十人の容疑者
その日の夜、スマホでマザーグースの「誰が駒鳥殺した」を検索したら、翻訳文が出てきた。
猪野又さんが言っていた通り、単純な内容だがけっこうな長さがあった。
最初に駒鳥が死に、誰が殺したかと問う。
するとスズメが自分が殺したと答える。
ただ、なぜ殺したのかは書かれていない。
その後は、駒鳥の葬式をするにあたって誰がなんの役をやるか、淡々と答えていく、同じページに、マザーグースについての説明文も載っていたが、童謡と言うにはどこか不気味だ。
登場するのは、駒鳥、ハエ、スズメ、魚、昆虫、フクロウ、ミヤマガラス、ヒバリ、ヒワ、ハト、トビ、ミソサザイ、ツグミ、牡牛。
全部で十四の動物たち。
十四。
《十二の燭台》は全部で十二人。そこに、王と王妃を足せば十四人になる。
「見立て殺人」についても少し調べてみた。
それに基づいて考えるならば、夢に登場する十四人が、「誰が駒鳥殺した」に登場する動物たち一つ一つに当てはまることになる。
でも、マザーグースはこの世界の童謡で、夢で見る世界の童謡ではない。
駒鳥の歌詞を考えた人が同じ夢を見ていた、というのであれば話は別だが。
ヒバリは詩の中で「付き人」という役目になっている。
付き人って、一体どんなことをするんだ?
そういえば――
ヴォイシンクアプリを起動させて、サティソルクのプロフィールページを表示する。
サティソルクのアカウント名は「ツグミ籠」。
ツグミは讃美歌を歌っている。
ただの偶然だろうか?
僕はツグミ籠が退出したディスカッションルームに新たに書き込む。
セパス>「家に帰ってから『誰が駒鳥殺した』について調べてみたけど、駒鳥に登場する動物は十四、夢に登場する人物も《十二の燭台》の十二人と王と王妃を合わせれば十四人になるけど、これってなにか意味があるのかな?」
雲雀一人にメッセージとして送るだけでもよかった。
だが、今日ゾヴである猪野又さんと話をしてたくさんの収穫があったことを考えると、サティソルクも何かしらの情報を持っているのではないか? もし情報を持っているのなら知りたい、そう思ってあえてオープンスペースに書き込んだ。
少し興味を持ってもらえるだけで構わない。
まずは、僕たちがサティソルクを傷つけるような存在ではないということ。単純に話をしたいだけだということ、それを伝えたい。
書き込んでしばらくすると、雲雀がルームに参加してきた。
時刻は午後九時過ぎ。
=アヌトロフさんが入室しました=
アヌトロフ>「言われてみればそうだね。だけど、セパス王は毒殺で矢で殺されたわけじゃないでしょ?」
いきなり濃い内容だなあ。
セパス>「セパス王には外傷はなかった。本当に眠るように死んでいた。だから、矢で殺されたって部分は当てはまらないと思う」
アヌトロフ>「見立て殺人ではないってこと?」
セパス>「マザーグース自体、この世界の童話なんだから、夢の世界には当てはまらないんじゃないかな?」
アヌトロフ>「それもそうか」
やっぱり、サティソルクは会話に参加してこないだろうか。
話しの内容が、今日ゾヴさんと会って気づいたことだしなあ、と思っていると、スマホが小さく震えた。
=ツグミ籠さんが入室しました=
ツグミ籠>「王が死んでたって、なんの話?」
よし!
