51 北北西に進路をとれ
(たったこれだけ……)
姫は目の前に集められた民たちを見渡したのちに肩を落とす。
彼女はアレックスたちに合流するやいなや、大事な話があるから民たちを自身の前に集めるようにと彼らに指示を出していた。
しかし、そうして集められた民たちは姫の想像よりもずっと少ない数であったのだ。
しかも、彼らは女子供の脱出を優先させていたために、この中から戦える者となったら更に数は減ってしまう。
(とはいえ、贅沢も言っていられない……)
無い物ねだりをしても仕方ないのだ。
たとえ十数人程度であろうと、戦える人間がいたことは僥倖であったと姫は自分を納得させることにした。
姫は再度民たちの姿を見回したのちに瞑目し、ゆっくりと深呼吸を行う。
強い緊張感により体が強張っているのを感じたが、躊躇している時間など彼女にはなかった。
意を決して刮目すると、姫は静かに言葉を紡ぎだした。
「――私には、友人がいます」
涼やかではあるが凛とした声が民たちの耳朶を打つ。
「彼女の名はセリアス・アルファウト。ご存知の方もいるかもしれませんが、私の近衛として付いていた人間です。しかし、彼女は私のもとを去っていってしまいました。その際、彼女はこう言ったのです――『我が国最後の騎士として責務を果たしに行く』――と」
姫はそこで一旦言葉を切る。
彼女の言葉を聞いた民たちがざわつき始めていたからだ。
「――騎士としての責務とは何か? 既にお気付きの方もいるでしょう……彼女はこの先にある村を隣国の魔の手から守るために、たった一人で立ち向かったのです!」
「まさか、報告にあった隣国の軍勢と戦っている者たちというのは――っ!?」
アレックスが思わず声をあげる。
「そう、彼女は今まさに戦っているのです! 敵は一万からなる大軍勢、それに対し彼女の仲間は十数人と圧倒的に不利な状況にありながら、それでも必死に! その身を犠牲にする事も厭わず、懸命に戦っているのですっ!!」
姫はウィザーから受け取った“ムラサムブレード”を鞘から抜いて天にかかげる。
「私は彼女を助けたい! 助けなければならないっ!! “姫”としてではなく、ただの“人”として願います! 勇気ある者は――私に続きなさいッッッ!!」
姫の言葉が途切れるのと同時に、割れんばかりの怒号が森の中に響き渡る。
「うおおおォォォーーーッ!! 姫様ばんざぁーーーいっ!!」
その中でも特にカーネルは興奮のためか、顔を紅潮させて声を張り上げていた。
「数が多いくらいなんだ! 俺だってやってやる!!」
一種の狂気とも言うべき“それ”は男たちを中心にして広がっていく。
かくして姫の言葉は彼らに届き――
「行くぞ、突撃だァァァーーーッ!!」
男たちを戦場に駆り立てるのであった。
姫はその様子を見て満足気に頷く。
さて自分も出陣だと駆け出そうとしたその瞬間のことである。
ある一人の男の姿が目に入った。
男は遠ざかっていくカーネルたちの姿をじっと見つめたまま、その場を動こうとはしない。
「貴方は……確かアレックスでしたか?」
本来であればそんな余裕はないのだが、無性にアレックスの“目”が気になった姫は彼に声をかけた。
「は……はっ!」
アレックスは驚いた様子を見せるが、兵士の性なのか、条件反射的にその場に跪く。
そして震える声で姫に告げるのであった。
「本来であれば姫様と共に逝かねばならぬところ、残される者たちが気掛かりゆえにこの場に残る愚をお許しください!」
なるほど、と姫は思う。
確かにこの場には女子供が多く、戦える男たちは皆戦場に駆り立ててしまった。
それを考えると、彼女たちのために一人くらいは戦える者を残しておいた方がいいのかもしれないと姫は思ったのだ。
「……それも立派な務めです。彼女たちを頼みましたよ」
ゆえに姫は慈愛の心をもってアレックスに彼女たちを託す。
しかしながら、姫は腹の中でまったく別のことを考えていた。
(卑怯者め……戦場に出ないための“言い訳”に女子供を使うとは……!)
姫がそう判断した理由、それはアレックスの目にあった。
アレックスの目は怯えという感情が多分に含まれていていたのだ。
“兵士であるにも関わらず戦場に出ることを拒む臆病者”、姫はアレックスのことを心の中でそう呼んで誰にも気取られぬように侮蔑の視線を向けた。
(私は何故こんな男のことが気になったのか……)
無駄な時間を使ってしまったと心の中で舌打ちすると、姫はアレックスに背を向ける。
そのまま先に向かった仲間たちに遅れまいと森を抜け、駆けて、駆けて、そして――
「あ――ッ!?」
コケた。




