覆される共通認識
◆
なぜそんなに王の近くに付き添ってられるのか?
「そんなに」というのは、どこに行くときでも、いつもという意味なのだろう。
サマダなんかは忠誠心の賜物だと言ったが、私自身、忠誠心と感じたことがない。
忠誠心だけで語るのならば、王が生まれる前からいたゾヴや、レプセヴなどのほうが王に対して忠誠心を抱いていると思う。
私はただ、みんなを見ているのが好きなだけだった。
王と王妃、そして同じ《十二の燭台》の仲間達。
くだらない話で盛り上がったり、喧嘩したり、それでもすぐに仲直りしたり、協力して魔物と戦ったり。
そんな日常を愛していた。
みんながいる日常を。
王の隣で見守っていた。
だから、王の悩みはなんとなく察していた。
だが、その悩みに触れていいものかどうなのか悩んだ。一人で悩んでしまった。
誰でもいい、仲間の誰かに話していればあんなことにならなかったのではないかと、私は後悔している。
自身を責めた。
王の悩みを聞き、慰めることができていたらと。
やり直せるのなら、やり直したいと。
だから――
◆
――聖先輩と連絡とれたぜ。ただ、コンピューター関係の仕事やってて、今は結構忙しいらしい。東京湾のほうに住んでて、仕事場もそこらへんだって。
土日は休みとれるけど、平日にヴォイシンクで話しをするなら遅い時間になるってさ。
一応、ヴォイシンクでコミューン探して申請だしといてくれって言っといたから。
でも先輩、あの夢だったら全部見終わったって言ってたぜ。
*
連日、猛暑が続いた。
もう勘弁してくれよと思った。
雲雀の話だと、こんなに東京の夏が熱くなったのは、地球温暖化もあるが、お台場にたくさん建物を建てたせいで、海の風が届かなくなったせいだと言っていた。
あいかわらず、本を読んでいるだけあって、毎度何かしらのトリビアを得る。
雲雀とは直接会って話をしているわけではない。
あっちは毎日予備校に通っているので、夜に参考書の答えを見てもよくわからない数学の問題を、スマホで写真を撮り、メッセージで送って聞いているのだ。
すると、参考書では省略されている部分まで書いた数式が画像として送られてくる。
ありがたいのだが、雲雀の勉強を邪魔しているのではないかと聞いたら、「夜は読書の時間」と短い返信がきた。
それはそれで申し訳なく思うのだが。
あと、夏休みに読む本は江戸川乱歩を勧められた。
名前が海外のエドガー・アラン・ポーから来ていて、ミステリーを書いている作家、としか知らなかったのだが、なんでも、日本国内での著作権有効期限が切れたので、ネットで無料で作品が読めるそうだ。
そんなシステムも初めて知った。
早速、電子書籍配信サイトに行って江戸川乱歩で検索したらたくさん出てきて、どれから読めばいいか迷ったが、とりあえずお試しで短いものから読み始めた。
それにしても電子書籍アプリというのはすごい。
それも企業によって使い勝手がだいぶ違うと雲雀から教わったのだが、文字を大きくしたり、背景の色を真っ白から、クリーム色に変えたり、自分の目に会わせて変更が可能なのだ。
これなら電車でご老人が電子書籍専用端末で読書するのもわかる気がする。
とりあえず、『芋虫』を読んでみた。
はっきり言って、なんか、すごく、エッチな気がした。
雲雀から感想を求められるかもしれないと、もう少し健全なものをと思って、今度は『人間椅子』をダウンロードした。
なんとなく、名前からホラーっぽい気がしたからだ。
やっぱり夏といったらホラーだ。
最近は視聴者投稿型の番組が多く、その投稿映像も使い回しで味気ない。
特段、ホラーが好きというわけでもないのだが――『人間椅子』も結局エッチだった。
現代文の教科書を開けばちゃんと、「日本の有名作家」のところに江戸川乱歩の名前が載っている。載っているということは、一応、高校生が読んでも差支えがないということだと思うけど……やっぱりなんか、卑猥だ。
そういえば、同じく現代文で夏目漱石の『こころ』の一部分をやった。教科書に載っていたのは主人公の友人が自殺しているシーンだ。しかも、痴情のもつれ的なことが原因で。
志賀直哉の『城の崎にて』は、いきなり主人公は電車に轢かれてるし、療養先で石を投げたらたまたまトカゲだったかヘビだったか、動物に当たって殺してしまったとか。
有害図書とか、児童ポルノとか、オタク批判とか、ニュースでたまに話題になるけれども、健全であるところの学校で、授業で扱う図書のほうがよっぽど精神的なダメージが強いと思う。
僕だけだろうか?
