20、オレが消えたその後で
伯爵家に到着した日の翌朝。
運ばれてきた朝食を済ませたオレたちは、マルシェさんに連れられ伯爵の執務室へと案内された。
「初めまして、そしてようこそニコラシカへ。私が北部領の領主、セルゲイ=アンドロフだ」
部屋の前で出迎えてくれた伯爵は微笑みながら手を差し出してきた。白髪頭に白ひげを伸ばした、人懐っこい老人といった印象。
元軍人と聞いて身構えていたが、肩透かしを食らった気分だ。
「こちらこそ初めまして。冒険者をしているレイシュと申します。こちらはロスオ村から来たパァルです」
「……はじめまして」
握手した手が岩のように硬い。腕の太さや付いた筋肉から、同年代と比べてもかなり鍛えていることが分かる。
「おはようございますお義父様。レイシュさんもパァルさんも、昨夜はよく眠れましたか?」
いつの間のにか、背後にはフェズライアが立っていた。
「ではパァルさん。どうぞこちらに」
軽く挨拶を済ませるとパァルを手招きする。聞いた話では、これからパァルは魔法使いに会いに行くらしい。
「じゃあレイシュ様、また後でですね」
手を振りながら、女性陣3人は廊下の角へと消えていった。
部屋へと入り、対面に座る。
「君の話は昨日のうちに娘から聞かせてもらったが、その後で私の方でも色々調べさせてもらったよ」
調べた? オレについてか?
伯爵の言葉に一瞬耳を疑った。なんせオレは60年前から来た、しがない冒険者だ。知っていることは娘のフェズライアに全て話した。他に情報を得る手段があるとは考えにくい。
「少し驚いた顔をしているね。ともかく一度、そちらの本を見てほしい」
そう言ってテーブルの上の本に目を落とす。黒光りする分厚い辞典、標題には『バレンノ王国 偉人伝』と書かれていた。
ちょっと待て、オレ未来だと偉人扱いなのか?
思わずギョッとしてしまう。が、構わず本を手に手を伸ばす。おもむろに挟まれた栞は、ちょうど『レ』の項目だった。
「これか、レイシュ--バレンノ歴 ???〜726 退魔の若獅子の異名を持つ、冒険者の始祖とも呼べる剣士」
退魔の若獅子はともかく、冒険者の始祖なんて初めて聞いたぞ。いや〜参っちゃうなぁ。
でもおかしくないか。自分で言うのもアレだが、アル中になったオレは晩節汚しまくりだったわけで。とても後年に評価されたとは思えないのだが。
「南部の農村の出身。世界で初めて龍王を討伐した人物とされるが真偽は不明。ガドラント平原(現 冒険都市ガドラント)に巣食っていた黒龍王オルトレグを単独で討伐。輝かしい人生を送るかに思えたが、放蕩生活の末にラバンシュの遺跡で行方不明となる」
だいたい合ってはいるな。ブラックホールに飲まれる=死亡扱いなのは悲しいけどさ。あとガドラントって今は街になってるのか『冒険都市』って名称がいかにも胡散臭いが、今はそれよりも……
「この『冒険者の始祖』って記述……ちょっと誇張しすぎじゃないですか?」
「そうかもしれないが、後の歴史ではそれなりに重要な意味合いがあってね。君の中でも、駆け出しの頃と偉業を成し得た後では冒険者の意味合いがだいぶ変わってきてたんじゃないかな?」
伯爵の言葉には、オレも思う節がある。
そもそもオレが冒険者になったのは人の役に立ちたいとか、名を上げたいとか理由があった訳では無い。龍王なんか夢のまた夢。志しとかとは正反対のものだ。
当時の冒険者と言えば街のゴロツキと同意。オレも例に漏れず、農作業から逃げ出した貧乏農家の三男坊だった。貴族の放蕩息子とか浮浪者とかに、地方の役人が酒場や商人と組んで仕事を斡旋していたに過ぎない。
内容こそは魔物の討伐や行方不明者の捜索など普遍的なものだ。だが当時の冒険者は魔法が使える頭も無ければ、連携を取る余裕も無い。魔物の生態もまだまだ究明されておらず、依頼は常に命がけ。所詮は社会のはみ出し者と見下されていた。
そんな状況も、オレがオルトレグを討伐してから一変する。
金も名誉も手に入れたオレは一躍英雄扱い。冒険者は底辺の掃き溜めから、一攫千金の夢の職業へと様変わりした。
兵士を辞めて転職する者、帝国から来た
魔法使い。優秀な人材が次々と流入し、いっ時は正規の兵士を上回るほどになった。
それまで個人でこなしていた依頼もパーティで受けるのが普通になり、魔物とも戦士や魔法使いで役割を分担をして戦う。
と、ここまでがオレの知る冒険者の変遷だ。
流れが変わったという点では始祖とも呼べるのかも知れない。なんかむず痒くはあるが。
「キミがもたらした変革は素晴らしいものだった。だが皮肉にもそれが戦争を引き起こすことになったんだよ」
「なんだって!?」
そんな馬鹿な。その流れでどうして戦争が起こる?
