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通学と外の世界

「あの人、どうかしたの?」

「ううん、なにかってわけではないけどね」


 章乃はカメラのネックストラップをいじりながら言う。


「あの子、二年からこの学校に転校してきて、同じD組なんだけど。前はもっといい学校に行ってたらしいけど」


 いい学校、というのはたぶんお嬢様学校とか、進学校のことだろう。


「なにか問題起こして転校してきたとか?」


 雲雀とすでに顔を合わせて話をしたことがある事実をサラッと伏せながら章乃に聞く。

 僕はB組、章乃はD組で、間に中央階段があるせいか、階段の向こう側のD、E、F組の情報はあまり回ってこない。


 回って来るにしても、一日くらいタイムラグがある。


 学校でスマホを使ってはいけないという決まりはないが、なぜかみんながSNSに学校での出来事を書くのはその日の放課後や帰宅後。


「問題を起こしたとかじゃなく、電車通学が辛かったんだって」


 自分も電車登校だが、中央線はとにかくすごい。


 本当に隙間がない。快速中央線。まったく快適ではない。――たぶんそういう意味で「快」という漢字がつけられているんじゃないんだろうけど。


 会って話をした数日前も、今も自転車に乗ってないことから、彼女の家の最寄駅は荻窪なのだろう。

 学校に通うとすれば、その中央線か、総武線。地下鉄の丸ノ内線もあるが、どれも通学時間は通勤時間と重なるのでしんどいだろう。


「それでも一年はがんばって通ったってことか?」


 僕の言葉に章乃は首を横に振る。「一年の二学期後半くらいからはほとんど学校に通ってなかったみた

い」


 それって、電車に乗れない以前に登校拒否じゃないのか?

 話した感じからそんな気配はなかったけど。


「クラスに中学が同じだった子がいて、いじめにあいそうなタイプでもないし、勉強についていけなさそうなタイプでもないって。だから、本当に電車通学がつらかったんじゃない? 痴漢にでもあったんじゃないかって言う女子もいるけどさ、中央線の混雑ってそれどころじゃないじゃん」


 章乃の言う通りだ。

 指先はかろうじて動かせても手首を動かせないことがある。


「あと、保健室登校の日もあるんだ、あの子」

「保健室登校?」


 初めて聞く言葉だ。


 そんな僕の疑問に章乃が丁寧に説明してくれた。


「学校には登校できるけど、自分の教室まで行けないって生徒が保健室とか、カウンセリングルームに行って、そこで課題をこなして、授業を受けたって単位をもらうの。ずっと学校休んでて自分のクラスに行くの怖いなー、とか。そういう生徒たちの駆け込み寺っていうのかな?」

「そういう生徒もいるのか」


 保健室なんて、小学生のころから無縁で過ごしてきたから初めて知った。


「高校になると出席日数によっては留年じゃん。だから、親御さんが送って来ても、具合悪くてずっと保健室で寝てたりとか」

「さっきの子、保健室登校の日もあるっていうのは?」

「一日中、普通にみんなと授業を受けてる日もあれば、最初から保健室で課題やってたり、途中で授業に参加したり、退出したり。今日は途中で退出した日だったから、こんな時間まで保健室に残ってたんだって思って」


 そう言われてスマホを見れば午後四時半。そろそろ、部室に戻る時間だ。


「ずっと本読んでるけど、話しかけると普通に話題に乗って来るし。本当に普通なんだけど、保健室に行くときとか、すごく冷や汗かいてたり。だから、その子と中学が一緒だった子は、なにか病気で電車に乗れないのかもねって」

「優先シートが必要とか?」

「それもだけど、最近赤いタグをバッグにつけてたりする人いるじゃん」

「赤いタグ?」

「あれって、ラバーかな? 四角くて、ハートと十字架が付いてる――」

「ああ、ヘルプマークか」


 森山先輩が、そろそろ校舎に戻るぞと言っている。


 桜木先輩が三脚を畳みながら、「レンズは部室で渡して」と言ってくる。


 返事をして、再び章乃と向き合う。


「ヘルプマークって、内部疾患(しっかん)とか、見た目で病気とか怪我がわからない人がつけてるんだっけ?」

「うん、うちの学校でもバッグにつけてる子いるよ。女子は貧血とかいろいろあるから」


 なるほど。


 レンズカバーを付けながら心の中で頷く。


 初めて話したときは、病気を抱えているような、そんな気はしなかったけど、実は我慢してたとか?

 そういうことなら始めに言ってほしかったな。

 変に気を使わなきゃいけないような気になってくる。


 スマホを取り出し、ヴォイシンクのアヌトロフのプロフィールを見る。


 病気を持っているとか、そういうことは全く書かれていない。


 そして、コミューン「十二の燭台」のメンバーも二人のままだ。


   ◆


 ログルフに対し、ああは言ったものの、だ。


 自身も王に対して不満がない、あっても気にしないというわけではない。

 今回のように、民が不作であえいでいても、見舞うわけでもない。


 州を預かる十二人のうちの誰かが王に対して進言しなければ、彼は不作もなにも、国土の様子を知ることもできないのだ。


 ――知ろうとしない。


 まったく知ろうとしないわけではない。

 ゾヴ殿に伺いを立てたりするのは無関心ではない証拠だ。


 しかし、自ら動いて知ろうとしない。


 王の育て親とも言えるゾヴ殿の手によって、王宮に縛り付けられているのでは? とも考えた。

 元凶はゾヴ殿ではないかと。


 同じ≪十二の燭台≫、その仲間を疑うのは気が引けるが、王はゾヴ殿の許しがなければ動けないのではないだろうか?


 それとも、己に自由があることを存じあげないのか?


 先王は肥沃な土地を求め、彼の国との戦の折、脚を負傷してしまったため、王宮に籠りっぱなしだった。


 戦士として、脚を失い、満足に戦えないというのは恥であり、苦痛であっただろう。


 その後、今の王セパス陛下がお生まれになった。


 城の外に出ない父親を見て、王とはそういうものだと印象付けられてしまったら、それを払しょくするのは容易なことではない。


 それでも、皇太子であるうちは街の様子を見に行っていたように思うが、やはり、王になってからは全くだ。


 今、民がどのような暮らしをしているのか?


 自身の食卓に上がる食事がどのように作られ、材料がどこから来るのか? たった少しの好奇心を持っていただけたならと思う。

 そうすれば、王の足は王宮の外に向かうはずだ。


 この国が完全に雪に閉ざされる前に、一度でいい。

 王は城の外に出るべきなのだ。


 己の意志で。


   ◆


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