06 生贄を要求しよう
「――ここが例の村だな?」
ウィザーたちは、“リルガミンの迷宮”の近くに存在するという村のそばまでやってきていた。
近くといっても、それはあくまでウィザーたちの感覚での話であって、実際には馬車を利用しても一日はかかるであろう距離は離れている。
しかし、≪転移魔法≫を使用できるウィザーたちにとっては、その程度の距離ならば一瞬で移動できるのであった。
「はっ、如何いたしましょう。まずは私が村人の何人かを締め上げてきましょうか?」
「いや、ここは俺が直接出向こう。たまには“魔王”らしいこともしておかんとな」
身にまとったマントをバサッと翻し、ウィザーは村の中へと無警戒に侵入していく。
そして、村人らしき老人を見つけるやいなや、声高らかに叫んだ。
「我が名は燎原の魔王ウィザー! 人間どもよ――」
「――ああ? あんだって?」
耳が遠いのか、老人はウィザーの言葉が聞こえていないようであった。
少々出鼻を挫かれた感はあるが、相手は老人だ、仕方あるまいとウィザーは自分に言い聞かせる。
「我が名は! 燎原の魔王ウィザー!」
今度は老人にも聞こえるように、先ほどよりもさらに声を張り上げるウィザー。
「――あんだってぇ?」
――が、ダメ。
それでも老人の耳には届かない。
ウィザーのこめかみに青筋が立つ。
「おのれぇ! 人間風情がこの俺をこけにするかぁ!!」
「お、落ち着いてください、ウィザー様!」
「もう許さんぞ! 人間なぞこうしてくれるわぁ!!」
「ああっ、人間愛護団体に目をつけられてしまいます!」
ウィザーが老人に向かって手をかざす。
すると、不思議な光が老人を包み込んだ。
「な、なんだべ、こりゃあ!?」
「ふん、身体活性化の魔法だ。これで耳も聞こえるようになっただろ」
「おおっ、こりゃ凄いべ! 耳どころか、目のかすみや腰の痛みもなくなっただよ!」
「では、俺の話を――」
「こりゃ、みんなにも教えてやんねーと!」
老人はウィザーの話を聞かず、村の奥へと立ち去っていく。
再びウィザーのこめかみに青筋が立った。
「ウィ、ウィザー様? 相手は人間、下等で愚かな無知蒙昧の人間ですから! ね、ねっ?」
怒り心頭のウィザーを落ち着かせるのに、かなりの時間を要したという。
※ ※ ※
その後、ウィザーたちは大勢の老人たちに囲まれていた。
「頼むべ、オラの腰も治してくんろ!」
「オラは最近目が、よー見えんようになってしもてなー」
当初は断っていたウィザーであったが、あまりにもしつこく頼まれるものだからついに根負けしてしまう。
そうして、数十人はいるであろう老人たち全てに身体活性化の魔法をかけてやるのだった。
「ありがたや、ありがたや。あんたは仏様の生まれ変わりに違いねーべ」
「俺は仏ではない、魔王だ!」
「まおーってなんだべ?」
「都の王様のことでねーか?」
「バカ言うでねー。王様がこんなとこ来るわけねーべ」
老人たちは思い思いに喋り出す。
「ええい、黙れ! ともかく貴様たちはこの俺の手を煩わせたのだ、相応の対価を払ってもらうぞ!」
「おー、芋なら沢山あるから、いくらでも持ってけー」
「芋などいらんわ! 俺が貴様たちに要求するものはただ一つ! そう、生贄だ! 生贄としてこの村で一番若い娘を差し出してもらうっ!!」
人間どもよ、恐れ戦けと、ウィザーはニヤリと笑う。
しかし――
「いけにえってなんだぁ?」
「知らんけども、若ぇ娘っこを出せぇ言うちょるんやが、嫁でも探しちょるんじゃなか?」
「バカ言え、嫁ならもう隣にべっぴんさん連れちょるやが」
「あらまぁ、べっぴんの嫁だなんてそんな……」
ドリィの機嫌があからさまに良くなった。
「生贄とは嫁のことではない! ともかくこの村で一番若い娘のところへ案内しろ!」
「案内も何も、この村で一番若ぇ娘はここにいるキクチヨだぁ」
そう言って老人たちは五十代くらいだろうか、初老に差し掛かった女性を指差した。
「は? この女がこの村で一番若い娘だと?」
「そうだぁ、他の若ぇのはみんな病でおっちんじまっただぁ」
「なんだと!?」
「……ウィザー様、その者たちの言葉は確かなようです。今確認してみましたが、周辺に生体反応はありません」
「で、では、ここにいる老人たちがこの村の全住人だと言うのか!?」
「そうだぁ、なんだったらあんたら、この村に住むか? 今だったら空き家がいくらでもあるでよ」
「おー、それがいいべ! あんたらみたいな若ぇのが住んでくれたら、この村の将来は安泰だべ!」
老人たちはやいのやいのと騒ぎ出す。
「ウィザー様、どうします……?」
「どうするって、お前……」
ウィザーは再びこの村で一番若い娘だというキクチヨを見る。
しかし、何回見てもそこには“若い”という言葉とはほど遠い女性しかいなかった。
「――帰るか」
「そうですね」
こうしてウィザーたちの“悪いことをしよう大作戦”は失敗に終わったのだった。