

せめて第一方面軍の長たる私に一言掛けるのが筋であろう。」


高らかに語る殿下の意気に、元帥以外の高官は頭を垂れた。


「殿下は無双であるが故、本国を離れ僻地に向かわせるわけには参りませんからな。

大軍相手の援軍を編成してる間に無断で撤退した者を処罰するのは軍として当たり前の」

「ご託は要らん。この男は第一方面軍で働いて貰う。私の優秀な部下を勝手に左遷など許すはず無かろうが。」


殿下は元帥の言葉を食いぎみに捲し立て、私の顔を見た。


「貴官、名前は何と?」

「はっ、ガルダ=レオ二世であります。武勇高き殿下に拝謁すること、光栄に思います。」


元帥はため息をつきながら、王の後見人に釘を刺す。


「殿下、軍部の最高司令官はあくまでもこの老骨であることをお忘れなきよう。その小領主など好きに使い潰しなされ。」


元帥はそういうと恨めしそうに席を立ち、高官達も右に倣った。


殿下と私だけになった司令部の一室で、殿下に対し謝辞を述べる。


「殿下、我が不徳から出た左遷の命を取り消して頂けたこと。誠に感謝申し上げる。」

地に膝をつけ、頭を垂れる。


「気にするでない。貴様がただ撤退してただけなら縛り首にしていたからな。

貴様のその大局を見やる目を買ったのだ。私に感謝をしたいならその武勲で今一度示すがよい。」


私は立ち上がり改めて感謝を伝え、殿下に忠節を誓った。


「あぁ、そうだ。私は本国から出ると文句を言われるからな。貴様には私の代わりに第一方面軍の難局に当たって貰う。

その見返りとしてだが、第一方面軍の二割の兵の指揮権を与えるし、活躍によっては領土もまた与えてやろう。


出来るか?」


殿下から破格の待遇を提示され、僅かに目が霞んだ。


「この命、これより殿下と共に。」

登場人物紹介

アレクシス

30歳

無敗の将軍として名を馳せた王の後見人。先王亡き後王として擁立されるも辞退し、軍部を引っ掻き回す奔放な怪傑。

老獪な元帥を筆頭とした、都第一主義を疎み、第一方面軍を独自路線で拡大している。

弱点は酒癖が悪いところ。


元帥

62歳

軍部の最高司令官。本名不詳ながら王家三代で仕える。

都第一主義の第一人者でもあり、術中策謀に於いて並ぶものなしと目される老獪。

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