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逆さ虹の森

「一体何があったんです?」


私が帰ってくると小隊は既に半数以下となっていた。


「これは、敵襲だ。」


上官はそう言うが騒ぎがあれば気付くはず。


斥候中銃声は一つも鳴っていない。


何か違和感を感じた。


まともに動けるものは小隊の中でも数人しかいなかった。


残っている殆どの人間は病人や怪我人ばかり。


友人はガクガクと震えて(うなず)くだけでまともに話すことすらできない。


「・・・何も出来なったのですか?」


だからと言ってみすみす敵を見逃したのか?


疑問ではあった。


「気付いた時には敵は一目散に逃げておった。いいな?」

「これより先の休憩は分単位とする。」


上官はそう言うと、真夜中の森へと進んでいく。


後を追うように友人が進む。


私は亡き戦友達に向けて


静かに敬礼をした。



♢♢♢



月明かりの中


夜行する行軍


この数日昼夜問わず襲ってくる連合軍


道中には戦死した同胞達と群がる蠅と蛆


上官は焦っていた。


たった数人で一体何が出来るというのか。


何としても先行しているはずの他小隊と合流しなければならない。


「ちっ・・吊り橋か・・」


森を半分にわける大きな川にかかった吊橋。


今にも落ちそうなくらいボロボロになっている。


病人を担いで行くことは不可能であろう。


やはり()()()、見捨てて正解であったと内心彼は思う。


「このまま進む。」

「行くぞ。」


返事はない。


ただ黙って付いてくる部下達。


彼らだけでも故郷へ帰らせなければ。


その思いが彼を足早とさせる。


ギシッ


ギシッ


と木の軋む音が聞こえる


バキッ


木が割れ、何かが崩れ落ちる。


いつの間にか部下との間には大きく距離が開いていた。


落ちた音は川の濁流音でかき消され、彼の耳には届かない。


後ろを振り向かず吊り橋を渡りきる。




合流後、部下は2人となった。




「残ったのはこれだけか。」

「朝には必ず他の隊と合流しなければ。」


まるで何事もなかったように


彼は無表情に呟いた



♢♢♢



(迂回という選択肢はなかったのか?)


渡る前に私が進言しても上官は聞く耳を持ってはくれなかった。


誰も反論せず友人も下を向いて付いていくだけ。


橋で落ちかけていた戦友にも手を差し伸べたが


私の手をとらず黙って死を受け入れた


皆が狂い始めてきているようだった


足が重い


森に張り巡らされた根っこが進行の邪魔をする


辺りを照らすのは月明かりのみだ


暫く歩いていると


少し開けた広場へと行き着く


ここまで足早と進んだせいか上官は疲弊している


「ふぅ・・ここで10分の休憩をー


そう上官が言い掛けた時


ズゥン


という大きな地響き。


「何だ!?」


森全体が揺れる。


銃を構える。


今度は辺りを不気味な静寂が漂う


一瞬


森がざわついた


「何か・・いるな。」


上官が言った視線の先を辿る


薄明りの森の中


幽かに見える


薄い縦線の入った二つの球体と


巨大な影


が徐々に近づいてくる


銃口を向ける


目の前にいたのは



巨大な大蛇



じっと我々を睨みつけている


だが、広場から大蛇は近づいてはこない


「襲ってはこないようです。」

「どうしますか?」


上官が一歩後退する


後を追うように

大蛇は広場の中心へと近づく


「駄目か・・。」

「一人、囮に使う。」


こちら側が迂回しようが大蛇は追ってくる


そう判断して囮に指名されたのは


友人であった。


♢♢♢


「私が囮になります。」


男はそう言うと、前へと乗り出した。


「・・まあいいだろう。」


上官は不服そうにそれを承諾。


青年はそれを黙って静観していた。


男はじりじりと大蛇へと近づいた


大きな二つの眼が男へと向けられる。


広場の中心へと着いた時


ふと、男は銃口を下げて


上官に向かって


静かに言い放った


「一つだけ教えてください。」

()()()、我々を見捨てたのを」

「後悔していますか?」


上官は大蛇の目の前で冷静に言う男の姿を不思議そうに見つめる


「・・何を言っている?」


大蛇はゆっくりと視線を変え


男は続けざまに声を発する


「答えてください。」

()()()()()()()()()、貴方は後悔しましたか?」



暫くの沈黙の後



上官は静かに答えた


「後悔はしている。」

「これで良いか?」



その答えを待っていたかのように


根っこがうねうねと動きだし


上官の足首を捕らえた


「な!何だ!?」


樹木が動物のように動き出し


捕らえた獲物を吊し上げる


大蛇が獲物へと近づいていく


「ひっ!ひぃ!く、来るなぁ!」


パンッ


パンッ


銃声は大蛇には当たらず空を切る


「何で当たらん!くそ!くそぉ!」


青年はその光景を呆然と見ていた


大蛇が大口を開けて喰らいつこうとした時


上官が歪んだ笑顔で


青年を睨みつけた


「お前も・・!儂と同類だぁ!同じ地獄だ!お前も喰われ―


―大蛇は有無を言わさず獲物を一飲みで丸呑みにする


「行くぞ!」


男は青年の腕を掴み


森の奥深くへと逃げた。



♢♢♢



「はぁ・・はぁ・・ここまで来れば大丈夫だろう」


男はそう言うと大木の根に腰を掛ける


青年は虚ろな表情で下を向いていた


「・・大丈夫か?」

「・・早くこの森から出ないとな。」


男は心配そうに言うと


青年は静かに喋りだした


「この森からは出られん・・」


「ここは・・逆さ虹の森じゃ・・」


「頼む・・もう・・夢にまで出てこんでくれ・・」


青年が前を向くと


男の座っていた場所には


小さな狐が座っていた


ケーン


ケーン


天に向かって狐が鳴く


その瞬間


青年は膝を付き


大粒の涙を流しながら泣き叫んだ

次回、完結予定です。

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