たまに思考逃避行しつつ、夏休みの宿題をこなし、受験用の参考書にも少しずつ取り組むようになった。
日中は暑さで辟易するが、なるべく外に出るようにして、写真を撮るようにした。
これぞといって面白い絵が取れるわけでもないけれど。
ただ、炎天下の中カメラを持って歩きまわるせいで腕は黒くなったし、脚にもちょこっとだけ筋肉がついた気がする。
今日の分の課題をこなし、シャワー上がりにリビングでガリガリくんを食べていた。
コーンポタージュ味やナポリタン味ではなく、オーソドックスな青いソーダ味だ。
テーブルに置いたスマホが震えた。
時刻はそろそろ午後十一時になるあたり。テレビではニュースキャスターが今日、熱中症で運ばれた人の数と、今後の天気予報を発表している。
沖縄のほうは台風が近づいているらしく、雨マークがついているが、日本列島はほぼほぼ太陽マークだ。
スマホのモニタに目を移すと、コミューンのディスカッションルームの新しい書き込みを知らせるエクスクラメーションマークが表示されていた。
アイスの棒を片手にそのマークをタップする。
=Say1223さんが入室しました=
Say1223>「初めまして、サマダから言われてコミューンに参加しました。オレックです」
サマダこと岩男さんからのメッセージから三日経っていた。
岩男さんの高校の先輩で、夢をすべて見終わったという人物。
すべて見終わったということは、今は夢を見ていないということだろうか? それとも、見ていたとして過去に見たもの、夢の再放送といった感じなのだろうか?
僕が書き込みしようとしている間に、コミューン参加許可をだした雲雀の書き込みが表示される。
=アヌトロフさんが入室しました=
アヌトロフ>「Say1223さん、初めまして。コミューン参加ありがとうございます」
=セパスさんが入室しました=
セパス>「Say1223さん、初めまして」
Say1223>「サマダから話は聞いてたけど、同じ夢を見ている人間がこんなにいるなんて思ってなかったです。今までのやりとりを読ませてもらいましたが、夢が前世の記憶とか、面白いと思いました」
Say1223――オレックの文章は真面目だ。社会人になるとこんなものなのだろうか? 猪野又さんも丁寧な文章だったし。もっとも、彼の場合は、素の状態で物言いが丁寧だった。
Say1223>「セパス王の死について多く語られているようですが、私も彼の死因は知りません。ただ、私が夢を見始めた時、王はすでに死んでおり、王の死から夢が始まったというかんじでした」
アヌトロフ>「王の死から夢が始まったということは、王が死んだ後のことも詳しく知っているということですか?」
雲雀の文章も、オレックさんにひっぱられているのか、丁寧になっている。
Say1223>「知っている部分はみんなと変わらないと思います。ただ、私の場合、時系列順に夢が始まったんだと思います。セパス王が死んでしまったが、王に世継ぎはいなかった。だから王が不在の国になってしまう。燭台のメンバーは、王を蘇らせるためにエトネパスを探す旅に出たんです」
僕の指は完全に止まっていた。
――王を蘇らせるために万能の書を探していた。
これまでに集まった仲間たちの共通認識が、この一言で一瞬にしてひっくり返った。