1、アル中冒険者の末路
魔物を統べる龍王の中でも、最強と呼ばれる黒龍王 オルトレグ。大陸中央の平原を支配し災厄と呼ばれたソイツは、たった一人の冒険者の前に敗れ去った。
その冒険者の名はレイシュ。つまりオレのことだ。
返り血によって魔法無効化の身体を手に入れ、ついた二つ名は『退魔の若獅子』。
逆鱗より鍛造した黒龍剣を携え、最強の冒険者として生きた伝説となった。
あれから20年……なぜオレが荷物持ちに落ちぶれてしまったのか。その理由はたったひとつーー
出会っちまったんだ、酒に。
あれは確か黒龍王を倒して一月後、成人を迎えたくらいだったか。その日は依頼を終えて後、仲間うちで勝利の宴を催すことになっていた。
なぜ大人たちが顔を赤くして楽しそうにしているのか?
ガキの頃から不思議に感じていたが、その理由がハッキリと分かった。フワフワと気分が良くなり、オレを讃える歓声が一際大きく聞こえるのを感じた。
その瞬間からオレの転落がはじまった。
日課にしていた鍛錬を辞め、依頼も気が向いた時だけこなすようになった。
あとは連日酒場に通う生活。それでも今までの活躍があったから、ギルドの仲間たちは快く付き合ってくれた。
数年が過ぎて、資金が底を尽きる頃。大勢居た仲間は、潮が引くかのごとくオレの前から姿を消した。
コトの重大さに気づいたオレは急いでギルドに駆け込んだ。しかし依頼を受けられない。
剣の腕は錆つき、ダンジョンにたどり着くだけで息はゼーゼー。自慢の赤髪も抜け落ちて、腹の贅肉だけが立派になったオレに居場所は無かった。
今の荷物持ちの仕事だって、昔馴染みのギルドマスターに泣きついて、お情けでパーティに入れてもらっただけだ。
若いメンバーは当然、昔のオレなんか知りもしない。彼らにとっての『退魔の若獅子』は『怠慢の馬鹿爺』であり、路地裏で酒瓶握って眠る、小汚いオッサンと大差なかった。
若造の顔色伺って、泥だらけで走り回る毎日。そんな中で頑張るなんざ、酒が無けりゃ、やっていけねぇ。
稼いだ金も溜まったツケへと消えていくだけ。何も変わらない、ズルズル生きながらえてるだけの日々。
魔法無効化の肉体も、アルコールの魔力には敵わなかったってワケだ。ハハハ……
足がブルブルと震えだす。酒が切れた影響かと思ったが、続いて扉の奥から歓声が聞こえてきた。
どうやらボスを倒したらしい。今の震えはゴーレムの身体が倒壊するときの振動だったようだ。それに合わせて鋼鉄の扉も、重く引きずるような音を立てて開き始める。
オレは急いで空き瓶をポーチに戻すと、荷物を背負って立ち上がった。サッサと行かないとドヤされちまうからだ。
慌てて奥の広間に入ると、メンバー全員が一斉にオレの方へと駆け出してきた。
オイオイオイ! 戦闘に参加しなかったとはいえ、役立たずなのは周知の事実だろ。よってたかって苦戦した憂さ晴らしかよ。
思わず頭を抱えてその場でうずくまる。だが、いつまで経っても蹴りも拳も飛んでは来なかった。
不思議に思って目を開けると、仲間の姿は何処にもない。代わりにバラバラになったゴーレムの死体が視界に入った。胸の魔石がぼんやりと赤く点滅している。
「なんだ、アレ?」
ぼんやりと眺めていると、点滅中の石から声が聞こえてきた。
『対侵入者用 時空歪曲魔法発動まで……5……4……3……
「えっ? ちょ?」
なんか今物騒なこと言わなかった?
オレも仲間と同様に、回れ右をして急いで走り出す。しかし悲しいことに、歳と鈍りに完全敗北した肉体は、咄嗟の判断に対応出来なかった。
『1……0』
カウントが終わった瞬間、オレの身体は宙を舞った。返り血を浴びた身体でも、時空そのものに干渉する魔法では抗うことは出来ない。
振り向くと、最奥の間には真っ黒な球体が浮かんでいた。ゴーレムの死体をはじめ、周囲の岩や土、ダンジョンの外壁を飲み込みながらドンドンと大きくなっていく。
「マジかよ」
口をついて出た呟きごと、オレ自身も渦へと吸い込まれていく。
せめて酒にさえ出会わなければ。
脳裏に浮かんだ後悔は、すぐに黒で埋め尽くされてしまった。