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花より本

 サクラサク。

 三月も残りわずか。


 短い春休み、特にやることもない僕はいまだに、見ためになじまない、無骨(ぶこつ)な一眼デジタルカメラを手に校内を歩いていた。


 コンピュータ部のお手伝いで。


 我が校のコンピュータ部は、ただ椅子に座ってパソコンをいじっているだけの、生ぬるいコンピュータ部とは違う。


 というか、コンピュータ部とは放課後いっぱい、ネットサーフィンを楽しむ部だと思っていた。


 それは大きな間違いで、年に何度か行われるプログラミング検定や情報技術検定、タイピングの精度や速さなどが求められるワープロ検定など、数多くの検定を受けるための修行の場だった。

 たぶん、本校では吹奏楽部の次に熱い文化部だと思う。


 ついでにパソコン本体なんかもいじったりしていて、「いかにも」なのだが、それは顧問(こもん)の趣味らしい。


 そんなコンピュータ部からのおつかい。


 ――桜の写真を撮ってきてほしい。


 コンピュータ部でもコンデジ――デジタルコンパクトカメラを持っているらしいのだが、コンピュータ部で管理する学校のホームページに使いたいので、ここはひとつ「プロっぽい」絵を一枚お願いしたいということらしい。


 写真部とコンピュータ部は、ホームページを生徒が一から作るようになってから、付き合いが始まったそうだ。


 春休みも真面目に活動している文化部といったら、入学式での演奏を任されている吹奏楽部か、新入部員を何が何でもゲットしなければ廃部(はいぶ)確定の科学部くらいか。


 決して写真部全体のやる気が低いというわけではない。

 逆である。


 部員は九人と少人数だが、去年より二日遅れで開花した桜を撮影しようと皆、都内のいたる所、個人で見つけた穴場で撮影するために部室を飛び出していった。


 自分でカメラを持っている部員は家から直行だが、学校の備品(びひん)カメラの場合は一度部室に顔を出さなければならない。

 カメラの持ち出しは、「借りたその日に返却する」というルールの(もと)で許可されている。

 僕はみんなが(みつ)を求める(はち)のように飛び立った後の、部室という巣に残った一匹。

 決して女王蜂なんかではない。


 春休み中に撮り()めた写真を、戻ってきた部員たちがパソコンの取り合いを始める前にコツコツと現像していた。


 高校に入学し、写真部に入るのと同時に親から譲り受けた古い型のデジイチ。使い始めて約一年。

 シャッタースピードなんかはわかってきたけれども、絞り値に関してはデジタルモニタに撮った絵がすぐに表示されるおかげで微調整(びちょうせい)できるようなもの。

 これがフィルムカメラだったら、何本フィルムを無駄(むだ)(づか)いしたことだろう。


 色温度もお手上げ状態。


 その時はいいと思っても、パソコンのモニタで見ると、青みが強すぎたり、赤みが強すぎたり。

 それを修正したり、細かい色味をパソコンにインストールした現像用ソフトで編集する。


 デジタルカメラの「現像作業」は、フィルム現像とは異なる。


 映画なんかでフィルムが天井からつりさげられた部屋など見たことはないだろうか。

 フィルム現像は、光に反応する感光紙(かんこうし)にネガを焼きつけることで写真として完成する。

 対するデジタル現像は簡単に言ってしまえば、データ変更作業である。


 専用ソフトがなければ見れない画像データを、どんなパソコンでも見れるようにする。


 その際に、明るさやコントラストなどをいじることができるのだ。

 部長だったら、「現像ソフトに頼るな!」と怒りそうだけど、あるものは使う。人間の(さが)である。


 そんなところに、コンピュータ部の新部長からの依頼である。


 四月からは新三年生になる先輩たちが良い桜の写真を撮ってくると思いますよと言ったのだが、コンピュータ部ではあくまでも、校内の桜の写真が欲しいらしい。


 学校のホームページに載せるものだから。


 画像編集に関してはコンピュータ部のほうがよりマニアックで、上手いだろう。

 引きと寄りの写真をそれぞれ二、三枚くらいと頼まれ、今にいたる。


 はっきり言って、僕の写真は上手いとも下手ともいえない。


 個性がないのだ。


 だから、ある意味ホームページ向きなのかもしれない。

 僕が撮影した写真の上に文字が載せられたところで、どうとも思わない。


 こんな調子で写真部を続けてていいのかなと思うことはたまにあるけれど。

 プロのカメラマンを目指しているわけでもないし、今のままでもいいかなって。


 正門前の桜の木を校舎側と門前から撮影し、次に校舎と体育館の間にある中庭に向かった。

 新しく体育館を作ったおかげで日当たりの悪くなってしまった庭だが、それでも園芸部がせっせと花を植えたプランターの位置を変えたりして、植物に日光を与えている。


 室内のスタジオ撮影ではない、野外での撮影となると日光勝負となる。

 野外で被写体が人となれば、顔に光を当てるためのレフ板や、それを持つ人が必要になるが、木や建物などの大きなものとなると、天気がすべてだ。


 本日は晴天なり。

 平日だが、絶好の花見日和だろう。


 時刻は正午少し前。

 ちょうど中庭に日光が射す頃だ。

 絞り値をいじりながら教室棟の角を曲がり、中庭へ。


 そこには先客がいた。


 日に数時間しか太陽光を浴びることができない二本の桜の木。

 その二本は今、太陽の光を全身で浴び、白に近い花びらがまだ少し寒い風に吹かれ、そよそよと舞い散る。


 そんなため息がもれそうになる景色にも目もくれず、彼女は一人、中庭に捨て置かれたようなボロボロのベンチに腰掛け、文庫本を読んでいた。

 まっすぐで黒い髪は(あご)のラインで切りそろえられている。前髪はヘアピンで斜めに止められ、綺麗に整えられた左の眉が見える。


 花より団子、いや、花より本。


 でもなかなか面白い絵だと思った。


 読書週間のポスターに使えそうだな、と思いながら一歩二歩と後ろに下がり、桜の木と彼女がフレームに収まるように、ファインダーを覗きこみながら調整する。


 ――と、ファインダーの中の彼女と目が合った。


 僕がファインダーから目を離すのと、彼女が本を閉じるのは同時だった。

 緑色のリボン、それは僕と同じ学年であることを示している。


「あ、ごめん。まだ撮影してないから。あの、撮影してもいいかな?」


 僕の人間関係は狭くて浅い。たぶん。

 つまり、あまり社交的ではない。

 今だって、本当はカメラを構える前に、彼女に了解を得るべきだった。

 彼女は首を軽く横に振ると、そのまま、僕が来たのとは逆方向に去ってしまった。


 当然である。


 カメラを手にした僕も、実のところ写真に写るのはあまり好きな方ではない。

 写りたがる人は、大概(たいがい)にして、自ら「撮って」と言う人が多い。


 今はスマホで簡単に写真が撮れてしまう。

 相手のことを考えずに撮影し、それをSNSに投稿して後々問題になることは少なくない。


 僕は絞り値を変え、桜の木と向き合う。

 シャッターを切りながら、たった数分前の風景を思い出す。


 ――あの風景、良かったのになあ。


 そう思うこと自体、僕にとってはとても少ないことだった。


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