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ファインダーから見つめていたもの

――セパスさん、アヌトロフって俺と同じような病気だったりするの?


 昼間、盛大に騒いで、夕飯を食べて、部屋で軽くウトウトしている時だった。


 歩夢君からのメッセージの着信連絡を見た時は、ノイセテスに忘れ物か何かをしたのかと思った。でも、それだったらディスカッションルームに書き込んでみんなに聞いた方が早い。


 だけど、書かれていたのはそんな一言だった。


 猪野又さんの、「クライアントの情報は漏らさない」という言葉が脳裏に浮かんだ。

 だけど、僕と雲雀はそういう関係ではない。


 でも、僕自身、雲雀から通院しているとか、そういうことを打ち明けられていない。


 ただ噂で聞いただけ。

 確証的な出来事にも遭遇していない。


――僕はそういうこと聞いてないけど、どうして?


 嘘はついていない。

 すぐに返信が来る。


――今日お店で、雲雀さんの次にトイレに入った時に薬飲んだんだ。精神安定剤ってやつ。

――オフ会、しんどかった?

――そんなことはないよ。ただ、いつパニック症状出るかわからないから、それで飲んだだけ。それで、薬のシート捨てようと思ったら、ゴミ箱にクロチアゼパムのシートが入ってたからさ。あの中で飲んでそうな人って考えたら御雲さんか、あなたかって思って。もしかしたら店主さんかもしれないけど。


 癌で奥さんを亡くした秋山さん。


 始めのうちはだいぶ落ち込んだと言っていたけれど、娘の萌絵さんや息子さんに元気づけられて今の店を始めたっていうから、今はもう克服しているのではないだろうか?


 御雲さんの場合、システムエンジニアという仕事からそういう想像にいたったのではないだろうか? ネットニュースなんかでたまに鬱病の記事を見かける。「就職先がブラック企業で」というのが多いが、彼の場合はまだ入社してそんなに過酷な労働状況にはなっていないと言っていた。


――その薬ってどういう作用があるの?

――俺は不安症状の頓服(とんぷく)剤として処方してもらってるけど、緊張緩和とか、精神安定以外で飲むっていうのはないんじゃないかな?


 鎮痛作用と解熱作用がセットになった薬はあるけれども、頭痛止めなんかに精神安定剤を飲む人っているのかな?


――ちなみにその薬って市販薬?

――まさか。最近は睡眠導入剤とか、軽いのは売ってるけど、精神に作用する薬は依存性もセットになってるし、処方してもらうにも毎回診察を受けないと出してもらえない。だから病院に通ってるのかなって思ったんだ。


 病院に行かなければ手に入れることができない薬。


 前日のお客さんが残していったもの、というものは考えられない。

 ノイセテスはギャラリーも兼ねているが、どちらかといえば飲食のほうがメインになっているし、前日のゴミを残しておくとも考えられない。


――お前が言うなって思うかもしれないけど、少し気にかけたほうがいいかも。

――雲雀のこと?

