レベル83 擬態者 《ギアボロス》
『あの夜の密談、聞こえていらっしゃっていたのですか。それは気づきませんでしたよ。』
神殿に続く一本橋に立ちふさがっていたのは、何とも信じがたいあの役人だ。常人でこの死の島に行きつくのは不可能に近い。辺りの海は激しく荒れる強力モンスターしかいないこの環境で、アリナが使った移動魔法『トレイフ』でない限り立ち入ることなど出来はしない。アリナの場合は特殊だったものの、移動魔法が発動する条件として『一度その場所に言ったことがあること』が欠かせないはず、つまり以前にも一度この場所に来ていなければいけない。
どちらにせよ、エクスタシア王国の一役人が立ち入れる場所ではないのだ。
「なぜここにいる・・・!?」
動揺を隠せないのも当然である、しかし真実は意外にも簡単なことである。
レイは目の前の者を『エクスタシア王国の役人の一人』として見ているが、果たしてそうだろうか?
常人では立ち入ることなどまず出来ない死の島でレイたちを待ち受け、さらにはなぜか5人の行く手を阻んでいる。さらに言えば、役人の視線は遭遇した時からずっとある一点へと向けられているのだ。
この役人は、『悪魔』である ―――
「・・・何か御用かしら。さっきから私の事ばっか見てるみたいだけど。」
『・・・いえ、あなたからは本当にあのお方の雰囲気しか感じられないのでね。実のところ、かなり興味があるのですよ。』
「そんな変質者みたいな目で見てくる人は許容範囲外なの、ごめんなさいね。」
『フフフッ、まさかここでフラれてしまうとは・・・あなたは現在我々のターゲットになっているのですがね。』
言われてみれば先程から役人の目線は芽衣一つにしか行っていない、他の4人のうち誰かに目線が向けられたことなんて最初のレイとの会話くらいしかないのだから。
役人は芽衣を“ターゲット”と言っていた。待ち受けていたことも考えれば、役人はこの場所で芽衣を連れ去る気だろう。
しかしそう考えると、今までの事全てが説明できるのだ。まず目の前の役人悪魔がエクスタシアの役人に成りすまして潜入していたことについて。ターゲットである芽衣の動向を常に観察できる位置だからだ。そこで気づく、芽衣には4人の仲間がいる。しかもその4人はつい先日に国を救ったヒーローと来た。
なら次はどうするだろう、役人悪魔は考えた。そこで行きつく考え、それは『4人を排除する』こと。
4人が悪魔を連れているなんて噂を流せば4人の立場は一転、異端者と扱われ罰せられる可能性も出て来る。芽衣と4人を『悪魔』と『罪人』に切り離すことが出来る。
レイはそうなる前に城を脱出したが、結局は時間延ばしをしただけとなる。理由は簡単、悪魔を連れていると上に報告すればいいだけだから。
しかしレイが聞いていた時、あの時役人悪魔が話をした相手はその報告をためらっていたはずだ。さらにエクスタシア王国からシェリアスへ、早朝にたどり着くには馬車で半日ほどの時間がかかる。つまり城を夕方に出なければ早朝につけないはずなのだ。
『・・・どうやらまだ分かっていないようですね、そこの冒険者。』
ふと役人がレイに視線をずらす。
“やっとこっちを向いてくれた”、そんなことは思っていない。いや、思えないだろ普通。
「・・・あぁその通りだ。シェリアスを早朝で行けた理由はなんだ?俺が聞いていた時は真夜中だ、例えその時間から出発したとしても早朝には絶対に着けない。一人ならまだしもあれほどの軍隊を連れてこられるなんておかしいだろ?」
確かにそのとおりである。移動魔法だとしても、あれほどの大群を飛ばせるほどの効力をこれは持っていない。
『・・・フフッ』
ふと役人は笑い出した。
「・・・何がおかしいんだ。教えてもらおうか?」
『フフッ・・いや失礼しました。・・しかしその理由、あなたはお分かりなのではないですか、ねぇ?』
そういう役人の目線は、いつの間にか芽衣に戻されていた。ということは、芽衣はその理由を知っているということと同義だ。
なぜだ?なぜ芽衣さんは知っているって言えるんだ?
「分かるのか・・・!?」
そんなレイに、芽衣はこう答えた。
「コイツはギアボロス、もう一人の私が作った『四皇魔』の一人。」
「え、“よんこうま”?」
『四皇魔』 ―――
もう一人の松嶋芽衣、つまり『魔物のシル・ガイア』が創造した4体の幹部悪魔の総称である。一つをペーディオ・一つをディモーネ・一つをザンギウス・そして最後のギアボロス、この4体は共にシル・ガイアによって生み出された最悪モンスターである。
さらに目の前のギアボロス、変装や分身を得意とする性質があるらしい。
なぜこのような事を芽衣が知っているのだろうか?それは芽衣のもう半身が『魔物のシル・ガイア』、四皇魔の創造主だからだ。
「そう、コイツは国の役人に変装させた自分の分身を各地に散らばらさせて、常に私をとらえられるようにしていたの。」
理由を簡単に説明すると、『あの時の早朝にいたあの役人は、ギアボロスが作った分身の一つだったから』である。
『・・・さて、ようやく事も理解したみたいですね。そろそろ本題に移りましょうか。』
「「「「「ッ!」」」」」
レイの推測が正しければ、この後ギアボロスは芽衣をさらうはずだ。目的は芽衣ただ一人、エクスタシア城では芽衣というターゲットを直接狙うのではなくその周り、つまりレイたちを陥れる策を執行していた。
ならばこの後ギアボロスは何をしてくるであろうか?
