運命の人
夜はさやかにその帳を開き、日輪は目下この城塞を沈めんとする獣たちの群れを映し出す。
本国に送った救援の書簡も、既に15に登った朝である。
砦の守勢は八百余、糧食はもってあと数日だろうか。
対するは山を越えて侵略をしてきた遊牧騎兵五千と歩兵が二万余。いかに堅牢な城塞であったとしても守りきれる戦力ではなく、包囲陣を突破するだけの力もなく、万が一抜けたとしても背後から騎兵に襲われる。
まさに万事休す。と私は自棄になりながら笑い、また沈痛な面持ちで軍議の席につく。
「かくなる上は虚をつき本陣を陥れましょうぞ。」
「防衛の厳命を仰せ遣われたのに守勢を削るのは愚作でございます。本国からの援軍が来るまで耐えましょう。」
将たちは思うままに意見をぶつけるもまとまらず、今日もまた敵方の寄せ手に必死の抵抗をする。
執務室で独り、絶望に暮れる私に誰かが優しく囁いた。
「貴方に栄光を授けに来ました。私の運命。」
今にも心労で死にそうな私の名前を呼んだのは、美しい亜麻色の髪を携えた、天使のような女性だった。
「やれやれ、勇士は死ぬ前に戦乙女からナンパされるって昔話で読んだが、まさか本当に現れるとはね。」
私は急な来客に戸惑いながらも、見目麗しい女性に余裕ぶって笑いかける。
「私は戦乙女じゃありませんよ。レオ。
運命を司る存在ではあるけれど。私はエリア。貴方に栄光を授けに来た者です。」
死地に訪れたこの女性の目に偽りの気配はなく、この多重の包囲網と城塞の守りを透過して現れたエリアに強い興味を持った。
「こんな勝ち目の無い状況からどうやって栄光を授けてくれるんだ?」
何をしてもどうせ死ぬ。ならばこの天使のような女性に賭けてみてもいいじゃないか。
「人を直接的に殺すとかは無理ですが、一度の戦に1つだけ、前提を覆すくらいなら出来ますよ。人間に直接関わらないものならですがね。」
エリアはそのか細い指で唇を押さえ、いたずらな笑顔を作って見せた。
「一度だけ、前提を覆すねぇ。
それは援軍が早く着くとかは無理なのか?」
無理を承知で私は問う。
「人間の集まりですしね。自然から離れすぎた人間を操るのは難しいのです。」
自己申告の通り、あくまでも人的要素には直接関与しないものしか受け入れられないと彼女は続けた。
それらを勘案し、静かに話をまとめて考える。
彼女の話を信じるわけではないが、この地獄から救ってくれるなら悪魔にすらすがりたいのが本音だ。
「あぁ、そうでした。伝え忘れてました。
援軍なんて待っても来ませんよ。貴方は見捨てられました。」
予想はしていたが、はっきり言われるとやはり、辛いものがあった。
「この城塞を守る事より、生き延びる事に専心しようか。
まず撤退する為の問題を整理するから待ってくれ。」
エリアは嬉しそうにはにかむと、私の隣に歩を寄せてきた。
「まず第一の問題は包囲網を突破できるかだ。
こちらの兵士は疲弊してるし、相手方は本国への退路に厚い陣を敷いている。
第二に追撃の脅威だろう。元々戦で一番被害が出やすいのは撤退するときだと言われているし、相手自慢の騎兵がいるのもやはり恐ろしい。
第三には糧食、次に山賊などの襲撃が挙げられるだろうな。」
ゆっくり問題を口にして整理する。
「逆に優位となるのは砦の存在と土地勘と、あとはこの風土だろうか。」
「彼らはこの風土には慣れてないのですか?」
エリアは幼子の様に質問を投げ掛ける。
「彼らは元々農耕に向かない乾燥地の住民でな。侵略して略奪を繰り返してここまで勢力を拡大してきたんだ。侵略し続ける事で糧を得てきた戦闘民族だからな。
ここら辺は本国からしたら辺境ではあるが、川があり湖があるだけ魅力的に見えるのだろう。」
そう言った私の頭の中で、不意にこの土地の特色が様々な要素と結び付いた。
「1つ、思い付いたことがあるのだが、聞いてもらえるかな?」
エリアは私の問いに耳を傾けると満足そうに頷いた。
日が沈みそうな時分に外の包囲網に目を配り、退路に連なる陣形を脳裏に刻む。
炊き出されている糧食の香りと土の匂いが私の鼻腔をくすぐった。
登場人物紹介
レオ
王国に服従した地方豪族の当主。現在25歳
16の時から軍属であり、23の時に他界した父の代わりに辺境の城塞の指揮官を任されるエリート。
エリアから無償の愛と一度の戦に一つだけ前提を覆す力を授けられる。
エリア
年齢不詳の女性。
レオの絶対的窮地に現れた自称運命を司る存在。
目的や出自は不明だが、レオに対しては従順であり、それ以外の人間には興味を示さない。