12、宿屋での出会い
へんぴな街の宿屋にしては、まぁ悪くない造りだな。天井の壁紙のシミは少し気になるが。
オレはベッドに横になりながら、特にすることも無くボーっと過ごしている。
「バレンノ暦 786年……か」
今現在の年号を口に出してみる。ダメだ、なんの実感もわかない。
ホントにここが60年後の世界だなんて。
宿屋に入っておじさんの名前を出したところ、受付の人はすんなり部屋へ案内してくれた。その際、それとなく年号を尋ねたら返ってきた答えが786年だったのだ。
飛ばされた先が訪れたことのない場所、そして普通に言葉が通じていたから時間に関して全く気がつかなかった。
「レイシュ様。何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
ベッドに腰をかけながらパァルが尋ねてきた。彼女も横になっていたはずだが、身体を起こしたということはそれなりに疲れが取れたようだ。
おじさんの取った部屋はベッドが3つ置かれた、宿屋でもそれなりに大きな部屋だった。しばらくはこの辺りを中心に活動するつもりだったのだろう。
年頃の少女のためにも部屋を別に取るのがマナーだろう。あいにくオレの所持金のみ。
同室なのを嫌がる素振りも無いし、放っておくとするか。
「パァルさんは、あの村から出たことは無かったんだよな。他の街のことは、おじさんや村の人からは何か聞いてなかった?」
「そうですねぇ。南は暖かくて、人がいっぱい居て、王様も居るってことぐらいしか……すいません。子供の頃から魔法の練習ばかりだったもので」
「ああ、いや、別に謝らなくていいから」
ロスオ村は閉鎖的な集落だ。仮に迎え入れられていたとしても、外の情報はほとんど入ってこなかっただろう。
ここは追い出されて良かったとポジティブに考えるとする。
「でも、いざ村の外に出るとビックリすることばかりですよね。オオカミやトロールが飛び出してきたり」
「……そうだな」
凶暴化した魔物と出くわす機会は、ここ以外では無いと思うが。
「この街に来てからも、ずっと胸がドキドキしっぱなしです」
「まぁしばらくは緊張はするだろう。おじさんが来るまでノンビリしてろ」
「この後、街を守ってた人と話し合いがあるんですよね。私たちのこと、今度は信じてもらえるでしょうか」
「なんとかなるだろ。悪いことはしてないんだし」
そうは言ったが、パァルの気持ちが分からないでも無い。
龍王を倒した事実を正直に話したとして、果たして受け入れてもらえるか。迫害を受けたロスオ村の二の舞は避けたいところだ。
領都がどんなところかは知らないが、山の警戒のために兵士を送ってきたのだ。
ということは、龍脈について日頃から監視していたのだろう。ならば魔法や龍王についても、それなりの知識がある者がいると考えられる。
過去から来たオレの素性も含めて、正直に全部打ち明けても良いかもしれない。
ぐー。
間の抜けた音が部屋に響いた。パァルを見るとお腹に手を当て、顔を赤らめている。
「飯でも食いに行くか」
オレは身体を起こした。
ココの一階部分が酒場になっているのは、部屋に入る時に確認してある。おかみさんに言えば何か出してくれるだろう。
「部屋で待ってなくて大丈夫ですかね」
「行き違いになることも無いだろうし、大丈夫だろ」
実を言うと、オレも腹が減って仕方がなかった。
なんせこの3日間はロクなモノを口に入れていないのだ。平気そうな顔をしているのは、パァルの手前、余裕ぶっているだけに過ぎない。
明け方に村を追い出され、今が大体お昼を過ぎたくらい。魔物との死闘を経てオレの空腹は限界を迎えようとしていた。
時間が時間なので、下の酒場はそれなりに盛況だった。空いている席を探すのに苦労するかと思われたが、問題はそれだけでは無い。
「ウッ……なんですか、この臭い」
パァルは顔をしかめて、両手で鼻を覆った。
客の何人かが真昼間から酒を煽っていた。まったく、なんて羨ましい。
「おいおいおい、衛士だか何だか知らんが、こっちは一体どんだけ待たされるんだよ」
「魔物が出るから街から出るなってよぉ、危険なのは承知の上じゃい!」
「これじゃ積荷が腐るっつーのっ」
取り分け、中央の卓で騒いでいる連中はおじさん同様に旅商人らしい。足止めを食らって大層御立腹な様子。
パァルのためにも端の席を取りたかったが、運の悪いことに彼らの近くのカウンターしか空いていなかった。
「……レイシュ様も飲みたいんですか、お酒?」
「へあっ!?」
席に着くや、ジト目でパァルが睨んでくる。そんなに物欲しそうな顔をしてたのかオレ?