頭の中ではガッツポーズを決めている自分がいる。
セパス>「ツグミ籠さん、こんばんは。今日、ゾヴさんと直接会って話をしました」
ツグミ籠>「そうらしいね」
セパス>「実は、夢の中で僕というか、セパスが殺されたんです。ゾヴさんにもそこらへんの夢を見てないか聞いたんだけど、まだそこまで夢を見ていないと言われて困っています」
ツグミ籠>「俺に対して敬語じゃなくていいよ。セパス王が死んだところなんて夢で見てないよ。昔に見た夢だったら忘れてる可能性高いけど。でもさ、殺されたのは夢の中の人物で、あなたではないですよね?」
それはそうなんだけどね。
雲雀は席を外してしまったのか、会話に参加してくる気配がない。
セパス>「だけど、すごくリアルで怖かった。本当に自分が死んだと思った」
ツグミ籠>「それで犯人捜して、復讐しようとしているの?」
復讐。
その二文字にハッとさせられた。
犯人を捜し出す理由。
今までは、「誰に殺されたのか、どうやって殺されたのか」しか考えていなかった。
「誰が駒鳥殺した」でも、スズメは咎めを受けていない。罪を告白しただけで、その後のことは何も語られていない。
セパス>「復讐なんて考えてもなかった。夢の中でどうして僕が死んだのか、そのことだけ考えてた」
ツグミ籠>「なんで死んだかは毒殺ってわかってるの?」
セパス>「近くに酒瓶とカップがあったからそんなふうに判断したけど、はっきりはしていないんだ」
ツグミ籠>「それっておかしくない?」
セパス>「なにが?」
なにか変なことでも言っただろうか?
ツグミ籠>「他の人がどんな夢を見ているか知らないけど、僕の場合はサティソルクの目で景色を見てる。セパスさんもそうなら、どうして死んだ後の状況を知ってるの?」
確かに。
なぜ僕は死んだ自分の姿が見えているのだろう?
セパス>「わからない。幽体離脱とか?」
ツグミ籠>「体から魂が抜けて、わずかな時間に自分の姿を見たとか、夢の中ではなんでもありだと思うけどね。俺はセパス王は誰かに殺されたんじゃなく、十二の燭台の全員が結託して殺したと思うよ。実際、毒を盛ったのは一人かもしれないけど、十二の燭台のほとんどが共犯者だと思う」
セパス>「どうして?」
口の中に苦いものが広がっていく。
ツグミ籠>「セパス王は何をするにもゾヴのいいなりというか、まずゾヴに意見を聞いてからしか発言ができなかった。城の外のことをほとんど知らなかったし、見ようともしなかった。もう少し城の外に興味を持ってほしいってサティソルクは思ってた。ログルフは結構怒ってたみたいだけど。
ゾヴとアヌトロフはいつも王の横にいたし、忠誠心も高かったみたいだけど、城の外の領土を任されていた十人はセパス王のことは良く思ってなかったみたいだよ」
初めて知った。
アヌトロフもゾヴもいつも王の隣にいた。
だから、アヌトロフである雲雀とゾヴである猪野又さんはそのことを僕に教えなかったのか?
いや、アヌトロフとゾヴも周りの不満に気づいていなかった場合もある。
だとしたら容疑者は十人?
それとも、ツグミ籠のいう通り、みんなで結託して殺した?
再び、ツグミ籠が書き込む。
ツグミ籠>「なんで死んだのか、もし十人で計画して殺したっていうのなら、そのうち夢でそういう話をしているところを見るかもしれない。だけど、今のところ俺は見てない。ただ、セパス王が殺される理由はあったと思うよ」
セパス>「城の外のことを知ろうとしなかった、ってところ?」
ツグミ籠>「それだけで人を殺すのはどうかと思うけど、実際、国は潤ってなかったみたいだったし、もしかしたら民衆の誰かが殺したのかもしれない。でも、あんまり深く考えない方がいいと思うよ」
ツグミ籠は猪野又さんにカウンセリングを受けている、悩みを打ち明ける立場のはずなのに、今は自分がカウンセリングを受けているような気分だった。
実際、カウンセリングなんて受けたことはないけれど。
ツグミ籠>「セパスはセパスで、あなたとは別な人間でしょ? 前に俺が前世を否定したのはそういうこと。前世だなんて思うと、なんで今の自分はあんなふうにかっこよくないんだろうって、悔しいからさ」
=ツグミ籠さんが入室しました=
悔しい。
ツグミ籠は、今の自分がかっこよくないから悔しい。
一方の僕は、みんなに恨まれていた?
気持ちの整理がつかない。
だから、今はまだ悔しいなんて感情は生まれてこない。
でも、良い王だったとは思われたい。
それは前世も今も変わらない。
誰だって、人からよく思われたいという感情を持っているはずだ。
「誰が駒鳥殺した」のように、死を悲しんでもらえるような――セパス王の死は、誰かを悲しませることができたのだろうか?