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49 斜陽

「そんな思い詰めた顔をして、いったいどこに行こうというのだ?」


 そのウィザーの問いに姫は答えなかった。

 代わりに不機嫌な表情を隠すことなく全面に押し出す。


 あまりにもタイミングが良すぎるウィザーの登場に、おそらく自身の部屋はずっと監視されていたのだろう、と姫は当たりをつけたのだ。


 言いたいことは山ほどあったが、今の姫にそんな時間はない。

 また、たとえ監視つきであろうとも、まがりなりにも今まで世話になったいたことには間違いないのだ。

 ゆえに姫は物申したい衝動をグッと堪えると――


「今まで世話になりました。私はここを出ていきます」


 そう言って頭を下げるのであった。


「……は? ここを出ていくだと? まさか一人でセリアスのもとへと向かうつもりかっ!?」


 ウィザーの反応に、姫は多少の違和感を覚える。

 もっと冷ややかな返答をされるものだと姫は思っていたのだ。


 しかし、その違和感は、より大きな違和感。

 ウィザーの口から『セリアス』の名が出るという、姫にとっては大きすぎる違和感によって塗り潰されることとなった。


「そのまさかです。その方が貴方も、私のようなただ飯食らいを厄介払い出来てせいせいするでしょう?」


 先ほどまでプライベートを侵害されていたのだ、このくらいは許されるだろうと姫は返答に皮肉を込める。

 だが、それに対するウィザーの返答は、またしても――


「何を言うか。貴様をただ飯食らいだなどと、そんな風に思ったことは一度もないぞ」


 このような、姫の予想に反するものであった。


「そんなことより! 戦場に向かうなどと本気で言っているのかっ!? 貴様ではただ死にに行くようなものだぞ!!」


「……覚悟の上です。もとより私は、国が滅んだあの日より生ける屍も同じ。ならばせめてその躯はあの子と共にありたい。こんな私でも――最期くらいは友を救出しようとしたのだという誇りを持ったまま死にたいのですっ!!」


 そう叫んだ姫の瞳からは再び涙がこぼれる。

 何かを言いかけようとしたウィザーであったがその涙を見て、もはや言葉は無用であることを悟った。


「……貴様はセリアスと共に散る道を選ぶというのだな?」


 ウィザーのその言葉に姫は無言で、しかし断固たる決意を瞳に宿して頷く。


「分かった。もう何も言うまい」


 そう言ってため息をつくウィザーの表情はどこか寂しそうであった。


「せめてもの餞別だ。セリアスのもとへ転移……と言いたいところだが、貴様には戦場から少し離れた森の中へと転移してもらう」


「……何故です?」


「なに、その場所に百にも満たない数ではあるが、貴様の国の者たちが集結しているようなのでな。今でこそ戦闘の様子を窺っているだけのようだが、貴様が焚き付けてやれば面白いことになるかもしれん。あとは――」


 そう言ってウィザーが手をかざすと姫の体が光に包まれる。

 眩さのあまり閉じた目を姫が再び開くと、自身の体が着た覚えのないローブによって包まれていることに気付いた。


「これは……?」


「“紅蓮のローブ”だ。先ほどまでのみすぼらしい格好では、貴様が姫であることを信じぬやからが出ないとも限らんからな。それに見た目はただの布でも、そこいらの鎧よりも余程強固なんだぞ?」


「は、はぁ……」


「あとは、これをやろう」


 ウィザー手ずからに渡されるその刀剣に、姫は見覚えがあった。


「これは……確か“ムラサメブレード”でしたか?」


「ああ、さすがに丸腰で戦場に放り出すわけにはいかんからな。それも餞別としてくれてやる。如何な貴様とて振るう気さえあれば、それで多少は戦えるようになるだろう」


 まさに至れり尽くせりであった。

 ありがたいことは確かであったが、さすがここまで来ると何か裏があるのではと姫は勘ぐる。


「貴方は……何故私にここまで……?」


「フン、貴様には()()があるからな。それに、そこまで大したことはしていない」


 借り? 貸しではなく? と姫は疑問に思うが、ウィザーの次の言葉に遮られて、結局その言葉の真意を問うことは出来なかった。


「――さて、猶予もないことだ。そろそろ転移を行うが……本当に良いのだな?」


 ウィザーは再び問う。

 その問いに対し姫は、ウィザーの目を真っ直ぐに見据えて――


「はい」


 そう短く答えるのでった。




 かくして“リルガミンの迷宮”は、姫とセリアスが訪れる前のあるべき姿を取り戻す。

 ウィザーは、先ほどまで姫が立っていた場所を暫しの間見つめ続け――


「……フン」


 と、つまらなさそうに鼻を鳴らすのであった。

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