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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

~私の唇は私の唇を愛撫する~

作者: 村川葵

「奈穂子、クーラー入れてよ。今日、暑いよ」

「はーい。相変わらず、せっかちね。奈穂子は」

私の名前は、山下奈穂子。銀行員。独身。39歳。独り身ならぬ、二人身。私は、私と暮らしているのだ。つまりは、山下奈穂子という人物がこの世に二人いる。バカな世界だ。私は、私しか愛せない。でも、もうひとりの私、奈穂子は、私、奈穂子には、優しく、美人で頭が良く、少し、せっかち。今日も、私達、奈穂子と奈穂子は、務める、銀行の受付をだらだらと、少し、不機嫌に、愛想だけは良く、上手くこなし、行きつけのガストで、パスタを食べては、この前、買った、ベンツで、帰宅した。

「ねえ、今日のさ、後ろ髪くくった、Tシャツの男。また、私達を口説こうとしてたね」

「うん。あのバカでしょ。でも、なんかさ、かなり有名な写真家らしいよ」

「ふうん。この世界さ、バカが多いから。銀行って」

私は奈穂子にキスをして、バスタブでシャワーを浴びる。私達、来月で40歳だ。このかた、私は奈穂子しか、奈穂子は私しか愛せていない。誰かを愛する余裕なんて、子供の頃から一度もなかった。私は、実母の奈穂子と実母の奈穂子の子に産まれ、奈穂子しか肯定せずに、39年と11か月を生きてきたのだ。特に、私は同性愛というわけではなく、奈穂子しか知らない。ファーストキスの相手も奈穂子。そういうことの初めても何も、奈穂子しか私は知らない。奈穂子と奈穂子の趣味は映画観賞と美術館で絵を観ること。それ以外は、仕事と奈穂子しか知らない。もう、6月か。私と奈穂子は、誕生日である、7月18日を迎えることをほろ苦く、笑う。四十路になる女が二人。

「奈穂子、あがったよ」

「はーい。今日、シャワー、はやいね」

「なんだかねー」

私は、黒いパジャマに着替え、アイスコーヒーを入れて、バスタブへ向かう奈穂子を優しく見つめた。世間は、結婚、結婚。と私と奈穂子に言ってくる。今日も前田係長という、スキンヘッドの嫌われ役にこうも言われた。

『山下くん達は、良いお嫁さんになると思うけどなぁ』

だから、結局。私は、ベッドにもぐりこみ眠った。ああ、疲れる。この銀行という世界に生きる人々。そう、私は私しか愛せないのだ。


お天道様の答えは晴れ。今日も暑い。奈穂子は、まだ、寝ている。私は、青い事務服を二つ、タンスから取り出し、鏡を見て、それに着替える。少しやつれてる。奈穂子が起きて、歯を磨く。私達はファンデーションを塗っては、苦く笑い、車庫へと歩き、愛車に乗った。そう、出勤。

「奈穂子さ、コンビニがあったら、寄ってよ」

「うん」

同じ顔した事務服の女が二人も存在することを、コンビニの喫煙所で煙草をふかす、スーツの男達はどう、思うのであろうか。そんなことを考えていると、奈穂子が店から、レジ袋を二つ、持ち、出てきた。

「ちょっと、大事な話があるの」

「なによ、怖いな。奈穂子。何よ」

「とりあえず、エンジンかけて。奈穂子。今日、会社、さぼろう」

「それはいいけど、何よ、大事な話って」

奈穂子は、私にキスをして、言った。

「私、妊娠したみたい」

「え、なにが」

「だから、奈穂子は奈穂子の子を妊娠したの。どう考えても、私、奈穂子しか知らないし。。」

「え、」

私達、奈穂子と奈穂子は、会社をさぼり、人生で初めて奈穂子とキスを交わした海岸へと走った。私達、と、いうことは奈穂子がもうひとり、増えるってことか。煙草に火を点けた。最後の煙草にしよう。私達に子が宿ったのだから。すると、奈穂子は言った。

「家、買わない」

「家ねぇ。うん。いいよ。どちらがお父さんでどちらがお母さんなの」

「えっ、奈穂子、どういう意味」

「気付かなかったの」

「な、なにを」

「今の言葉、プロポーズなんだけどなぁ」

と奈穂子は私を抱き寄せ、泣き出した。私達が結婚。

「奈穂子。一生、愛すよ」

「うん、ありがとう。奈穂子」

奈穂子と奈穂子は涙に暮れた。私は私しか愛せない。

こんなに私を愛してくれる奈穂子がこの世に存在することに泣けた。

「奈穂子。駅前の村川屋、知ってる」

「うん。知ってるよ。シティホテルの横だよね」

「そうそう。ウェディングドレス、今から、見に行こうよ」

「ウェディングドレスか。いよいよ、私達の夢が叶うね。一生、奈穂子さんを大事にしますよ」

「ありがとう。奈穂子さん。私もよ。奈穂子。愛してるよ、奈穂子。何よりも」

私達、奈穂子と奈穂子は、涙をふき、頬と頬をくっつけ、愛を知った。私は奈穂子と運転を替わり、村川屋へと走った。奈穂子は助手席で、眠ってしまった。




そして、あれから、月日は流れ、赤子の奈穂子が、奈穂子の体から、産まれた。この世に奈穂子が、もう一人、増えるだなんて。私達は母になった。私達、山下奈穂子は産まれてきた、山下奈穂子に愛と快楽を知っていく。


「奈穂子、よく頑張ったね。奈穂子から奈穂子が産まれるなんて」

「うん。奈穂子。私と赤子の奈穂子を抱きしめて。私達、奈穂子が三人よ。奈穂子ちゃん、おっぱいの時間だよ」

「うん。奈穂子お母さん。奈穂子お母さん。おっぱい、美味しい」

奈穂子の母乳を飲む、新しい山下奈穂子。私達は山下奈穂子。三人の奈穂子の唇を三人の山下奈穂子が愛撫する。

私達は山下奈穂子と山下奈穂子と山下奈穂子。

生涯をこの、奈穂子達の生活に捧げることを神に誓う。この世には山下奈穂子という人間が三人、生きているのだから。


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