レベル82 刻章 《デッドライン》
「ん?何かあそこにあるよ。」
そう言ってシェリーの指が差す方には、何かに埋もれているような具合の石像が一つ。というよりも埋もれているせいでその石像の左手しか見えないが、それでも石像だなと確認できるほどには姿を見せている。暗くて良く見えないが、近くまで寄って見てみると分かる感じだ。
4人はこの左手の石像に少しの興味しか抱かない。しかしある一人にとってこの左手は、
恐怖そのものを湧き立たせる衝撃的なものであった ―――
「これッ・・・私の左手にそっくりなんだけどッ・・!!??」
そんな震え声に4人は発生源の方を一斉に向く。しかしその発生源は、声だけでなく身体も震わせていたのだ。
自分にとって理解を超えた事実が目の前に現れた時、人はこのように恐怖する。理解できないこと、分からないことはひどく怖いものであるからだ。そして身体が原因不明の発作反応を起こして激しい動悸を起こす。
――― 今の芽衣のように
「ハァハァハァハァ・・・!!??ハァハァ・・!!」
「急にどうした!?みお姉すぐに回復魔法ッ!」
「うんッ」
強く胸を押さえて過呼吸状態に陥った芽衣、まるでシェリアスにいたあの朝のように。
芽衣は胸を強く抑えて、ついにはその場に倒れ込む。
「ッ!?おいこれ大丈夫なのか!?かなりやべぇんじゃね!?」
「今回復魔法で回復させてるのになんで・・!?」
パーティー一同、芽衣の異常な体調にかなり当惑。ミオンが芽衣に回復魔法を唱え続けているが、それでも芽衣の容態は落ち着いてくれない。
「!!・・・ッ!?なんですかこれッ!?」
アリナが指をさす芽衣の胸元が、突如深紫の染みが浮かび上がってくるのだ。一体なぜだろうか。
「何だこれッ・・・!?」
「ハァハァハァハァハァ・・!!!」
深紫の染みが濃くなってくるほどに、芽衣の容態はさらに悪化していく。
呪いの一種とは異なる、芽衣の今のこの症状。
皆はこんな現象をご存知だろうか?
双方共生の身で、その一方が何等かの理由で状態異常になってしまった時、そのもう一方も行動が制限されてしまうといういわば“連帯責任”主義が備わった現象である。
こうなってしまうと元から異常を起こした一方だけでなく、感染した身のもう一方も治す必要が出て来るのだ。
『松嶋芽衣』という本来一つだった個体は、一人では抱えきれないほどの憎悪感を有していて転生時に危険性が高まるという考えの元、二つに分離してそれぞれをこの世界に転生させた。
しかしその分離の作業の際、神さまっぽいその存在はこのような施しを行った。
それはお互いが視覚的、または聴覚的認識をできない距離にいる場合でも他方の状態や危険を察知できるように、二人の身体にセンサーのような紋章を刻むというもの。その名こそ教わっていないが、そのようなことを施したことは伝えられている“二人の”芽衣。
芽衣のもう一方の身が悪魔の意識に極限以上も侵食され始めたことで、もう一方に危険信号を送るためにその紋章が発動する。さらに悪魔に過剰侵食された際に漂う“残り香”なるものが、感染という定義でもう一方の身にまで付いてしまったのだ。
『刻章』 ―――
それは自分の半身に迫りくる危険を察知し、それを自分に伝えるための紋章である。
『悪魔の残り香』 ―――
芽衣の半身が悪魔に過剰浸食を始めたことでその半身だけでは抑えられなくなったのだろう、こちらにまでその“残り香”なるものが付いてしまったのである。
そして、
『左手だけの石像』 ―――
それは、もう半身の芽衣の“人間”要素がまだ残っていることを示す指標である。
もしこの左手までも覆いかぶさってしまえば、芽衣の半身が“人間”に戻ることは二度とない。
そんなものがあるこの遺跡、本当の名をここに示そう。
――― 転生の間 ―――
もう半身の芽衣が、ここで転生を果たした場所である。
レイが最初に池の畔で会った時の『松嶋芽衣』は、決してあの付近で転生を行ったわけではなかったのだ。
しかも発作でうなだれる芽衣はこの症状から、もう半身に起こった異常事態を察知している。この刻章はそれが目的のものだ。
どこの図書館、またはほかのどの地域の住人にも『刻章』が分からないと言ったのは、それが『転生』という作業を経て、かつ二半身が一つの世界に存在する者にしにか関係しないものであるからだ。元々この世界の生まれなら、『転生』という過程は絶対に踏み得ない。
この事実から言える事、『もう半身が、完全な悪魔に豹変しようとしている』。
もっと言えば、
――― 『もうすぐ、“世界のシル・ガイア”が召喚される』 ―――
「ッ・・!!」
