ファインダー越しの青春
期末試験はジメジメした空気の中で行われた。
今年はどうやら、梅雨開け宣言がなさそうだ。
どうせ梅雨が明けたって、次はゲリラ豪雨が来る。夕方辺りに大雨が降って、都内のどこそこの駅で雨漏りだなんだと騒がれるのだ。
梅雨なんかよりも豪雨のほうが酷い。
豪雨の前では傘もカッパも無力。布製のスポーツシューズはもちろん、安いローファーの中は水でグチョグチョ。
傘を持って行ったはずが、傘を持たずに出かけたような塩梅になる。
期末試験中は雲雀とのやり取りはほとんどなかった。
ヴォイシンクのほうも動きはなし。《十二の燭台》を知っているという人は現れない。
ディスカッションルームのほうも、あの日から静かだ。
猪野又さんは仕事が大変そうだし、サティソルクは日中何をしているのか全く分からないけれど、自分からディスカッションルームに書き込みをするような人物とは思えない。
期末試験が終わり、夏休みまでのカウントダウンが始まり、部活のほうはそろそろ本格的に、十月の高校合同文化祭と、学校で行う文化祭に向けて写真の選出をしなければならない。
晴れの日が少ない梅雨の時期に今まで撮った写真を見直し、今後の被写体や撮影スタイルを探っていく。
部室で、プリントアウトした今年度、自分で撮影した写真を吟味している時だった。
「ねぇ、塩君」
会議机の上で自分のアルバムをめくっていると、カメ――違う、松林さんに声をかけられた。
珍しい。
彼女に声をかけられることより、彼女が部室にいるということがだ。
松林さんは隣の椅子に座り、こっそりと耳打ちしてくる。
「章ちゃんとなにかあったの?」
章ちゃん――章乃のことだ。
「いや、別に」
小声でこたえながら、部室に章乃の姿がないことを確認する。
彼女がいないからこそ、松林さんは僕に声を来たんだろうけど。
「なんで?」
「二人ともなんか変っていうか」
章乃から突然の告白を受け、その後、気まずくて始めのうちこそ互いに避けるようにしていたが、今は自然に言葉を交わす程度にはなったのだが。
「塩君、D組の雲雀さんと付き合ってるって噂聞いたし」
「付き合ってないよ」
そりゃあ、二人きりで会ったりしてたらそう思われるだろうし、実際、僕だってそんな男女を見たら付き合ってるのかなって思うかもしれないけど。
「私、章ちゃんは塩君と付き合ってると思ってたからさ」
「章乃とは中学からの付き合いだから、それでよく勘違いされるけどね」
「そうだったのかぁ」
呟いて、松林さんは頬杖をつく。
「友達以上、恋人未満ってやつ?」
「友達以上の関係が恋人って僕は思わないけど」
「だね。でも青春してるなあって、塩君たち見て思ってたんだ」
「そうかなあ? 松林さんこそ、高校野球の撮影とか、青春してない?」
「全然」
そう言って、彼女は両手の親指と人差し指で四角を作る。
「私はファインダー越しに青春を見てるだけで、私自身は全然青春してないんだ。彼氏もいないし。彼氏彼女作って、惚れた腫れたで騒いだり、フラれただの別れただので大騒ぎするのとか、青春度は高いと思うけどね」
「当の本人たちにしてみれば、それどころじゃないと思うけど……」
「だとしてもさあ、そういうの、憧れるじゃん。高校なんてたった三年しかないんだよ」
昔は小学校を卒業してからも、中学高校、会わせて六年も勉強するのかと辟易していたが、気づけばもう半分をとうに過ぎている。
「私は青春脳だから、ファインダー越しに青春追いかけ続けるけど、塩君はちゃんと青春しなよ」
そう言って、彼女は肩を軽く叩き、愛用のカメラを首に下げて部室を後にする。また、野球部を撮影しに行ったのだろう。
青春かあ。
適当に撮影した空のページで手が止まる。
絶対、ドラマや映画でやってるような爽やかさはないだろうなあ。