不完全だから悔しい ゆえに仲間を求める
翌日の放課後、僕は呼び出しをくらった。
相手はもちろん雲雀だ。
放課後の図書室なんて足を踏み入れたこともなかった。
図書室の一画は文芸部の活動の場になっていて、このデジタル時代に必至に原稿用紙に文字を書き綴る生徒の姿があった。
他に図書室にいるのは純粋に読書している人や、グループで勉強している人。
図書室といったら静かなのをイメージしていたが、案外ざわついていた。雑談も聞こえるが、真剣に数式のレクチャーをしている人もいる。
入口横に設置された貸出カウンターに座った女子生徒は大人しく読書していて、その雑音を咎めるような気配もない。
雲雀の姿はすぐに見つかった。
図書室の中央部分にある太い柱。新聞や科学雑誌が並べられたラックの隣の小机に座って、やっぱり本を読んでいた。
カバーがかけられていたことから、たぶんここで借りた本ではないのだろう。
「ごめんね、部活やってるのにいつも呼び出して」
「いいよ。部活っていっても、運動部みたいにまとまって練習を始めるとか、そんなんじゃないから」
それに、二年から選択できる進学コースに進めば七時間目の授業が必修になる。
七時間目の授業を受けている生徒は、六時間目で終わる生徒より遅く部活に加わることになる。
だから、本当に勉学に励みたい人は帰宅部か文化部、もしくは個人種目の運動部に所属する。
「話って、昨日のサティソルクさんの話?」
「うん」
雲雀からメッセージがあったのは午前中だ。
昨日は用事があって、ディスカッションルームに入室したものの、そのまま放置状態になってしまい、会話に参加できなかったそうだ。
「塩入君、大丈夫かなって」
「え?」
机の上に通学バッグを置いて椅子に座るなり、雲雀が呟く。
「だって、セパスが殺されたって他に、《十二の燭台》の誰かから恨まれてたとか、私だったらショックで学校休むよ」
「そうだけど、サティソルクさんだって言ってたじゃないか。セパスと僕は別人、深く考えるなって」
「うん、」
「サティソルクさん、もう少しきついこと言ってくるかと思ったけど、意外だったな」
「慰めてきたこと?」
「たぶん、本人には慰めたって自覚はないと思うけどね」
――悔しいからさ。
――なんで今の自分はあんなふうにかっこよくないんだろうって。
本当、僕も全然かっこよくない。
王様になりたいわけじゃない。だけど、万能の書を探す《十二の燭台》たちの武勇伝は本当にかっこよかった。
「なんだろう、猪野又さんと話してすぐだったからかもしれないけど、サティソルクさんって、そっけないけど、どこか猪野又さんに似てるって思った」
「カウンセリングを受けてると、性格とか、考え方とか、カウンセラーに似てくるのかな?」
「それは、僕はかかったことがないからわからないけどね」
軽く肩をすくめる。
頭の片隅では、雲雀も精神科でカウンセリングを受けたことがあるのか? なんて考えていた。
「まあ、君がへこんでないんなら、それで良しとしよう」
そう言って、雲雀は通学バッグに文庫本をしまい、椅子から立ち上がる。
「もう行くのか?」
「うん、君の様子を確認したかっただけだから。私もそろそろ期末試験の準備しなきゃだめだし」
周りの勉強に勤しむ生徒たちを見て、雲雀は呟く。
自分も、そろそろ期末試験の勉強をしなければ。
がんばったところで、成績が微妙に良くなる程度だけど。
「わからないことがあったら気軽にメッセージ飛ばしてくれてもいいよ。ただし、数学と物理に限る」
「現国じゃないのか?」
「ん? どうして?」
いや、だって。
「いつも本読んでるから、国語が得意だと思ってた」
「逆だよ」
雲雀は苦笑いを浮かべる。
「国語が苦手だから、少しでも克服しようって、高校受験を期に読みだしたの。そしたら面白い物語に出会って、沼にはまったって感じ」
沼――最初は気軽に飛び込んだ趣味の世界が、意外と奥が深くてのめり込む。
カメラにも、「レンズ沼」というものが存在している。
こだわりだしたらキリがない。
部長の森山先輩がこの「沼」の住人だ。
「それじゃあ、夏休みに何か面白そうな本教えてよ。ノイセテスで二人の話についていけなくてちょっとショック受けたから」
「だったら、マザーグース読めばいいじゃん。ここにも文庫本で置いてあると思うよ」
「……調べたら、駒鳥みたいに暗い話が多いって書いてたんだけど」
「じゃあ、夏休み用にすっごく分厚い本見繕ってあげるよ」
雲雀はそう言い残し、図書館を後にする。
出会った当初は、もっとお嬢様然としたイメージを抱いていたのに。
雲雀と初めて出会ったのは、新年度が始まる前の三月。今は七月。
夢の仲間も四人集まった。
この先、ネット上で呼びかけたとして、他に仲間は見つかるのだろうか?
そして、セパス王の死の真相にたどりつけるのだろうか?
◆
俺は別に、王のことを好きとも嫌いとも考えてなかったな。
正直に言えば、そういうのはどうでもいいっていうか。俺って単純だから、とりあえず与えられた役目をこなそうって。なんせ、他の連中よりも頭の出来が悪かったからよ。周りを気にしている暇なんてなかったっていうのが正直なところ。
ログルフやスミナは前の王様の時から仕えてるから、細かいことに敏感になっちまってるんだろうけど、俺は今のセパス王に拾われた元傭兵だからな。
別に、民に対して重税かけてるわけじゃない。最低限度の生活は保たれてるんだし、王だって他の国の貴族たちに比べれば全然質素なほうだぜ。
そう言えるのも、俺が他の国のこと知ってるから。
逆に、王に不満を持つ連中は、王の代わりに領地を守ろうって躍起になって、他の国のことを知らない。
俺にとってはどっちもどっち。
不満があるってんならハッキリ言ってやればいいのによ。
結局のところ、王の横に立ってるゾヴとアヌトロフに言い返されるのが怖かったんじゃねえの?
ゾヴは《十二の燭台》の中で一番頭が切れるし、アヌトロフは十二人の中でも、槍を握らせれば最強だろ。
人ってのは不完全なんだよ。
だから仲間になって、不完全な部分を補おうってのに、何をいがみ合ってるんだか。