仲間探しの行く末
ドクターパズル>「初めまして、アヌトロフさん。アヌトロフさんのヴォイスを見てメッセージを送りました」
アヌトロフ>「こんにちは、ドクターパズルさん。ヴォイスというのは、『十二の燭台』についてで間違いありませんか?」
ドクターパズル>「はい。十二の燭台についてです。私は夢の中で、十二の燭台を知りました。アヌトロフさんもそうですか?」
アヌトロフ>「そうです。私のハンドルネームもその夢からの流用です」
ドクターパズル>「夢で聞いた名前だとは思っていましたが、やはりそうでしたか」
アヌトロフ>「率直にお聞きしたいのですが、あなたは夢の中でなんと呼ばれていますか?」
ドクターパズル>「私は、ゾヴと呼ばれています」
そこまで読んで、雲雀の顔を見る。
彼女は平然とミルクティーを啜っている。
ゾヴは≪十二の燭台≫で唯一の魔法使い、という立ち位置だ。
先代の王から使える年老いた、小さな老人。
水気の失われた白く長い髪に、魔法を放つ木の杖。
ファンタジー映画やゲームに登場する魔法使いそのものといった風貌。
そんな彼がこうして、雲雀のヴォイスを見つけて返事を書いている。
夢の姿の彼がパソコンの前に座ってキーボードを叩いている姿を想像してみるが、年齢と時代のギャップが激しすぎてうまくいかない。
ゾヴに文明の利器なんて似合わなすぎる。
ドクターパズル>「ハンドルネームを無視して、ゾヴと呼んでもらっても構いません。
実のところ、あなたのヴォイスを見つけたのは私ではありません。私はある人から聞いて、このようにコンタクトをとりました」
「ある人?」
「とりあえず、ザーッとやりとりを読んで。話はそれから」
モニタに視線を戻す。
アヌトロフ>「ある人というのは、あなたの知人だと思いますが、夢の話をその人にもしているということでしょうか?」
ドクターパズル>「順を追って説明します。私は、その方とは仕事で出会いました。そして、何度か話をしているうちに、相手から『夢』の話が出てきました。その夢は私が見ている夢と舞台が同じく、にわかには信じられませんでしたが、この世界に存在しない様々な固有名詞などといった情報の共有から、同じ夢を見ていると判断しました。
そして、あなたの発言を見つけたのは、その方です。最近会った時に、あなたの発言を見せられ、興味があると打ち明けられました。ご気分を悪くなさらないで欲しいのですが、ネットには様々な危険があります。いきなり金品を要求するということはなくとも、誹謗中傷はたやすいことです。
ですから、まずは私のほうから先にコンタクトをとらせていただきました」
アヌトロフ>「ゾヴさんの不安はよくわかりました。私はあくまでも、同じ夢を見ている仲間を集めるためにコミューンを作りました。決して、誰かを傷つけるとか、そういうつもりはありません」
ドクターパズル>「これまでのメッセージのやりとりからも、礼儀正しく、常識のある方だと判断できました。その上でお願いがあるのですが、私が先に出会った十二の燭台の一人と友達になっていただけないでしょうか?」
アヌトロフ>「ありがとうございます。先にドクターパズルさんをコミューンのメンバーに登録しておきます。実は、こちらもセパスの記憶を持っている人物と出会っていて、普段情報のやりとりをしています。その方と相談したいので、少しお時間をいただいても大丈夫でしょうか?」
ドクターパズル>「そういうことでしたら一向に構いません。返信はいつでも構いませんが、こちらからの返信が遅くなる場合があります。ご了承ください。では、失礼します」
一連のやり取りを読み終わった。
ドッと疲れがこみあげてきて、コーラで糖分を補給する。
コーラが胃に染みわたり、体内に入った糖分が酸素を脳に運んでいく。
「読み終わった?」
「うん、これって――」
雲雀はドクターパズルの書いた一文を指差す。
「ドクターパズルが先に出会った人物、その人物が同じ夢を見ている人を前から探していた可能性が高いと思う。そして、私がコミューンを作ったことと、ヴォイシンクで人探しを始めたことでようやくたどり着いたってところかな」
「あっちも探してたっていうなら、なんでネットなりでアクションを起こさなかったんだ?」
「起こしたくても、起こせなかったんじゃないかな?」
「なんで?」
雲雀はいったん、ミルクティーで口を潤して改めて言う。
「文面を見てるとさ、このドクターパズル――もうゾヴでいいか。ゾヴは、もう一人の人物を守っているような感じがしない?」
「守っている?」
もう一度ドクターパズルの文面に目を通す。
――ネットには様々な危険があります。――誹謗中傷はたやすいことです。
「もしかして、ゾヴの側にいる人物は、過去に夢のことを人に話して何かしらの被害にあったとか?」
「そういう考え方もできるか」
僕の発言に対し、雲雀は唸る。
「雲雀はどんなふうに考えていたんだ?」
「私は単純に、ゾヴと付き合いのある人物が未成年だと思った」
未成年。
それも考えられなくもない。
雲雀は続ける。
「ゾヴはたぶん、教育系の立場の人間で、その仕事で十二の燭台のうちの誰かに出会った。だけど、その人物はまだ子供だった。だから、私とコンタクトをとるのを代わりに引き受けた、そんな気がする」
「教育系、学校の先生とか?」
「学校の先生もヴォイシンクとかやるんだってびっくりだけどね」
「もしかしたらこのためだけにアカウントを作ったとか」
「それも考えられなくもない」
そう言って、雲雀はマウスで画面を操作し、コミューン「十二の燭台」のトップ画面を表示させる。
相変わらず、アイコンが指定されていない味気ないトップページだが、メンバーが三人に増えている。
「友達になってもらいたいって、どういう意味なんだろう?」
「私は真っ先にゾヴが学校関係者じゃないかって思ったから、不登校児とかかなって思ったけど」
「そんな子と友達に……」
難しくないだろうか?
