壊れかけのカーナビ
「それにしても、どうして私が一人二役だと思ったんだい?」
次は僕らが答える番だ。
「ヴォイシンクのコミューンを見つけたのは、サティソルクさんって、あなたはメッセージで言っていましたよね。それなのにディスカッションルームでのあのやり取りに違和感を……」
「うん、そうだね」
雲雀の言葉に、何か言うのを渋るかのように、猪野又さんはアイスコーヒーのグラスに付いた結露をタオルでぬぐう。
雲雀は続ける。
「サティソルクさんはコミューンにも入ってくれました。それは、あなたから申請があるだろう、と言われてからすぐでした。それなのにあんなかんじの態度で、やってることと言っていることに食い違いを感じたんです。コミューン申請に関してはあなたと連絡を取りながら行ったとして、ディスカッションルームで話した彼は、行動に対して言動が真逆というか……。
そして、あなたと連絡を取りながら私たちと会話をしてたとしたら、なぜあなたはディスカッションに参加しなかったのか? また、その後なんの連絡もなかったのか気になって。それで、塩入君と話をして、もしかしたら一人二役だったんじゃないかって」
「なるほど」
猪野又さんは、納得したと頷く。
そして彼は問いかけてくる。
「君たちは、ネット上の、リアルで会ったことのない人をどれだけ信頼することができる?」
「サティソルクさんは、私たちを信用していないということですか?」
「いや、そんなことはないんじゃないかな。コミューン申請を出したのは彼の判断だよ。私はやりたいようにしたらいいと言った。――そうだね、彼は君たちのコミューンに興味を持った。それで同じ夢を見ている私にコミューンの存在を伝えた。だけど、画面の向こうにいる相手の姿がわからない。
君たちが私に対して一人二役ではないかと感じたように、サティソルクも君たちのことをそう思ったかもしれない。私は彼に相談されて、君たちがネットの秘匿性を利用して誰かを傷つけるような相手かどうか確認した。そこまではいいかな?」
僕らはそろって頷く。
「メールカウンセラーという、メールで悩みを聞くカウンセラーもいるんだけどね、実際の治療効果はあまり認められていないというか、それこそ、ネットの悩み相談窓口みたいなものなんだ。文字を打ち込むだけというのはすごく簡単だし、ストレスも実際に会って話をするよりも少ない。だけど、見えない誰かに悩みを打ち明けるというのは、ただの独り言に近いんだ。ちゃんと受け取った相手がその文面を読んでいたとしても、悩みに対して返事が来たとしても。
まあ、これは私の持論にすぎないけれど。なぜそう思うかと言えば、文章ならばいくらでも嘘をつける。見抜ける人ならすぐに見抜くことができるけどね」
「だとしたら、私はあの最初のメッセージのやり取りで文面で嘘か本当かを見抜かれたうえで、信頼されたということですか?」
「乱暴な言い方だと、そうだね」
猪野又さんは軽く頷く。
文章ならばいくらでも嘘がつける。
本当に、今は嘘か本当かわからない言葉であふれかえっている。
その中から真実だけを拾い上げるのは難しい。
逆に、嘘に慣れている人ならば、相手にばれないようにいくらでも真実の偽造ができる。
ということは、彼――サティソルクもそうなのではないだろうか?
僕は思ったことを音として吐き出す。
「サティソルクさんのあの発言は、本当は本心じゃない。本当は夢の話をしたいけれども僕らに信用がないから真面目に話して馬鹿にされるんじゃないかって思って、わざとクールなふりをした、そういうことでしょうか?」
猪野又さんはやんわりと微笑む。
「そこまで理解してもらえるなら、君たちにサティソルクを任せられる」
「じゃあ、今日ここに来たのって、私たちがどんな人間か知りに来たってことですか?」
「それに関しては半分半分かな。やっぱり私も夢に関しては興味があったし、メールでやり取りするよりは、こうして実際に会って話をするほうが誤解なんかもすぐに見つけて訂正することができる。人と実際に会って話をすることは大事だって、カウンセラーである私がまずそのことを知って行動しないと。それこそ、信頼が得られない」
「それじゃあ、サティソルクがディスカッションルームで自分を偽ったことを、そのことに対して何も口出ししなかったのはなぜですか?」
「それはね、」
雲雀の問いに対し、猪野又さんはゆっくり、諭すように答える。
「私は彼の保護者ではないから。たとえ保護者であっても、彼とは別の人間だ。子供の喧嘩に親が口出しするなって、私が小さい頃はよく言われてたことなんだけどね。私は彼の騎士ではないんだ。どんなクライアントに対してもそうだよ。
私は悩みを聞くだけ、相手が悩みを打ち明けられるように導くだけなんだよ。そして、その悩みに関する解決法も私が一から十まで教えない。少しだけアドバイスするだけ。クライアント自身が解決法を見つけ出すために力を貸すことしかできない。それ以上のことは本人のためにならないからね。
壊れかけのカーナビみたいなものだよ。目的地近くで突然黙ってしまうとかね」
そう言って彼は苦笑を浮かべた。
隣に座った雲雀はどう思っているかわからない。
だけど、僕は純粋に感動していた。
壊れかけのカーナビ。
目的地部分が切り取られた地図。
まるで、僕たちの仲間探し、夢と一緒だ。
どうして僕は殺されたのか。誰に殺されたのか。