38、善悪の区別
翌日の早朝。
「んぅー。良い天気だぁ」
集会所の入り口を出たオレは、東から昇る朝日に向かって伸びをした。
本日も快晴、雲ひとつない青空。願わくば街長たちとの交渉も上手くいって欲しいものだ。
「おはようございますレイシュ様」
声をかけてきたのはパァルだった。目のあたりを涙で腫らしているが顔色は良い。昨晩はよく眠れたようだ。
「おはようパァルさん。昨日は無茶させちゃって本当に申し訳なかった」
あらためて謝罪すると、パァルさんは頬を赤らめる。
「いえ、私の方こそ。昨晩はお見苦しいところをお見せしてしまって。オッグさんとテリオさんにはホントになんて言ったらいいか……」
「悪いのはオッグだ、気にするな。テリオの方は……うん、アイツにとっては災難だったな」
パァルが気に病んでいるのは、昨夜の号泣事件のことだ。
あの後テリオは族長を説得するために、なんと自分の命を差し出した。部族の頭脳の行いに、全員は頭を冷やして反省。処刑は保留となった。
頭が切れて、さらに度胸もある。見事な忠臣ぶりだ。
深夜遅くに集会所の外で吐いてるのを見たが、それは黙っておくとしよう。ともかく良くやってくれた。
「私はもう大丈夫ですから、今日は期待してて下さいね」
「あぁ期待してるよ」
「それにしてもオークの方って、みんな良い人でしたね。顔は怖いですけど」
昨日一日を通してだいぶ偏見は薄れたようだ。
「相手を理解しようとするのは良いことだ。だけど--」
「知ってます。物を壊したり人を殺したり、この街で悪いことをした事実は変わらないってことですよね」
「おっ……おう」
なんだコイツ、察しが良いってレベルじゃないぞ。
「ふふっ。昨日テリオさんにも同じようなこと言われました、善悪の区別を簡単にはつけるな。絶えず考えて行動しろって」
パァルは鼻高々。
流石はテリオ。いや、この場合はパァルの順応性の高さがおかしいのか。
「レイシュ様も同じようなことを考えられてるんですね。人間もオークも獣人も、色んな人々のことを考えられるのは素晴らしいと思います」
目を輝かせてパァルは語る。
「そんな高尚なもんじゃないさ。オレの場合は特に……」
「またまたぁ〜」
「謙遜でもなんでもない。オークの文化を学んだのだって、もとは依頼のために必要だっただけだ。騙し討ちするためにな」
パァルの表情が固まる。
気分の良い朝にするべき話でないのは分かっている。そしてオレのことを嫌いになるかもしれない……
それでも今後も一緒に行動するのなら、彼女のためと思うなら、伝えておかなくてはならない。
「えぇっと、嘘ですよね?」
「本当のことさ。オレの時代の冒険者はそのへんのならず者と同じようなもんだった。と、言うより依頼の中には犯罪まがいものもたくさんある。稼ぎも少なくて、選り好みしてる場合じゃなかったんだ。もっとも、今はその辺の事情がどうなってるのかは分からない。金に余裕があればその手の依頼を受ける気もないけどな」
パァルは口に手を当てて考え込む。多少なりともショックを受けていた。
「だからこの街でオークを助けてるのもただの偽善に過ぎない。あとはまぁ、あの街長が気に入らないってのもあるかな」
「なるほど〜。善悪の区別……レイシュ様も全部が全部良い人ってわけじゃないってことですね」
「そういうことさ」
オレはニヤリと、ワザとらしく悪い笑いをする。
「良いオークもいれば悪い人間もいる。さっそく分かった気がします。ありがとうございます」
納得した様子のパァルとは対称的に、オレは何とも言えない渋い顔をした。
うん、知ってた。普通じゃない返しが来るのは知ってた。でも……
「領都でも思ったが、オマエはホント考えなしというか。割り切りが早いヤツだな」
「はぇっ。なんか変なこと言いました?」
「言ってない。むしろ頭パァルな100点満点の答えだ」
「何ですか頭パァルって。バカにしないでください」
腕を組んでツンとそっぽを向く。達観してても、こういう仕草は年相応だな。
「おはようございます。実に良い天気ですな」
誰が起きてきたかと思えばテリオではないか。早速、昨日の功労者を労わなければ。
「おはようテリオ。良かったなぁ、綺麗な朝日を拝めて」
「……まったくですよ。おかげで昨日は眠れませんでしたよ」
一睡も出来てないテリオの表情は暗い。おいおい頼むぜ、頭脳派。オレも頑張るけどよ、オークの未来はオマエに掛かってるんだぞ。
「すいませんテリオさん。私のせいで」
「気に病まないでください。元はと言えば悪いのはオッグ殿ですから」
そんなオッグは本日も終日、警備に当たらせている。鉱山内の見張りなので余計なトラブルも起こらない……はず。
「それはそうとテリオ。昨日の晩に話してた男の話、アレってホントのことなんだろうな?」
「男の話……あぁ、鷹の盾の男のことですか」
そうだ、鷹の盾の男。
昨晩、テリオは気になることを口走っていた。なので騒動の後でそれとなく尋ねてみたのだ。
本人は憔悴していてうろ覚えだが、コレがかなり重要な情報だった。それこそ今日の交渉の行方を左右するほどの。
「本当の話ですよ。その男のせいで我々は仕方なく街を襲撃しなければならなくなったんですから」
やはりか。
「えっ、えっ? 奴隷の人を助けるためじゃなかったんですか?」
パァルの方もイマイチ分かっていない様子。余計な情報を与えてもかえって混乱してしまうので、あえて黙っておくとする。
「まぁ詳しい話はオレに任せてくれ。ともかく朝メシにしよう。なにごとも腹一杯食べてから、だ」
オレは二人の背中を叩いて、集会所の中へと入っていった。