ちょっとした発言、冗談でも傷つくのではないのだろうか?
「王様の意見はどう?」
「意見って?」
突然話を振られて少し動揺する。
「ゾヴがいう人物と友達になっていいか?」
「それは……」
相手が≪十二の燭台≫のうちの誰か? っていうことは……あまり関係ないか。
「僕は構わないよ。それよりも相手が傷つかないか、そっちのほうが気になるかな」
「了解了解」
雲雀は、マウスでドクターパズルへのメッセージページを開くと、キーボードに手を置いて文章を書いていく。
アヌトロフ>「セパス王と話し合いました。こちらは夢の話がしたいので、ぜひとも友達になりたいです。ただ、こちらもいつでもメッセージを返信できるというわけではないという点をご了承ください。
また、私たちの危惧は、コミュニケーションをとる段階で、ドクターパズルさんのいう人物が文章の意味の取り違い等で傷ついたりしないか、という点です。
非常に傷つきやすい人物でしたら、こちらのほうでも気を使わなければなりません。となると、ドクターパズルさんに間に入ってもらい、文章の添削をお願いすることになりますが、大丈夫でしょうか?
こちらは、十二の燭台のメンバーが増えること自体は大歓迎です」
「って、こんな感じで良いかな?」
「うん、いいと思うよ」
「それじゃあ、早速送信しよう」
マウスのクリック一回で、雲雀の文章は顔の見えないドクターパズルの元へと飛んで行った。
飲み物を改めて取りに行き、今度は僕がマウスを操作してドクターパズルのプロフィールページを見る。
入っているコミューンは「十二の燭台」だけ、友人はアヌトロフだけ。
プロフィールの文章も「ヴォイシンク始めました。よろしくお願いします」って、たぶん最初から書かれている文章を変更していないんだと思う。
いつからヴォイシンクを始めたかも表示されていない。
「本当にメッセージのやり取りをするためだけに用意したアカウントなのかな?」
「もしくは、職業上、こういうところにあまりアクセスしちゃいけない人とかじゃない?」
職場での愚痴を書き綴って炎上や、その会社がブラック会社だと知れる。最近じゃよくある話だ。
「でも、雲雀の言う通り、教育関係者だったら、ヴォイシンクやってるとか、あまり印象はよくない、かな」
「うちの高校でも何人かやってる先生はいるでしょ」
「まあね」
写真部の顧問とか。
本当に、アカウントを作って名前だけ置いているだけというか。
でも、教師のアカウントがあるってだけで、馬鹿話はできないなと思った。
うちの部活の場合は馬鹿話というか、くだらない話がほとんどだし、カメラとか撮影スポットの話が専らだけど。
雲雀とは店の前で別れた。
また、雨が降ってきていた。
「じゃあ、ゾヴから返信があったら、連絡するから」
「うん、じゃ」
軽く手を上げて別れの挨拶をする。
「うん」
雲雀も軽く頷くだけ。
スカイブルーの傘が遠ざかっていく。
五月にはイノセテスが見つかって、続いてゾヴが見つかった。
それと、名前の知らないもう一人の人物。
それにしてもだ。
この、謎の仲間探しはどこまで続くのだろう?
《十二の燭台》のメンバー全員がそろうまで?
今まで、雲雀に引っ張られるままに進んできたけれど、仲間を探して、その後は一体何をするのだろう?
オフ会とか? まさかね。
駅の改札を通る時、軽く笑いが漏れた。