――うん。俺が飲んでるのは五ミリだけど、トイレで見つけたシートは十ミリだった。二倍の量を処方されてるなんてよほどだよ。


   *


 二十四時間テレビも終わり、あと数日で新学期が始まる。


 僕は久々に制服を着て高校へ向かった。


 いっぱいになったカメラのメモリーカードの中身を現像するためだ。

 昼過ぎに行ったので、すでに誰かが部室を使っているはず。


 そう思いながら部室棟に向かうと、案の定、鍵は開いていて、中には副部長の桜木先輩と章乃がいた。


 章乃とは、あれ以来、始めのうちは少し意識して目をそらしたり、極力会わないようにしていたが、今は普通に接する程度には関係が回復していた。


 これといって、喧嘩していたわけでもないのだが。


 桜木先輩と章乃はパソコン机のほうではなく、会議机の上にカメラのカタログを広げてなにやら話し合っていたようだ。


「夏休み中に学校に来るなんて珍しいね」


 そう言ったのは桜木先輩だ。

 先輩が言う通り、僕は休日も部活動に励む方ではなかった。いままでは。


「二人で何してるんですか?」


 部室にクーラーなんてない。

 あるのは一昔前の扇風機だけ。何か金具が引っかかっているのか、常時首ふり状態にしているそれは、ガタガタと不穏な音を立てている。


「カメラ持ってない一年生がマイカメラを買いたいみたいなんだけど、ミラーレスと一眼レフのどっちがいいかって、さっきまで話をしてたんだ」


 答えたのは章乃だ。


 会議机の上には各社のカタログがよりどりみどりだった。


「買うって言っても、ミラーレスと一眼レフじゃかなり値段に差があるぞ?」

「そう。でも、その子、夏休み中のバイト、一眼レフ買えるくらい頑張ったらしくてね」

「へぇ」


 一眼レフと一言でいうが、アマチュア機から、セミプロ、プロ機とランクは存在する。


 なんとかは筆を選ばず。


 有名なカメラマンはトイカメラでもすごい一枚を撮ったりする。

 なので、あとは使いやすさだとか、どういう場面で使うか、持ちやすさなどで本体を選び、被写体に会わせてレンズを変えていく。


「僕だったらレンズのほうにお金をかけるかな」

「レンズは、部費で買ったのがあるから、それでいろいろ試せると思うから、まずは本体だろうね。私は一眼だし、章ちゃんが一番ミラーレス歴長いんじゃない?」

「ただたんに、雑誌で見て可愛いって思って。単純なだけですよ」


 そう言って、章乃は苦笑いを浮かべる。


「安い買い物じゃないし、やっぱり本人の意見が重要なんじゃないですか?」

「そうなんだよねぇ。普段持ち歩くなら俄然ミラーレスなんだろうけど、その子はファインダーを覗いて撮影したいって」

「ミラーレスでも外付けファインダーってなかったでしたっけ?」

「それが結構高いんだよ」


 章乃が、カタログの別売りパーツのページをこちらに押し付けてくる。


「うわぁ」


 思わず情けない声が漏れる。

 これだったらそこそこいい三脚が買える値段だ。


「ファインダーから覗くのと、ミラーレスの液晶で見るのって、けっこう違うものなの?」


 章乃に対し、桜木先輩が問いかける。


「そうですね、ミラーレスってスマホのカメラで撮影しているのに近いですから。それに対してファインダーはやっぱり自分の目で見た風景って感じは強いですよ」


 ――自分の目で見た風景。


 何かが引っかかるような?


「風景を撮るならミラーレスでいいと思いますけど、被写体深度とか、将来性を考えるならやっぱり一眼かなって」


 なぜかノイセテスの絵が頭に浮かんだ。

 その絵は鏡に映ったノイセテスの肖像。


 自分の姿は鏡などでしか見ることができない。

 なのに僕はセパス王の姿を見ている。


 ファインダー。誰かの目でセパス王を見ていたんだ。


 でも誰だ?


 王と過ごす時間が長かったのは、ゾヴとアヌトロフとノイセテスの三人の内の誰か。


 そして王は別にいる。

 僕が王ではないのだから。


 死んだ王の姿を見て、まるで自分が死んでしまったかのように恐怖して……だとしたら。


「……お塩、どうしたの? そんなに真剣に悩んで」

「い、いや。初めてのカメラって大変だなあって。僕、写真の現像に来たんですけど、パソコン使ってもいいですか?」

「うん、大丈夫だよ。ただ、プリンタのインクが切れちゃってるから、印刷はできないよ」

「わかりました」


 桜木先輩の言葉に頷きつつ、パソコンの前に座る。


 メモリーカードリーダーに持ってきたメモリーカードを差し込み、現像する画像を選んでいる間も、僕の頭の中では、ちぎられてバラバラになった絵を元に戻す作業が続いていた。


 そうして徐々に見えてくる絵は空想に近い。


 だけど、たぶんそれが答えなんだと思う。


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