愕然するオレを諭すように、伯爵は言葉を続ける。
「君の後の代の冒険者たち。彼らは力をつけて増長し、やがて誰もが手をつけられないほどの存在と化した。そう、王国でさえもね」
唇が渇き、ゴクリと喉を鳴らす。オレにとっては衝撃的な事実だった。
「貴族に雇われての暗殺、ダンジョン探索を装った遺跡の盗掘……もちろん君のように悪しき龍王を討伐した者も居るには居たが、それすらもマイナスに働いてしまった。解放された龍脈は、安定すると莫大な魔素と恵みを大地にもたらす。その地を巡り帝国が侵攻してきたのだ。冒険者の混乱に乗じてね。国境を跨いだガドラント平原を主戦場に多くの血が流れた」
「それが15年前の戦争……」
「結果は知っての通り惨敗。ただ、一人の魔法使いがガドラントの龍脈を死守したことにより、王都までは攻め込まれなかったけどね。それでも大きな爪痕を残すことになった。名を馳せた冒険者たちは軒並み戦死。最近は戦後の混乱も落ち着いてきたからまた人口が増えてるみたいだけど、王都の方では君の若い頃みたいな状態のままなんじゃないかな」
そういえばザンシアでは冒険者ギルドらしき建物は無かった。北部の状況は分からないが、まさか冒険者の存在そのものが衰退していたとは。
「うん? 思ったより平気そうだね。もっとショックとか責任感じたりするかと思ってたんだけど」
「子供みたいな反応を期待されてたのならすみません。これでも見た目より20は上ですからね。原因がなんであれ、驕った者がどうなるのかは身を以て知ってますんで」
ともあれ、今の世界情勢は概ね理解できた。伯爵も辞典の情報と娘の話を吟味して、オレのことを信じてくれたようでなによりだ。
「ハハハッ、これは失礼した。ブラックホールの影響で若返ってたんだっけね」
「いえ。それよりもオレの今後について伺いたいのですが」
「そうだねぇ。なんせ君は龍王を倒した功労者だ。何かしたいこととかはあるかな?」
「しばらくは冒険者として旅をしつつ、故郷を目指したいと考えております」
「故郷……つまり南か」
「恥ずかしながら、村を出てから一度も顔を出さなかったもので。知り合いはもう居ないと思いますが、せめて一目見ようと」
なるほど。と、伯爵はヒゲを撫でる。
「それならば領内の自由と王国中部までの旅費を提供するのは如何だろうか?」
「ホントですか!?」
願ったりかなったりとはまさにこのこと。資金面での心配は無くなるし、身分を保証してもらえれば仕事も見つけ易くなる。
だが同時に、美味しい話には裏があるのもよく聞くわけで……
「ただし、一つ条件がある」
伯爵はピンと指を立てた。
「それは我が領都の精鋭。すなわち衛士長に勝つことだ」




