出会いは人を育てる栄養源
結構な大きさだったオムライス。
岩男さんは例にもれず、一口で平らげる量が多く、本当に斎賀家でお昼ご飯を食べて来たのかと疑いたくなるほどスムーズに完食してしまった。
そして、今は三人そろって、秋山さんがサービスしてくれたマスカット味のシャーベットを食べている。
「異世界からの生まれ変わりねぇ」
岩男さんは、手にしたシャーベット用の小さなスプーンを宙でプラプラさせながら言う。
「なんか、アニメか漫画みてぇだな」
「まあ、私の勝手な想像なんですけどね」
「来世ってことはないのか? 来世であってるよな?」
「はい。でも、その場合……」
雲雀がゆっくりとこちらに視線を寄越す。
「来世だったら、次の人生で僕は毒殺される運命が確定なんですけど」
「え! セパス王って毒殺されんのかよ!?」
「はい。それで誰が殺したんだろうって……本当は純粋に同じ夢を見ている仲間を探すはずだったんですが、今は犯人探しにシフトしちゃってるんですよ」
「でも殺されるのは今じゃねぇだろ? それにその死を次の人生で回避すれば殺したやつは殺せない。だから犯人にはなれない。自分でも何言ってるかよくわかんねぇな」
そう言って岩男さんは笑う。
夢が来世――予知夢だった場合、確かに僕は自分の死を回避することができる。そして犯人の犯行を止めることができる。犯罪者を生まなくて済む。
でも、前世だった場合、犯人は確実に存在することになる。
「その様子だと、岩男さんもセパス王が殺された時の夢とか、死んだ直後の夢とか見てないってことですよね?」
雲雀の質問に、岩男さんは素直にうなずく。
「ああ、今までの夢全部覚えてるかって聞かれたら自信はねぇけど、王様は俺たちのリーダーじゃねぇか。そんな人が死んだってんなら覚えてるはずだぜ。今見つかってるのが、俺と、王と王妃、アヌトロフとサティソルクと、それとゾヴだっけ?」
「そうです。でも――」
僕は首をかしげる。
「岩男さんはもう一人知ってるって、サティソルクがネットで――」
「そうだよ! マジで忘れてた! っつーかなんで俺だけなんだよ!? 不運すぎるわー!」
突然、岩男さんは叫ぶ両手を顔にあてて天井を仰ぐ。
――今日、他にお客さんがいなくて本当によかった。
「……あの、どういうことなんです? 不運って?」
雲雀の問いに、岩男さんは身を乗り出して語り出す。
「マジでありえねぇから! 俺さ、小学生くらいから夢を見るようになってさ、その時からずっとオレックのこと好きだったんだよ。夢の登場人物にマジ惚れしたんだよ! それがさ、オレックは男だったんだよ!」
岩男さんは嘆いてテーブルに突っ伏す。
オレックは確か、優美たる炎。女騎士の一人だ。
「生まれ変わりなら、性別が変わることもあるんじゃないですかね?」
「来世の場合も、性別は自分で選べないってことですね」
僕と雲雀はそろって岩男さんに言う。
夢に見た女性が初恋の相手で、実際に会ったら男って――まあ、悲しむのもわからないでもない。
「でも、その相手とはどうやって出会ったんですか?」
雲雀がすかさず質問する。
「高校の部活の先輩だったんだよ。俺、高校時代はバスケ部で、夏合宿で百物語のネタねぇなあって小学生の頃からずっと同じ場所が舞台の夢を見続けてるって話したら、周りにキモいって言われて。朝起きて聖先輩に声かけられたと思ったら、『オレックって名前に聞き覚えはないか』って」
「その、タカシ先輩っていうのが、オレックだったってことですか?」
「そう! イケメンでよ、バスケも上手くて、おまけに勉強もできる。バレンタインにはチョコもらいまくってたのに、『女に興味ない』って。ああいうのをチートって言うんだろうな」
チートって、そういう意味だっただろうか?
とりあえずハイスペック先輩だということはわかった。
すかさず、雲雀が問う。
「岩男さん、そのタカシ先輩と連絡取れますか?」
「ああ、」
彼はポケットの中からスマホを取り出す。「先輩は俺らよりも二つ年上だったけど、バスケ部の連中とは今でもやり取りしてるし、先輩が機種変とかで番号変わってたとしても誰かが連絡先知ってると思うぜ。だけど俺、ヴォイシンクとか使い方よくわからないんだよなあ」
「あんなのは適当にやってれば何とかなりますよ!」
雲雀のすべてを丸投げにした言葉にレモンスカッシュを噴き出しそうになる。
もう一人の仲間が見つかって気持ちが逸るのはわかるが、少しは落ち着いたらどうだろうか?
「ちなみに、その人って、ここらへんに住んでるんですか?」
岩男さんはメールを打ち終えたのか、スマホをポケットに戻しながら頷く。
「生まれは俺と同じ茨城。だけど東京の大学に入ってそのまま東京の会社にスムーズに入社。やっぱりチートだよな」
彼は不満そうに口を尖らせた。
岩男さんは今日も斎賀家に泊まるそうだ。
そして、サティソルクにヴォイシンクの使い方を学ぶと言っていた。
大学でパソコンを使ってレポートを書くものの、いまだにブラインドタッチが苦手で、ネット関係もよくわからないそうだ。
そんな岩男さんは、介護福祉士になりたいそうで、そのために高校時代に勉強を頑張って、今の大学に何とか入ることができたらしい。
福祉なら、たぶんデスクワークではなく体力勝負だし、あの大きな声なら、耳の遠くなったご老人たちにもちゃんと聞こえるだろう。
サティソルク――斎賀君と呼べばいいのだろうか。彼が引きこもりだったというのは、少し心にズシッときた。
コミュニケーション障害は、その人だけの問題だと思わないからだ。
育った環境とか、周りの環境も起因しているだろうし、周りも「アイツはコミュ障だ」って決めつけて相手にしないんじゃなく、気を使うっていうのはちょっと語弊があるけれど、もっと広い心で受け止めてあげればもっと生きやすい世の中になるんじゃないだろうか?
帰りの電車は、海かプールにでも言ってきたのだろうか? ビニル製のバッグを持った家族連れが多かった。
「岩男さん、最初はちょっと引いたけど、いい人だったね」
隣に立つ雲雀が呟く。
「確かに、声は大きかったし、熱血系かと思ったけど、斎賀君を無理矢理連れてこようとしなかったあたり、ちゃんと相手の気持ち考えてるんだなって思った」
岩男さん、福祉士もいいけれど、保育士とか学校の先生になってもいいんじゃないだろうか?
「なんか、私もがんばらなきゃなって思っちゃった」
「何を?」
車内アナウンスが荻窪駅到着を告げる。
雲雀とはここでお別れだ。
「受験勉強とか、いろいろね」
「受験勉強かあ」
適当でいいって思ってたけど、もう少し真面目に考えてみようかな。
電車が停車する。
「それじゃあ」
「うん」
雲雀が軽く手を振る。
「塩入君は写真、がんばりなよ」
「え、」
雲雀の姿が人ごみに紛れて消える。
電車の扉が閉じて、再び走り出す。
――写真。
雲雀は、写真なんかに興味がないと思っていたから、虚を突かれた感じになった。
写真か。
西日に照らされた町並みを眺める。
文化祭用の写真も用意しなきゃだめだし、少しはカメラを持って出歩いてみるか。
せっかく、親からの譲りものでも、デジタル一眼を持っているのだから、宝の持ち腐れ、なんて言われないように。
人生、一度きりなんだし。