エピローグ
僕はあれからも夢を見続けた。
明晰夢に近いものだとその後知ることになるが、やはり自分の意志で行動を変えることができなかったので、やっぱり違う。どんな夢にも当てはまらない。
あの後、雲雀は猪野又さんに心の病気のことを打ち明けた。そのうえで、病院を紹介して欲しいと。
なんでも、あまりいいお医者さんと巡り合うことができなかったとか。
ディスカッションルームでのやりとりも続いた。
渉夢君は二学期から少しずつ学校に通うようになったそうだ。
始めは早退や保健室登校が多かったが、紅葉の頃には最後まで授業を受けることができるようになったとか。
それでも座って授業を受けるのは苦痛だと、高校は実習の多い工業高校に行きたいと語っていた。
雲雀と渉夢君は、陰で色々と励まし合っていたそうだ。
御雲さんと猪野又さんは仕事でなかなかディスカッションルームに顔を出す機会は少なかったが、進路などの相談に乗ってもらったりした。
岩男さんは相変わらずだ。
ちゃんと福祉の勉強をしているようだったが、休みの日には渉夢君の家に押しかけて、渉夢君を外に連れ出したり。
秋のまだ温かいうちに、僕と雲雀、渉夢君と岩男さんで豊島園に遊びに行ったら、岩男さんが盛大に乗り物酔いをして、それを渉夢君が介抱してて、どっちが保護者かわからないなと雲雀と一緒に笑った。
僕に起きた変化といえば、風景写真からポートレートに移ったことだろうか?
人の顔を撮る。
なかなかモデルになってくれる人は少ないけれど。
ノイセテスの秋山さんの顔写真は本人も、娘の萌絵さんも気に入ってくれて、サイトに掲載させてもらった。
あっという間に冬が来て、先輩たちがセンター試験を終えると同時に、僕らは受験生になった。
昔なら、入れるならどこの大学でもいいと思っていたが、もう少し選択肢を広げられるように勉強を頑張った。
その頃にはだいぶ、「カメラマンになる」という夢が固まっていたので、芸術大学とも思ったが、絵を勉強するには遅すぎて、専門学校にしようか、色々模索中だ。
一方の雲雀は、夏休みが終わった後、美術部に入部した。
元々芸大志望だったらしい。
それで前に通っていた高校名も聞いて合点がいった。
しかもすこぶるうまくて、入部してすぐの高美展で推奨をもらっていた。
芸大に入って画家になるのかと聞いたら、それはまだわからないし、決めていないと言っていた。画家は絵が上手いだけでなれるものではないからと。
卒業式で写真部でお世話になった三年生たちにみんなでお金を出し合って買った花束を贈り、見送った。
そして、桜が咲いた。
「なんでこの二本の桜、移動しなかったのかな?」
スケッチブックにものすごい速さで桜の木を描きながら雲雀は言う。
「移動が難しいとか。結構お金がかかるんだってさ」
首からカメラをさげ、雲雀の隣に座りながら答える。
「結局、なんでもお金か」
「そういえばさ」
後になって気づいたことだ。
「初めてここで会った時、なんでここにいたんだ?」
雲雀が転校してきたのは二年生の始業式から。あの時点で学校にいたのはおかしい。
「たんに、親が校長先生と話があったからだし、私もわけありでの転校だったから、そこらへんの話を担任にしたり。親の方が話が長引いて、待ってる間にいい場所を見つけたから、座って本を読んでいただけ」
「いいところって、本を読むのに?」
「それもだけど、桜って見るだけじゃないでしょ」
見るだけじゃない?
首をかしげていると、呆れたように雲雀はため息をつく。
「花なんだから、香りとかあるでしょ」
「あ、そっか」
「ま、写真で匂いは写せないけどね」
「それをいったら絵だってそうだろ」
「そうだよ。だけど、記憶に訴えかけるような、そんな絵が描けたらいいなって。だからこうしてがんばってるの」
「なるほど」
写真でも空気感がどうこうって言われるけど、僕の写真にはまだそれがない。
集中している雲雀に怒られないように立ち上がり、少し離れた位置からファインダーを覗きこむ。
桜の木と、それをスケッチする雲雀の後姿。
シャッターを切る。
瞬間、雲雀がこちらを振り返る。
「盗撮してないでしょうね!?」
「桜の木を撮っただけだよ」
デジタルカメラのシャッター音は結構大きくて響くのだ。
カメラの液晶画面で確認する。
そこには雲雀の後姿。
――やっぱり、僕が見ていたのはセパス王の姿だ。
アヌトロフとして、常に王を見ていた。
すでに結婚していた王に対し、アヌトロフが恋心を抱いていたかどうかはわからない。ただ、王を思う気持ちだけは痛いほど伝わってきた。
だから、その王が死んだときの心の痛みが、僕に伝わって来たんだ。
王の死を信じたくないと。
だけど、アヌトロフは万能の書探しにはほとんど参加しなかった。
なぜ本を探そうとしなかったのか、そのうち夢でわかる日がくるのかな?
*
秋山将範は店内に飾られた、妻が描いたノイセテスの絵を見つめていた。
たまたま入った、入場無料の個展。
絵本のような、物語のワンシーンのを描いた絵を見て、すぐに夢でみた光景だと気づき、自然と受付に声をかけていた。
受付座っていたのが、後の妻となる眞智子だった。
絵の説明を求めると、「夢で見たものをそのまま描いた」ものだと彼女は苦笑いを浮かべながら答えた。
そして、秋山は確信する。同じ夢を見ていると。
興奮状態で「ログルフという名前に聞き覚えがないか?」と問うと、眞智子のほうも驚いた様子で頷き返してきた。
それから、夢の話をするために会ったり、個展の準備をしたり、そうこうしているうちに、気づけば夫婦になっていた。
ログルフは、万能の書を持ち帰った十二の燭台の一人。
その頃、十二の燭台は半分以下になっていた。
本を探しに出たほとんどが、その道程で命を失ったのだろう。
すでにゾヴも亡くなっていた。
ログルフは王の遺体を守っていたアヌトロフに書を差し出した。
だが、アヌトロフは首を横に振った。
燭台の仲間たちが命をかけて探し求めたものを、その努力を無駄にするつもりかとログルフは激高した。
しかし、アヌトロフは相好を崩さず、静かに言った。
「生き返らせれば、もう一度別れが訪れます」
妻の眞智子が先に逝った時、アヌトロフの言葉の意味がわかった。
蘇らせたとして、もう一度死が、別れが訪れるというのであれば、蘇らせない方がいい。
それほど、アヌトロフはセパス王のことを思っていた。
たぶん、愛以上の感情だったと思う。
人との出会いはいいが、別れはつらい。
春は出会いと別れの季節だ。
別れがあるから、出会いが尊いのか?
出会いが尊いから、別れがつらいのか、それはよくわからない。
でも、出会いはいいことだ。
――そうだろう?
店の外で、鶯が春の訪れを告げる。
これにて完結となります。
連載で読み続けてくれた方、一気読みしてくれた方、最後まで読んでくれてありがとうございます。