「そっそそそそんなわけないじゃないか。酒は魔物より怖い。関わりたくもないよ」
「でもカバンの中に瓶が入ってたじゃないですか」
意外と鋭いなコイツ。だがオレは嘘はついてない。
せっかく全盛期の頃に若返ったんだ。だったら見えてる罠は避けるに決まっている。酒が原因で落ちぶれるなんて二度とごめんだ。
「オイッ! 頼んだ酒、まだこねぇのか!?」
背中から怒鳴り声が飛んでくる。先程の商人連中の卓からだった。
「申し訳ございませんっ、少々お待ち下さい」
「なんだとぉ〜」
座っていた男の一人が、謝罪した女性店員の手を捻り上げた。
「テメェまでオレたちを待たせるつもりか! アァン!?」
「いえ、そのような……」
今はちょうど昼飯時、注文が遅くなるのは仕方がない。上手く捌いている店員は良くやっている。
それに比べて商人どもの態度は酷いものだ。足止めの苛立ちには共感するが、飲酒の上に暴力とはいただけない。
「辞めるんだ」
気がついたら、オレは店員を脅す男の手首を掴んでいた。
酒場にいた全員の視線がオレへと注がれる。
「なんだお前。正義の味方気取りか?」
「その通りだ」
「じゃあ俺たちは悪者ってわけだな。ちょうどいいムシャクシャし--」
「勘違いするな。オレはオマエたちの味方だ」
「は?」
男たちがキョトンとした顔をする。オレは構わずに話を続けた。
「オマエたちは酒に呑まれている。オレには分かる。目を覚ませ、それは悪魔の水だ。ジョッキを離せ、今すぐ!」
「なっなんだコイツ?」
「うるせぇ!」
飛んできた拳を手の甲で軽くいなす。狭い卓だ。軌道が逸れた一撃は別の商人の腹へと命中した。ぐうと呻きを漏らしてその場に崩れ落ちる。
「この野郎!」
「テメェ、よくも!」
それが引き金となり、仲間の男たちが一斉に攻撃を仕掛ける。自制のきかない力ほど御しやすいものは無い。
軽く足払いをかけると、もつれながら3人は倒れた。その拍子で卓の上にあったものを頭から被ってしまう。
憐れなものだ。
商人たちはいずれも年若く、ガタイも良い。おじさん同様に行商をしているのなら、魔物を退ける度胸も持ち合わせているだろう。
それがこのザマである。本当にアルコールというものは人をダメにしてしまう。恐ろしいという他ない。
「何ごとだ、コレは!?」
騒ぎを聞きつけたのか、入り口から青い軍服に身を包んだ男が声を上げた。同じ格好のヤツが他にも数人いたが、一人だけ毛皮のコートを着て--よく見たらおじさんだった。
「騒ぎの原因はお前か?」
声を上げた軍服が、ツカツカとオレに歩み寄ってくる。コイツがリーダーか。
おじさんや他の兵士と比べても、縦幅も横幅も桁が違う。どちらかと言えば、昼前にやりあったトロールに近い体型。顔もどことなく似ている。怖い。
「いや、オレは……」
さしものオレも、突然のトロール襲来には面食らう。
すると、店の端から。
「それは違うわ、シェンコ」
透き通るような美しい声と共に、一人の女性が現れた。トロールの前に立ちはだかると、臆することなく切れ長の目で見上げる。
「彼は迷惑な客の対処をしたまでよ」
「左様でしたか、お嬢」
シェンコと呼ばれたトロールは、背中を丸めて一歩下がる。
「こちらで食事を取られていたのですね」
「ええ。詰め所の中ばかりでは息が詰まりますし、民の生活を知るのも勉強でしょう」
なんだこの娘。見た目は17、8くらいだが、トロールが急に大人しくなったぞ。魔物使いみたいだな。
オレが好奇の目を向けていると、少女は振り返って笑いかけてきた。少しキツい印象だが、とても整った人形のような顔立ちをしている。
「部下がお騒がせしました」
「えっ部下? このトロールが?
というか、キミは?」
「自己紹介をさせていただきますね」
そう言って深々と頭を下げた。長い二つ結びの金髪が、サラサラと揺れる。
「私はフェズライア=アンドロフ。北方の領主、セルゲイ=アンドロフの一人娘でございます」




