レベル59 天塔 《ライク・ザ・バベル》
5人が出発してからもうすぐ一日が過ぎようとしている頃に、何とか目的地に到着した。
道中の敵はあの時のヴィザードマンのような厄介な敵ばかりで、予定では夕方頃につくかと思われたここだが時刻を考えると多分午後10時くらい。
いや、もうここに『蒼天の塔』っていう看板なかったらここが塔だって気づかない程度の暗さと視界の悪さだぜ。さすが俺の眼力、惚れてもいいぜ。
「レイくんまたその不審者顔・・・こっちも恥ずかしいからやめてよね。」
「レイさんさすがにその意味わからないドヤ顔はキモいです。」
「お前みたいな生意気なガキに言われたくないちょっと黙ってろ」
「私の時だけ早口罵倒はテンプレートですかそうですか」
「・・・でも、なんか変な塔だね。ここまでのヤツは見たことないよ。」
看板に書かれている通り、ここは紛れもなく『塔』だ。塔なのだが・・・
正直この5人、こんな塔は見たことがない。似たような形だったあの『バンダルスの塔』でも、ここまでではなかったはずだ。
頂上が、見えない ―――
「じゃ、中に入ってみるか。」
重々しいその扉を開けると、中からは少し肌寒い夜風が5人を素通りするかのようにさっと過ぎる。
塔中は少し暗くて何が何処あるのかがあまりはっきりとは見えない。しかし階段などの大きな物体の在り処は月光に照らされて、辛うじて影ほどだが見えるくらいには明るいようで良かった。
「・・・魔物の気配、感じないねここ。」
芽衣がふとつぶやくようにそう言った。
シル・ガイアが現れるような場所は、別に魔物はいなくても魔物がいるような雰囲気は漂っているというのが基本スタンス。シル・ガイアが現れる場所には大体シル・ガイアが刺客を放っている場所なのだという証拠もここに付随させておこう。
芽衣が言ったこの発言には、『魔物の雰囲気すらも感じられない』という意味も含んでいることを断っておく。
レイたちは一階フロアを軽く捜索。ダンジョンには必ずあると言ってもいい『宝箱』の類がこの一階フロアにはないと確認する。
「よし、じゃ二階行くか。」
やはり二階にも想像していた感じの雰囲気はなく、ただの虚無的空間が広がるだけ。
宝箱もこのフロアにはないようだ・・・
「・・・ハァ、なんだこの塔はよ。」
本来ダンジョン探索に魔物が出現しないのはかなりラッキーなことなのだが、今回の場合は不吉な感じにしか感じられない。
生命体がない無音の塔、ここはそう呼ぶとしっくりくる。
三階フロアに登ってもやはりその呼び方が変わることはない。
この塔に幻影などはかかっていない、よってこの光景全てが嘘だということもない。
そうなるといよいよこの内容に疑問が生じる。
「ホントに鵺の魔物なんているのか・・・?」
ここまで虚無を見せられては、さすがに疑いが生まれるのも必然というもの。本来の目的はレベル上げだが、クエスト内容に惹かれたのはこの項目だった。
「てっぺんも見えないし魔物もいないし・・・ホントに不気味だね・・・」
真横のアリナなんて震えだしてる、コイツは結構ビビりだからしょうがない。しかしミオンまで怖がり出すところを見ると、やはりここが異様な空間なのは間違いない。
『虚無』を『異様』と感じるようになったのは、あの時幻撃を経験したからだろうか。あの時も異様と捉えたことで少しマシな対策が立てられた。
四階フロアに登っても、やはり魔物もその雰囲気も感じない。おいおいアリナなんてもう涙目だぞ・・・
「・・・ベルディアくん、もう引き返す?」
選択肢として大いにアリ。
シェリーもついには恐怖で震えだし、ミオンはアリナをなだめる始末。
よく『怖いモノがある』のは怖いと感じる人も多くいるが、本当に怖いのは『何もいない』という事実なのだ。
「・・だな、じゃあ引きかえs ―――
レイが中断を決意した、
そんな時だった ―――
!!!!!!!!!!!!!!
突如発生した何かの爆発音、音源はどうやら塔の上方。
しかし爆発音とは言っても爆弾が破裂する時のようなあの音ではない。
それはとても形容しがたい、異様すぎる音であったのだ。
「・・・どうやらなにかしらあるのは上の方だったッぽいな。もう少し行ってみるか。」
五階六階と、この二つのフロアには何もなく、宝箱の類ももちろんない。
しかし5人は登るうちにだんだん気づいていくのだ、
――― この先になにかある ―――
「いよいよだな。この先にあの鵺がいるのか。」
「アリナちゃんこの先が正念場だよ。」
「はい、頑張るですぅ・・・!!」
七階へ上る階段はいつもより結構長い・・・
さらに言うと、その階段は上に登るにつれて段差が広がっていくのは気のせいだろうか。
上空の雲を突き破る勢いでそびえたつ程のこの塔。階段横の吹き抜けの外にはもう雲海が広がる。相当遠いとこまで登ってきたんだな・・・
まぁ確かに少し肌寒くなってきt ――――
おい、ちょっとまて
俺は今なんて言った?