――― 答え、『4人を片付ける』である。
「ッ!!『星爆花』ッ!」
瞬時に爆光のスペルを発射、ギアボロスの正面で大きく弾けて大爆発。
「スキル発動!」
『スキル2;「ルート」を発動します。』
こちらもまた瞬時に発動、敵の大まかなステータスに属性、そして弱点などを簡単に把握したい。
が、出て来るはずのそれらの項目欄は、未だに真っ白のまま。
「ッ!?どういうことだ!?」
『弱点など簡単に教えるわけないではないですか・・・そこまで低能だ思ってもらっては困りますよ。』
「!?なんでてめぇ俺のスキル知ってんだ!?」
と言い終わった瞬間、レイの頭にこんな発想が駆け巡る。
芽衣はギアボロスの正体を知っていた、それは自分のもう半身がギアボロスの創造主であったから。つまり芽衣は『魔物のシル・ガイア』側の情報をある程度把握していることになる。
だとしたらその逆も言える。芽衣が認知していることはあちらにもある程度認知できる。その『ある程度』には、レイのスキル『ルート』についても入っているかもしれない。
その発想は、実に的を射抜いていた。
「(ッ!・・そんなの避けようがねぇじゃねえか!!)」
『・・・ではまず先に、ターゲットのあなたには静かにしてもらいましょうかね。』
「何するつもり・・・!!?」
ギアボロス、両目から突如怪光を芽衣へ放ち出す。
以前デュラーデがレイに放った『吸魔の光』、芽衣の意識が尋常でないスピードで遠のいてく。
「」フラッ・・
バタンッ・・・
「芽衣さんッ!!・・・ヤバいッ・・!!!」
「行きます!『シラゼド』!」
光を静めた直後にアリナは氷結魔法を唱える、巨大な氷の刃たちが一斉にギアボロスへ降り注がれる。
『・・・あなたのその呪文も攻略済みです。』
「えッ!??」
次の瞬間ギアボロス、右手から巨大な振動波を放った。
!!!!!!!!!
「ッ!!」
アリナの発動した氷結結晶は瞬時に砕け散り、アリナの魔法はすぐに効力を失うことになる。
しかしそれだけでは終わらない、巨大な振動波はそのまま4人へと降り注がれた。
「くッ!」
「わッ!」
「うそッ・・!」
「ッッ!!」
『・・・さて、次はあなたですね。弓矢使いの蒼騎士さん?』
「(やべぇッ・・・!!)」
「わたしッ!?」
ギアボロス、今度はシェリーに向けた手に闇のスペルを発動する。
『今の攻撃であなたたちの体力は大分減りましたね。次の一手でさらに追い込むとしましょうかね。』
ギアボロスが召喚した闇のスペル、その正体は個体の体力・活力を大きく蹴り落とす『衰退の闇』である。
シェリーの攻撃が最も左右される要素、それは戦闘中のテンションである。シェリーはテンションによる影響がパーティー内で最も大きい。
ギアボロスはその事実を認知した上で闇スペルを発動している。
もしこの攻撃がギアボロスの思い通りになったのなら、レイはパーティー不可欠の核弾頭を失うことになる。戦闘が大きく不利になってしまう・・・いや、もうピンチに陥ってしまう。
「くッ!・・」
しかし、もう遅かった。
『「脱闇」』
アリナの呪文は完全に見切られ、シェリーの行動範囲を極限まで削っていってしまった。
「クソッ!みお姉回復をッ!!・・・」
ヒーラーのミオンに回復を頼もうとしたが、忘れていた。ミオンのレベルは、司祭レベル7であることを。
明らかな実力不足範囲である、ミオンは今地べたに転げて瀕死状態もいいトコだ。
「マジかッ・・!!」
『・・さて、残りはあなたですね。レイ=ベルディアさん?』
「ッ・・俺一人でやってやるぜぇ・・!!」
『・・・その反骨心、非常に厄介ですね。その活力も折っておきましょうか。』
「ㇷッ、俺のやる気はそんなにヤワじゃねぇんだよ・・!!!」
『さぁて、どうでしょうか・・・?』
ギアボロスは自分の正面にとある魔力を召喚、段々と凝固を繰り返して手程のサイズまで圧縮された。
『あなたは“古代魔法”をご存知ですか?』
「なにぃ・・!?」
『古の賢者が発明したとされる“古代魔法”、これは4つあると言われる古代魔法の4つ目の魔法です。』
「お前が、唱える・・・だと・・・!?」
ギアボロスが唱えるこの古代魔法、それは松嶋芽衣が二分裂した時に与えられた能力の一つである。魔物のシル・ガイアが授かったチートまがいの能力、事物探知魔法『アーケノン』ではないもう一つの能力、それがこの魔法である。
その名は、
『 「パウザーリ」 』
生命体の活力を支える精神力、それを無条件で粉砕する魔法。
『死の魔法』パウザーリを前に、レイは抵抗することなど出来はしない。
「・・・」
『フフフ、どうやら言葉も発せないほどまで活力を失ったようですね。ご感想はいかがですか?』
「・・・」
『・・ですよね、何も言えませんよね。では今度はあなたも静かにしてもらいましょうかね。』
「・・・ク、ソ・・・・が・・・」
次の瞬間、ギアボロスの両目が怪しく光り出した。芽衣が喰らった『吸魔の光』。
レイの意識はまるであの時のように、とてつもない速さで遠のいていく。
瞼がとても重い 思考が全然回らない
・・・立てない
『・・・・・さようなら、無力な獣騎士さん。』
――― レイは、その場に倒れた。
次回投稿日;7月7日