天邪鬼の空回り
「なんなの、いきなりあの塩対応! 私なにか悪いことした!?」
ツグミ籠ことサティソルク(?)との短いチャットをしたその日、すぐに雲雀からメッセージが届いた。
――作戦会議するわよ!
作戦って、なんの作戦かわからない。
ツグミ籠のことだとはわかるけれど。
放課後、西荻窪のノイセテスでその作戦会議をすることになった。
話を聞いた秋山将範さんは「ネットの世界ではよくあることじゃないのかい?」と言って笑った。
今日は、カウンター席ではなく、テーブル席に座っている。
相変わらず、ジメジメした日々は続いている。
「ゾヴさんはサティソルク……さん? のカウンセラーだから、初対面の僕らと信頼度が違うよね」
「それにしたって、あんな……思い出すだけで腹立つなあ。私ってなにか悪いことしたかなあ?」
見せられたメッセージ以外、なにもアクションをとっていないというのであれば悪いことは何一つしていない。
ゾヴとのやり取りでも問題はなかったと思う。
だとしたら――
「やっぱり、サティソルクさんの方に問題があるんじゃないかな?」
「問題って?」
「ゾヴさんはカウンセラーって言ってただろ? そして、サティソルクさんはその患者。つまり……、そういうこと、なんじゃないかな?」
「そういうことって?」
「カウンセリングに通うとしたら、こう、心が病気とか、色々悩み抱えてるとか」
「そんなことはわかりきってるの」
そう言って、雲雀はレモンスライスの乗ったアイスティーを一口飲む。
「私だって、そこらへんのことを考えて言葉を選んで話しかけたつもりだよ。第一、コミューンに入ってきたのはあっちなのに」
雲雀はけだるそうに、スマホを操作する。
昨日のやり取りの後で、サティソルクがコミューンから抜けるということはなかった。
今でもコミューンに残り続けている。
ゾヴさんの話だと、コミューンを見つけたのもサティソルクだという。
だというのに、サティソルクの行動はあべこべだ。
「あまのじゃく?」
僕の言葉に、雲雀がスマホのモニタから顔をあげる。
「天邪鬼って、そんな子供じゃ……」
何かを言いかけた彼女は、再びスマホ画面に視線を落とし、せわしなく画面を指で叩いて操作する。
「なにかわかったのか?」
「なにもわからないけど、たぶん、君の予想は正しいと思う」
「予想?」
「天邪鬼。たぶん、ゾヴさんはサティソルクに、自主的にコミュニケーションをとってもらいたいんだと思う」
スマホを操作しながら、雲雀は続ける。
「コミューンのメンバーなら、ディスカッションルームでのやり取りは見れる。もちろんゾヴさんも昨日の私たちのやり取りは見ていたと思う」
「でもゾヴさんからは、なんのメッセージも届いてないんだろ?」
「うん、そこがおかしいのよ」
「……どういうこと?」
雲雀はスマホをテーブルに置く。
「いい? 昨日、ゾヴさんからメッセージがあったのは九時過ぎ。その時に『サティソルクがコミューン参加申請があるだろうから』って。そのメッセージの何分か後にサティソルクからの参加申請があったの」
「んん?」
言いたいことがうまく理解できず、首をかしげる。
「なんで、ゾヴさんがサティソルクがコミューン参加申請をするだろうってわかったと思う?」
「それは、サティソルクさんとやり取りしていたからだろ、メールか何かで」
「そう、ゾヴさんと話しをしながらサティソルクが参加申請をしてきた。それを受理して、ディスカッションルームで話しをしたのはそのすぐあと」
「すぐあと……」
「なんでゾヴさんはディスカッションルームに入ってこなかったのか?」
「あ、」
思わず声がもれる。
たまたま席を外していたとか?