『雲海が広がる』・・・!?
そこまで登った気はしないぞ?六階までの階段なんて普通の建物にある階段程のヤツだったし今のこの階段だって・・・
まぁ長さはあるが決してここまでじゃ・・・
『ここまで魔物がいない理由』
ま、まさか・・・
『魔物が生きられる環境、召喚される環境』
ここに魔物がいないのって・・・!?
『この高さでは、魔物は生きられない。』
『そして生物も、これまた同じ』
『ここにいるもの、全ては』
『空気の中に、消える』
「ベルディアくん今すぐ降りようッ!!!ここは本当に危ないよッ!!」
「ッ!!」
芽衣がここまで慌てる程危険だということだろうか。
・・・いや、もう言ってしまおう。
――― 5人がいるこの位置は、大気圏をとっくに超えている ―――
「ッ!!??」
すると突然、呼吸困難という状況がレイに降りかかってくる。
酸欠だ。
「ベルディアくんッ!!あ、うぅッ・・・!!」
芽衣も酸欠状態、他の三人の意識はおそらく朦朧状態。
急いでバッグから5人分のエスケイプロープを取り出し、かなり苦しい状態で道具効果を発動する。
芽衣も意識がもうろうとしてきたが、ここで倒れるわけにもいかないのだ。
「道具効果『エスケイプ』、発動・・・!!」
5人は、塔から姿を消した。
『蒼天の塔』は、その遥か高くそびえたつその様から通称『天柱』と呼ばれる。
しかしこの塔、どのような目的で作られたものなのか?
その事実は全く明かされていない。しかしこの塔に関するうわさは、そのどれもに『神』が関わってくるらしい。
とにかく、そんな変な塔から何とか脱出した5人だった。
しかも驚いたのは、あまり塔に居た時間は長くなかったはずが、脱出した時にはすでに昼を迎えていたことであった。
レイは一旦シェリアスに戻り、意識が戻ったシェリーはそのまま、意識は戻っても体調があまり優れていなさそうだったアリナとミオンは宿で寝かせて。
また今夜、3人は『蒼天の塔』を探索する。
ここに来るのに最初は歩きだったものの、シェリアスの道具屋に売っている『アラウンドウィング』という移動呪文効果が発動する魔道具を使用したことで、行きにかかった時間はわずか10秒ほど。
「今日は6階までで変な箇所がないかどうか確認してくぞ?」
昨日の調査で、七階に行くところまで行ってはならないことが分かった。また階段を登る際はこまめに外の景色を確認し、ここがどの高さにある場所なのかも確認することを心に留めておく3人。
そして3人は、再び塔に侵入する ―――
さて、この塔の言い伝えだが、この塔は古くから祭事などに使われていた。
周辺集落は決まった日に塔に訪れ、塔の入口の場所で祭壇を設けて死者の御霊を天に送っているというのだ。
しかしこの塔、別に『成仏』させるというニュアンスを含んでいる建造物ではない。
エクスタシア王国では古来より、『天に上る時、そこは別世界となる。』と言われている。
この国では、『登ると、こことは次元が違う世界に行ける』と言っているのだ。
この塔、入口から見ると果てしなく天に伸びているように見えるが、実はとあるところでしっかりとした終点(頂上)があるらしい。しかしその頂上とやらを見た人がいないことから、『この塔は天に続いているのではないか』という案が上昇、よって通称『天塔』なのだ。
神話上に出てくる『バベルの塔』をご存じだろうか?
この塔は「天と地」を繋ぐものとして、古代文明の建造物である。
塔建設とは、神たちにとって自分たちを脅かす大きな要因であったため、神は人間たちが使っていた『言葉』を通じなくした。人間たちは意思疎通が図れなくなり、結局建設は中止になったそうだ。
この塔は建設こそ失敗したものの、コンセプトは『天と地を結ぶもの』である。
対してこの誰が作ったのか分からない『蒼天の塔』、別名『天塔』。こちらの言い伝えはバベルの塔とは違いとても曖昧なものである。
例え地震が来たとしてもびくともしないだろう程のこの塔壁、おそらく神の創造物のはず。なぜならこのような塔を建設する材料と技術を、この世界の民は持ち合わせていない。
しかしレイたちは途中の七階階段で酸欠状態手前まで陥り、結局登頂を断念した。
もし、もしである。
この『蒼天の塔』を造った者は違えど、本質は同じものなのだとしたら?
言い換えると、
『もし神が人間を恐れて、人間を滅ぼそうとしてこの塔を造ったのならば?』
この塔の行きつく先は、天ではなく
『地獄』なのかもしれない ―――
次回投稿日;6月4日