深紫に染まる胸を手で押さえながら、芽衣は身体を起こして出口の方へ。
「どッどうしたんだ!?容態は大丈夫なのか!?」
胸の激痛に耐えているのか、出口へ歩き出す芽衣の身体はガクガクと震え、歩く足取りもおぼつかない。
「芽衣さん大丈夫!?凄くよろけてるよッ!?」
回復魔法を唱えるミオン、再び歩き出す芽衣の容態を『回復した』とは到底思えない。
「だ、大丈夫だよッ・・・あ、あとベルディアくん・・・」
「!!なんだ?」
「ベルディアくん、が言ってた・・・“刻章”の意味、やっと分かったよ・・・!!」ハァハァ
激しい吐息に混じって発せられた芽衣の言葉は、言葉間が途切れていても通じている。
レイは“刻章”の意味について、芽衣とアリナにそれを尋ねた。アリナは『似たようなものは覚えがあるが、これに関しては知らない』と言い、芽衣は『全く分からない』と言った。
しかし芽衣は、あの時レイが言った『これは芽衣さんにしかないものだ。』という台詞でこれだと断定した。
さらにこの先、自分は何をしたら良いか?・・・芽衣はそれも分かっている。だからレイにこう伝えた。
「今すぐ『シル・ガイア神殿』に行かなきゃッ・・!!!世界が、滅んじゃうッ・・!!!」
「「「「!?」」」」
「な、なんで急にそんなこと・・・!!!」
芽衣に事情説明を求めるが、今の容態では話すだけでダメージがかかりそうで危ない。レイはスキル『ルート』で芽衣が掲げる指標を読み取り、それを解析する。
「これはヤベぇぞ・・!!おいアリナ、シル・ガイア神殿ってどこにあるんだ!?」
「えッわ、私に聞きますかッ!?そんなの分かりませんよ!?」
「私が、分かるから・・・みんなお願いッ、ついてきて・・・!!」
また蒼天の塔の洞窟の時のように、もう半身と何か交信などをしたりするのだろうか。芽衣はその後、レイに人数分のエスケイプロープを用意してと言い、アリナには脱出した時にすぐ移動できるように移動魔法『トレイフ』の詠唱準備を指示する。
「・・・よし出来たぞ!後はコイツを発動してここから脱出するだけだ!」
「じゃあお願い・・!」
「道具効果『エスケイプ』発動!」
一瞬で5人は遺跡の入口へ脱出、今度はアリナが移動魔法を唱える番だが・・・
「あの・・私はこのまま普通に移動魔法を唱えれば良いですか・・?」
「もうちょっと、待って・・・!!」
芽衣はまた目を閉じ、もう半身が今どこにいるのかを特定し始める。その半身の現在地を知ることでその場所のイメージをアリナと共有し、アリナがその場所に移動魔法で飛べるようにしようとしている。レイのスキル『ルート』の能力は、他人からまた別の他人へイメージを共有されることが出来るらしい。しかし結構なタスクがかかるため、共有できる量はかなり少ない。しかし特定場所のイメージ共有くらいなら許容範囲内、大丈夫なのだ。
しかしここまで来ると、芽衣がどれだけ万能なのかが恐ろしいくらいに伝わってくる。
「・・・よし、じゃあベルディアくんお願い!」
「スキル発動!」
『スキル2;「ルート」を発動します。』
「・・・アリナどうだ?行けそうか?」
「はい大丈夫です!・・・が、あまり環境は宜しくなさそうですね・・・」
「ま、まぁそこは『死の島』っていう場所だからねッ・・仕方ないよ・・!!」
芽衣の体調は、中々落ち着いてくれない。芽衣は今痛みに耐えているようだが、この先大丈夫であろうか。
しかし戦いになれば芽衣の戦闘力も必要になる、戦う前から状態異常を抱えているのは大分きつい。
「仕方ない・・・!!これ使うか・・!!」
持ち出したのは味方一人の状態を極限まで軽くする、一杯250000ゴールドもする『希望の聖水』。ギルドの報酬分全てをつぎ込んで買った超激レアアイテムである。
「(これで効かなかったら泣くぜッ・・!!)」
「・・・どうだ芽衣さん、身体軽くなったか?」
「・・・ㇷゥ、うん。大分軽くなったよ、ありがとうね。」
「よしッ、じゃあアリナ頼むぞ!」
「任されました! 『トレイフ』!」
そして5人は、『死の島』へと瞬間移動。
島に降り立った5人目の前には、北へ延びる一本の橋。橋が結ぶ先にあるのは、白い大柱で建てられた巨大な神殿が大きくそびえたつ。
しかしもう一人の『松嶋芽衣』の姿は、そこにはなかった。
そしてその変わりに、5人を待ち構えていたかのように立ちふさがるとある者もいた。
それは、
「はぁ・・・!?お前はあん時のッ・・・!!??」
『おや・・・あの夜の密談、聞こえていらっしゃったのですか。それは気づきませんでしたよ。』
レイが盗聴した密談をしていた、エクスタシア王国のあの役人であった。
次回投稿日;7月6日