0、オレは最強の冒険者
「おい、レイシュ。射線に立つな、危ねぇぞ!」
「え?」
振り向く間も無く、オレの身体はスケルトンもろとも爆炎に包まれた。ダンジョンの天井にまで火が伸びる。
後衛の魔法使いが放ったのは、炎の攻撃魔法エクスプロード。その威力は強烈で骨は一瞬で灰へと還っていった。
「ゴフッグフッ……ヘヘッすいませんね」
残った煙を手で払いながら、オレは涙目で頭を下げる。
魔法使いは苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるように言った。
「アレ喰らって無傷かよ。ったく、気持ち悪りぃ馬鹿爺だぜ」
いくら魔法が効かないとは言え、煙を吸えば息苦しい。
しかもコイツはワザと攻撃しやがった。つい数分前「チンタラ歩いてんじゃねぇ」と尻を蹴って先に行かせたのはどこのどいつだ。
直接文句を言いたいが、今のオレは下っ端荷物持ち。他のメンバーに対しても、気を使わなければクビになっちまう。
トホホ……
土壁が続く一本道をしばらく進む。すると突然、通路全体を覆うような鋼鉄製の大扉が現れた。
どうやらここが終点、お宝やボスが待ち受ける最奥の間らしい。
「よっこらせ」
扉の前で作戦会議を始めたメンバーを尻目に、オレは荷物を置くと壁を背にして腰掛けた。
石畳の床は氷のように冷たくて、蹴られた尻に容赦なく追い打ちを仕掛けてくる。ふくらはぎもパンパンで、膝頭もビキビキして痛い。
おかしい。健康のために、毎日のブランデーの数を10本から8本に減らしたはずなのだが、効果はイマイチのようだ。
オレが脚をさすっていると、仲間たちが扉を押し開け始めた。どうやら準備が整ったらしい。重鎧を装備した者から順に、中へと突入していく。
最後の魔法使いがボスの元へと向かうと、扉はひとりでに口を閉じた。冒険者と守護者どちらかが力尽きるまで戦いは終わらないというワケだ。
オレは扉の隙間から中を覗き見る。
「ボスはゴーレムタイプか」
大の男3人分はある巨体に、岩石の頑強さを兼ね備えた強敵だ。
身体の至る所からぼんやりした光が漏れている。恐らく通常のゴーレムとは違い、肉体が魔石で出来ているのだろう。ならば単純なパワー以外にも気をつけた方が良いかもしれない。
まぁ6人も居ればまず負けることは無いだろう。
オレは共有アイテムの入ったバックパックとは別に、腰のポーチからお気に入りの果実酒が入った小瓶を取り出す。戦闘をしている仲間を肴に、一人酒を楽しむのだ。
スカッとした酸味が、ダンジョンの陰気臭ささを吹き飛ばすかのように心地よい。時折炸裂する攻撃魔法の光も、オレの目を楽しませてくれていた。
「あーあー、何やってんだか。最近の若いモンはダメだね。昔のオレなら瞬殺だよ」
ゴーレムは両腕を振り回し、襲い来る剣撃や魔法を弾き返している。
「あーあーダメだねぇ。全然ダメ。オレなら一人でも余裕なんだけどなぁ」
2本目の瓶を開けながら、腰に差した剣の柄に手を置く。この黒龍剣の斬れ味ならば、ゴーレムの石の身体でも豚を捌くのと変わらないだろう。
もっともブヨブヨに弛んだ腹に邪魔されず、素早く引き抜ければの話だが。
あれ、なんだか視界がボヤけてきたな。いけねぇ、歳のせいか最近は涙腺が弱くて困る。手の甲で目を擦ると、涙と一緒にヌメッた感触も伝わってきた。しかもなんか臭う。
オレは最強の冒険者レイシュ。いや、違うな。
今のオレは、ただの飲んだくれだ……