でも、ディスカッションルームでの会話はコミューン管理人もしくは副管理人でなければログの消去はできない。
雲雀はそれを行っていない。
だから会話内容の閲覧はできる。
それに、少し席を外したにしても、ゾヴのほうから何かしらのアクションもないのは不思議だ。
「もしかして、一人二役とか?」
「その可能性もあるんじゃないかって、ゾヴさんの方にメッセージを送っておいた」
「一人二役とかやってるかもしれない人物なんて怪しいじゃないか」
それなのにメッセージを送るなんて。
雲雀は反論する。
「だとしても、ゾヴさん、もしくはゾヴとサティソルクの二人に成りすました誰かは、《十二の燭台》を知っている夢の共有者。だから、やり取りの遮断だけはしたくない。ただ、どうしてそんなことをしたのかだけは知りたい」
「なあ、」
それは、ゾヴの存在を知った、一緒にネットカフェに行った時から頭をかすめる疑問。
「雲雀は、どうしてそんなにも、夢の共有者を集めたがっているんだ?」
一瞬、雲雀の目が少しだけ大きくなるが、普段の無表情に近い顔に戻る。
「どうしてって?」
「だって、同じ夢を見てるって、それはすごいことかもしれないけど、今の俺たちには関係のないことだろ?」
本当、雑誌に投稿していいくらい不思議な話だ。
同じ夢を見ている人たちが三人、いや、四人かもしれない。
でも、ただそれだけだ。
雲雀のいう通り、前世だったとして、前世の僕らが今いる僕らに干渉なんてできないはずだ。
もし、干渉が可能だというのならば、現実世界を浸食するというのならば、それこそ本当のSFだ。スピルバーグもウォシャウスキーの二人も驚きだ。
「……関係なく、ないよ」
雲雀はうつむき気味に言う。
その声が今にも泣きそうに聞こえたので、慌てて訂正する。
「い、いや、関係ないっていうか、そうじゃなくて――」
「夢の話に夢中になるのは馬鹿みたいだって?」
「そんなことは、ないよ。……同じ夢を見てる人がいるんだって、雲雀と出会って、夢の話をするの、楽しかったし」
本当のことだ。
なぜこんな夢をいつも見るのだろう?
その答えはまだ出ていない。
だけど、自分だけじゃないって知って、嬉しかった。
飛び上がるほどとか、宝くじが当たったとか、そんなんじゃなくて。
少しだけ。
こういうのを、胸が満たされるっていうのかな。
いつの間にか、顔はうつむいて、ミルクと砂糖の溶けたアイスコーヒーの水面を見ていた。
「私、お使いがあるんだった。先、帰るね」
「え?」
雲雀はこちらを見ようともせず、傘を持ち、そそくさと席を立つ。
「あの、ごめん」
「なんで謝るの?」
通学バッグから財布を取り出しながら雲雀は問う。
「塩入君は何も悪いことしてないよ。私が勝手に暴走してただけ」
「そんなことないって」
「秋山さん、お会計お願いします」
「待ってってば!」
慌てて鞄と傘を持って雲雀を追いかけようとしたが、彼女は会計を済ませてそそくさと店を出ていってしまった。
秋山さんが、立ち尽くしている僕にゆっくりと歩み寄る。
「……こういう時って、追いかけるべき、なんですかね?」
ドラマのCMとかで、こんなシチュエーションを見たことがある。
雨の中、逃げ出した女性を、ずぶ濡れになって追いかける男性。
「今は、そっとしておいてあげたほうがいいと思うよ」
秋山さんはテーブルの上に残された、まだ半分も飲まれていないアイスティーをトレイに乗せる。
「君たちはまだ若いんだから。たくさん時間があるんだから、焦らなくていいんだよ」
そう言われて、急に肩の荷が下りた気がした。
再び、座っていた席に腰を下ろす。
頭の中では、雲雀にメッセージを送るべきか、どんな文面を送ればいいのか考えていた。
でも、黙って座っているだけで、身体は動かない。
手はスマホをつかもうとしない。
――空回り。
きっと、それが今の自分にふさわしい言葉だ。